銀の鎧細工通信
目次


2009年06月25日(木) 084:あれは遠くに捨て去った、遠い昔の甘い夢 (BASARA、半兵衛と秀吉)


 「半兵衛、少し休まないか」
 秀吉は手ずから盆を持ち、そこから湯飲みを手渡す。どこか呆けたようにそれを見つめ、半兵衛は「うん」と頷くと紙を丸め、「ありがとう」と云ってそれを受け取った。これもどうだ、とよく冷やした梅の甘露煮を差し出された。
 「それは?立派な梅だね」
 「ああ、領地を見て回った時に、見事な木があったのでな」
 知っていた。
 田畑を検分している際に、その大木を目にした秀吉は「この梅の実を我に売らぬか」と申し出たというのだ。領主である。大名なのだ。何も云わずもいで去ったとしても誰も文句は云わない。云えない。それなのに秀吉は木の生える庭の主に許可を取り、そしてそれに正当な代価を払って正当に買った。無体な強奪などしない男なのだ。できないのだ。
 「あまり根を詰めすぎると、身体に障るぞ」
 「ふふ、肝に銘じておくよ」
 時々、半兵衛は秀吉が病に気がついているのではないかと思うことがある。気付いていて黙っているのではないかと。どちらでもいいことだった。構わない。つまらない同情で半兵衛を労わることを、半兵衛は決して赦さない。それを秀吉も重々承知している。2人には目指すものがあった。
 世の荒波を鎮める圧倒的な力、無益な殺戮にたったひとつしかない命を弄ばれることのない世界。
 秀吉が力を求めたのは、己を誇示するためではない。個人的な野望でもない。彼はただ、奪い奪われることを嫌ったのだ。守るために、捨てたのだ。
優しい、人なのだ。
 ふ、と一息つくと、秀吉は窓外の夕焼けをじっと眺めていた。自分に残された時間に限りあることが、たまらなく口惜しい。同時に、半兵衛はこの落日のように限りあるものだからこそ、美しく心に残るものがあることも承知している。
 (遅かれ早かれ・・・なんだ。だったら僕は、少しでも僕にできることをなそう)


 何故秀吉が力を求めるようになったのか、詳しい経緯は知らない。ただ、力が無いということは奪われ、踏み躙られることだと思ったようだった。そうしたことが世から消えればいいと願ったのだろう。そのためには、自らの手を空けておかなければと思ったのだろう。
 最大の弱みである、愛する細君を殺すほどに。
 守りながら切り開いていくことは困難だったろう。魔王の細君のような女ならばともかくとして。彼女はか弱い人間だった。戦いを好まず、話し合うことで解決に導いていける穏やかで聡明な人だった。そんな人間が踏み潰されていくのが、今の乱世だ。
 (慶次くんは未だわだかまりを抱えているようだけど・・・)
 『あの人を責めては駄目』と彼女は云った。涙を流し、ひどく震えながらそれでもためらう秀吉を、無言のままに促したのは彼女だ。柔らかく穏やかに微笑んで頷いた。
 (秀吉の枷に、重荷になりたくなかったんだろうか。それなら、僕だって同じだ)
 『本当に大切なものを思い出させてやる』と彼は云った。『昔のお前に、もう一度会いたかったよ』とも。
 (秀吉は忘れているわけではない。変わったわけでも)
 秀吉は総て覚えている。多くの痛みを、ありあまる輝かしい愛しいものを。ただ彼は、選び、決めただけだ。大切なものなら、彼は嫌というほど知っている。忘れられるわけがない。
 (秀吉が僕の身体のことに目を瞑るように、僕も秀吉の想いを見ない振りをする)
 今更慶次の望むようなことを云い、覇道を諦めたとして何になろう。知ってしまったものはなかったことにはできないし、殺めてしまった女も戻らない。秀吉が戻れるはずがないのだ。戻らないために、断ったのだ。
 (それで、いいんだ)
 「つめたくて、美味しいね」
 はっと我にかえったように、秀吉は半兵衛に向き直る。そうか、と少しばかり目を細めて頷いた。彼の作る世界は、きっと美しく優しいだろう。穏やかなものになるだろう。この国を強くすることは、穏やかで確かな力を蓄えることでもある。誰もが心をひとつにして守りたいと思えるもの。確かな日常。
 (秀吉は、それを知ってる)
 幼い頃から軍略の才を買われてきた半兵衛は、それを知らない。平和で確かで優しく暖かい日常を、知らない。自分は戦の世でしか生きられなかったろう。それを知っている。ただ、確かな毎日がきっと人を強くすることならば、こうしてふと秀吉から教わる瞬間がある。何事も起こらず、謀略をめぐらせず、打算と下心の読みあいもせず、ただそこに在ってやさしくしあうこと。そのかけがえのなさ。
 (僕は、それを知らない)
 
 でも何となく想像できるようになったんだ。絵物語や知識としてじゃなくて、実感として。それ以上を僕は望まないよ。その世界が訪れる頃には、僕はもういないだろうから。僕は戦世に生まれて戦の中で死ぬ、それで充分だ。
 君の心も見ない振りをしよう。気付かない振りをしよう。

 それでも僕は知ってるよ。君がどうしようもなく、哀しいほどに優しいことを。
 「日が長くなってきた、きれいな夕焼けだね」
 「そうだな。実に見事だ」
 こんな風にして、ふたりで見た夕焼けを君が忘れないことを。僕のことを、君が忘れないことを。







END


あー消化不良!!!!
本当に豊臣は切ないです。やばいです。どうしよう!!!!!
もうね、こんなんじゃないんですよ!ちがうんだああああああああ!!うまいこと言葉が追いつきまへん。豊臣+KGの切なさは異常。どうにも絶対平行線。どっちがいいとか悪いとかじゃない。原因があって結果がある。
強いて云うならKGの汚れなさは、あの目の瞑りっぷりにはある意味慄きます。
あー・・・また書きたいな半秀(そうなんです私ははんひでですよ)。
無印2の半兵衛ストーリーとKGストーリーやりたいぜ・・・そしてひでお(英雄)のKGストーリー・・・あれは痛すぎた。辛かった。

BGMはまたしても「落日」東京事変
同じ曲をしばらくエンドレスで聴くのは仕様です。


2009年06月22日(月) 097:幾重にも重なる暗い夜を越えて (遊戯王 御伽×城之内×御伽)

