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No-Mark Stall *




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奥さん。 | 2006年07月30日(日)
夜会への招待状の束を燃え盛る暖炉に投げ捨て、彼はふむと首を傾げた。
「しかし、結婚は人生の墓場というが、実際はどうなのだろうな」
愛妻家である腹心の部下や、散々追い回された挙句に先月ついに結婚までこぎつけられてしまった弟の今にも死にそうな顔つきを思い出しているのだろう、彼にしては珍しい、純粋に不思議そうな表情を見てヨルハは知らず微笑んだ。
「してみればいいじゃないですか?」
「入ってみて本当に墓場だったらどう責任を取る?」
「そんなもん自分で負って下さいよ」
「唆したのはお前だ」
「相手を選ぶのは殿下でしょう」
にやりと凶悪に笑い返す主人に、彼女はそ知らぬ顔で切り返す。
もうひと束残っていた手紙の山を崩しながら、
「全くつまらん奴だ。ついでに問うてやるが、お前ならどのような女が私にふさわしいと考える?」
「その見た目にのぼせないで、殿下のことを飽きさせないひとがいいんじゃないですか」
真面目に政務をこなし宴会を嫌い、無駄のない生活を自他に要求するくせに、彼はこんな風に中身のない冗句だけの応酬が好きだ。
お妃さまになるひとは大変ねぇ、とヨルハはまだ見ぬ未来の奥方を哀れんだ。
「ほう、そう思うか」
「思いますよ。殿下自分の見た目褒められるの嫌いでしょう」
彼は自分の美貌を理解し使いこなしているが、それだけに上っ面だけを見て中身を見ようとしない人間を軽蔑している。
少なくとも遠巻きにしてきゃあきゃあ騒いでいるだけのお姫さまでは彼の眼鏡に適わないだろうことだけはヨルハにも分かっている。
「まあ殿下は将来の国王さまですし、それなりの身分も備えていないとお貴族さまその他から反発を食らうのは必至でしょうし、中々難しいですね」

「まあ身分はどうとでもなる。父はそうでもないが、祖父などは正妃こそ周りから押し付けられた侯爵家の娘だったが、彼女が亡くなったあとに迎えた女性は元々男爵家の人間だ」
「根性ありますね」
養子に入って書類上の身分だけは獲得したところで、それはきっと周知の事実だったろう。確実に受けたであろう数々の嫌がらせその他の苦難を勝手に想像し、ヨルハは彼女にひどく同情した。
「ちなみにそちらが私の祖母だ。最初の奥方と祖父の折り合いの悪さは有名だったらしい。一時は早すぎる彼女の死に一枚噛んでいたのではないかという噂も漂っている」
「……へぇ」
「ちなみに私が密かに発見した彼の日記から確実にクロだと知れた」
「えぇッ!?」
「安心しろ、既にそれは燃やした。誰も知るまいて」
くっくっく、と楽しげに笑う姿はまさしく自分の妻を殺した祖父を持つにふさわしい邪悪さで、ヨルハは呆れたように天を仰いだ。


******

段々おちゃめさんになっていくライヒでした。
瞳の色。 | 2006年07月29日(土)
嵐が過ぎ去った直後の水溜りに映るような青空。
底もなく、何処までも突き抜けていく色。
ひとの瞳に初めて見るそれを間近に覗き込み、彼女は息を呑んだ。

*

「私が望むものと、君が望むものは、おんなじだよ」
星の散る群青の瞳をした佳人は穏やかに微笑む。
あまりに凪いだその表情に、彼女は怯えたように頬を強張らせたが、それでもそこから動けない。
あと少しできっと、このひとは誰にも手の届かない果てに辿り着いてしまう。
たとえ引き戻すことができなくても、最後には逆らえずに共にそこに足を踏み入れてしまうと分かっていても、彼女は差し出された手を振り払えない。
だって、手を繋いでうずくまっていれば、相手は先には進めない。

「ねえ、私の手なんか離していいんだよ。君が望むものは、片手でなんか引き寄せられない」
どちらかを選びなさい、とその声は暗に言っていた。
「知ってる。分かってる。でも、無理なの。あなたなら分かるでしょう?」
答える声はない。真実と分かっているから互いに目を合わせられない。

