銀の鎧細工通信
目次


2009年05月27日(水) 055 引き金を引くこと (志度が京都にいる経緯。歪んだあなたへの100題)

プロローグ

 「モチ、志度さんの連絡先知らんか」
 煙草を取り出しつつ、江神がおもむろに口を開いた。トントン、と赤いパッケージの上部を指先で叩き、するりとそれを咥えて火をつける。その流れるような動作が行われる間、ラウンジにたむろしていたEMCの男連中は一様に目を見開いていた。
 「な、なんでですか」
 「ん?ちょっと伝えたいことがあってな。マリアに訊いてみたんやけど、何処に行くか決めてないからと云われたそうや。お前、ファンやって話やし、知らんかと思って」
 3人の中でとりわけ動揺している望月が強張った声で問うと、江神は事も無げに応える。いつも通りの穏やかな表情と声音のまま、ふわりと煙を吐き出す。
 木更村の事件からはおよそ半年が経過し、神倉での出来事がまだ記憶に生々しく残っている今、江神がひとりの詩人に伝えたいこととは一体なんなのか。織田とアリスの顔にはそう大きく書かれているようだった。
 「部長、俺をからかってはるんですか」
 「いや?」
 きょとんとして応える江神とは対照的に、望月はいぶかしげな顔をしている。
 「・・・3日くらい待ってください」
 いかにも生粋文系です、というような綺麗な指先で銀のフレームを押し上げ、望月はゆるくかぶりを振った。くせのない髪がさらりと揺れる。
 「わかった」
 なんやそれ。答えになってないやないか、と云いたげな織田は、江神が素直に頷くのを見て口をつぐんだ。アリスと顔を見合わせて首を捻る。
 今日は水曜日、3日後というと土曜日。そこにどんな謎があるというのか?アリスはとりとめもなく推理をはじめる。その耳に織田がなにやらこしょこしょと耳打ちし、「じゃあ俺B定」「僕はAで」と頷きあっている。どうやら真相をめぐる賭けが成立したらしい。
 望月は何とも云えない微妙な表情を浮かべ、江神は文庫を取り出した。そんないつもの風景。





事件発生

 (あれ?)
 休み時間、教室移動の学生でごったがえしたキャンパスにてマリアはふと足を止める。
 「どうしたん?はよ行かなアリーナしか残らんくなってしまうよ」
 「うん・・・」
 マリアはぱちぱちと数回瞬き、首を傾げる。しかし次の講義は教卓前の前列席、つまりアリーナ席は御免という類のものだ。
 「何かあったん?」
 「ううん、ちょっと見慣れた異質さが・・・」
 もそもそと呟くマリアの周りで、同級生たちが「えー?マリアって霊感とかあるコやったっけー?」「あっはは、それはないわー」と笑いあう。

 講義後、ラウンジに向かうマリアが友人たちと別れ、キャンパスを歩いている時にふと目が止まったものがある。喫煙スペースでだらしなくベンチに腰掛けている後姿。ぼさぼさとふわふわの比率が8:2の蓬髪が、湿度を増してきた初夏の風に揺れている。
 (うーん?)
 まさかなあ。でもあの人のことだからまさかが実はまさかじゃないかも・・・と考えながら歩み寄る。
 「志度さん?」
 ベンチの前に回りこみつつ、声をかける。すると、ばちりと音がしそうなほど強く視線がかち合った。
 「やっぱり!」
 血色の悪い顔の中で、目だけがきらきらと光っている。こんな目の人間をマリアは他に知らない。思わず破顔すると、詩人はにいと口角を吊り上げた。
 「やあ、マリア嬢」
 鶏がらのような手をだらりと持ち上げる。木更村にいた頃、屋敷でたまたま行き会った時のような懐かしい挨拶の仕方だった。
 「どうしたんですか?京都に用事でも・・・あ、天使社ですか?」
 志度の隣りにすとんと腰掛ける。純粋に再会がうれしいという表情に、さすがのへそまがりな詩人も思わず目を細める。彼女なら大丈夫だろうと思ってはいても、やはり元気そうな姿を見ると安心する。
 「変わらず聡明なようで何よりだ、少女探偵」
 くるくるとよく動く、いかにも好奇心旺盛そうな目が丸くなるのを見て、詩人は片方の眉を上げる。それは無言で「なにか?」と問うものだった。
 「わー・・・びっくりしたぁ。その云い方、江神さんがたまにするんです」
 そう云うマリアの頬がふうわりと優しく柔らかく緩むのを眺め、志度は「ふぅん」と無表情で煙草の灰をはじいて落とす。
 「お元気でしたか?」
 「まあまあだね」詩人は煙草を持っていないほうの手でわしわしと頭をかくと、大きなあくびをした。猫のようなそれだ、とマリアは思う。
 「入手困難だと思われてた詩集が手に入ったくらいで、機嫌についてはいつも通りさ」
 目の端に涙をためたまま詩人はぶっきらぼうに云った。
 「? あ、ちょっと待ってくださいね、云わないで」
 マリアが眉間に皺を寄せてながら手で制す。志度は口をつぐんでそれを横目で眺めている。
 「それってもしかして志度さんの第二詩集でしょう」
 「冴えてるな。悪いものでも食べたのかい?」
 「あら。私が理知的だってことをお忘れなんて、志度さんこそ悪いもの食べたんですね」
 澄ました口調でふふんと笑うと、詩人は軽く肩を竦めて見せた。
 「だってモチさんが天使社の連絡先を調べてましたもん。わざわざうちに来るならそれ絡みだとしか思えない」
 「ストップ。俺がそんなに営業活動にマメで、しかも善人に思えるかい」
 「違うんですか?んー、やりそうもないことを敢えてする人のような印象はあるんですけど?」
 不敵に笑ったマリアに、「誉め言葉だと解釈しておくよ」と応えながら詩人は軽く煙を吹きかけた。マリアはもう、と顔を顰めながら「じゃあなんでまた英都大に?」と率直に問うた。
 「ああ、ほら。待ち人来たり、だ」
 マリアの背後に顎をしゃくってみせるので、振り返るとそこには長髪をなびかせてゆるゆると歩いてくる見慣れた姿があった。
 「江神さーん」
 手を振りながら笑顔を向けた後、マリアは隣りに向き直ると「に、会いに来たんですか」と続けるようにして云った。
 「まあね」
 詩人は無表情だ。この半年の間、どこで何をしていたかは訊いても答えないだろうと思って訊かずにいたが、そうでなくとも詩人の言動は突飛なことに変わりがなかった。
 「よう、マリア」と云うなり煙草を咥えた江神は、「すぐに判りましたか」と詩人に尋ねる。
 「そうでもない。なんだってまたこんな不毛な真似をするんだ?吸わせたくないのか吸わせたいのかはっきりさせればいい」
 「愛煙家にも都合がいいようにしてるつもりなんですよ」
 つっけんどんにまくし立てる詩人に、江神が苦笑する。どうやら喫煙所で待ち合わせをしていたらしい。
 志度は、自分に対して時間の隔たりや哀しくも狂おしい事件のことを感じさせなかった。それは、あの場所で一度しか会っていないはずの江神に対しても同じだ。
 存在自体は日常の中の棘とでもいう人種にも関わらず、今目の前の見慣れた風景に志度はごく当たり前という風に存在する。それはどのような状況でも動じない江神の存在感のなせる技かも知れなかった。物珍しいはずの特異な情景が、するりと馴染む。
 それなのに、同時に。
 マリアは肋骨の奥のほうが落ち着かなくなるのを感じた。
 そこで思考を打ち切る。あまり黙りこくってひとりの世界に行ってしまうと不自然だ。志度の口ぶりからして指定の喫煙所を探すのには迷ったようである。だとすれば講義の前に見かけたのはやはり彼で、それは90分の間延々構内を彷徨った可能性があることを示す。
 「志度さん、お腹空いてませんか」
 ぎょろりと睨むように視線を向けられ、マリアは心の中で嘆息した。空腹になると不機嫌になるのは生きものにはありがちなことだが、この詩人も同様だと踏んでいる。
 「美味しいタラコスパゲティは如何でしょう」
 「ええな。なんや俺も腹減ってきたわ。行きませんか、志度さん」
 江神がフィルターを吸殻入れに落とすと、じゅ、という音がした。それを見て鼻を鳴らすと、詩人は「いいよ」とのっそり立ち上がる。




