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No-Mark Stall *




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睦言未満の戯れ合い。 | 2008年04月30日(水)
その右手が彼女の滑らかな頬を撫でてゆく。
眠たげに下ろされた睫毛がふるりと震え、彼は思わず指を離した。
蝶が羽化するようにゆっくりとまどろみから目覚めた少女は、寝台の傍らで身を竦める彼に静かに視線を定める。
青白い月の光が差し込む瞳に濁りはない。射抜くような鋭さもなく、包み込むような強さも持ち合わせてはいないその眼差しの儚さに誘われるように、彼はおそるおそる指を伸ばした。
こめかみから頬へと軌跡は流れ、ふっくらとした小さな唇をなぞる。
双眸は既に閉ざされている。すべてを彼に委ね、少女の意識は再び夢と現の境を彷徨っているようだった。
指は首筋をなぞり鎖骨を通って肩へと進む。そのままくたりと投げ出された腕を滑り、肌のなめらかさと柔らかさを愉しむ指は白い指先を絡め取った。
荒れたところのない小さくて柔らかな手は、彼の片手にすんなりと収まる。丁寧に慈しまれてきたその躰を惜しげもなく放り出す彼女に、彼は小さな笑みを零す。彼が彼女を傷つけるかもしれないと思うことのないその信頼は彼の自尊心をくすぐり、男としての矜持にいささかの傷をつけた。
添えた指先に軽く口付け、指をきつく絡める。目の前の無防備な少女を組み敷く誘惑が心の底を焦げ付かせ、つかの間理性の檻が瓦解する。
細い顎に指をかけ上向かせる。心中で荒れ狂う嵐とは裏腹に唇を重ねる動きは落ち着き払っていた。眠りの淵にある娘からの抵抗はなく、彼は衝動の赴くままに幾度も口付けを重ねた。はじめはただ壊れ物に触れるかのように、次第に激しく。
呼吸を損ねて喘ぐ、声ともつかぬ呻きが彼女から零れる。その響きの甘さに飢える心は鎮まるどころか勢いをましたが、彼は微笑って体を離す。
僅かに責めるような色をして彼を睨む瞳を宥めるように口付けを落とし、髪を梳く。彼が毎日櫛を通していとおしむ艶やかな髪はその指を引き止めることはしない。
再びとろとろと寝入る少女を見送り、彼は音もなく席を立つ。空いていたカーテンを閉めると、濃い闇が部屋を満たした。


******

明日(もう今日だ)提出の課題が終わらなくて現実逃避。
感覚的に理解した文章を論理的に要約するのってなんでこんなに難しいんだ。

あからさまにえろくない行動でどこまでえろさを出せるか試行錯誤しています(何故)。ていうか全裸より下着姿の方がえろいよねとか思うんですがどうですか(だから何故)。まぁこのシーンはあからさまですが。
ぶっちゃけこれ英国ゴシックもどきを目指している話なんですがあの背徳感とか淫靡さってどうしたら出せるんだろう。色気のない作者じゃ無理か。
氷の樹木。 | 2008年04月28日(月)
歌がきこえる。
心地良くまどろんでいた意識を苦労して引きずり上げ、シアシェはゆっくりと瞬いた。
背もたれ代わりにしていた壁から体を起こす。石造りの床に寝ていたせいで凝った体をほぐしながら彼女は周囲を見回した。
少し離れたところで黒髪の美しい娘が歌っている。数階に渡る吹き抜けを突き抜けるような高く澄んだ声は気を抜けば意識を持っていかれそうなほど強くこちらを惹きつける。
広々としたこの練習場は常ならば鍛錬に励む生徒たちで賑わっているはずだが、しかし今は彼女たち以外誰もいないようだった。

歌は続く。
ゆったりとした調子が駆けるように早くなり、心を騒がせた。
周囲の空気もそれに引きずられるかのように歪み、世界が変容していく。
その様子に、歌姫はただ歌を歌っていたのではなく魔法を紡いでいたのだとシアシェは悟った。その有効圏内にいるのか肩が重くなるような感覚が続く。
ぱきりぱきりと何かが凍るような繊細な音が耳を打ち、歌姫の目前に氷の彫像がかたちを為し始める。ねじくれた螺旋の樹木は凍りつく枝を天へと伸ばしてゆく。やがて吹き抜けの終わりに辿り着いた枝は数を増やし、横へと伸び始めた。
やがて歌は終わりを迎え、残ったのはただ細く高く、複雑に枝を巡らせた氷の樹木ただひとつ。