どちらも選べない。選んではいけない。
選んだ瞬間に拮抗は崩れ落ちて、結局は破滅の道しか残らない。

たすけて、と彼女は声なく呟いた。

*

突き付けられた刃の輝きは、見慣れた鈍い銀色だった。
「どちらかを選べ」
手にした剣よりも鋭く光る淡い紫の瞳に、彼は目を瞬かせる。
「どちら、と言うと?」
「ここで殺されるか、俺に協力するか」
「相手が何者かも、目的も分からないのに協力しろと?」
日ごとに焦燥は募る。
こんなところで、こんな下らない応酬をしている時間はないのにと、苛立ちすら沸き上がる。以前の自分ならばもっと余裕をもっていただろう。
良くも悪くも変わったものだと彼はこっそり息をつく。
その首筋に切っ先を突き付けた男は、何も言わない。何も言わずにただ険しく目を細めている。
深窓のたおやかな姫君にならこれ以上ないほど似合っただろう、優しげな紫色の双眸が、色から連想するような儚さなど微塵も備えていないことは眼差しの無神経なまでの強靭さからよく分かる。
彼は舌打ちしたくなるのを堪えながら薄く微笑った。
「答えないと何も教えない、というわけですか」
「聞きたければ話してやるが、その時点でお前の立場は決まるぞ」
「良いだろう、聞いてやる」
どうせこの都には用はない。親しく懐かしく大切なひとびとはいるけれど、今の彼はそれ以上にただひとりを欲していた。


*

芽吹いたばかりの若木に降り注いだ夕暮れのような、黄金の艶を帯びて輝く翠色。
終わりと始まりのないまぜになった揺れるその瞳を前にして、彼は微笑んだ。


******


色々と意味深に見えるように並べてみました(……)。
夜道の罠。 | 2006年07月27日(木)
しゃん、しゃん、と何処からか鈴が鳴る。
足元から立ちこめる霧がいつの間にか視界を閉ざし、香子は困ったように目を瞬かせた。
沈みかけた日と陰影を濃くしていく森の姿は何処にもない。
どうやら何処か妙な場所に迷い込んでしまったらしい。
柔らかな乳白色の空間は彼女を閉じ込めるつもりらしく、伸ばした手の先すら霞に滲んでぼやけるほどだ。

「……どうしよう……」
夕暮れ時は日常と非日常の間の壁が薄くなる。
特に君は向こう側の空気に馴染みやすいのだから気をつけるように、と幾度も言われていたことを思い出し、此処から帰れないという心配よりも彼に見つかって怒られることの方に彼女は焦った。
ふと戸惑う彼女の注意を引くように、すうと霧が晴れていく。

月のない、蒼い夜。
夜風が涼しく頬を撫で、黒く藍色の空に浮かび上がる木々の影がざぁと波打った。
「……」
香子は僅かに眉根を寄せる。
彼女は新月が嫌いだ。その夜は絶対に彼に会えない。
月そのものである彼は、新月の夜はずっと眠りこけているのだという。
香子が毎晩睡眠を必要とするように、彼にとってその日が大切なのは分かるから何も言わないが、それでもいつもいてくれるひとがいないというのは、彼女をひどく不安にさせるものだった。
その夜と同じように、月がない。
彼女は逡巡したが、此処でまごついていても事態が解決するわけではない。
闇の向こうに橙色の光を見つけ、香子はそちらへ向かって歩き出した。

そうして辿り着いたのは、昔話に出てくるような古い小さな家だった。
旅人が迷った先に行き着く一軒屋。
「……こういう話、聞き覚えがあるわ」
嫌な予感を覚えつつ、ごめんください、と声をかけると、果たして彼女の予想したとおり、腰を不覚曲げた、優しそうな老婆が扉を開けて「おやまあ」と笑いかけてきた。
「これはまた、綺麗なお嬢さんだこと」
「夜分にごめんなさい。道に迷ってしまったのですが、ふもとへ行く道はご存知ですか?」
「今からふもとへ行こうってのかい? やめておきな、夜は獣がうろついているんだ、危ないよ」
やっぱり、と彼女は頭を抱えたくなったが、精一杯の愛想笑いで緩く首を振った。
「でも、帰らないと家族が心配していますし」
「明日の朝でも怒られやしないよ。ほらおいで、今夜はうちに泊めてあげる。女の子が夜中まで外をうろついてちゃ駄目だよ」
骨と皮ばかりの腕が意外な強さで彼女の手首を掴む。
「いえ、でもご迷惑おかけするわけには」
そのままずるずると家の中に引きずり込まれそうになったとき、ふっと目の前を白い何かが遮った。
ギャァ、と耳障りな唸り声と共に腕を放され、反動で彼女はひっくり返った。
その背を抱き留め、彼はあからさまに嘆息した。