幕間

 あの時、とマリアは思う。
 鍾乳洞を歩いた時、哀しいピアノ弾きの亡骸を見下ろしている時、この2人が並んで立っている様は奇妙な胸騒ぎを感じさせた。今も長身の2人の背中を見ていると、ざわざわとしたものが背筋を這う。不愉快なのではない。ただ、違和感を覚えるのだ。
 江神は日頃、むしろ驚くほど目立たない人間だ。ひたすら物静かに穏やかに、あらゆる景色に馴染んで溶け込んでしまう。その江神が、志度が隣に並ぶと途端に異質なものになる。隣に立っていた人が急にいなくなったような、そんな気分になる。
 アリスたちとあの龍森川を挟んで再会した時のように、姿も見えるし声も届くのに、絶対的に隔てられてしまっている岸のこちらとあちら、マリアにはそんな風に思えた。それは江神単体でも志度単体でも感じるものではあった。単純にそれが位相を変えて顕著になるように思えるのは、この2人の遣り取りを見聞きした際の入っていき難い雰囲気を思い出すからだろうか。
 この2人が並んでいるのは風景としてはしっくり馴染んでしまうのに、そこには何か距離がある。
 −双頭の悪魔
 悪魔というのは物騒だが、得体の知れない異質なものという意味ではしっくりくる気がした。
 (アリスの唯寂論みたいだなぁ)
 自身の漠然とした妄想のような実感に、マリアは少し呆れた。





真相究明

 小食の志度はパスタの量に難渋したようだが、それでも食べきったのを見ると味には満足がいったようだ。楊枝を手にすることなく、煙草を咥える。木更村でのあれらは琴絵を尊重してのことだったのか、と今更ながらマリアは思う。
 「しっかし、こうやって再会したわけですけど、一体どういうお導きなんですか?」
 木更村で江神の母のことを聞いて以来、マリアは『運命』という言葉を口にすることが躊躇われるようになった。同級生と雑誌を眺めていて、占いの話になると心が重くなった。
 「天使社と詩集の入手、っていうのと関係あるんでしょう」
 江神が不思議そうな顔をするので、マリアは先ほどの詩人の言葉を大雑把に解説した。
 「モチか」
 江神が神妙な顔で頷くのを見、この2人は待ち合わせの約束を取り付けておいて、その経緯や前後関係を話していないのか、とマリアは再度呆れる。
 「そう。お宅のしぶとい会員が天使社に電話を入れた。そこでたまたま著者にも渡っていないことが判明、律儀な親父は版下を探し出した。処分しちまってなかったことが驚きだ。別注のカバーも表紙ももうないわけだが、とにかく刷り上げた。そうして著者のところへと詩集を送りたいと親父から連絡が来る」
 「それでどうして江神さんに繋がるんです?」
 「まあ結論を急ぐなよ、お姫様。ことの経過を聞いて俺は笑ったよ。あんたの後輩の執念深さはたいしたもんだ」
 江神は小さく笑った。
 「それで面白がって望月に連絡してみたわけですね。ついでに私の連絡先を訊いた、と」
 「別に面白がってやしないよ。丁重に御礼申し上げなくちゃな、と思っただけさ」
 詩人はべったりと笑いを張り付かせている。ああ、面白がったんだな、とマリアは頷いた。
 「それでですね。私も志度さんの連絡先を知らないか望月に訊きました。なんとも云えない顔をしていましたよ。『俺のことをからかってるのか』と」
 肩を震わせている。本当は盛大にけらけらと笑いたいのだろう。
 「ふぅん、奇遇だね。何か俺に用事だったかい」
 マリアには相変わらず部長の笑いのツボがいまひとつ判らないが、詩人はそもそもそこに頓着しないようであった。煙の輪を作りながら問う。
 「大したことではないんです。ただ、あなたが好きそうなレコードを手にしたものですから」
 「そいつは興味深いね。是非ともお聞かせ願いたいもんだ」
 「勿論です」
 静かな眼差しで微笑む江神と、不穏なまでに目を輝かせる志度は、正反対のようで何か相通ずるところがある。
 (日頃から交流のある人ならともかく、レコード1枚で1回会っただけの音信不通の人間を思い出すってなんだかなぁ・・・。ましてそれで連絡とろうとしちゃうんだから、やっぱ江神さんってどっかズレてんのよね。いやいいんだけど、麗しいことだと思うわよ)
 湯気の立つカップに口をつけ、紅茶をすするマリアの方へと顔を向けると、詩人は
 「しかしお姫様に会えたのはよかったよ。俺の行方を気にしてくれただろ」
 と殺し文句じみたことを平然と口にした。からかっているのか本気なのか、とマリアは一瞬逡巡した。
 意味のない社交辞令は云わないだろうが、必ずしも本気で真摯というほど単純な人間でもない。
 「お変わりないようで安心しました。今度は連絡先、教えてくれるんですか」
 ひっかからないぞ、とからかいを込めて改まった口調でマリアが問うと、詩人は肩を竦めた。
 「悪いね。住所不定なんだ」
 「えぇ?じゃあ今どうしてるんですか」
 野宿で放浪できるほど、詩人がタフだとは思えない。
 (江神さんと信長さんはできそうだけど)
 マリアが驚きの声を上げると、詩人はそこに純粋で素直な気遣いを見たのだろう。あっさりと口を割った。
 「京都に来たのは数日前だ。挨拶がてら天使社に寄って、そのまま世話になってた。ただ、偏屈な人間が雁首そろえてるもんじゃないな。そろそろお暇の頃合だ」
 「予定は何かあるんですか?」
 「特にない」
 志度がしれっと応えると、いつのまにか窓の外をぼんやりと見ていた江神が口を開いた。
 「うちに来ますか」
 窓のほうから顔を志度に向ける。それは呑み会の後に、終電に間に合うかの瀬戸際でダッシュを厭って迷うアリスに向けるものと変わらなかった。
 『アリス、うち来るか』
 けれどアリスを一晩泊めるのとは事情が違うのではないか。志度には帰る家や行く当てがあるわけではない。彼の気が向けば明日にでもふらっと出て行くだろうが、必ずしもそうとは限らない。志度はいうまでもなく、江神も個人の領域を重んじるタイプだと思っていただけにマリアは大層驚いた。
 「いいのかい。助かるよ」
 何でもない風に志度は軽く云った。
 (本人たちがいいなら、まぁいいか)
 マリアはかすかに頷いた。母の心配はありがたかったが、こういう時に男子禁制の我が家を面倒だと感じる。絶対に不埒な何事かが起こらない関係というのは存在するのだ。きっと志度はうろうろと部屋を徘徊し、納得のいく場所を見つけたらそこに座って静かにしているだろう。食事くらい作ってくれるかもしれない。
 (そう思うとアリスを泊めるよりメリットがありそうじゃない)
 他愛ないことを考え、しばらくそうしてリラに居座った後にマリアはバイトへと向かった。
 分かれ道で見送ってくれた2人を見つつ、自分より5つも7つも年上で、複雑な環境を経て生きてきた大人なのだ、とあれやこれやと考えることを止めようと思った。
 別に何も不安がることなどない。