「……また大きなものを……」
「あら、起きていたの」
歌い終え、満足そうに息をついていたクリスが笑みを浮かべて彼女を振り返る。立ち上がったシアシェは彼女の元まで歩み寄り、軽い溜息をついた。
「途中で起きた。これ作ったのはいいけど処分どうするの?」
氷の樹木の枝は四方八方に伸び、真下から見上げるとまるで氷の網に捕らわれたかのような印象を受ける。
「そうね、……溶かす?」
「後始末まで考えて作ろうよ」
軽く肩を落として呆れていることを主張するシアシェに、クリスは不満げに口を尖らせた。
「調子を見るにはもってこいなのよ、この術。歌詞や旋律だけでなく歌うときの感情や息継ぎの仕方ひとつで枝の伸ばし方が変わるの、面白いと思わない?」
「ふうん。それで調子はどうなの?」
「上々だわ」
満足げに微笑む彼女は確かに元気そうで、シアシェはうんと頷いた。
「じゃ、片付けるよ」
「片付けてくれるの?」
「だってクリスのやり方だと時間かかりそうだし」
彼女が魔法を喚び出す手段は歌だ。歌が終わらないと魔法は完成しない。
「失礼な。早くしないといけないときは早くできますのよ」
「それは知ってる」
笑みを浮かべてそう言うと、クリスは「ならば良いのです」と嬉しそうにはにかんだ。
シアシェはさてどうやって片付けようかと周囲を見渡す。
氷は早くも解け始めているのか、袖や頬にぽたぽたと雫が落ちる。すべてを溶かすと結構な量になりそうだ。まったくどこからこれだけの氷を呼んだのか、彼女の力量に呆れそうになりながら、シアシェは己の魔法を紡いだ。
「ヨーレのエディス、言祝ぐ春の喜び、章の三」
クリスの魔法が歌によって導かれるものならば、シアシェのそれは詩の一節を唱えることで生み出される。

魔術師たちがいかに己の魔法を世界に打ち込むか、その手段は千差万別、術師の数だけあるという。歌もあれば詩を詠むのでもよし、図式や数式を用いて術を完成させる者もある。
いずれも基礎的な論理は変わらない――世界に己の想像を具現させる、ただそれだけ。
言葉や図式はその想像を固定化させる手助けにすぎない。この歌をうたったとき、あることが実現する。手段は手段でしかなく、それ故に個々の適性によってそれは異なる。一番多いのは決まった呪文を詠唱するものだが、これは単に術師たちが基礎を学ぶ<塔>という組織では呪文の詠唱という行為でもって魔法を使わせるからにすぎない。
ある程度の魔法を理解した者たちは、己のやり様を編み出していく。クリスの歌など最たるものであるし、シアシェの詩の暗誦は実のところ呪文の詠唱とさして変わらない。変わらないが、法則の完成したお仕着せの呪文に飽きた彼女は自らが気に入った言葉を用いて世界を変える。

「――いずれ老いゆくさだめを知らず、春の娘はただ言祝ぐ」

融け始めた氷の網は枝の先から姿を消してゆき、まるで時間を撒き戻すかのようにするすると縮んでいく。
やがて跡形もなく樹木は消え去り、名残はただすでに零れた雫が残した染みのみとなった。

******

魔法の説明がいまいち上手く説明出来ない。
勝手に拾ってきたバトン。 | 2008年04月23日(水)
創作サイトさんでやってらしたのをみてなんとなくやりたくなったバトン。
若干暴走している気がしなくもない。

我が子バトン

漫画や小説でオリキャラを持っている方の為のバトンです☆
次の質問のうち『あ〜あるある』と思ったものには○『それは無いな』と思ったものには×をつけて下さい。
コメントもお願いします。