 
 俺だってヘコむ日くらいあるわけで。とにかく疲れて疲れて疲れはてちゃって、もう全部嫌になる日だってあったりするわけで。 そんな時にタイミングよく声をかけてくる奴がいたりなんかしちゃって。「飯、食いに来ない?」だなんてさりげなーく、何食わぬ顔でさ。
 膝に突っ伏した姿勢のまま、目だけ上げて盛大に溜息。だってその飯は美味くて、部屋は明るくてきちんとしてて、でもちょっとどっかがらんどう。そこがまた居心地がいいっていう居心地の悪さ。
 「はあ。御伽やっさし」
 「普通だよ」
 印象的な緑の目を更に大きく丸くして、御伽は肩を竦めた。そんで笑ってみせる。そりゃもー完璧な笑顔。鮮やかの一言。お見事、と云う代わりに俺は小さく鼻を鳴らす。
 優しいのは事実。料理が上手くて、丁度いい距離感で丁度よく優しくて、何気に面倒見が良くて、でもお節介というほどじゃなくって、ほどほどに綺麗好き。顔も可愛い、ていうか綺麗系?睫毛なんかぶわーっと長くて、髪はツヤツヤのサラサラで幾ら触ってても飽きない。辛抱強くてマメで気が長い。慎重だし冷静、そもそも頭がいいっぽい。俺にはないもんだとか無理っぽいもんばっか持ってる。
 「なあ、なんでそんな何でもできんの?」
 「器用貧乏なだけだよ」
 否定しないんだから嫌になる。
 たぶんこいつが最初に俺に興味を持ったのは「カテーカンキョー」ってヤツなんだと、思う。どうしようもない親父抱えて二人暮らし。殴られて蹴られて生活の面倒全般みてやって、もっともオレは鞭とかは流石にないけど。セイシュンってのに影を落とす血縁の存在。別に何も珍しいことじゃない。
 「くやし…お前のダメなとこ数えよ」
 何それ、という不満の声を無視する。お前が持ってなくてオレが持ってるものがきっとあんだろ?でなきゃなんでオレのこと好きだとかゆーの?同類相哀れむってヤツ?そんなの真っ平だ。いや悪いばっかでもないとは思ってる。悪いばっかじゃねーんだよ、たぶんそういうのはさ。
 「超インドア、出不精で軽く引きこもり入ってる。凝り性でオタク気質バリバリ。センスは突飛なくせに根暗でネガティブ」
 ひどいなと呻く声がする。本気で怒らないのなんか判りきってる。それがムカつく。
 「器用貧乏」
 「それさっき俺が云った」
 どさりとソファの背もたれに頭ごと上半身を預けた。腕で額を押さえる。蛍光灯が目障り、顔なんか見られたくない。 
 「お茶いれよーっと」
 「………」
 察しもいい。オレ甘いのがいい、そう声を上げると少し離れて返事が寄越される。近くから御伽の気配が消えた。ふっと気が緩む。確かな体温だとか存在感だとか、質量がなくなる。気楽なのに、心許無い。
 「実は結構ヘタレ、カッコ付けのくせにすぐふにゃふにゃしだす、押しに弱い!」
 キッチンにまで聞こえるようにと、どんどん声が大きくなる。
 「そろそろ泣きそうだから、やめて」
 不意に声が近くなった。腕を外すと湯気のたつマグカップをふたつ持って御伽が苦笑してる。ほんと、嫌になるくらいきれいな笑顔。
 「すぐオレを甘やかす」
 熱いよ、とカップを手渡して腰を下ろした。床に座ってソファに寄り掛かる。たぶんオレの目付きは物騒だったろう。御伽に見られなくてホッとする。
 「それってダメなとこ?」
 手近な雑誌を引き寄せて適当にめくる。真剣に詰め寄らないこいつの、弱さ。
 「ダメじゃねぇけど、ダメ」
 「わがまま」
 御伽が笑う。肩と髪が小さく揺れる。お前は臆病で、だからいつも他人のこと探ってるし、注意深いから優しくもできる。根っこのとこで半端なくビビり。
 「オレに嫌われるのが、怖い?」
 本当にちょっとだけ、微かに肩が震えた。他人を観察してるのならオレだって同じなんだ。
 「怖いよ」
 はぐらかすかと思ったら、意外なことにあっさり認めやがった。云い過ぎたかな。こいつはネガティブスイッチ入っちまうと殻に閉じこもるから面倒。静かに自閉して、喚かない泣かない怒らない、本当に静かで見た目はいつもと変わらない。だから、すげー厄介。
 ばかだ。ばか。ばかばか、
 「ばーか」
 やべえ口に出た。でもまあいいや。そんな、なんか妙に寂しそうな背中とかすんなよ。見てる方が寂しくなる。後ろから首ったまにかじりつく。あーこいつの髪ってなんかやたらイイ匂い、とかオレはぼんやり思う。泊まって風呂借りて、同じシャンプー使ってもオレのとは違う。
 「なんで城之内が泣くの」
 泣きたいのは俺の方でしょ、と呟く掠れた声が肩に押し付けた額から伝わってくる。
 「うるせー。オレは弱ってんだよ」
 目の奥がぶわぶわと熱く歪んでる。風邪ひいた時みたいに顔に力が入らない。鼻をすする。御伽は軽く溜息をついて、ティッシュケースを引き寄せた。数枚引き抜いて、ほらと押し付けてくる。
 優しくするから優しくしてよ、ねえ。
 オレもお前も決定的に飢えてるもの。圧倒的に足りないもの。きっと絶対永久に満たされきることなんてないもの。たぶんこいつは解ってて笑う。解ってて肯定する。受け入れる。いつもと変わらない顔して線を引いてる。そう云うと「城之内は笑って線を引いてるよね」だとか応えやがる。そうかも知んない。どうだろう、自覚なんかない。
 「御伽、おとぎ」
 「なぁに」
 「おとぎオトコマエ、ちょうイイ男」
 ティッシュでぐしゃぐしゃ顔を吹きながら、それでも抱き付いたままでなんとか云うと、御伽は吹き出してくすくす笑う。
 「ありがと」
 呆れたような、でも満更じゃないことくらい判る。ちょっとクセのある、やさしい声。
 「大好き」
 駄目押し。
 「うん」
 そこは「うん」じゃねぇだろ。すげー穏やかな声。こいつこのまま死ぬんじゃねえの、ってくらい。
 オレたちがやってるのは馴れ合いだろうか?傷の舐め合いだろうか?それだけでこんな一緒にいたりできるモンだろうか。こいつはたぶん本当にオレのことが好きで、
 愛してあげるから愛して。
 ろくでもない考えばっかり浮かんでくる。オレは確かに飢えてて、でもそんなないものねだりには際限なんかないんだ。オレに見える色が、こいつにも見えてるような気がしてるだなんて、願望だろうか?
 遊戯を抱きしめた時の、何とも云えないくすぐったいようなあったかい感じとは違う。本田と肩を組んだ時の、眩しいみたいな力強さとも違う。杏子が飛びついてきた時の、きらきらチカチカしてうれしいのとも違う。御伽は抱きしめても抱きしめても足りない。届かない感じがするんじゃない、しっくりきすぎて、馴染みすぎて、あんまり気持ちいいからもっともっとってなる。オレこのまま死ぬんじゃねえの、ってくらい。
 御伽のきれいな笑顔が好きだ。すげー気持ちいい。小首を傾げて笑いかけられると、もうなんでもいいやって、全部どうとでもしてやるって、そう思う。静香に対してもそう思うけど、そういう責任の重さみたいなのが、御伽に対しては、ない。
 たぶんオレは愛とか恋とかわかってない。わかってないけど、それでも御伽とこうやって過ごす、胸が苦しいような夜が好きだ。色付きの薄いセロハンを何枚も何枚も層を重ねていくように、どこまでも静かで、それはきれいなものなんだ。オレにとっては、確かに。








END


遊戯王初SSがオトジョオトっていう圧倒的マイノリティ。
御伽くんが好きです、大好きです。
遊戯王はリアルタイムで読んでて、またここ数年相棒のお陰で2525でアニメ映像とか見てたりしてて、元々好きではあります。それが書くまでになるとはねえ・・・笑。
CPは社長総受け。でも愛されてなくていい。闇海贔屓。闇海前提の城海が次点。表海も表城も闇城も好き。基本的に城之内は攻め。なので御伽くんともリバっぽいのが良い。
BGM、イメージは東京事変「落日」



 


2009年06月11日(木) 072:血の味も覚えてしまった (BASARA 幸佐。歪んだあなたへの100題)