エピローグ

 「モチ、志度さんに俺の連絡先を訊かれてたんやったら、そう云うてくれても良かったんちゃうか」
 煙草を取り出しつつ、江神がおもむろに口を開いた。トントン、と赤いパッケージの上部を指先で叩き、するりとそれを咥えて火をつける。その流れるような動作が行われる間、望月はうっそりとした表情を浮べていた。
 「いや、月曜に志度さんから電話が入って、水曜に部長に同じこと云われたんですよ。なんかの冗談やと思うでしょう普通」
 「信用がないな、『部長』」
 詩人が頬杖をついたままにやにやして云った。大学の図書館のカードを、学外の人間でも作れると聞いて来たと云う。ラウンジの机の上にはキャビンの赤いパッケージがふたつ転がっている。
 「遺憾ながら」
 江神が苦笑いで応える。
 「よし、明日A定やな。ご馳走様ですー有栖川くん」
 織田の快活な声が響く。満面の笑みだ。対してアリスは苦い顔をして低く唸った。
 「なんやお前ら、賭けてたんか。人がかつがれてるか否かの瀬戸際で困惑しきってた時にぃ。なんつう友だち甲斐のない」
 望月がハンカチを噛み締める真似をすると、織田が「あほ」とあっさり云い捨てた。
 「お前ら考えすぎなんや」
 江神が突然大声で笑い出した。EMCの4人はこの「えっ、今の何がそんなにツボだったんですか?」な江神の笑いの衝動には慣れたものだが、志度はぎょっとすると「何かの発作かい」と江神を親指で指して云った。
 「放っておいてあげてください」
 「こうなるとしばらく止まりません」
 マリアとアリスが口々に応えて首を振る。
 「ええか?人の連絡先を訊かれて、『からかってはるんですか?』に『週末まで待ってみろ』や。そりゃ訊かれた側の人間からも尋ねられてるんやろうな〜と思うやろ」
 「俺は『待ってみろ』なんて云うてへん。お前の推理は即物的すぎる、ロマンがないんや」
 「何がロマンや。俺はハードボイルド愛好家やっちゅうに」
 織田と望月がやいやい推理と賭けを巡って騒いでいる。

 授業に行くと席を立った法学部の2人に連れ立って、詩人も目当ての図書館へ行こうと席を立った。
 「そういえば志度さんの用事はなんだったんですか?」
 江神の用事はレコードだった。志度にも何かあったのだろうか。それともただの思いつきだったのか。
 「こないだ読んだ小説の解釈が聞きたくなった」
 「それだけなんですか?」
 「それだけ」
 リラでの遣り取りを知らないアリスが何だろうという顔をしている。後で教えてあげるから、とマリアがアリスのリュックをぱふぱふと叩く。
 「だって江神さんがそれを読んでるとは限らないですよね」
 ふむ、と志度は顎に手を当てて首を傾げる。
 「そうだな。それは考えてなかった」
 探偵も詩人も動機に関してはどっちもどっちだ。
 『お前ら考えすぎなんや』
 織田の言葉がマリアの頭の中に甦る。ふ、と小さく笑いが漏れた。アリスが早く教えろという顔をしている。

 別れ際、詩人がこう云った。
 「あんたたち、異父母の二卵性双生児みたいだな」
 何も不安なことなどない。












END


シドジロは双頭の悪魔で、マリアリは異父母二卵性双生児って話です。
嘘です。嘘じゃないけど。
うちの京都に志度さんがいる理由です。こういう経緯で江神さんちにいるって設定です。
別に広くもない散らかりきった江神さんちに標準より上背のデカイかさばる成人男性が2人いるっていう無惨な情景はあまり想像したくないです。みっしり・・・。
布団は二組敷けるんだろうか。


本編で書く間合いがなかったんですが、志度さんが江神さんに「なああれどう思う?」って解釈訊こうと思ったのはブラッドベリという設定があります。イメージとしては『霧笛』。
レコードはFUSIOONのつもり。SAMLA MAMMAS MANNAもいいなーと思ったんだけど(というか、私が好き)、志度さんの好みとしてはどうなのか迷い、無難に。勿論FUSIOONも好きです。


書いてみて面白いなーと思ったのは、ジドジロが揃ってるのに何か不安を煽られるのは同じなんだけど、そこでうちのマリアは「でもまあ大丈夫」って思えるんですね。アリスはそうは思えない。まあ恋愛感情の有無って違いがあるわけですが。マリアのが丈夫で強いといいなって願望の現われもあるんだな。

いやあ・・・これ、暗くないよね。暗くないよ、ね?