1.オリキャラの名前にこだわりがある。

創作したりもしますがほとんど人名事典とかから適当に引っ張ってきてます。ただ世界観のイメージなどから引っ張ってくる言語(英語とか仏語とか)をある程度選んでいるという点では多少こだわっていると言えなくもない感じです。たとえばロジェとニネットは仏語読みの名前です(ロジェの綴りはRogerなので英語で読むとロジャーになる)(誰だ)。

2.設定が凝っている。

詳細に設定したつもりで穴だらけだったりとか、あまり変わった設定というものはないのですが色々考えるのは楽しいです。

3.オリキャラの容姿や性格が自分の好みだったりする。

ていうかどんな設定でも大抵いけます好みです。

4.コスプレや男装・女装をさせたりして楽しんでいる。
×
文字媒体がメインなので映像で見ないと分からないことはあまり。
落書きもしますがコスプレさせようとは思わないなあ。

5.美形キャラしかいない。

……主に男に美形設定が多いです……。
かわいい女の子と並ぶにはやっぱりそれなりの見た目がないと書いてるこちらが楽しくない(女の子にも一応明確な美女美少女設定があるキャラはいますが女の子のかわいさは容姿だけではないというか女の子は女の子であるだけでみんなかわいいんだよ!という主張)。あと男の方が自分より綺麗で悔しがってたりしょんぼりしたり腹立ててたり愛でたりしている娘さんを見るのも好きなので。

6.他の人のオリキャラを拝見するのは楽しいと思う。

創作サイト巡るの大好きです。

7.自分のオリキャラと他の人のオリキャラを共演させたい。

自キャラはともかく他の方のオリキャラを彼ららしくきちんと動かせる気がしないので恐れ多いです(脳内で妄想はばりばりしますし絵を描くのも大ッ好きですが文章にするのはこわい)(なのでイラストで共演、とかならえらい勢いでくらいつきます)。

8.オリキャラが作中で傷つくと、いたたまれない気持ちになる。
×
がんばれーとか棒読みで言いながら割とノリノリです。

9.全てのオリキャラのうち、男女どちらかの人数が圧倒的に多い。
×
多分数だけなら同じくらい。

10.最後に、オリキャラ=我が子だと思っている。
×
なんか心の中に別の世界を覗く窓があってそこからキャラたちを見ているような感覚です。といっても「キャラを動かす/作る」という感覚がゼロというわけでもないのですが。
死出の旅路の連れにはあなた。 | 2008年04月21日(月)
暗闇の中、彼は手を引かれて歩いていた。
ぽつぽつと見受けられる、青白くゆらめく灯に時折目を惹かれながらもその意識は繋いだ手の持ち主のところにある。
彼より頭ひとつ分小さい背丈。癖のないさらさらと流れる黒髪。華奢な肩から伸びるたおやかな腕。彼の掌にすっぽりと収まる小さな愛らしい手。
明かりは道の脇を遠くゆらめくかすかなものだというのに、どうしてか彼女の姿は鮮明に映る。
ただ黙々と彼を導くその娘の見慣れた後姿を久方ぶりに見つめ、彼はふふと小さく笑みを零した。

「なんです?」
笑い声を耳に留めたのか、彼女がこちらを振り向く。するりと抜けそうになった手に指を絡めながら彼はもう一度笑った。
「いや。死出の旅路の連れがあなたとは、僕も随分果報者だなあと思いまして」
「私がお連れするのは裁きの場までです」
冷たく言い切る彼女は、がんじがらめにされた片手をちらりと見やって怪訝そうにしながらもそれ以上は言葉をもらすこともなく、再び無言で歩き始めた。道も見えないのにその足取りに迷いはない。彼以外に幾つの魂を彼女はこうして迎えたのだろう。ふたりの間に生まれた子供たちのうち幾人かは彼より先にこの黄泉路を通ったはずだ。その子たちも彼女がこうして導いてやったのか。
つらつらそのようなことを考えながらも、彼はことりと首を傾げた。
「そう急ぐこともないでしょう、どうせこの場が最後なのだから」
ゆらりと目前の黒髪が揺れる。
人前では結い上げることの多かったその髪を優しく梳きながら、彼は乞うように甘く囁く。
「もっとゆっくり歩きませんか」
女は答えなかったが、せかせかとしていた歩みが緩やかになるのを感じ取り、彼はまた笑った。