 実は旦那はあまり笑わない。
 幾本かブチ切れている戦場では喚くものの真顔だし、普段だって武家の子の矜持なのか感情を表に出さないところがある。嬉しければ勿論笑うけど、それは微笑みというのに近い本当に微かなものだ。直情型で容易くムキになるわりには、意外なところですっと冷静に覚めていたりする。あまり余所の戦人は知らないことだ。熱血で単純単細胞以外の旦那の情動を見ることが
ないわけだから。
 真面目で真面目で冗談は理解しないし、ストイックで大将にだけは暑苦しい。素直かと思いきや根は酷い頑固者。潔癖なくせに、自分がこうと決めたらどんなことでも平然とやってのける。それは少しかすがとも似ている。そこに罪悪感を伴うかどうかの違いだ。
 …ああ、そうか。
 何でかすがが気になるのかって、旦那に似たところがあるからだ。かすがのが全然人間くさいし、可愛いけど。
 旦那ときたら、感情をあらわにするのは大将の前くらいだ。それだって一応選んだ結果の感情のみに努めている、らしい。それは配下にだって同じこと。家臣を不安にさせるような感情は見せない。と云うよりも見せたがらない。声を荒げて檄を飛ばすのは戦場でのみ。日頃は全く穏やかなもんだ。だからこそ大将との殴り合いを、家臣たちは「またぶん殴られてたぜ…」なぁんておののいて眺めている。何しろ普段は無表情なのだから。
 真田の旦那は笑わない。そして泣かない。時々、あの人をみてるとうそ寒い。そしてうんざりする。
 戦のために戦のために、武田の勝利のために。剥ぎ落として欠落したものたちが、真田幸村の足跡に血まみれで転がっている。究極的に仕事人間。戦のために生まれたような男。
 そして彼は、それらに頓着することはない。捨てて来た人間性が己の一部とも思ってはいないんだ。
 だからあの人はあんなにもきれいなのだろうか。暴力的なまでに。


 最近旦那は俺のことを「某の佐助」と呼ばわる。まるで上杉公がかすがを「わたくしのうつくしきつるぎ」と呼ばわるみたいじゃないか。
 それは正しい云い方ではある。俺様はあくまで旦那を支えて守る忍で、旦那の「佐助」。大将の「佐助」にはなれないし、他の人のための名でもない。
 忍ってのはそうでなきゃならない。誰の命でも気安く受けるような忍は信用されないし、信用されない忍は害としか見なされない。ま、事実そうなんだけど。
 武士とは違う忠義だけど、俺たちにも忠義はある。生きるために必要とする、命懸けの忠誠だ。
 武士が戦や身内争いなんかするから忍は生まれたのに、その武士から命を守るべく尽くすだなんて、全く報われない職業だ。
 その点では俺様は恵まれた。過ぎるほどに恵まれたことが悩みになるだなんて、贅沢だとは解ってる。
 解っているけど、あの人は少し違うんだ。
 忍ってのは隠し武器みたいなもんであって、主の身体の一部じゃない。手足のように使うのはいいけど、実際には手足とは違う。あの人はそれをいまいち解っていない。俺様が裏切るとも思ってないし、勝手にどっかで野垂れ死ぬとも思ってない。あの人は解ってない。俺は時々酷く苛立つ。



 しばらくの潜入調査を終え、佐助は城に戻った。お〜久々♪と思う程には城を離れていた。
 幸村は武田の任務で不在であり、佐助は望月六郎と霧隠才蔵とに調査結果の共有と報告を済ませる。
「ご苦労だったな。幸村様は明後日お戻りになるそうだ。急ぎお伝えすることでもなかろう。それまでしばし休むがいい」
六郎はにこりと笑ってから、てきぱきと報告を暗号文にしてしたためてゆく。少しばかりそれを眺めてから、くるりと振り返る。
 「そう?なぁんか悪いねー。じゃあ才蔵、忍隊の…」
 「問題は無い。お前が出るまでもない仕事ばかりだ」
 「何だよそれ、つれねぇなあ。俺様、長なのに」
 振り返った先に座っている男の、そのあまりの素っ気なさに佐助は思わず揶揄を向けた。
 そもそも才蔵はいつも気怠げにしている男で、日頃から愛想に欠ける。今しがた佐助の言葉の先回りをしたのは、何くれと仕事を見つけては働きだす自分を休ませるためだと佐助にも解ってはいた。
 気怠い視線で「いつも休みがないだの忍び使いが荒いだの騒ぐのは、あれは口だけなのか」と鼻で笑えば、六郎が苦笑しながら「どちみち幸村様がお帰りになったら慌ただしくなるだろう。今のうちに休んでおけ」と援護を寄越した。
 じゃあお言葉に甘えて。と云った割りには、佐助は手持ちぶさたで何とも時間を持て余していた。
 「暇…」
 忍具の手入れを終え、装束に染みた血抜きを行い、欠けた薬草類の補充を済ませ、そうして今回の仕事の後始末と、次回の仕事の支度に片が付く。
 余程の傷を負わなければ、もともと休みを必要としない身体である。不必要な休養は身体と勘を鈍らせてしまうだけだ。
 佐助が戻れば真っ先に飛んで来て、信玄を脅かすものが無いかを確かめる。そんな幸村が不在であると、至って普通の忍として仕事の後始末を済ませられる。
 これが当然のことなのだ。
 もともと身分でいうならば幸村に呼ばれるか、幸村に伝えることがあるかしなければ佐助のほうから声を掛けてはならない。珍奇な行動をとる主がまだ幼い時分から身側にいるものだから、つい先回りして主を立ててしまう。
近く遠く、しかし確かに。それは佐助が佐助だからであり、幸村が幸村だからである。

 例えば夏場。城門の櫓は涼しい。風通しが良く、天井も高い。幸村が一人でそこに向うと、屋根から佐助が顔を出した。そうなると幸村は物見を隣りの櫓に追い出してしまう。
 佐助は他愛ない話をする時もあれば、そこに居ることを知らせるだけで黙っている時もあった。