※『望月周平の秘かな旅』未読でのネタでした。
モチさん・・・ごめんっ!!!わっ。










2009年05月10日(日) 064:甘い言葉は鋭い牙のようなものでしかなく (山土+トッシー。歪んだあなたへの100題)

年上
上司
おとこ

俺の好きな人



 限度を知らないマヨ異常者だとか、すぐに怒鳴るわ殴るわで二言目には「斬る」か「切腹しろ」のブチ切れ野郎だとか、度を越した負けず嫌いの意地っ張りだとか、それはもう構わない。柄が悪い、目付きも悪い、言葉遣いも悪い、足癖も悪い、きっと肺も悪い、クールに見せかけて熱血だったり、何でもひとりで背負い込もうとするし、それに疑問も抱かないし、直ぐに自分を粗末にするし、底抜けにタフで、正直で、ひねくれてて、義理堅くて、理不尽で、横暴で、風流好みのロマンチストだったりとかして、死んだように眠る人。それこそ自分の感情に気付いた時には「ちょ待てよ俺、なんでよりによってあれ?」と散々脳内検討会を繰り広げてもみたけども、そんなことも、もう、いい。
 信仰じみた片恋を、一生口に出さずに済まそうとしている人だから、俺も黙って側にいようと思ってた。なのにあんまりぐだぐだぐるぐる焦れったい上に、情けないくらいふらふらしてあっちこっちでちょっかい出したり出されたりしてるから、つい俺も黙って見ていられなくなった。それは遣り方を誤ったけど問題じゃない。
 そんなんじゃない。
 問題は、ただ

 「つまり僕が思うに、あのギミックにはー」

 こいつだ。

 たまにはこいつに思い切り羽を伸ばさせないと暴走するから、と副長は気にしている。疲れがたまってくると尚更出てきやすいらしい。今更公然のことではあるのだが、やはり堂々振る舞わせる気にはならないのだろう。そりゃそーだ。あの人に耐えられるわけがない。俺だって嫌だ。
 そこでお鉢が回ってきたのが俺だ。互いの休日をすり合わせ、こうして雑談諸々に付き合う。
 確かに話はできる。他言もしない。だけど、だけど
 「ねえ、そろそろあの人、返してくださいよ」
 あの人と同じ顔して、同じ声して、ホントなんだこれ。
 俺の目の前にはアニメ雑誌からコミックスからアニメDVDから、とにかく大変なものが大変な量で入り乱れて広がっている。
 別人であるオタクの霊に憑かれているわけではなく、これは呪いの一形態らしい。はじめのうちは俺の言動とかこの人の反応だとかを、全部見られてるんじゃないかと気が気じゃなかった。沖田隊長ならいざ知らず、俺にそういう性癖はない。だがしかし、これは乗っ取られているとはいえ副長であることにはあるらしく、でもって記憶の共有はしていないらしい。ただたまに覚えているものもあるのがますます始末に追えない。
 あの人が抱え切れないものを受け入れるのはやぶさかじゃない。それを向けられるのは、いつでも何処でも何ででも俺であればいいとか、割りと真剣に思ってる。
 でも、じゃあ、俺の抱え切れないものは誰が聞いてくれるんだ?これではあんまり遣る瀬無い。
 「何度も云っているけど、僕は土方十四郎だよ」
 やれやれ、と呆れかえったわざとらしい素振りで嘆息される。ぱさ、と黒く濡れたような髪が揺れた。慣れてくれば、正直少し面白い。見たことも聞いたこともないような表情や声を、こいつは惜しみなくさらす。
 そうだとすれば、こいつの相手は尚更俺がやるしかないじゃないか。
 こいつは、残念ながらあの人の一部だ。あの人じゃないけど。そして俺はこいつに恋もしてないけど。でも同じ人間。
 俺の愛を試してるのか?
 ホントなんなんだこれは。
 「判ってます。いや判んないけど」
 俺は盛大な溜息をついて、目の前の「別の」土方さんの散乱させている漫画を手にとってぱらぱらとめくる。好きな人と仕事の話しぬきで?好きなようにうだうだしながら一緒に過ごして?なんてまるで理想的な休日のつかいみち。涙が出てきそうだ。
 「別人格・・・ってんでもないんですよね」
 「どうだろう。そうだね・・・、僕はそもそも刀に残った怨念が宿主の存在によって形を成したものだから、人格と云えるほどのものではないんだと思う。単なる具象っていうか。だから、厳密に云えば十四郎でもないんだろうね。なんでもないもの、たまたま喋る空気みたいな」
 手にしている雑誌から顔を上げ、真っ直ぐに俺を見ながら言葉を紡ぎ、真剣に首を傾げてみせる。
 恋ではない。でもこいつのことが嫌いなわけじゃない。
 あの人にだって好きじゃない面も理解できない面もある。全部好きで、総て受け入れられるほど俺はお人よしでもない。そんなことできるのは局長くらいのものだ。ただ俺は、この人はこういう奴だから、と苦笑して遣り過ごしたり、目を伏せて諦めているだけだ。好きになれないものが、必ずしもイコールで「嫌い」になるわけじゃない。
 全く遣る瀬無い。こいつはこいつで、下手すれば副長本人より余程話が通じる。キモオタではあるんだけど、憎みきれない人間臭さを持っている。なのに、自分がただの具象だとか、云う。いっそ自分は確かに土方の一人格だ、と開き直ってくれた方がまだマシだ。あの人の顔で声で、自分はなんでもないものだと云う。
 俺の愛が試されているのか?
 ふ、とかすかな笑い声がもれる。顔を上げると、「別の」副長が目を細めて俺を見ている。こういう穏やかな笑い方を、あの人はしない。本当はするのかも知れない。見せないだけで。
 「なんですか」
 「いやね、山崎氏は大層十四郎のことが好きなんだなあ、と思って」
 「あんたのことでしょ」
 不貞腐れた声で応えると、ぱちりと瞬いてから「僕のことじゃないでしょ」と苦笑する。ああ、止めて欲しいそんな顔は。あの人が表に絶対出さないように努めているものを、軽々と目の前に晒さないでくれ。ますますあんたのことが憎めなくなる。遣る瀬無い、あの人がこいつで、こいつがあの人で?偏ったあの人の一部。
 「あっ、これいいなあ。新作だ」
 手元を覗き込むと、プラモデルのことを云っているらしい。
 「へえ、最近のは随分細かいんですね。面白そうだなあ」
 「そうなんだ。パーツを切って、切断面を削って整えるだけでとても時間がかかるよ。そこがまた、いいんだけど」
 あ、今の顔は見たことがある。局長に『あんたはホンットにしょーがねえな』と笑って見せるときの顔だ。苦さを頬にはりつけているけれど、目の色がもうどうしようもなく感情を表してしまっている時の。その、目の感じ。
 俺はつくづく、どうしようもないほど、あんたに弱い。甘い。甘くしたいと思ってる。甘やかしたい。その自分の気持ちが、ほとほと苦い。
 「今度一緒に作りましょうよ」
 「ほんとうに?それはうれしいな」
 見知らぬ精緻なプラモデルができあがって部屋にあるのを見たら、あの人はなんと云うだろうか。俺を殴り倒すかも知れない。不条理な話だけれど。でもいい、知ったことか。俺の休日を、自分じゃない自分に宛がうような男だ。俺の気も知らないで。いや違う。俺の気持ちを知ってるからだ。知ってるから、そういうことをするんだ。心底、どうしようもなく、性質が悪い。ひどい。ひどい男だ。とうに知っている、そんなことは。
 所望の品をいつも持ち歩いているメモ帳に書きとめる。目をキラキラさせてそれを眺めながら、彼は云った。
 「山崎氏、僕は案外すんなり消えるかも知れない」
 「なんでです」
 「これじゃまるでリア充だから。こんなでは、怨念は持続しないよ」
 自分の願望は置いておいて、聞く側が切なくなるようなことをあっさりと口にするところは、やっぱりあの人だ、と思った。もっともっと、幾らでも傲慢にのさばって見せればいいものを、自分のためにはそれをしようとしない。決してあなたは。土方さん。
 「それに僕だって、十四郎のことが好きだ」
 