******

どうも私の死んだ直後のイメージは「夏の夜のような真っ暗闇の中、脇に遠く灯を見ながら歩いていく」らしいです。どこにだ。
あに。 | 2008年04月18日(金)
「私はお前には殺されてやらん」
兄は地面に座り込んだ弟を見下ろして薄く笑った。
「玉座は私のものだ。それを奪おうという心意気そのものは認めてやらないでもないが、それならそれでもっとやる気を見せろ。子供の悪戯のようなこんな幼稚な計画に引っかかる馬鹿がどこにいる。母親は違うが仮にも私の血を分けた弟だろう。そして私と争おうというのだ、まさかこの程度とは言わないだろう?」

*

気付けば、開いた窓から入り込む柔らかな昼の日差しを遮るように、妻が彼の顔を除きこんでいた。
「どうしましたの、あなた。顔色が悪くてよ」
爽やかな初夏の風が涼しさを運んできているというのに背中に気持ちの悪い汗が滲んでいる。
「……いや、少し夢を見ていただけだ」
そう、あれは、冷徹で容赦のない兄に言葉の刃を突きつけられ、力の差を見せ付けられたあの日の夢だ。今の現実ではありえない。
「義兄上の?」
「どうして分かる」
「だってあなたがそんな顔をするのはお義兄さまのことを思い出しているときぐらいのものですわ」
口元に手をやってころころ笑う妻を迫力なく睨みつけ、彼は起き上がりかけていた体をまたソファへ投げやった。
「どんな顔だよ一体」
「凄く青ざめていて、怯えていて、そして縋るように慕っている目をしておられますわ。わたくしがお義兄さまに少し嫉妬してしまいそうなくらい」
そう語る妻の目に笑みはなく、語った言葉が本音だということに彼は軽く目眩を覚えた。
「意味が分からん。というか気色悪い説明をするな。私は兄上は嫌いだ」
兄といい妻といいどうしてこうも恐ろしい性格をしているのか。自分を生み縁談を調えた両親に対して彼は心の中で恨み言をつらつら述べつつ嘆息した。
「嘘つきはいけませんわよ? 本当はお義兄さまのこと大好きなんでしょう?」
「嫌いだ、あんなおっかない兄などいらん」
「怯えなくても、お義兄さまはあなたのことを可愛がってくださっていますわ」
「あいにくそんな記憶はない」
父や公衆の面前で何度兄にやりこめられたことか。彼の矜持をずたずたに引き裂き傷つけながら平然としている彼には、優しくしてもらった記憶どころか屈託なく笑いかけてもらったことすらない。
思い出せば出すほど沈んでいく自分の感情に思い切り引きずられ、彼は肩を落とした。眠気はないが動くだけの気力もない。
けれどもそれだけ、兄は彼にとって大きく心を占める人物であった。

父よりも、母よりも、――誰より兄に、認められたい。

本人も自覚していないそんな切実な願望に気付いているのは彼の隣で微笑む妻だけだった。


******

おにいちゃん大好きっこ。
自分めもリターンズ。 | 2008年04月14日(月)
自分メモ第3段。
こういうことは本来ローカルでやるべきなんでしょうがとりあえず気にしない方向で。屋台は基本フリーダムな実験場なのでその後の変更も割と多いです。

・フェリシア
背中の真ん中くらいまでの金髪巻き毛に若干金色寄りの茶色い目(多分)。
目を瞠るほどの美人というわけではないけれどよく手入れしてて自分の見せ方を分かっているので印象に残る。同年代より若干背は高めでスタイルもそこそこよろしい。爪が綺麗。
幼馴染というかむしろ双子の兄だか弟だか的存在のフェリックスに対しては傍若無人にやりたい放題、敵認定した人間にも攻撃的だが基本つつかなければつつきはしない。弱いものには優しい。意地っ張りな箱入り娘。
ツンデレっぽいけどツンデレではない。と思う。
婚約に失敗しまくって現在ちょっと男性不信気味。