 他にも、城内の井戸には隠し穴がある。そのため佐助がその近くにいることが多いことに、かつて弁丸が気が付くのに時間はかからなかった。隙あらば井戸の近くで槍を振るう子どもは、自らの忍の近くが一番気楽であると感じていたのだろう。静かで見晴らしの良いその場所が気に入りもしたらしい。
 女房は云うまでもなく、側仕えですらも熱くなった弁丸を止められない。畢竟、「あれをしてはならぬ」「これをしてはならぬ」と予め禁じることで予想外の行動に制限をかけた。今よりも自制と理性の利かぬ弁丸に、その制限は大変窮屈なものであった。身内に有り余る熱を持て余し、発散するどころか溜め込まさせ続けられるのだから。
 そうなると櫓だの井戸だの人の少ない場所へと逃げ出すらしかった。こちらも櫓が近く、それはつまり城外が近いことと同義だ。佐助とて通路として用いるだけあって、その場に常駐しているわけではない。軽率なことをするな、立場をわきまえろ、そうやんわりと諭したところで弁丸は聞き入れない。
 野性的な勘の鋭さを抜きにしても、身分の低い妾腹の子である自分の身の置き場のなさを察するにはあまりある。
 (旦那は莫迦じゃない。それは解ってる)
 ぐぐ、と胡座をかいたまま前屈し骨を伸ばす。葉擦れの音がする、今日はいい天気だ。緑豊かな上田の上空を風が撫でていく。
 (解らないのは、旦那そのものだ)
 佐助には主の考えていることがさっぱり解らない。行動ならある程度予測できる。けれど幸村が何を思い、どういうつもりでその行動に出ているのかが解らない。別に理解する必要もないのだけど、理不尽で不可解なことがどうにも多い。
 (俺様には解らないし、あの人も解ってない。・・・それでおあいこか)
 うっそりと人の悪い笑みを浮べ、ごろりと横になる。忍小屋とは別に長の個室として与えられているそこは雑然としており、佐助が日頃長居をしていないことが伺える。ざり、と爪の先で畳の目をなぜる。
 (旦那がいないと、静かだ)
 ぽかりと開けたままの目玉が乾く。外の光が眩しい。田植えも終わる、戦が始まる頃だなと佐助はぼんやりと考えをめぐらせた。草いきれも、血と泥と硝煙の匂いも、総てはどこか遠い。とうに馴染みきってしまっているものだというのに。
 (旦那は、いても静かだ)
 「変な人・・・」
 ぽつりと呟きながら、忍隊の編成と布陣を考える。新しい薬玉も試してみたい。先ずはどこと戦かな・・・と思ったところに、鼓膜が耳慣れた足音を捉えた。脈拍のように正確で確かな音。
 「佐助、俺だ。入るぞ」
 「うん」
 中にいる佐助は相手が誰だかとうに解っているというのに声をかけ、「俺だ」と云う主の律儀さも佐助には不思議だ。むくりと身体を起こすとほぼ同時に、がらりと戸が開けられる。白い逆光に目が焼けた。
 「おかえり。お疲れさま」
 目を細めて云うと、黙ったままつかつかと歩み寄って伸ばされた腕に頭をぐいと引き寄せられる。抱きとめられた胸は汚れていて、戦場の匂いがした。佐助の髪を絡め取る指は具足もそのままだ。鉄の止め具に髪が引っかって攣られる。
 「何」
 無愛想に問いながら鼻を鳴らせば、濃い血の匂いがする。
 (怪我したんだな。そりゃ怪我くらいするか)
 ちろりと舌先で肌を舐めると、細かい土埃に混ざって血の味を感じる。どうして自分は、いつの間にこの人の血の味なんて覚えたんだろう、とぼんやり考える。不意に頭の上から声が響いた。真っ直ぐに顔を上げたままの音だ。まるで佐助の寝転がっていた背後を見据えるような。
 「気を緩ませ過ぎだ。呑まれるぞ」
 「ふ・・・何の話だよ」
 舌を引っ込めて笑うと、更に掌に力を込められた。きっと本気を出せば、頭蓋骨を軋ませるくらいわけもないだろう。
 「陰の話だ」
 きっぱりと云い切る。佐助がまた息だけで笑うと、まるでそちらには渡さないとでもいうように指に掌に腕に力が込められる。


 「幸村様、俺はね、影の術を使う忍なんですよ」
 闇から現れ、闇へと消える。
 (地獄は地獄でも、きっとあんたと同じところへは行かないよ)










END



佐助の真田観・・・ていう話。
おそろしいことに一昨年の夏に上田旅行で浮かんで暖め続けていたネタです。たぶん腐ってるw
旦那は莫迦じゃない。からが今回書いたものだという事実。

この主従はアホかってくらいラヴくてもいいし、ギャグなラブさでもいいし、こういうすれ違っててかみ合わなくってズレまくってるけどなんかラヴってんでもいいです。悶々片恋でもいい。もうどれでも大変美味しい。
伊達っこと佐助のクソ仲悪くてお互い嫌いなのになんかラヴっぽくなっちゃうのも好きです。つまりは好きな物が共通してるから。佐助は伊達にしか見せない顔があると思う。
片倉さんと佐助の組み合わせも好物です。ああ、佐助が絡めばどれも美味しいってことか・・・。でもやっぱ旦那は別格。旦那かっこいいこわい・・・!チビる・・・!(嘘だろぉお


2009年06月04日(木) 003:傷つけて、傷付いて (EMC頭髪問題、歪んだあなたへの100題)

 
「ほんまあん時は血の気が引いたわ」
 織田が両の掌で顔を覆い、渾身の重い溜息をつく。
 「大袈裟な。大体お前の頭とちゃうやないか」
 紙コップからコーヒーをすすりながら望月が顔をしかめた。ねえねえ何の話?とマリアが隣に座っているアリスの腕のあたりを突付く。
 「ああ。昨日ラーメン喰いに行ったんや。そん時にな、ってそないな顔するな。マリアはバイトやったやないか。しゃあないやろ」
 べっつにーとふてくされた顔で応える。で?と促すので、アリスは肩を竦めてから話を先に進めた。
 「でな、江神さんが」
 アリスが傍らで机に突っ伏して眠っている部長にちろりと視線を送る。マリアも釣られて一瞬そちらを眺めた。人は眠っていても自分の名前には敏感だという。つい声を低めた。江神は身じろぎひとつしない。昨日の夜間工事のバイトはハードだったと云っていたから、疲れているのだろう。
 「文庫についてた輪ゴムで髪をくくったんや」
 「うん。・・・で?」
 (あかん。マリアにはさっぱり話が見えてへん。めっちゃ不細工な顔になっとる)
 ここで詳細な解説をするのは織田の傷を抉るような真似になるではないか、とアリスは憂鬱になった。いちから説明するには事はあまりにナイーヴなのだ。
 「ええか?」
 織田が切迫した声で話を引き取ったので、進んで残酷な真似をせずにすんだとアリスは安堵する。
 「つるっつるの直毛やったらまだマシなんや。やけど、この人のはご覧の通りや。こないな髪、輪ゴムでくくってみい、抜けるで結構!」
 痛ましい声音に怯むことなく、マリアは「そうですねえ」と呑気な声を出した。マリアの父である竜三氏は頭髪の悩みとは無縁そうな人物である。ぴんと来ないのも無理はないのかも知れない。
 織田の家族を知らない者には判らないことではあるが、織田の血縁には両親ともにある特徴があった。父も、父方の祖父も父方の親戚も、母の父も兄弟も親戚も、皆。
 「俺は忘れられへんのや!ちっさい頃から姉貴に『あんたも将来は禿げまっしぐらだてね』ゆうてからかわれ笑われたことがぁ!」
 「ああ、なるほど」
 織田の異様なまでの熱弁の理由がわかったらしい。マリアは神妙な表情を作った。が、その頬が笑いに引き攣れそうになっているのをアリスは見逃さない。女性だって薄毛と無関係ではないとはいえ、世の男どもの薄毛問題への過剰なまでの関心の高さは女子の文脈とは違うのだろう、とアリスは解釈した。ザビエル型かM字か。迫り来る恐怖と「いやまだいける」の感情の温度差も。
 アリス自身、遺伝で云えば完全にセーフではない。細い猫っ毛なのも気にかかる。同様にこしの強くない細い髪をしている望月はといえば、いやに冷静であった。遺影の父親は、年齢もあってか豊かな髪をしていたが。
 「部長が外した輪ゴム見られへんかったわー・・・」
 織田がはぁあ、と再び重苦しい溜息をついた。日頃のきびきびと潔い言動を思うと、そのしょげかえりようには哀れを・・・さそうわけがない。アリスとマリアは対織田への切り札を握った、と云わんばかりに目を合わせてにんまりとした。そもそも、力尽きゆく毛根に諾々としたがうようではまったく織田らしくないではないか。
 望月が憔悴した織田を引き摺るようにして講義へ向かい、2人はいってらっしゃいとひらひら蝶のように手を振って送り出した。
 「いやー・・・すごい思いつめようね」
 「うん」
 見送った姿勢のまま、2人は並んで口を開く。
 「信長さんにとって、非っ常〜に重大な問題だということがよく解った」
 「ほんまに。毛根は労わったらんとあかんなー」
 「あれ?あれぇ?アリスくんも頭髪に関してお悩みが?」
 くるりとアリスに向き直ると、マリアは露骨ににやにやしながらその猫っ毛を両手でかき回した。この、通称”シャンプーの刑”はある程度の髪の長さがないと威力が発揮されない。日頃の犠牲者は主にマリアだった。
 「無関係やないなと思っただけや」
 マリアの手を押さえようとじゃれていると、アリスの背中が机にぶつかった。2人の背後からむにゃむにゃと何か呟きがもれる。
 「こない騒いどって起きへんなんて、随分疲れてはるんやな」
 「ほんとだね。あっ、見て見てアリス。珍しい、眉間に皺寄ってない?ほら」
 机の上に上半身を伸ばし、マリアは江神の眉間を指差した。
 「僕らがうるさいからやろ」
 唇に人差し指をあてる真似をすると、マリアも肩を竦めてそれに倣った。
 いい子や。
 アリスは心の中で呟く。
 「苦労が多いと禿げるっていうよねぇ」
 「それは白髪と違うか」
 「あれそうだっけ。まあいいや。なんにせよ、江神さんっていろんなこと考えてばっかりっぽいし、ちょっと心配」
 ぺたりと腰を下ろしながらマリアは神妙な顔をした。今度は純粋なる本心からのようだ。
 「なんや、やっぱり江神さんの毛根が心配になってきたんか」
 マリアの云うのが毛根に限定しての心配ではないとアリスにも解っていた。しんみりしてしまうとそんな懸念が濃密に近づいてきそうで怖かった。だから、茶化した。
 「ううん、どうかな。別に禿げても江神さんは素的に違いないし。ああ〜でも落ち武者は勘弁」
 長髪のままで頭頂部だけ薄くなったことを指すのだろう。アリスは思わず吹き出した。確かにそれはきっつい、と応えるとマリアがすいと席を立って、江神の横に回りこんだ。手首にはめていたゴムで、江神の髪を器用に後ろでひとつにまとめてくくってしまった。
 緑のラインストーンが瞳に嵌めこまれたプラスチックの白い猫のついたゴム。
 「嫌がらせか」
 「善意よ」
 マリアは真剣な顔できっぱりと云った。
 (やけど三十路手前のごつい男に白猫ちゃんはなあ・・・)
 とはいえ案外似合うじゃないか、とも思った。似合うというよりも、微笑ましいと云うべきか。
 「お前あほやろ」
 握った手を口元に当て、笑いを噛み殺しながらアリスが云うと、「そうでもない」とマリアは得意げににやりとした。はじめの頃こそ関西のノリに困惑しきっていたマリアだが、今では慣れたものだ。言葉をそのまま受け止めるということはない。それでも会話に必ずオチをつけないと座りどころが悪い、というアリスの言葉には理解不能だと云った。