 それはチャンネルが切り替わるように、唐突におこる。すう、と目付きが変わるのを俺はただ見ている。帰ってきたな、と思う。灰皿を差し出すと、黙ってそれを受け取る。ああ、あなただ。
 俺の気持ちを全部解ってて、それを利用する人だ。
 「全くずるい人ですね」
 肩をすくめると、「お前ほどじゃないさ」と観念したようにふっと笑う。
 あなたのやましさ、罪悪感、後ろめたさに俺は付け込むし、あなたもそれを見逃さない。付け込んだ俺の腕をすかさず摑まえてしまう。
 「山崎、感謝してるよ」
 ああ、俺は切り裂かれる。
 あなたたちの牙に。













END

トッシー初書き。うんもうね、言葉遣いはサッパリ判りません!にこ。
実体でオタク生活をエンジョイしてる彼だけど、いろいろ判ってたらいいなーと思いました。土方があってこそ、自分が派生してるって、知ってると、いい。土方だけど、土方じゃない。
で、書いてて思ったのは、ああ、山崎が補完される場所が見つかったなーということでした。うちの山崎は粘着質で忍耐強いです。それこそとことんタフでしたたか。だから土方のぐずぐずぐだぐだっぷりについて行けるし、見放さないし、土方もそれはわかってる。
近藤さん←土方←山崎
の構造でも、うちの二人は落ち着ける気がしています。
でもねえ、山崎好きとしては報われないわけで。いえ山崎としては報われてるんですけど、書いてる私がね。もちっとザキ報われていいんじゃねーの?みたいな。そこを補うのがトッシーかも知れません。土方にじゃないと、うちの山崎は充たされない人なので。でも土方は絶対そういうのなかなか出さないでしゃあしゃあと近藤さんばっか見てていっぱいいっぱいだし。

いや、楽しかったです!


追記
コミックス読んで手直ししました。少し。
いやー屋台の話といい、かなり好きな一冊だった!
ていうか本誌から離れて、コミックスで初めて読むのも面白いものですね。わくわくします。
でもって、改めて本当に空知が好きだと思いました。銀魂が好きです。面白いです。愛しいです。
5年生然り、終わりの話が出てきてますが、さびしいなあ。
銀ちゃんねるで書いてた坂本の話とか忍者の話とか全然出てきてないままなんですけどおおおおおおお!!!!!空知ってば明らかに月詠ちゃん好きだよねえええええええ!!!いや、あたしもだいっすきです。彼女。

しかし切ないなあ。トッシーが随分すきになるシリーズでした。
で、土方を解放するために「誰も俺の前は走らせねえ」とか、あんなカッコイイ顔しちゃう近藤さんに、土方じゃなくとも胸どっきゅん★です。ほれてまうやろ!あほ!
土方のために走る近藤さん・・・もう土方はきゅん死にしてしまえばいい・・・!
で、総悟は何着てもかっこいいですね、あの子www山崎のモヒカンもモヒカン好きとしてははあはあしました。かっこいいーーーー!!きゃーーーさがるーーーーー!!!
トッシーの供養をちゃんとやるとか、たまんないなあ・・・。土方って結構最初からトッシーを自分のヘタレた一部分、って見てましたよね。
好きになった途端成仏とか、あんまりだ・・・!上の話は公式決定戦前ってことでお願いします。

あ、あと最後のほうは伊東を思い出しました。すっごく。伊東・・・好きなんですよね。大好きなんですよ。生きた証なんか、いいのに。ただ生きてれば、いいのにさ。

結論:お通チップカードをコンプリできるほどの経済基盤。そうだ、あいつら公務員だった。経済力がそれなりに安定して確立してる真選組萌え。


 




2009年05月09日(土) 030:黒い海に埋もれながら (シドジロ、歪んだあなたへの100題。お題050とちょっと続いてます)

 
 ふと思い出すものは、故郷の海。
 冬場は晴れることはほとんどなく、重苦しい曇天か雨か霙か雪か。洗濯物はいわずもがな、布団なぞ表に干せるわけもない。布団乾燥機という家電製品の熱烈な歓迎ぶりは推して知るべし、だ。
 何から何までウェットでグレーがかった色彩におし包まれる冬。ニュースで「関東地方では乾燥注意報が」と耳にする度に不思議な気分になった。澄み渡る冬空の記憶など、幼心にもあまりない。その分、厚い雪雲の狭間から差し込む光は、なにか無性に鮮烈に残っている。いつかあれを「天子の梯子」と呼ぶのだと後輩から聞いた。

 「でも天使って羽があるんだし、梯子なんて要らないですよね」
 彼女が小首を傾げると、大学の図書館に来ていた詩人が、「奴らの降りてきた軌跡が光の筋になって見えるってことじゃないのかい」とだらしなくラウンジの椅子に痩躯を投げ出したままぞんざいに呟いた。
 「あれ、志度さんてばロマンチスト」
 「心外だね、お姫様。生憎俺はこう見えてロマンチストなんだ」
 志度がわざとらしくにたりと笑って見せると、マリアもにっこりした。こちらは屈託のないまさしく天使のような微笑だったが。
 「あの光が海面に写ってる場所で、泳いでみたらどんな感じやろうと思ってた頃はあったな」
 時たま、重く凪ぎ鈍く銀色に光る膜で覆われた海に、スポットライトのようにぽかりと光のあたるのを見た。
 「生憎俺はロマンチストやないけども」
 云い添えると、そうかなあとマリアがくすくす笑った。


 その後下宿に戻る道すがら、詩人が「あれは事実だったんだな」とおもむろに口を開いた。
 「何が」
 「海辺で生まれた人の匂い、って先生が云ってたこと」
 詩人は無表情だ。こちらを見ようともしない。
 「ああ、生まれは宮津です」
 「宮津・・・?宮津、宮津、天橋立か、日本三景」
 「そう」
 志度がなんとなくの流れで下宿に居つくようになり、俺の口調もなんとなくくだけてきていた頃のことだ。
 そういえばマリアも志度も東京の生まれやったな、と思ったことを覚えている。特に志度は山寄りの起伏の多い土地の出だという。「名前の通り梅は多いが、そもそもそれ以前に木ばっかりだ、木しかない」とは彼の弁。海が遠い場所に育った人間が故に、海を身側に感じながら育った者の言葉に反応できるのだろう。
 