・フェリックス
地味な茶髪を前髪長め後ろ髪も肩につきそうなくらいに伸ばしている(おかっぱとかじゃなくてなんか現代のふつーの男の子が髪伸びるの放置してる感じ)。目はフェリシアと同じ色。背丈はそこそこあるがひょろい。背筋ぴんと伸ばしてきりっと表情決めればそれなりに見られる。垂れ目気味。
おっとりとした王子さまでお仕事もこつこつきちんとしていますがいまいち威厳に欠ける。
のんびりしていて気弱そうに見えつつも結構ちゃっかりしている。手先が器用。

・ロイ
フェリシアの4番目の婚約者(候補)。
ふんわりした彩度の低い茶色い髪に碧色の目。若干糸目気味。背は高いがそんなに鍛えてはいない。
礼儀正しくて物静か、というか大人しいひとという印象を与える青年。あまり警戒感を呼び起こさない人畜無害系。気が長くて寛容。細かなことによく気がつく。
見た目の印象に反して実はアウトドア派。動物に例えるなら鹿。

・ヨハン(仮名)
ロイの友人。彼が留学していた北の学術都市で知り合ってそのままくっついてきた。博識。
濃灰の髪と灰青色の瞳に眼鏡。猫背気味でそれほど大柄という印象はないが背は高い。そこそこ美形。
はぐらかすような物言いをする割に相手には初対面でも突っ込んだことを聞いてきたりする。


うーんまだまだ詰めが足りない。
昼下がり。 | 2008年04月11日(金)
「……フェリシア、何してるの?」
ぼんやりとしていたせいか、ノックのあとの返事も聞かずにドアを開けてしまったフェリックスは、のんびりと首を傾げてバルコニーの幼馴染を見つめた。
どこから手に入れてきたのか、彼女が普段屋敷の中で着ているドレスよりかなり劣る質素な服を纏い、ふくらはぎどころか太腿近くまでその裾をからげて、豪奢なバルコニーを乗り越えかけているその様子はどこからどう見ても不審者だった。
「何って、これから下に飛び降りようかと」
「足の骨折っちゃうよ」
普通の男であれば慌てて駆け寄るなり晒された脚に動揺するなりの様子を見せたであろうが、幼い頃から彼女と一緒くたに育てられたフェリックスは後ろ手にドアを閉め、平然と歩み寄る。
「街に行きたいなら言ってくれればいいのに」
「それでふたりして行方不明で大騒ぎ? あんたと一緒に出かけたらみんな本気で追いかけてくるじゃない」
唇を尖らせて不満をもらしたフェリシアは彼に見つかってしまったことで脱走計画を諦めたのか、柵にかけていた足を戻した。
「リジー、あのね、男の僕より女の子の君がいなくなる方が心配されるよ」
「でもフェリックスだって王太子でしょう」
「まあそうだけど」
幼い頃の愛称で呼ばれたフェリシアは、差し出された手に自らのそれを重ね、木靴を脱ぎ捨て絹の部屋履きに履き替える。
そのまま服を脱ぎ出した様子にも動揺せず、フェリックスはカーテンを閉めると隣室から替えのドレスを持ってきた。
既に下着姿になっていたフェリシアはまがりなりにも異性である彼の存在を当然とばかりに気にかけず、礼を言って袖を通し始める。
コルセットを締め上げるのに手を貸し、フェリックスは簡単に畳まれていた先ほどの服を取り上げると近くにおいてあった衣装箱にしまいこんだ。
「思うんだけど、脱走っていうのはもう少し慎ましやかにやるものじゃないの?」
白昼堂々、しかも人目につくバルコニーから飛び降りようとするのはいかがかと彼は疑問に思ったが、しかし妙なところで神経の太い幼馴染は明るく笑い声を上げた。
「だってこれまで何度かこっそり抜け出してみたけど誰も何も言わないんだもの。見つかるようにしたらどうするのかしらと思って」
「そんなに怒られたいの?」
「別に怒られたいわけじゃないけど。純粋な好奇心?」
それは違う、とフェリックスは内心で彼女の答えを否定する。