 しばらく講義の話と、それ以上のミステリ談義に花を咲かせていると、むっくりと江神が起き上がる。長い腕を思い切り伸ばしてあくびをひとつ。
 「「おはようございます」」
 はもってしまった言葉にアリスとマリアがくすくす笑っていると、江神はごきりと首を鳴らして「うん」とだけ応えた。ぼんやりと灰皿を引き寄せる。いつ気がつくだろう、とマリアが目を輝かせている。
 「えらい疲れてはりますね」
 「そうやな、いや単に昨夜遅うまで起きとったせいかも知れん」
 江神の寝起きは悪くない。バイトで疲れて帰宅した後に、更に読書ででも夜更かしをしていたら眠たいのも道理だ。まだ眠そうに目を擦っている。またひとつ、大あくび。
 「コーヒーでも買うてくるわ。欲しいもんあるか?」
 「あったかい紅茶」「烏龍茶」と口々に応える2人に、「うん」と頷いて江神は席を立った。「ごちそうさまでーす」とアリスが笑うと、「あほ。奢りやないぞ」と白い歯を見せて笑う。
 「ねえ、全っ然気付かないね・・・」
 「そうやな」
 背中を見送りながらマリアはむしろ驚きだ、という顔でいる。
 「江神さんが日頃如何に髪を気にしてないかってことよね」
 「ああ・・・なるほど」
 マリアや他の女の子たちは机に突っ伏して眠ったりしたら髪や化粧を気にするのだろう、とアリスは一人で得心する。アリスはむしろ寝癖を気にせずに済む分、こういう時のほうが無造作にいるだろうと思った。
 缶コーヒーと小さなペットボトルふたつを大きな手で楽々と持ちながら江神が戻ってくる。座っているマリアの横まで来ると、そっと頭を撫でる。優美ともいえるほどの優しい仕草。
 「これ、マリアのか?」
 軽く頭を振ってみせる。
 「ようやく気付きました?」
 大きな掌の下でマリアは子どものような顔で笑う。江神はもう片方の手で持っている紅茶をアリスに受け取るよう促した。
 「江神さん、輪ゴムで髪縛るんでしょ?痛そうだから、それあげます」
 「おおきに」
 花が咲くように江神が笑った。
 「いつ気付きました?」
 ペットボトルを両手でおし包んだアリスが訊くと、「自販機の横の窓を見て」と江神は云った。
 「なんやえろう頭がすっきりしてるな、思うて」
 「見ないと気付かないなんて迂闊ですね、推理研の部長ともあろう人が」
 そろそろくすぐったくなってきたのだろう。マリアが皮肉を口にするが、ひどくあたたかな表情で云ったところで、人の気持ちを和ませることにしかならない。江神は口角を上げると缶コーヒーに口をつけた。


 どんなにささやかなことでも、この人が笑う世界がいいと思った。
 誰かを傷付けることからも、何かに傷付くことからも、どうかこの人を白い猫が守ってくれればいいと願った。
 形を変えて繰り返し紡がれる祈りのように、あえかな願いのように、マリアはそれからもたまに江神に髪ゴムをあげた。いつもさりげないやり方で。そっと。
 先輩連中はそんな思惑に気がついているのかいないのか、「今度のはリンゴやった」「それはもう古い、俺は飴ちゃんのを見た」などとささやかな報告会を催している。江神は江神でそれらをどれも丁寧に扱った。大切に使っているのがありありと見てとれる。
 アリスが江神の下宿に行った際、台所兼洗面台の流しの脇に酒瓶が置いてあり、その首にまとめて髪ゴムがかけられているのを目にした。「マリア・コレクションや」と江神は笑って云った。







END

某サイト様の拍手絵から触発された妄想を培養してみた結果。
髪を括ってる江神さんが好きです。でも、その髪ゴムがマリアからもらった可愛いやつだったりすると、もっと好きです。
妄想にお構いいただきまして、心よりの御礼を!
これは謹んでひっそりと献上させていただきたく思います。

