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No-Mark Stall *




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さいご。 | 2006年08月16日(水)
届けばいい。
灰に還る自分の言葉の一片だけでも、届いてくれることを切に願う。


世界は光で満ちている。
きっと美しい、あらゆるものがそこにはあるだろう。

世界は光で満ちている。
憎しみも悲しみも癒されて、大切なひとと手を取り合うことができるだろう。

自分はこの目でそれらを見ることはできないけれど。

世界は光で満ちている。
信じることができるなら、誰にも信じてもらえなくても歩いていける。
優しさは与えられるものでなく与えるもので、苦痛は与えるものでなく取り除くものだ。

世界は光で満ちている。
夜空には月が架かり、雨の日でも灯る言葉が道を照らすだろう。

世界は光で満ちている。
誰かがそこで嘆き悲しむのなら、希望を見出し差し出そう。

讃える言葉は絶え間なく祝福のように呪詛のように歌い上げられる。
聞き届けるものがいなくても、それは何処までも繋がれて、何より強固なしるべとなる。


最後の一歩に音はない。

足元の深い暗闇に沈んでいく。
その瞳に映るのは遠くなっていく光だけで、それもやがては瞼に閉ざされ、すべては砂と化し風に散った。
だんなさまとおくさま、そのに。 | 2006年08月09日(水)
ばん、と大きな音がして観音開きの扉が勢い良く開かれる。
それに驚いた様子もなく、ペンを元の場所に収めた男はそちらの方を振り返った。
冷徹なその視線を受け、麦色の髪をした彼女は不機嫌を隠さない藍色の瞳で微笑んだ。
「きんきらきん、話があるんだけどちょっとイイ?」
「いい加減その珍妙な呼び方をやめて私の名前くらい覚えて頂けませんか」
「フレドリック=イェスタ=ヴェストベリ」
間髪なく返ってくる答えを聞いて、彼は呆れたように溜息をついた。彼女は頭は良いくせに常の行動があまりに馬鹿げている。彼の理解の及ばぬ人間だった。
「……覚えているなら、そちらの名前で呼んで頂けると嬉しいのですが」
「あら、あんた喜ばせるなんて嫌だわ。で、付き合ってくれるのくれないのどっち」
彼は平然とペンを取り直し、鉄壁の無表情で冷たく答える。
「私にあなたのために割く時間などありません。この場で聞きましょう」
「良い知らせと悪い知らせがあるんだけど」

「では悪い知らせから聞きましょう」
「私とあんたの間に一生切れない縁が出来たわ」
僅かに眉を動かした彼は、書類から目を離す。
「……良い知らせは」
「私とあんたの生殖能力が証明されてよ、フレディ」

しん、と沈黙が落ちる。
ひどく真剣な眼差しで見つめてくる妻を遠慮なく紫の瞳で見つめ返し、ようやく彼は頷いた。

「ああ、つまり妊娠したと」
「驚かないのね、つまらない」
「私の子供か、とでも聞いてほしいのですか? 他に心当たりがあるならばさっさと申し出て下さい、処分を考えます」
彼のあっさりした反応に拍子抜けしたような彼女が、険しく眼を細めた。
「相手の男か子供かどっちの処分よそれ。子供だったら殺られる前に殺るから覚悟しときなさい。ていうか第一あんた以外に父親がいるわけないじゃない。男に身体触られるなんて考えただけでも気持ち悪くてたまらないのに」
ぶるり、と両腕を抱いて身体を震わせる彼女の言葉は本気以外の何者でもない。嫌悪感の滲み出るその表情に、彼は思わず嘆息した。容貌が整っているだけに憂鬱そうな表情がひどく様になっている。
「私も男ですが」
「ああ、そういえばそうだったわね。で、とりあえず認知はしてくれるわよね?」
喉の奥で笑いながら、彼は席を立って彼女の元に歩み寄る。
「私が肯定しようがしまいが、私たちは夫婦なのですから我々ふたりの子供ということになるでしょう、嫌でも」
「嫌なの?」
常日頃、ひとのことを散々にけなすくせに、彼女は不安そうに瞳を揺らして彼を見上げた。普段なら嗜虐心を煽るのみであろうその表情は、今日は何故か慈しむべきものに感じ、彼は自分でも驚くくらいに優しい微笑みを浮かべて華奢な肩に触れた。
「いいえ、嫌ではありませんよ、ソフィア。そもそもそういう行為の目的はそこにあるのだから。それでは、あなたはもうあなただけの身体ではないのですから、少なくとも子供が産まれるまでは無茶はしないように」
「前半の身も蓋もない事実の指摘はともかく、月並みな言葉ね」
つまらなさそうに彼女が口を尖らせ、全くだ、と彼は心中で頷いた。己がこんな陳腐な言葉を吐けるとは。
「……まぁ、せっかく出来た跡継ぎをあなたの無理で失うのは勘弁願いたいところですからね」
誤魔化すようにそっと呟いた言葉を漏らさず聞き取り、彼女はふんと鼻を鳴らす。
「失礼ね、私は無茶も無理もしないわよ」
「さあ、それはどうだか。用が済んだのならどうぞ、あいにく書類が溜まっているもので」
「あら、有能な旦那さまが珍しいこと。まぁいいけど。じゃあ、失礼するわ」
ひらひらと手を振って扉の向こうへ消えてゆく妻を、彼は眼を細めて見送った。