 
 ぎし、と軋みをあげつつドアが開く。
 「やあ、ご機嫌いかが」
 重そうなビニルの袋をがさがさいわせているのを見ると、なにか旨いものでも作る気なのだ。志度の作るものは大概美味しい。ただ作っている最中に機嫌が悪くならなければ、だ。心境の急降下は主に本人の問題で、不味いものを作ってしまって不愉快がるのも志度自身だ。なので江神は彼の様子を特に気にせず、文句も云わずに珍奇極まりない味付けのなされた炒め物なぞを食べる。
 「普通や」
 「そいつは結構」
 窓枠にもたれて煙草を呑んでいる江神にちらりと一瞬探るような目を向け、志度は流しの下の床に袋を置く。
 意図を露骨に表わしながら振舞う志度の癖は、ねじくれた素直さと呼べる類のものだ。さりげない、という言葉とおよそ縁遠い男。自分の行動の意図を過剰に示すのは、おそらく単にさびしがりなのだろう。
 対して江神は、その真逆だ。行動のきっかけとなる情動や意志を明け透けに出すことはまずない。感情すらも。
 「アリスガワ君に会った。呆けきっちまってる先輩を心配してたよ」
 「さっきまで来とった」
 流しに出しっぱなしのカップを見て、「ああ」と詩人は肯いた。
 思い詰めていたのは解っている。心配も、気遣いも。それでもそれらがもたらす罪悪感を江神は表に出さない。気にするな、という慰めなら口でも態度でも示すけれど、おそらくそれはアリスには気休めにもならないのだろうと解っている。云ったところで何にもならない、あえかな嘘。
 「『ピエロ・リュネール』について訊かれたろ」
 詩人は愉快気に意地の悪い笑みを浮べる。訊かれた、と江神が答えればげらげら笑った。
 「人を気にかけてる奴を、あんまり心配させるもんじゃないな」
 志度は引き取り手であった親戚にたまに手紙を書いている。その言葉には自戒もこもっていたが、おそらくはアリスの心配を煽るようなことを口にしたことを示している。
 「そうやな」
 思えば思うほど、江神の中であの黒い波のうねりは現実感をなくした。寄せては返し、返しては寄せる、その残響。真っ暗な部屋にいつまでも尾を引いて響き渡る海鳴り。潮騒、遠雷、途切れることなく海の上をはるか統べる厚い雲、兄の声。逃げることなどできないと思ったのだ。それは母の言葉どおりに死ぬということからではなく。
 江神は瞼を閉じた。唸りを上げる強い風、雪だまりを蹴散らすように白く飛び散る波。
 (云える筈もない。或いは、まるで罪のない言葉のように他愛なく口にすればよかったのか?占いなどは信じていないし、死ぬつもりもない、と。
 それだけで救われるのだろうか?アリスも、マリアも。俺も?)
 向けられる優しい想いは鈴のようなものだった。江神の存在を、在る場所にそっと繋ぎとめ、明らかにしてくれる。もし江神が道に迷ったのなら、その音を辿って走って迎えに来るのだろう。泣き出しそうな顔をして、若しくは満面に花のような笑顔を浮べて。彼らは、いつだって江神に「ここにいてくださいね」と切実に訴えかけてきていた。大切に想うものが、もう損なわれてしまわないように、と。
 (その鈴を握りこんで、ぐずぐずと突っ立ったままでいる)
 探さないでくれ、俺のことに煩わされないでくれ、そう思うことも傲慢だ、と江神は思った。頭から離れないことなら、誰にだってひとつやふたつやあるだろうというのに。こうして立ち止まったままでいることが、現実への復讐というのならその通りだろう、とも。
 ぽかりと瞼を開くと、骨と筋で構成された志度の腕が俎板の上で何かを刻んでいる。ほの暗い簡素な台所で、ちらちらとおぼろに光る、刃物。黒い海の上で、鈍い銀色に輝くあの光のような。
 江神はそれをぼんやりと眺め、数度瞬きをした。立ち上がり、大股に数歩歩いてするりと詩人の肩口に腕を回す。顔を埋めた首筋からは江神にも染み付いている煙草の匂いがした。
 「飢えに耐えられないんなら、俺を食うよりこっちにした方がいいな」
 江神の振舞いに何も頓着していないという風なあっさりとした口調で志度は云うと、ひょいとグリーンアスパラをつまんで振り返らないまま差し出した。 
 「ちゃうけど、そうする」
 江神が相槌を打ってそれに噛り付く。志度の指先からそのまま食べていると、「俺は、あんたのその頑丈そうな顎が結構好きだ」と声が降ってくる。ふうんとも、うんともつかない声で江神は応える。
 何も許容しない。何も受け入れない。何も許さない。人のことなどお構いなしに、ただそこに轟然と存在する。数多の雪雲をのみこんで。そんな圧倒的な黒い海の近くに江神は在った。
 (この人も、似たようなもんや)





 (なんて、やっぱり俺も案外ロマンチストなんかも知れん。なあ、マリア・・・?)











 俺は、たぶん、きっと死なないだろう。
 平坂まで泣いて追いかけられたらたまらん。
 鈴付きじゃ、こっそり出向くこともかなわんやろ。
 「ここにおるよ」「もうどこへも行かんよ」。そう、云ってやれたらよかったんやろな。せやけど、云わんでも、大丈夫や。何事もなかったように、しゃあしゃあと戻るよ。












END


明るい他愛ない話が書きたかったのに、これ明るくないですよね?
ほんとは志度さんに「あんまり可愛い後輩に心配かけるもんじゃないと思う」くらいの説教垂れてもらおうかと思ったんだけど、違いました。そんなこと云わないわ、あの人。
書いてて思ったのは、(うちの)江神さんは、本当に、全く、つくづくアリスやマリアたちが好きだってことでした。
だーら、あれよね。うちのアリ江アリって、アリス→江神さんでアリス←江神さんなんだわ。両想いなのに片想い。
志度江はー・・・ラヴい感じじゃないけど、確かにラヴ、みたいな。
そろそろ江神さんの呪いから離れた、他愛ない日常ものが書きたい・・・!でも微妙に薄暗くなると思う。もうそれは仕様だからしゃあない。

イメージは鬼束ちひろの「everyhome」。

 
 


2009年05月06日(水) 激しい妄想:個人的な学生アリス妄想設定

ブログの方でやると検索避けが手間なので、こちらでやろうと思います。
もーね、自分でも何これなものが多すぎる。
もそもそメモってたのを見てたら、え?っていうね。
モチさんの妄想設定に
「さけるチーズとカニカマがすき」とか走り書きしてて、それどういう妄想?萌えとかまるで無視?
江神さんの欄には「キムチと玉子焼きが好きだといい」とか、はい?何そry