お礼の気持ちを込めて以下後日談。




 「そういえば、モチさんは心配やないんですか?頭」
 「失敬な奴ちゃなぁ、なんやアリス」
 盛大に怪訝な顔をされ、アリスは自分の訊き方が大いに誤解を招くものだと気付いて慌てて訂正した。
 「すいません、ちゃうんです。頭髪のことです」
 「わかっとる。人に頭心配されるようなこと思いあたらへんよ」
 ですよねー、とアリスは胸をなでおろした。望月がなにやら鞄の中をごそごそしている。取り出したものはパウンドケーキだった。どこか憮然とした表情で「食うか?」とアリスに差し出す。
 「ええんですか」
 ぱあ、と音が聞こえてきそうなほど顔を輝かせたアリスが問うと、俺は甘いもんは得意やないんや、と云った。
 「でも、せやったら貰いもんやないんですか?ほんまに僕がもろうてええんですか」
 開きけかけたラップから指を離し、真面目な顔をしている。
 「ああ、ええんや。食うてくれ」
 追い払うような手付きで望月は促す。
 「髪なー」
 頬杖をついてぼそりと呟く。「これうまいですよ」と喜色を浮べていたアリスは顔を上げる。
 「そう頭髪。モチさんえらいクールやないですか。余程自信がお有りで?」
 「そういうわけやないけど」
 珍しく歯切れが悪い。甘いものが苦手にもかかわらず貰ったというケーキといい、望月には何か諸々思うところがあるようだ。「謎」の気配にアリスは目を輝かせる。「落ち着け、別に面白い話があるわけやない」と望月は冷静な、というよりはいささかうんざりした雰囲気でそれをたしなめた。
 「頭髪に無頓着な人を見てるせいや。江神さんもそうやけど、単に慣れの問題なんや」
 その誰かを思い浮かべているのか、望月の目はどこか遠くを見ている。単純に迷っているわけではなく、煮え切らないでいるだけの望月は珍しい。本格推理の申し子としてロジックと整合性を愛している男なのだ。
 突っ込んで訊きにくい雰囲気を察してアリスは「そういうもんですか」とケーキを飲み込んで云った。返答は期待していなかったが、案の定望月は「うん」ともなんともつかない声を出した。

 「うまかったろ」
 長身の望月より数センチ高いだけの距離から傲然と見下ろし、自信満々に男は云った。それは問いかけの形を成してはいなかった。
 「アリスが絶賛してましたよ」
 「なんだそりゃ。あんたは食ってないのかい?少しも?」
 無造作に伸びた蓬髪の間からよく輝く目が望月を捉える。その声音は不満げではあるが、面白がっている響きのほうが強い。
 「っ・・・〜、俺は甘いもんは得意やないんですよ。云ったやないですか。味は、よう解りません。けど、不味いとは思わへんかったです」
 呻くように言葉を詰まらせたかと思うと、望月は一気にまくし立てた。さらりとした髪の間から覗いている耳が赤い。それを見止めたのか、詩人はにやついている。
 「そりゃ結構」
 云うなり望月にしなだれかかり、がぶりと耳に噛み付いた。


END


頭髪に無頓着極まり無さそうな男、志度晶。


シドモチ、書きやすいかも知れません。楽しいです。
江神さんとより絡ませやすいことに気付いてちょっと衝撃。




2009年06月03日(水) MAGICAL WORLD (近藤×高杉×そよ 続き物9話目)

 それはひとつの激震だった。
 つつがなくとり行われるはずの式典の中継で流れた映像は、新たな関係性を言祝ぐためのテープカットの代わりに、新たな将軍がにこにこしながら何かのケーブルをぶつりと切るものだった。
 暗転する画面、警報の鳴り響くターミナル内部を赤いランプが断片的に照らす。飛び交う驚愕の声と怒号。
 「一体何を、くそっ断線はダミーか、動力が制御できないぞ!」
 「ウイルスだな!?」
 「おいやめろ!撮るのを止めろ!」
 テレビカメラの前に掌が広げられる。無言のカメラマンは、それでもこの変事を撮り続けなければならないと思っているのだろう。それを払いのけ、逃げるようにしながらカメラを回し続けた。
 それら叫びの中から、”将軍”の絶叫が街中に響き渡る。
 「ターミナルの主電源を落としました、この場所を無効化します。
無尽蔵に転送はもうさせません・・・!外交なら武力ではなく、いちからやりなおすべきなんです。そんなことは解ってた、解ってて尚縋っていたのは私たちです・・・!!今更虫のいいことは解っています、許して欲しいとは云わない!許さなくていい!この国を、ここに住まう皆さんにお返しします、どうかあなたたちの願う国を、 放して!触らないで!!」
 「何をしてる、撮るのをやめんか!」
 「黙らせろ、乱心だ!」
 「・・・!いてぇっ!」
 「っは、あなたたちの願う国を作ってください!将軍家は政権をあなたたちにお返しします。将軍は私で最後です!」
 スクランブル交差点の脇に立つビルディングの宣伝画面から、お茶の間から、その悲鳴は唐突に真っ暗画面の中に掻き消えた。皆が足を止め、手を止め、言葉を呑み、立ち尽くしている、呆然と。
 あまりにも突然の、「大政奉還」だった。












       M   A   G   I   C  A   L   W   O   R  L   D











 「ちっ、やってくれる。ケーブル切断を合図に大量かつ複数のウイルスが送り込まれてる」
 「たいしたものだ。一体どれだけのクラッカーを買収なさったので?」
 声に憤怒を滲ませ、薄ら笑いを浮べる各星の大使と、そして天導衆に囲まれてそよは立っている。
 笠の奥から底冷えのするような声が呪いのように口々に囁く。
 「愚かな娘だ」

 「死に急いでどうなる?」

 「我々は今更この国を手放さんぞ」

 「復旧などすぐに済む」

 「これしきで天人を排除できるわけもなかろう」

 「お前の望む未来など永劫ありえないのだ」

 「わかっています。これで根本から変えられるだなんて思っていません。
でも、政なんてパフォーマンスですもの。どうせ上げるなら派手な花火がいいでしょう」
 怯まず、悪びれもせず、軽やかにそよは応えた。真っ直ぐに見返すその目だけが、ほの暗い光を鈍く放っている。気がつく者は相変らずいない。こんな局面になってさえも。
 不意に人垣の奥のほうから場違いなほど呑気な笑い声がした。
 「ぶ、あっはははあはは!」
 「何だ、神威!」
 それはそよよりか幾つか年上と思しき、まだ青年とも呼べないような少年だった。真っ白い肌、携えた傘。おそらく彼は夜兎の民だ。そよはいぶかる。髪と目の色のみならず、ふくりと柔らかい曲線を描く頬にくるくるした丸い瞳、面差しがあまりによく似ている。そう、友だちに。それとも夜兎族とは皆このように愛嬌のある造作をしているのだろうか?
 「この星は変なところだね。全然生まれも育ちも違うのに、同じことを云う奴らが二人もいる。ちょうどこの間あなたと同じことを云う男に逢いましたよ。でもどうせならあなたの側についた方が強い奴と闘えそうだ。春雨って云う最強の宇宙海賊とね」
 「なっ・・・!たちの悪い冗談もほどほどにしたまえ!」
 「冗談?ふふ・・・」
 神威の笑いに怖気を振るったように、周囲の人垣があとずさる。
 誰かが携帯電話に出る声がする。「何!?」と驚愕の声をあげると、同様に多数の携帯に着信が続き、大使たち一様に苦々しい表情を浮べた。もっとも、非常灯の光ではそれは互いには見えない。
 通話を終えた誰からともなく、怒りに震える声に笑いを含ませて口を開く。
 「号外が既に出回っているそうですな」
 「各省庁のホームページはいわずもがな、オンラインニュースにニュース速報、いずれも政権返上、民主化移行の具体的な案を提示しているそうで?」
 「買収していたのはクラッカーだけじゃないようですなあ・・・」
 侮り、見くびり切っていた少女に出し抜かれたことが我慢ならない。飼い殺され、従順に搾取されるべきである存在に咬み付かれたことが許しがたい。そう言葉に出さないままに場は語った。今すぐそよを八つ裂きにしてやりたい、と。憤怒が渦を巻く。
 「議会や内閣制度についても考えて案を作ってみましたの。準備会にお招きした方には快諾を得ております」
 超然と云い放つそよに、気色ばんだ男の一人が掴みかかろうとする。その手に捉えられる前に、そよはぱしん!と自らの手のひらに扇を強く打ちつけて閉じた。
 「ご説明しましょうか?あら、でも時間があまり残されていません」
 何の時間だ?と問われる前に、そよは軽く息を吸い込むと「この建物はじきに沈みます」と楚々とした花がほころぶように微笑んだ。再び場がざわめく。
 「何を戯言を・・・」
 「ご存知ありませんか、この場所は黄龍門。江戸最大の龍穴です。エネルギーを制御する装置を止めてしまえば、塔は力の奔流に呑まれます」
 「莫迦な・・・」
 「このエリア一体ごと消滅させる気か」
 そんなことがあるはずがない、あるいは可能だとしてもそんなことを行いえるはずがない。そう思いつつも、得体の知れない笑顔の化け物と豹変した少女の言葉に動揺が隠せないでいる。
 「狂言と思いたくばどうぞお好きに。それならばここを私と、あなた方の墓標にしましょう」
 とどめだと云わんばかりに、そよがにこりと追い打ちをかけると、天導衆の一人が口を開いた。
 「よろしい。ご高説はあなたのお城で伺いましょう」
 「何を仰る!こんな小娘の云うことに従うのですか!」
 「はったりに決まっている!武勇を誇る我が玄武におめおめ逃げろとぬかす気か!」
 食ってかかった幾人かの天人に、別の天導衆が「ならば卿らはここに残って真偽を確かめれば宜しかろう」と冷たい声で云い捨てた。