生まれてから数年も経たぬうちに両親の元から引き離され、昨年まで王城で暮らしていた彼女にとって、生家であるはずのこの屋敷は未だに『よその家』という認識なのだろう。
彼女の家族や使用人たちが、フェリシアのことに心を砕いているのはよく分かる。父親は、主人である自らを差し置いてもっとも日当たりと景色の良いこの部屋をフェリシアに与えたし、内装も彼女の好みをよく理解したものになっている。
そもそもフェリックスが彼女の部屋を訪れたのも偶然ではない。彼女の父親とお茶を飲んでいたところに、お嬢さまが脱走しようとしている、と慌てふためいてやってきた家令に頼まれて来たのだ。

しまい忘れていた木靴を手に取り、同じように箱に収めながら、フェリックスはくすくす笑う。
「なんか僕、王太子やめてもどこかのお屋敷で侍女が出来るかもしれないなあ」
「どこに男に娘の着替えを手伝わせるような家があるっていうのよ」
「君とか」
「嫌味? それを言うなら私だってあんたの着替えくらい手伝えるわよ」
胸を張るところが間違っているような気もするが、フェリシアはとんと胸を叩いて自慢げに言った。
「タイ留めるのはフェリシアの方が上手なんだよねえ。なんでなんだろ」
「まああんたが留められなくてもキャロルに留めてもらえばいいだけの話でしょう」
「……うーん、僕の方がキャロルよりドレスの着付け方分かってそうだしなあ。そんな素敵な未来はまだちょっと遠いかな」


******

フェリシアの相手役をぼちぼち固め中。適当に書いてたら筆が滑って予想外のネタが出てきました。コメディ100%のはずなのに。
フェリックス君はのんびり首を傾げるのが癖のようです。そりゃ冠もよく落ちる。
ていうかこのふたり相手役が他にいるはずなのになんで平然とべったり、というか女王様と下僕しているのか書いてるこっちが首傾げます。
多分フェリックス君はコルセット締めるのが上手いのを奥さんに不審がられてプチ修羅場になることだろう。
フェリシアの憂鬱な縁談。 | 2008年04月07日(月)
「……いい加減にしてほしいものだわ」
陽光そのもののように輝く豊かな黄金の巻き毛を背に払いながら、彼女は不満げに呟いた。
「何が?」
それを聞きとがめ、彼女の正面に陣取ってお茶を啜っていた青年がおっとりと首を傾げる。その拍子に地味な茶色の頭に載っていた冠がずり落ち、彼は「わお」とやはりのんびり驚いてそれを直した。
その一連の動作を舌打ちせんばかりの表情で睨みつけ、フェリシアは溜息を吐いた。
「何が、じゃないわよこの元凶。あー、あんた実は私の幸運の青い鳥だった気がしてきたわ。キャロルはあんたなんかには勿体ないしさっさと別れて私と再婚しなさい、フェリックス」
「それはキャロルが悲しむからいやだなぁ」
大体僕たちの結婚お膳立てしてくれたのは君じゃないかと笑いながら、彼は上げても上げても落ちてくる王冠をついに諦め頭から下ろした。
「まぁ私としてもキャロルが泣くのはいやね、それもあんたが原因とか冗談じゃないわ。でも思わない? せっかくこの私が手ずからみっちり教育して育て上げた凄く素敵な子なのに、嫁ぎ先があんたよあんた。かわいそうだわ」
「その僕のとこに嫁ぎたいとか君はさっきから言ってるわけだけど」
「あら、私はいいのよ。どうせ生まれたときからあんたのところに嫁に行くために育てられたんだもの」
フェリックスとフェリシア。彼に遅れること数ヶ月で国有数の大貴族の家に生まれたフェリシアは、つけられた名前からして彼とつがいになるべき運命を背負わされていた。
それが狂わされたのは今から丁度二年ほど前、式の日取りも決まり招待客や式に伴う祭典の内容を本格的に詰め始めた時分のことだった。
「それに関しては僕としては君が許してくれるまでごめんなさいを言い続けるしかないなあ。ごめんね?」
フェリックスは媚びるように愛らしく小首を傾げたが、彼のそのような仕草を見慣れているフェリシアに対しては懐柔するどころか火に油を注ぐようなものだった。
「そんな軽い謝罪は要らないわ。あんたはどうせキャロルの魅力に目が眩んで周り見えてなかったでしょうけどね、本ッ当に大変だったんだから」
万事おっとりのんびりと構えている、器が大きいのか阿呆なのかよく分からないフェリックスと、短気ながらもよく気のつく娘であったフェリシアの、一見似合いと思われた結婚は順調に進み始めたところで大きな障害にぶち当たった。
友人にそそのかされて独身時代最後のときを遊んで過ごすべく、忍んで城下に降り立ったフェリックスが、こともあろうに孤児の町娘と熱烈な恋に陥ったのである。
もちろん、一国の王太子が身分も教養もない娘と結婚するなどそうそう許されるものではなかった。王太子には既に婚約者がいたのであるから尚更だ。困り果てた王太子は、昔から彼が一番頼りになると思っていた人物に相談した。
つまり、婚約者であるフェリシアに。
「もう本当、あんたから好きな子ができた、彼女と結婚したいけどどうすればいいと思う? とか聞かされた日には空から太陽でも落ちてくるかと思ったわ」
「太陽は落ちてこなかったし、君は凄く親身になってくれたけどね」
「恋愛とは縁のないまま結婚迎えようとしてた幼馴染の初恋でしょう、応援しなくてどうするの。まぁ婚約者は私だったのだけど」
「フェリシアは悪戯企むの得意だったし、僕は今でも君に一番に相談したのは最善だったと思ってるよ」
のほほんとした彼の笑顔には嘘も他意もなく彼の本音そのもので、だからこそフェリシアは、王妃になるという長年の夢を犠牲にしてでも可愛い弟分の彼の期待と願いを叶えてやりたいと思ったのだ。
「まぁ私もあんたもお互いを幼馴染にしか思えなかったのだからしょうがないわよね。キャロルもなんであんたに惚れたんだろうと思うくらい気立ての良い子だったし」
「ねえ。僕の一番の幸いはキャロルとフェリシアに出会えたことだと思うよ」
「それ私以外に言ったら二股と勘違いされるわよ、気をつけなさいな」
苦笑しつつ、彼女は手元の紅茶を飲み干した。影に徹する侍女が無言でカップを受け取り次の茶を注ぐ。