以下、個人的な願望+こういうつもりで書いてたりするという妄想ダダ漏れ

・江神二郎
背:182〜184センチ
重さ:72〜74キロ
視力:脅威の2.0
服装:もさめで。麻とか綿とかエリの伸びたTシャツとか。何気に貰いものが多いと萌える。
石黒さんにレアもののビルケンとか「サイズが合わなかった」とかってもらって無頓着に履いてたらいいと思う。大家さんの息子さんのお下がりの藍染のシャツとかさああ。パンツは太めで。楽な格好が好きだといい。でも本人に大きなこだわりはない。
容姿:眉はやや太め。凛々しいけども優しい顔立ち。・・・日本犬みたいな?
二重か奥二重。穏やかさと気だるげな感じ。二枚目なのよね。舌が長い。
他:料理は一通りできなくはない。でも洗濯のほうが得意。片付けは苦手。
窓の外を見たり窓を開けるのが好き。


・志度晶
背:181〜183センチ
重さ:もういっそ65キロくらいでいい。すいません訂正します。57キロとかでいい。
服装:うちの志度さんは襟付きのシャツ着用率が高い。細身の服が多い。でないと服に着られちゃう。
すげえとんでもない変な柄物が似合う(これはたぶん江神さんも)。
平素は裸足+サンダル、冬場でも屋内では裸足。足が無防備って願望。ベルト必須。ないと脱げる。
容姿:かなりはっきりくっきりな二重。細めのつり眉。首が長い。身体は硬いといい。
リンス・コンディショナー・トリートメントの類を使用しない主義だとか思ってる。
いわゆる美形じゃないけど、印象的な顔立ち。
他:料理は(気が乗ってる時は)好きで、得意。洗濯物を綺麗に干せない・畳めないといい。片付けは苦手。
木更村暮らしのお陰で配膳・・・というか均等に皿によそうのがうまい。
乙女座A型(とあるサイト様の影響です)。割と几帳面・・・神経質のほうが適切かなあ。しかも自分独自の着眼点にだけ神経質、気分によっても変わる。


・アリス
背:170〜173センチ
重さ:60キロ
服装:カジュアル。コンバースのローカットとか、靴は是非ローテクで。
ポーターのリュックやらメッセンジャーバッグ使用。
時計はスウォッチ、幾つか可愛いのを付け替えてればいい。すげえ嫌味なくさらっとボーダー着こなしそうなところがかえって嫌味だったり。
容姿:・・・可愛い系なんだとは思う。おっとこのコーな感じで(どんなだ)。
犬顔、かな。あれ性格がか?
他:料理はカレー・チャーハンレベル。家事は云われたことをこなすくらいで、逆に云えば何をしたらいいのかよくわかんないといい。実家っこだし。
存外口が悪い(公式、だと思ってるんだが)。


・マリア
背:156〜158センチ(お父さんも小柄だし)
重さ:48キロとか?標準体型で。胸はBかC。
服装:ピアスが右耳に1個、左耳2個、という(妄想)設定。前髪はある・・・かなあ。セミロング。
割と何でも着るタイプ。あえてスカート派であってほしい。お嬢さんっぽさの残る程よいカジュアル派。服は無地多め。あ、ローリーズファームとかいい。
コンバースはハイカット派。キャメルのジョッキーブーツ似合いそう。
腕時計はティファニーと、か。いやティファニーが腕時計作ってるか知らない(笑。
他:料理勉強中。シュウマイが好きでよく弁当に入ってる。実家に頼んでお取り寄せとかしてもらってる。整理整頓は好きそう。風呂が長い。
O型乙女座。


・信長
背:166〜168センチ
重さ:61キロ
服装:ミリタリー系、ドイツかイギリスの引き下ろし品。靴、マーチンよりかはレッドウィングかな〜。
ロック系の格好もいいと思う。バッグはグレゴリーでお願いしたい。腕時計は勿論Gーショック。
容姿:レスリング体型?柔道でもいいけど。髪質はかなり硬め。伸びるの遅いといい。
実は最近視力が落ちてきてる。眼鏡購入検討中、0.6とか?どれかというと猿顔。
他:握力が強いのは譲れない。江神さんと互角張れるくらいで!
手羽(先でも元でも)のから揚げと餃子が得意料理。姉のいる男の子は生活能力があると思うという願望。
きんぴらとか作ればいい。A型でお願いしたい。


・モチ
背:長身なんでしょ?179センチくらい?
重さ:ちょい細身。67キロ、軽すぎ?
服装:トラッド系なんでしょうね。もう是非ともアーノルドパーマー着て欲しい!
カラフルなトラッド。鞄はポーターか一澤帆布。何気にパステルも原色も似合う。意外に着道楽。
腕時計は無印。靴はサンダル含めて革多め。革のショートブーツとか。
容姿:公式で銀縁眼鏡、癖のない髪質。
乱視はない近視。ひょろい。色素薄め。どれかといえば狐顔。
この人も身体硬いといい。逆上がりができない(公式)。
他:さけるチーズとカニカマが好き。料理の腕はアリスと互角。一人暮らしなのに・・・!
たぶん豆腐とか食ってる。きっと冷え性。



あたしだけが楽しいww


2009年05月04日(月) 050:崩れ落ちる栄光の証 (シドジロ←アリス 歪んだあなたへの100題)

 呪いの刻限が迫ってきていた。

 江神さんは傍目にもあからさまに痩せこけ、穏やかな湖のようだった目からは静かに輝く月のような光が消えた。目の前で話していても、どこか夢うつつのあわいを覗き込んでいるような、そんな目をして微笑んでいた。どこか狂気にも似たそれ。
 家からはあまり出ず、本すらあまり読まないでいるらしい。ただぼんやりと窓外を眺めている。それも具体的な何かではなく、空の只中にでもある虚空を。と詩人はいつものようにぶっきらぼうな口調でそう云った。彼はいつだってそう話す。今に始まったことではない。
 なのに、なのに彼のことについても同様に放たれる言葉は、刃となって僕に突き刺さった。
「あなたが、そんなこと云ってる場合やないでしょう」
 声が震えた。みっともない、と思った。しかし許せなかった。
 ある日唐突に現れ、そのまま彼のところに居座った。個人的な空間を(精神的な面も含めて)あんなにもやんわりと頑迷に、いつもぎりぎりのところで必死に自制を重ねて重ねて守っていた彼の領域を冒した。踏み込んで、一体どれだけ外連味たっぷりの明け透けな遣り口で、あの人を暴き立てたのだろう。詩人自身をも傷付ける諸刃のような言葉で、不要なまでに暴き晒し、彼もろとも血を流したのだろう。したたり流れ落ちた血を混ぜ合わせて突きつけるような真似を?鋭いほどによく光るその目で、彼の中を覗きこんで頸や四肢や髪をひっつかんで引きずり落とそうとした?何度笑った?思考の陰をくすぐりあって。
 「善人面を引っさげてもってまわった皮肉に痛みいるよ。じゃあ何かい、アリスガワ君。
 君は俺ならあいつをどうにかできると思ってるってことなんだな?」
 「なっ・・・!」
 詩人は勘違いをしている。僕のこれは善人面ではない。ただ僕は、江神さんが大事なだけなのだ。
 江神さんのことだから云ってるまでだ。そしてもうひとつ、あなたになら何かできるだなんて、思ってやしないってことだ。少しも。あんたには、江神さんをどうこうすることなど、できやしない。
 それは、僕にも、だ。