 「しっかし変な警護ですよね」
 遠巻きにターミナルを双眼鏡で眺めながら山崎がこぼす。
 「仕方がない。近づかずに警護を徹底しろとのお達しだ」
 原田もパトカーに両肘を突いた姿勢で双眼鏡をあてている。
 「にしても離れすぎじゃありません?これじゃなんかあった時に間に合わな」
 そこまで山崎が云ったところで、ラジオからそよの絶叫が響き渡った。
 何だって?
 何と云った?
 これは一体何事だ?
 隊士たちは硬直し、或いは呆然とし、ただ黙りこくって息を呑んだ。これは緊急事態なのか?乗り込むべきなのか?けれど将軍御自らのお言葉であるからには、呼ばれてもいないのに参上するわけにも行かない。
 隊士たちが近藤の姿を目で探すと、彼もまた驚愕の色をありありと浮べていた。
 「いいからちゃんと見張ってろ。ネズミ一匹通すな!」
 土方の一喝に場の空気がぎこちなくも動き出す。山崎はそっと盗み見た。民主化だと?そうしたら自分たちは侍ではなく、民間機関になるかも知れない。派手な武装と厳しい取締りを快く思わない向きが強く出たら、解散だって大いに有り得ることだ。将軍家のみならずこの江戸の治安を守ってきたが、民衆は将軍家の番犬だと思っていることだろう。顔色ひとつ変えないでいる土方の心中は察するにあまりある。真選組が潰されるかも知れないことを、誰より懸念し恐怖し動揺しているのは土方に他ならない。
 静けさと緊張感がその場全体を満たした。自分たちはどうなるのだろう。この国はどうなるのだろう?
 すると、視界前方に聳え立つ建物からぞろぞろと高級車が出てくる。ターミナル付近の上空は警戒空域としてヘリの使用を禁じており、報道のヘリだけが許可の出ている空を飛んでいる。
 「おいどういうことだ!?」
 「何だ、何が起こってる!」
 「会合が終わったのか!?」
 「近藤さん!」
 動揺のざわめきの中、土方が鋭く怒鳴ると、近藤は迷わず無線に手を伸ばした。
 「とっつあん!とっつあん!!」

 「おい!さっさと返事しろよ!!どういうことだ!?まだ現場待機で警護の必要があるのか!」

 ガガ、というノイズの音の後、けだるい割には有無を云わせぬ響きを持つ声が漏れ出でた。
 「あー、あー。近藤、撤収だ。全速で持ち場から離れろぉ」
 「大使たちの警護はどうする。あんな出かたして、狙ってくれと云わんばかりじゃねえか」
 自車両の無線を手に取った土方が冷静に尋ねる。
 「SPくらい自前でつけてる、いいからさっさと離れろ!巻き込まれるぞ!!」
 何にだ、という土方の声は届かなかった。松平は式典に限りなく近いところに立ち会っている。そして他にも指示を出さなければならない立場だ。無線は切られた。土方が舌打ちをすると、近藤に顔だけを向けて頷いた。
 「総員退避!連絡がつきゃ何処でもいい、とにかく一刻も早く全員こっから離れろ!!」
 銘々が車両に乗り込み、道や順序を選ばずに路地に消えていく。不審な揺れはエンジンのせいではないだろう。唸りを上げるような地鳴り。そこに雑じる、ジェット機の走行音のような甲高い音。
        キィ・・・・・・・・・・・・・・・ン
 土方は目を見開いた。
 「原田ぁ!止めろ!」
 「しかし副長、こいつはマズ・・・」
 「ガタガタ抜かすな、止めろ!俺が降りたら行って構わねぇ」
 「莫迦云わないでくださいよ。原田さん、東の丘に行ってください」
 土方は射殺すように山崎を睨み付ける。「すぐそこじゃないですか。それにあそこならよく見えます」山崎は肩を竦めて云った。土方の無言を了承とし、原田はハンドルを切る。
 「えーあーこちら副長車両。局長車両、応答願います」
        ・・・キィイ・・・・・・・・・ンンン・・・
 圧迫感を増す音に、山崎は眉間に皺を寄せながら無線を取る。
 「おう、俺だ」
 「局長、東エリアの丘に来てもらえませんか。どうにもこれは異常事態ですよ」
 「わかった。 聞こえたか?頼む」
 近藤の車には誰が同乗しているのだろう?そう思い巡らせながらミラーを伺うと、土方は煙草を咥えながらターミナルを見詰めている。音のみならず、揺れも酷くなっているようだった。ハンドルを握る原田の手に力が込められている。揺れにタイヤを取られそうになるのだろう。



 江戸城下を一望できる小高い丘の上に、近藤は既に到着していた。井上、島田、斉藤がその傍らに突っ立っている。土方たちは声もかけず、その視線の先に目をやった。
 奇妙な甲高い音だけをたて、下方から吸い込まれるように龍穴に呑まれていくターミナル。
 真っ白い光に、ほどけていくように建物が消えていく。
 爆発ではない。付近の建物もいくらかは消えているようだが、倒壊した破片すら散らばらず、地割れもおきず、地盤沈下ほどの影響すらおよぼさない。それはとても荘厳な情景だった。
 瞬きすら赦されないほどに。息を吐くことすらできないほど。口を開けてただ見つめるしかできない。
 その向こうに近藤は、苦しげなまでに身を折っては気がふれたように哄笑する少女の姿と、身を捩って這い蹲りのた打ち回って慟哭する隻眼の男の姿を見たような気がした。それともその姿は逆だったろうか。どちらでも変わらない。どちらにしても同じことだ。

 どうしてここまでしなきゃならない?

 どうしてここまでやらないと、生きていけないんだ?

 ただ生きたいだけだろ?

 ただ、赦したいだけなんだろ?自分を。

 ここまでやらないと、それができないのか?

