竹裡館の怠惰な日々...竹裡館住人

 

 

デッサンの勉強 - 2002年04月30日(火)

一応仕事で絵を描いているというのに、しかも昨日今日の絵描きでもないのに、今頃デッサンの勉強をしてみる。

もともと絵が上手くてやっているわけではなく、どちらかと言うと話作りのほうが得手なので、いつまでたっても半人前の絵描きである。
特に苦手なのは普通に歩いている人物(笑)。速く自然に歩いている人物を描きたいものだ。それが描けないとカッコいいアクションも何も始まらない。

実際の話が、人間が歩いているところというのは、ちゃんと重心移動を把握していないと自然に描けないものだ。足の振り出し、着地、蹴り…とキチンと考えるととても難しい。階段なんか上がったひにはもう(笑)。

なんか気分はP3の開発者だ。


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ワイルドアームズというゲーム - 2002年04月27日(土)

ここ一年ばかり私の生活に食い込んでいるゲーム。それは『ワールドアームズ』のシリーズである。
去年から『2』をすでに2回以上はプレイしている。このゲームのB級的楽しさは、ちょっと口では言い表せないほどである。
そこで今回、順序が逆であるが『1』をプレイした。すでに5年も前にリリースされたゲームなので、ヴィジュアルなどは勿論古めであるが、ゲームの楽しさはそんなものに左右されないものである。

大抵のゲームは初回作のほうが続編よりインパクトもあり感動もあるものだが、私としてはこのゲームに限り断然『2』を支持したい。

なぜかと考えるに、これはテーマの違いかもしれない。
『1』のテーマは『勇気』であったように思う。無謀と勇気の違い、真の勇気とは他者のために自分を越えること。なかなか良い結論であったと思う。

然るに『2』のテーマは『英雄』なのである。英雄とは何か。人々を救うために命を投げ出す、あたかも生贄のごときものなのか。人々がすがる便利な存在として、己を捨てねばならないのか。このテーマを巡って、英雄の名を負って自分の名を捨てた男、英雄を夢見る若者、生贄にされる少年、姉を英雄視する小さい魔女、英雄の血を受け継ぐため自らをすり減らす女…といったキャラクターが動いていく。

『勇気』は個人の意思の問題だが、『英雄』は社会的な問題ともいえる。
そのためか『2』の方が組織や国家などに重点を置いたシナリオになっている。
『1』の物語は楽しく、まず歯ごたえもあるものだったが、キャラクターは皆ごく素直でピュアな行動原理しか持っていなかった。
『2』の、英雄とそれを期待する人々というテーマは非常にきわどいところもあり、結果、人には裏も表もあるというところをじっくり描くことになった、と自分は思っている。

すでにピュアでなくなったオトナの自分には、このくらいのテーマの方が説得力があるのである。

それでいて『2』の遊びっぷりはたいしたもの。30代ならば爆笑請け合いのアナクロネタの数々…。そのへんがまたB級臭くて素晴らしいのである。





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ホビットたちの運命やいかに - 2002年04月24日(水)

遅まきながら『ロードオブザリング』を観てきた。

『指輪物語』は20年くらい前に読んだきりなので細部は忘れたが、とにかくイメージはみごとに再現されている。テンポがいいので原作を読むよりだいぶ楽なのではないか。
ファンタジイ好きとしては、ここまで映画でできるようになったというのは感慨深いものがある。ホビット庄の描写は秀逸。ガンダルフが文句のつけようも無いほど『魔法使い』であるのも良い。クリストファー・リーのサルモンも良い。あのドラキュラ伯爵がまたえらく気品のあるじいさまになったものだなあ、と感心。
そしてドワーフのギムリがあまりにも良く「出来て」いて、一体どこからホンモノののドワーフを見つけ出してきたのだろうかと思ったほど。いるものなのだなあ、世の中には。