「道草を食ってはいけないと言ったろう? 全く、いつまでも帰らないから祖母君が心配している」
「……私何もしてないのに……」
「何かあったらすぐに私を呼ぶように言ったのも忘れていただろう。昼ならともかく、今は私の領域だ。誰にも何も手出しはさせぬ」
しばらく一緒にいて分かったが、彼は結構説教好きだ。
ごめんなさい、としおらしくうなだれる彼女の頭をぽんぽんと撫でるように叩くと、彼はひどく醒めた目で老婆を見下ろした。
「それで、分かっているだろうな?」
「知らなかったんですよ。御前と分かっていたら手出ししませんでしたよ、許して下さいよ」
「……本当に?」
「本当ですよ。御君が常についていらっしゃるものだとばかり思ってましたからね、護りのない娘っこが御前だとは思いもしませんでしたよ」
ねえ、御前からも何か言って下さいよ、と香子に伸ばされた老婆の腕を軽く叩き落としその身体を踏みつけながら、渡空がちらと香子を見やる。
ふたりの視線を受けて、彼女はふるふると首を振った。
仕方ない、と再度溜息をつき、彼は老婆に乗せていた足をどけた。

「……本来なら即座に滅するところだがな、彼女に免じて許してやる。今度からは相手を選べよ」
「すんませんねえ、本当ごめんよぅ御前さま」
あざになった手首を優しく撫でられ、香子は苦笑を返した。
「おばあさんも気をつけて」
「普段ならこんな間違いしないんだがねぇ、あたしも焼きが回ったかね。でも御君、ちょいと無防備すぎやしませんか」
「……それは分かっている」
不機嫌そうな顔つきで頷く青年を前に、老婆は首を傾げながら言葉を続けた。
「あたしなんかは力も強くないですしね、御君には何度も助けられていますから逆らう気もありませんが、もっと性質の悪いのに狙われたら大変ですよ」
「分かっているからとっとと去ねい、灰にされたいか」
怒気に触れて飛び上がった老婆は、へこへこと頭を下げながら藪の中へ消えていく。
「ひゃあ勘弁を。あたしが言うのもなんですが、お気をつけなすって」
「ええとありがとう、気をつけて!」

ひゅう、と涼しい風が吹き、はっと我に返った香子はおそるおそる彼を見上げた。思ったとおりの仏頂面に首を竦ませる。
「……ありがとうも何も、食われかけたのをすっかり失念しているようだがな」
「……だってそれは私がふらふらしてたのが原因の半分くらいでしょ?」
「分かっているなら気をつけることだ。まったく、護りをこしらえている最中によくもやる。怪我は?」
説教を垂れながらも、服についた葉っぱを叩き落としたりと世話を焼く彼が何だかおかしくて、彼女は小さく笑みを零した。
「大丈夫。……たすけてくれて、ありがとう」
「礼には及ばないよ、それより君は早く帰るべきだろう。とうに夕食の時間をすぎている」
ぎょっとした彼女が時計を確かめるとなるほど、いつの間にか八時近い。普段なら祖母はそろそろお湯を浴びて寝る支度をしていることだ。
「は、早く言ってよ!」
「君が呼ばないから悪い」

不機嫌そうな渡空を引きつれ、彼女は慌てて山道を降りていく。
背後には、いつの間に空に上ったのか、真白い月が輝いていた。

******

白道アフター。ぶっちゃけただのバカップル。
シスコン。 | 2006年07月25日(火)
彼女はとても整った容姿をしていた。
絶妙な線を描く優しい顔の輪郭を縁取るのは柔らかくうねる豪奢な長い金の髪。
少し高めの鼻と、好奇心に満ちてきらきら光る、海のような蒼い瞳に長い睫が時々淡く影を落とす。
最も目を惹き付けるふっくらと赤い唇に、染みひとつない白い肌。
弓を引くようにゆっくりと唇を吊り上げて、カノジョは艶やかに笑う。

挑戦的で自信に満ちた笑い方をする女だ、と彼はいつも思う。
初対面の人間であれば誰もが見惚れるであろう魅力的な微笑だ。
しかし、彼女の本性も何もかも知り尽くした彼は苦々しさしか覚えない。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。あいつに男が出来たって?」
「そうよ。可愛い可愛い私の妹にドコの馬の骨とも知れぬ優男がちょっかい出したのよ」
ただじゃおかないわ、と囁くその声は低く剣呑だ。
「あのなぁ、あいつもいつまでもガキじゃないんだから男のひとりやふたりくらい作るだろ。むしろ恋人がいない方が心配になるぞ俺は」
「それが村の人間だって言うんなら、私だってむかつくけど半殺しで済ませるわ。だけど流れ者よ」
「……まあ前半部はおいておくとして、確かにそれは多少心配ではあるが」
「そんな正体不明の輩があの子にべたべた触ってると考えるとぞっとするわ」
ひとりで勝手に想像を膨らませてかっかしている彼女の肩を宥めるように軽く撫でて、彼は溜息をついた。
「あのな、心配するのは分かるがな、少しはあいつを信用してやれよ」
「何が言いたいの」
「素性が怪しくても一応あいつが選んだ男なんだ、大丈夫だろ」
「でもあの子、歳の割に世間知らずだし、手練手管に長けた男に騙されてるかも」
「お前がそれを言うなこの箱入り娘」
む、と彼女は眉を寄せる。
「バカにしないで頂戴。ちゃんと料理も買い物も洗濯も出来るわよ、私は」
「はいはい」
言い返すのにも疲れて彼はおざなりに頷いた。
不満げな顔つきの彼女が唐突に拳を振り上げるのにも卒なく対応し、彼は青空を仰いだ。
箱から出さなかった筆頭である彼は一生付き合う覚悟をしている。
しているものの、やはり疲労感は否めない。
「育て方間違えたか」
相手に会ったらどうしてやるこうしてやるとぼそぼそ呟く彼女の頭を撫でながら、彼は肩を落としてこっそりと嘆いた。