「それで、僕の素敵な幼馴染は何に悩んでるの?」
「さっきからずっと本題じゃない。私の結婚についてよ」
柔らかな笑顔が微妙に引きつる。無理して笑ってなくていいわよ、と彼女が告げると彼は眉を下げて彼女以上に深刻な顔をした。
「……フェリシアには僕ら以上に幸せになってもらわないといけないのにね、何が悪いんだろう……」
「だから、あんたとの婚約が破談になってケチがついたからかしら、という話をしてたのよ」
フェリシアに多大な犠牲を強いた王家は自らの威信をかけ、また幼い頃から可愛がってきた娘に最上の幸福を与えるべく、代わりの縁談を調えた。
今度の相手は隣国の王子――王位を継ぐ者ではなかったが、剣の腕の立つ堅物と有名な美男子だった。
それもご破算になったのは今から十ヶ月ほど前の話だ。
王子が旅芸人の一座にいた踊り子と出奔したのである。
真相は彼らと、ふたりの逃亡の手引きをしたフェリシア、そしてその話を聞いたフェリックスの四人しか知らない。
「僕のときと似たような話だったよねえ、ルーファスくんも」
「そうねぇ……都の警備に出た王子様が暴漢に襲われかけた踊り子を助けて惚れて惚れられて、どこかの恋愛小説のような話だったわ」
これは目の前の王子にも話していないことだが、彼らがフェリックスのように家に留まって結婚せず出奔したのには踊り子の娘の出生が関与している。
遠く離れた南国で生まれたという踊り子は、実はその国の王女であった。王を憎む臣下によって都を追われた貴なる娘は、自らを証立てる指輪を大切に抱えて諸国をさすらっていた。
高潔なる騎士は彼女を無事に故郷に届けるために、自らの全てを捨てる覚悟を持っていた。
最近届いた手紙には、王家の紋章入りでふたりが無事であること、困難はあったが元の身分を取り戻したこと、そして彼女への感謝と謝罪の言葉が綴られ、来年行われる式への招待状まで同封されていた。同様のものが恐らくは婿の生家にも送られていることだろう。寝耳に水で慌てふためいた隣国から使者がやってくるのが目に見えるようだ。
「本当、何のお伽話かしらといった感じよね……」
「僕はひとのことは言えないしねぇ……」
あんたのところよりも凄まじいロマンスよ、とはさすがに言えず、彼女は行儀が悪いことを知りつつも組んだ手に顎を載せた。