そして『続く』。最近ここまであからさまに『続く』なのも珍しい。二作目が楽しみである。

ここまでできるのだから、今度は是非誰か『ベルガリオン』を映画化してくれないものか。あの作品は『指輪物語』をなぞりながら、さらに楽しく面白く、とっつきやすさも抜群で誰にでも楽しめる名作だと思うのだが。


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ノートルダムの鐘は原作を読むべからず - 2002年04月19日(金)

テレビでディズニー映画『ノートルダムの鐘』を放映していた。

劇場公開当時、原作の『ノートルダムのせむし男』が未読だったので読もうと思い、書店を探すが見つからず。図書館を探すが見つからず。横浜在住の妹に頼んで横浜の図書館のネットワークを利用、予約でようやく読む事が出来た。

読んでがっかり。というかびっくり。
ここまでアニメと原作が違うのも珍しいが、アニメのほうが良いというのも珍しい。
コンセプトにしてからが違うのだ。もちろんラストも違う。カジモドはエスメラルダの後を追って惨めに死んでいくし、フィーバスはジプシー女にちょっと手を出しただけの真心の無い女たらしだし、エスメラルダも無知で愚かな哀れな踊り子という、全く救いの無い物語だったりする。しょせん醜く生まれついたものは死ぬまで惨めだし死んでからも惨めなのだ、と言い張っているかのような小説。

こうなるとディズニーの楽天的な理想主義のほうがまだしもましだ。
人間年をとるとハッピーエンドが好きになるものだというが、だんだん分かってきたような気がする…。



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描かなきゃ始まらない道理ですが。 - 2002年04月16日(火)

漫画のネームというやつをやっている。

漫画の設計図といったものだが、自分はどうもこれが苦手で困る。
ネーム自体というよりも、それを編集に見せるのが苦手なのである。
出来上がった原稿を見せるのは構わないのだが、というかそれが嫌だとこんな仕事は出来ないわけだが(笑)。
いまだ漫画になっていないネームの段階というやつは、自分で見てもあまり面白くないものなのだ。原稿になってしまえば面白いはずなのだが…。

面白くないと自分が思っているものを人に見せるのはなかなかキツイ。
しかし避けては通れない道ではある。
大体やらなきゃお金にならない。

どうしたものか。


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春は別れの季節とか。 - 2002年04月13日(土)

昨日、親知らずを抜いた。役に立たない割にでかい歯であったので、縫合までされてしまった。まあまあ経過は良好である。

しかし、「親知らず」とは「生えてきたときには親はたいてい死別している」という意味のはずだが、最近の親知らずは親が健在なうちに生えてきて、親が健在なうちに抜かれていくという、他の歯に比べても親べったりな歯であるような気が。

それにしてもこの春二本目の抜歯である。
自分の不摂生が原因であることはもちろんだが、体の一部がだんだん減っていくのはやはり妙に寂しいようでもある。

春は別れの季節である。


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売れない漫画家が考えた事 - 2002年04月10日(水)

最近漫画家としての仕事もろくにしていない自分だが、編集部への注文だけは数々あったりする。

例えば読者アンケートのことだ。
実はあれは編集者が一番重大視するデータであるし、あれ以外に編集者が人気を判断する材料はほとんど無い。だからどんなに送られてきたアンケートが少なくても、何十通くらいしかなくても、編集部はそれを信用する。

アンケートなんぞ、漫画が大好きだった自分も出したことが無い。そんなものが何か影響を与えるとは思っていなかったからだ。実際、「この漫画はちょっと面白いな、またこの作者が書いたものを読みたいな」と思っても、だからといってアンケートを出す人は稀だろう。

ところが、実際は作家がちょっと友達何人かに頼んで出してもらったりすると、それだけでアンケートの順位が上がったりする、そういうレベルなのである。

だからこんなことを考えた。雑誌の読者アンケートの所には正直にこう書くのだ。

「このアンケートが先生達の運命を左右します!順位が良かった先生にはこれからも描いて頂きますし、順位が悪ければもうお願いしないかもしれません。さあ、お気に入りの先生を応援しましょう!」