 違う。

 あいつらは、何をどれだけやっても、赦せないんだ。

 つまりは、どうしたって、


 生きていかれないってことになる。


 近藤は無言のままで勢いよくパトカーに乗り込んだ。エンジンをかけると、周りの男たちが慌てて声をかける。
 「近藤さん!連絡だけは取れるようにしておいてくれ」
 土方が遠巻きに告げる。近藤は「ああ」とだけ応えて車をだした。
 「副長、どこに行くかご存知なんですか」
 島田が問うと、知らんとあっさり云った。
 (俺が、知るかよ)
 ひとつ解っていることは、近藤には大事なものがあるということ。
 そこに自分たちも入ってるのだと知っている。けれど、それだけではないのだ。
 近藤の心からそれらを奪ったら、それはもう彼ではなくなってしまう。
 あんたは行けばいい。
 俺が走らせてやる、絶対に止まらせない。
 土方は固く云い放つ。
 「各隊は大使館だ!ターミナルがあんなんなっちまって、あいつら何をするか判らん。閉じ込めとけ!」
 一斉に隊への指示出しがなされる。指示待ちともぼんやりしているだけのようにも見える山崎が、傍らに佇んで土方を見ている。
 「お前、お前は、」

 「ここにいろ」
 土方は唇を噛み締めて告げる。
 「いますよ」
 山崎は笑う。
 何がなんでもあんたを走らせてやる。そう決めたんだ。とうの昔に。
 そのためなら俺は何だってするし、何だって切り捨てようと思ったんだ。
 土方は唇を噛んだまま顔をあげ、きつく前を見た。






 「兄者」
 「なんだカイケイ」
 屋根の上でこれまで何千回と繰り返された遣り取りが行われる。
 「こないだ呑み屋で相席した奴にターミナルの構造について訊かれたな」
 「ああ。前髪の鬱陶しい兄ちゃんだろ?どうした?」
 「あれ」
 ウンケイが金槌で示した方角を見ると、巨大な塔が短くなっていく。まともな建造物の壊れかたではない。あんな倒壊は見たことがない。そう2人の大工は思う。男の言葉が甦った。

 ”へえ大工なんすか。俺ずっと不思議だったんですよ、ほらあれみたいな
ばか高い建物が何でグラつかずに立ってられんのかが”

 その際に2人は高層建造物の仕組みを話した。支点、力点、ベクトル。
 「あ・・・いやでも嘘は教えてないし。倒れないとは云ってないし」
 「そうだな」
 「そうさ」
 目の前にはもう、まるではじめから何もなかったような空が広がっている。






 「源外様、これで良かったのでしょうか」
 軽い揺れがある。しかし機械である彼女はそれを知覚はしても、びくともしないで立っていられた。
 「なんの話だ」

 「・・・私は直接制御装置に触れたことがあり、源外様は装置の仕組みをご存知です。 けれど、」
 「たまよぉ、じゃあなんでおめーは話そうと思ったんだ?」
 こちらは機械の振動に慣れすぎて、揺れを揺れとも認識しない男だった。珍しく云いよどむ彼女の言葉を遮って、ぶっきらぼうに問いかける。
 「解らないのです。社会を支えるネジとしてはお話しするべきではなかった。それなのに、私はあの人の力になってあげたい、と思ったのです。バグでしょうか」
 「けっ、ワシが面倒みてやってて、そうしょっちゅう不具合おこってたまるかってんだ。ほれ、治ったぞ。リモコンぶん投げるのは止めろと云っとけ」
 テレビのリモコンをやはりぽいと投げながら云った。
 「ありがとうございます。では・・・私はお登勢様のところへ戻ります」
 源外が片手を上げると、たまはぺこりと一礼して去っていった。
 「ワシやあの男ですら思いつかなかったことを、あんな小娘がやらかそうとするだなんてなぁ・・・」
 まさか一度ならず殺してやろうと思った男の妹が、目の前に表れるとは思っていなかった。たまとともに呼ばれた屋敷で制御装置について訊かれた。どうするつもりか、と源外は問うた。
 『わかりません。いいえ違う。壊したいし守りたいし、呪いたいし愛したい』
 彼女はぽつりと云った。
 『では、どうすればいいんでしょうね』
 ひどく哀しそうに笑った。
 どうしてやることもできない。
 本人がどうにかするしかない。

 「なんでぇ、えらい見晴らしがよくなったじゃねぇか。
おい三郎!今日はもう終ぇだ!河原へポンコツ部品探しに行くぞ」





 窓の外を眺めながら女は軽く云った。
 「ねーえ百音、ちょっと爽快な眺めじゃない。ざまーみろってんだわ」
 そっくり同じ顔をした、けれど少し印象の違うもう一人の女が応える。
 「あら本当ですわね。でも姉上?一族にのみ伝えられてきた、龍脈の流れを読み取る秘術。他家に口外するだなんて、堕ちましたわね私たちも」
 「何云ってんの。阿国ちゃん家とは古ーい付き合いなんだし、あんなの同業者の雑談よ。それにあの子のおねだりなんて初めてじゃない」
 古くからある巫女の一族として、双子の家と阿国の家には交流があった。
 強い力が故に家から出られない小さな娘と、力があるからこそ家を奪われた娘たち。阿音と百音は年の離れた妹のように阿国を想っていた。
 「姉上は阿国ちゃん家にお使いに行くたびにお菓子ねだり倒してましたのにね」
 「うるっさいなあ、あんたも食べてたくせに。ほーら狛子ちゃん、あんなひきこもりのデブ放っといて今日はゆっくり遊ぼうね〜。これから忙しくなるわよ〜」
 小さな白い犬を手元で遊ばせる。
 「戻るつもりですの?」
 「当たり前でしょ。龍脈の流れが制御できずに不安定になってる、押さえておかないと江戸が爆発するとでもビビらせりゃいいのよ」
 「本当に姉上はガメツいですわね」
 ふ、と百音は溜息をついた。阿音はぎらついた目をして楽しそうに笑っている。姉のこの強さに自分は何度救われてきただろう。二人一緒なら、何でも耐えられるし何でもできると思った。
 「せいぜいビビらせてやりましょう。江戸が5回は爆発するくらい云ってやればいいんですわ。あそこが私たちの家なのですから」
 「あんたは本当に陰険よね」
 ごろりと横たわった阿音が見上げて云う。
 「清らかな巫女は陰険な生きものなんです」
 「何それ私は陰険じゃないわよ」
 「うっさいアバズレ」
 髪を引っ張られ、それにつられて百音も横になる。畳に転がってくすくす笑い合う。見上げる窓の外の空は青かった。













NEXT


終わらなかったーーーーー!!!!!これ以上頭の中に溜めておいたらぱーんてなる。
あと1話かかる見込みです。

もうあたし謝りませんよ?(おおいなる開き直り)。
そもそもこのCPが妄想丸出しでパラレルじみてるんですもん。どのキャラをどんだけ動かしても、もう何でもありみたいになってきちゃいました。
辻褄が合えば(合ってるの・・・か?)、オールスター戦になるのはもう愛が故です。だって皆好きなんだもの。

本当は最終話だったこの回のイメージはタイトルの「MAGICALWORLD」です。鬼束ちひろ。そよちゃんの歌に聴こえるんですよ。あと「everyhome」。
後半は谷山浩子をやたら聴きながら書いてました。「鳥籠姫」とか。

結構「どうとでも解釈できる」部分を織り込めたのが自己満足です。
あれ?これって誰のモノローグ?とか、ん?これってアイツのこと?みたいになる書き方がすきなんです。ねちっこいね私。


銀鉄火 |MAILHomePage