またしても――彼女本人がそれに影ながら手を貸したのだが――面目を潰されたフェリシアに、隣国の王家も誠心誠意をこめて彼女の嫁ぎ先を探そうとした。しかし二度も、それもかなり派手なかたちで婚約が破談になった娘を貰い受けようとする家は中々現れなかった。
「三番目はまた凄かったよね……」
「ひとの傷抉るんじゃないわよ」
そう、つい先週、三番目の縁談が流れたところだった。
中々に重い経歴と後見を背負う彼女にどの家も怖じ気付き逃げ惑っていた中、とある名家が勇敢にも名乗りを上げた。国内の有力な貴族であったその家の次男坊との話であり、家柄も彼女の家と釣り合う程度、彼本人もかなり優秀な人物ということでこれならまあ認められるかと二つの王家も納得しかけたそのとき。
かの家の長年の政敵であったとある家の長女と彼の恋愛沙汰が明るみに出たのであった。
「ルクレツィアとカーティスもまぁよくあのときまで隠せてたよねえ」
「あのふたりは頭良いもの、いがみ合うことに命をかけてた父親たちの目をかいくぐるのは難しくないわ」
敵対しあう二つの家の子供たちがどのようにお互いに惹かれ合い思いを育てていったのか、ふたりから嫌になるほど聞かされたフェリシアは疲れたように視線を遠くへ投げた。
ふたりの恋が周囲に知らされた切欠は、色々な重圧に耐え切れなくなりかけていたルクレツィアの元に届いたカーティスの婚約の報だった。
自暴自棄になった彼女は屋敷に油を撒いて篭城、ランプを片手に二階の窓から彼への愛を叫び、叶わないのならこのまま死んでやると騒いだ。
妙に目の据わった娘を前に父親は茫然自失、家族の説得の言葉も失恋という最大最強の盾に阻まれ届かずじまい。
この騒ぎの中、逢瀬に使われていた秘密の道を通って屋敷に侵入したカーティスがルクレツィアの元に辿り着き、ふたりの熱いやりとりがついに衆目にさらされた。勿論フェリシアもその場にいた――というか、軟禁されていた彼を逃がし、ルクレツィアの元に向かうように説得したのは彼女なのである。ついでに感情が昂ぶりすぎていっそふたりでこのまま心中を、とまで思いつめたふたりを野次馬の中から説得し、混乱の極致にある両家の当主たちから彼らの結婚の承諾を取り付けて恋人たちをなんとか無事に屋敷から出てこさせたという最大の功労賞も獲得していた。
「さすがに三度目ともなるとね、なんだかどうでもよくなって……ルクレツィアが可哀想だったし、私も他の女を愛してる夫なんか要らなかったし」
「つ、次はきっと良い縁があるよ……!」
「うるっさいわね、この三度目の話が広まっちゃったおかげで私のところには女の子からの恋愛相談が殺到するし、私を利用しようと障害のある恋愛をしてる阿呆どもからの申し込みがちらほらあるし、もういい加減にしてほしいわ! 私は自分がお嫁さんになりたいの、結婚を守護する女神になんかなりたいわけじゃないわ!」
彼女の切実な叫びに、その最初の事件の当事者であるフェリックスは何も言えずに黙り込んだ。

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ロマンス小説におけるライバル役の女の子の話。
相手役が決まらなくて終わりに出来ない。どうしよう。ごめんフェリシア。
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