最近の編集者は自分で判断するのをやめてアンケートを天の声とする傾向が強いので、↑はかなり真実に近い。こうすれば読者も積極的にアンケートを送ってくれるようになるのではないだろうか。返ってくるアンケート数が多ければ多いほど、実際の人気が推測できるようになると言うものだ。

もちろん漫画家のためにもそのほうが良いに決まっているのである。




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来年生まれる有名人 - 2002年04月07日(日)

今日は世界的に有名なロボットの誕生日である。

鉄腕アトム。

来年の西暦2003年4月7日にアトムは生まれることになっている。
……絶対無理だな(笑)。
子供の頃は西暦2003年なんて気の遠くなるような未来だと思っていたが、こうして手の届く所に来てしまっている。不思議なことである。今でも『西暦2003年』という字面を見るとえらい先のような気がしてしょうがない。来年なんだけど。

アシモは生まれたが、いかんせんなんでもかんでも自分で判断できる完全自立型ロボットはまだまだ先の話である。実際、いまだにアトムはおろかあの世界のザコキャラロボットの水準にも達していないのが現状である。

それでも日本のロボット技術者たちは確かにアトムを目指して研究を続けている。知名度は高くても、ドラえもんは目指していない(笑)。

二足歩行の人間型ロボットにこだわる日本人を作ったのは、やはりアトムなのだろう。

アトムはやっぱり凄い。


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たけのこ・竹の子・筍 - 2002年04月06日(土)

春である。

裏の竹林に筍が出た。
これから一雨来ようものなら、まさに『雨後の筍』状態でイヤというほど出るのである。
何しろ朝掘りでいけるので、煮物、筍ご飯、刺身でもいける。筍はとにかく掘ってからの時間がいかに短いかが味の決め手であるので、何の手入れもしない裏の筍でも売られているものより確かに美味い。
蕗もわさわさ生えて来た。春の味覚てんこもりである。

まあ季節の終わり頃になれば、さすがに飽きてくるのも毎年のことだが。
消費しきれないので、隣近所におすそ分けをする。そうすると、何かしらいいものがかえってくるのである。我が家ではこれを、筍が化けた『のこ化け』と呼んでいる。

まったく、春である。


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歯医者=踏ん切り - 2002年04月03日(水)

でかい詰め物が取れてからもう1年以上経つ。
かかりつけの歯医者は歩いて2分、しかも住居も隣で顔見知り。私は歯医者慣れしているので別に怖いことはない。最近の治療はほとんど痛くないのも体で知っている。

それでも踏ん切りがなかなかつかないのが歯医者というやつである。

昨日やたらに痛くなってきたので、思い切って予約を入れる。
すると、いつものことだがすーっと心が軽くなる。後はプロにお任せ、という安心感か、懸案事項が片付いたすがすがしさか。

そうなることは分かっていたのに、それでも一年あまりもぐずぐずしてしまう。

それが歯医者ってやつである。


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勢いでキャプテンフューチャーも。 - 2002年04月02日(火)

懐かしのSFシリーズに突入。カバーも本文も黄ばみ放題、くたくたに汚れたキャプテンフューチャーシリーズを引っぱり出す。読んでみれば、やはり面白いのだ、これが。あちこちにストーリーの大穴が盛大に空いてはいるが、そこはそれ勢いで。
アメリカ人というのは本当にヒーローが好きだ。日本人的に見れば、あまりにも大雑把なのではと言いたくなるが、まあそんな突っ込みもここまで来ると無粋だ。
しかし今読むと面白いのは、「太陽系政府」の時代になっても全てがアナログで処理されているところか。コンピューターすらまともに登場しないという(笑)。太陽系規模で書類が全てペーパーメディアというのはさぞ煩雑なことだろう。


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