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離れて暮らす妹に恋人が出来て取り乱すひとたち。
彼は暴力的なカノジョとぽややんな年下の幼馴染を抱えてかなり苦労しているようです。
会話とか。 | 2006年07月20日(木)
「陛下」
「何だ」
「今まで耐えて参りましたが、そろそろ私も限界です」
「何だその、うちのが実家に帰らせて頂きますと脅しをかける前置きのような言葉は」
「真実の愛を取り戻したいのでお暇を頂戴致したく思います」
「頭大丈夫かお前」
「もうすぐダメになりそうです」
「既にダメになってることに気付け」

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「ねえ聞いてちょうだい。あのひとったらひどいのよ」
「遠距離恋愛中の身としては痴話喧嘩などのろけにしか聞こえないんですが王妃様」
「だって私はこんなにあのひとのこと好きなのにこっちのことなんて全然見てくれないのよ」
「五歳のときに一目惚れして以来、仕掛け続けてついに力技で結婚まで持ち込んだ挙句子供まで産んだあなたに今更何の不満があるんですか」
「人間向上心失ったらおしまいよ。ああもう、初恋の女ってそんなにイイものなのかしら」
「自分振り返ってみりゃいいんじゃないですか」


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固まり始めたのでそろそろ話が書けそうです。
その前にあっち終わらせないといけないんですがorz
守護者。 | 2006年07月10日(月)
「我が銘は<宵を渡る迅雷>」
常の独り言のような呟きとは異なる、彼の朗々とした口上に応えるように、足元でその影が渦巻き始める。

「その庇護は密にして疎なく、その腕は鳥篭の如く、その意志は何にも穿たれず」

首から下を覆う漆黒の外套の、引きちぎったようなほつれた裾が風もないのにばたばたとひらめく。
その内から覗くはずの両足は既にとぐろを巻く闇の中に埋もれていた。

「紫電の如き鋭さと、深遠なる闇にも劣らぬ寛容をもって」

一点の黒は、布に落ちたインクのように、真白い床に広がっていく。
しおれた茎のように、髪を散らし倒れ伏す少女の元に辿り着いたそれは、音もなく彼女を呑み込んだ。
そうして闇は収縮する。
先ほどまでの禍々しい侵食が幻だったかのように、一瞬で床は純白さを取り戻す。
千切れた裾だけが名残のように数度はためいて、止んだ。

「――汝が守護者たることを永久に約束しよう」


最後の一節だけは囁くように呟いて、ふと優しい笑みを浮かべた青年は、扉の前で凍り付いている兵達に視線をやると心底つまらなさそうに瞬いた。
「……さて。私は今、ここ数百年なかったくらいに不機嫌なのだが」
声も瞳も淡々と、感情を覗かせぬ色をして、彼は改めて周りを見渡した。
無機質と呼ぶのがふさわしいような、冷たい白色の壁と床には何もない。
広々としているのに息苦しいようなこの部屋に彼の雛鳥が囚われていたのかと思うと、とうに沸点を越えたはずの怒りがまたふつふつと煮え立った。
幸い、既に彼女は誰にも害されることのない場所に保護済みだ。どれだけ何を破壊しても支障は全くない。

かつん、と床を叩く無機質な音に、戦に慣れていないわけでもない男達が肌を粟立てる。

目の前に佇むのは闇そのもの。
果てなくきりなく、希望も絶望も全て呑み込んで平然と世界を渡る魔性のひとり。

「……それでは諸君、夜明けまで私と踊ろうではないか」

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パワーバランスが悪くなるので使い道に困るひとりですこの男。

ストーカーの続きを書いてませんでしたそういえば(というか1度詰まって放置したというのが正しい……orz)。金髪の名前をいい加減出したいんですがどうしよう。
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