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いつぞやのだんなさまとおくさま続き。話飛びすぎですね。
ふたりのコンセプトは険悪かつらぶらぶな暴言カップルといったあたりです。ツン×ツン。
相手のことは好きですか?と聞いたら即座に嫌いだと言う答えが返ってくるくせに手をつないでるとかそんなばかっぷる。
書物の一節。 | 2006年08月06日(日)
すべては歴史の淵の向こうに。
祝福と呪いを受けた血脈は密やかに継がれ、末裔はただ世界の果てでまどろむ。
因果はとうに喪われ、辿る術は既にない。
みどりごの眠りを妨げることなかれ。

*

世界の天秤を傾けるほどの運命は、黄金の黄昏と共に沈む。
夜の栄華は曙光に駆逐されるが定め。
滅びの手から逃れた雪華は地に根付く。
その花を摘むことなかれ、囲うなかれ、知ることなかれ。

*

妙なる歌を紡ぐ者を見よ。
裸足で野に踊り、光を浴び、喜びに満ちて世界を讃える声を聞け。
花冠をかむる全き祝福の娘を守護する風は淀んでいる。
恵みを拒むことなかれ。

*

世界はたえず歪んでいる。
世界はたえず歌っている。
世界はたえず祝福し、世界はたえず呪詛の言葉をささやく。
世界にとめどなく流れ溢れ絶えぬものを見つめよ、こたえはすべてそこにある。
兄。 | 2006年08月03日(木)
「……あなた」
人目もはばからず、ぐすぐすと鼻を鳴らす妻がそっと彼に寄り添う。
小さな手が腕に絡んできたが、普段なら振り払うであろうそれを好きにさせたまま、彼は視線を前に戻した。
真白い棺は、雲ひとつない青空のもとでは少々眩しい。
「いい加減に泣き止め。みっともない」
「……でも、おにいさまがこんなに早く、亡くなる、なん、て」
しゃくり上げる彼女の頭を乱暴に撫で、彼は溜息をついた。
「気にするな。むしろあの歳まで生きていたことの方が奇跡に近いんだ」

兄はひどく病弱だった。
成人する頃には何とか落ち着いた様子を見せていたが、幼い頃には死線をさまようことなどしょっちゅうで、いつも王宮がばたばたしていたことを覚えている。その度に、母が呪うような唸り声を上げて兄のいる宮の方を睨んでいたことも、きっと死ぬまで忘れないのだろう。
「……わたし、まだ信じられませんの」
繋いだ手を握り締め、彼女はそっと呟く。
「数日前まであんなに元気でいらしたのに」
「全くだ。殺しても死ななそうなくせに」
実際、嫌になるほどしぶとい男だった。刃向かう者は例外なく叩き潰し、或いは窮地を逆に利用して、あっという間に上り詰めるところまで上り詰めた。彼など足元にも及ばぬ回転の速い頭脳と行動力の持ち主だった。
あんなのが兄のせいで、弟である彼には世を儚みたくなるほどの重圧がのしかかってきたことを彼はきっと知らなかっただろう。知ったところでそれがどうしたと切って捨てそうではあるが。
敵には全く容赦はしないくせに、一度懐に入れた相手に対してはひどく優しかったのも兄の特徴だった。しかしそれが分かりにくすぎて相手に中々伝わらないのはどうかと思う。器用なくせにそんなところばかりが不器用だった。
あまりに偉大で、そして最悪の、敬愛すべき兄。

「……あんなに傲慢な性格をしているくせに嫌いになりきれないところが嫌いだったな」
「あなた、おにいさま大好きですものね」
ふふ、と小さく笑う妻がひどくしゃくに触って、彼はその頭を軽く小突いた。
「だから嫌いだと言っているだろう」
「あら、わたし知ってますのよ。あなたのスケッチブックの三分の一はおにいさまに関連するものでしょう」
「つまらない冗談を言うな」
「事実でしてよ。帰ったら数えてご覧になるといいわ」

棺が埋められていく。
兄はもういない。
全てを見透かすようなあの眼も、自在に駒を動かすあの手も、もうないのだ。

言い知れぬ不安に、彼は顔をしかめて棺を見つめていた。


******

なんだかんだでブラコンだなこいつ。兄貴を美化しすぎです。
written by MitukiHome
since 2002.03.30