 ふん
 
 詩人が、絶句して睨みつけている僕を視線で一掃きし、顎をあげて笑った。
 この詩人にはとてつもなく笑顔のバリエーションが多い。怒り、侮蔑、嘲笑、冷笑、威圧、自嘲の振り、憐憫、労り、無感動、愛着、奔放、純粋、悪魔的なまでに感情の機微を笑い一つで表現できた。その代わり、他の表情のバリエーションは少ない。今のは、ものすごく嫌なやり方の笑いだった。
 「ほら見ろ。俺が何かしてやれるだなんて、蚤の糞ほども思っちゃいないんだろう?なのに随分と卑怯な云い方をするな。俺があいつをどうにかしようと必死に吠え面かいて、あっさり徒労に終わるのを嘲笑いたいのかい?その笑いは、君にも跳ね返ってくると判っていながら。ふ、はは、ははは!大した崇拝ぶりだ。至上の不在が怖いんだな」
 「僕の分析をどうも。あなたは怖くないんですか」
 細い身体を折るようにして笑っていた詩人は、僕の問いに不自然なほどぴたりと笑いをおさめ、その姿勢のまま見上げて問い返して寄越した。
 「何が」
 「あの人がこんな風に壊れていくことが」
 「ふふ、文学的表現だ。君はペンで食っていけそうだ」
 「どうでしょうね、随分と安っぽい云い回しに思えますけど。で、どうなんですか」
 「怖いことなどないさ。俺には初めから白痴美に見えてた」
 露骨に眉を顰めた僕を、詩人は憐れむように気遣わしげに薄く口角を上げた。
 「あいつの好きなようにすればいい」
 そんなことは判っている。追いすがって引き止めたいのは僕だ。
 詩人にどうにかできるとは思っていないし、江神さん自身が誰かに何かされることを望んでいるのかも判らない。ただ、あの老賢者に迂闊極まりなく無遠慮に手を出したことは、この不遜な男が悔やめばいいと思った。
 
 「ケント伯に感情移入するタイプかい」
 
 「は?」
 唐突過ぎる。これも今に始まったことではない。
 「リア王」
 「ああ。いえ別に特別そう思ったことはないです」
 「ふうん」
 詩人は片眉を上げてから視線を外し、胸ポケットから煙草を取り出した。
 「それに、リア王は娘たちに放逐されたけど、江神さんはそうじゃないって思ってるんでしょう、あなたは。それともなんですか、自分がリアの道化だとでも云いたいんですか」
 「まさか」吐き出された煙の向こうで詩人は笑った。嗅ぎ慣れた匂いのするもやに隠され、その笑いが何を表していたのかが、見えない。
 「あいつに道化は要らないよ。あいつ自身が月に憑かれた道化なんだから」
 「なんですか、それ」
 「本人に訊けばいい」
 そう云うだけ云って、詩人は細長い足を蹴り出して去っていった。



 癪ではあったがすぐさま江神さんの下宿に行き、そのことを問うた。
 「ああ」と彼は笑って、長い指で一枚のCDを選び出した。年代ものではあるが、それなりの品であるコンポ本体はお下がりで、スピーカーは学館での拾いものだといつか教えてくれた。か細く引き攣れた女の歌声が響き出す。
 「これ、ピエロは最後にどうなるんですか」
 「ん?睡蓮の舟と、月光の舵で故郷に帰る・・・、」
 そこで江神さんははたと口をつぐみ、ぼんやりと空を眺めた。いったいあなたは、何処を見ている?
 「”そこで遠い日の懐かしい香りが彼を陶酔させる。愛と自由の下に帰り着く”やったかな・・・これは志度さんの解釈や」
 僕が忠誠を誓った相手に付き従って行く忠臣だって?冗談じゃない。
王も道化も去ってしまって、取り残されるだけなんじゃないか。だったら僕は、花などとはおこがましいけれどエリカや、ヒースそのものや、嵐でありたかった。ただついてゆき、見ているだけしかできないくらいなら。
 
 「何もいらない」
 
 「お次はリア王か?なんや忙しいな、アリス。レポートでも出てるんか」
 「課題といえば課題みたいなものです」
 そうか、がんばれよと云った後、江神さんはコーヒー飲むか、とゆらりと立ち上がった。
 もともとの体格が違うとはいえ、詩人に勝るとも劣らないほど線が細くなっている。そんな風にして、あなたはどこにいくつもりですか。まさか自分が狂気に飛び込めるとでも思ってるわけやないでしょう。

 「Nothing will come of nothing. Speak again.」
 湯を沸かしながら、江神さんが歌うように呟いた。そうして口笛を吹き始める。

 Speak again?
 何もいらない。だ。
 あなた以外は。








END



シドジロ前提のアリ→江・・・これがおそらく私の行き着いた地点・・・wwww
お題に関しては、設定は踏襲する場合もあればそうじゃない場合も想定しています。で、基本的には続きものではないです。
結論としては、病んでる学生アリスに萌える。見も蓋もなさ過ぎる。


2009年05月03日(日) 002:痛みを伴う (シドジロ、歪んだあなたへの100題)

お題を拝借しました。詳細はブログの方ででもお話しようかと思います。
お題消化はオールジャンル混合でいきます。見慣れない過去ジャンルを引っ張り出す可能性も高いです。バトロワとか。気になったものだけでもお付き合いいただけると本当にうれしいことこの上ありません。
ついでに云えば、それで原作に興味を持ってもらえるのが一番の望みです(笑。

お借りするお題は
「歪んだあなたへの100題」。
site name : 追憶の苑 
master : 牧石華月様
url : ttp://farfalle.x0.to/
素的なお題ばかりで大変ときめきます。hを足して是非どうぞ。お題の言葉たちを見ているだけで幸せです。

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 「そんなことはわかってる。戻りたいとでも泣けば満足か?
違うくせにしがみ付いて甘ったれた振りなんかするな」
 ああやってるな、と思った。
 詩作の渦中に何事か呟き出すことがあった。江神にはそれは脳内対話のように聞こえるが、実際のところはよく判らない。本人に訊いたところでけろっと「そんなことしてたかい、俺が?」とでも云いそうなので、追求もしていない。或いは、「聴こえちまったのか。あれは糞溜めから響いてくる断末魔の呻きさ、聴いた者には不幸があるよ」だとかにんまり笑うのかも知れない。ただ、それはどうやら本来大声で繰り広げられていたことのようなので、どうやら詩人なりに下宿の薄い壁を気にしているらしい。存外、紳士的な男なのである。
 そこで江神は、学内の演劇サークルや部室を持たない音系サークルがよく
練習をしている場所を教えた。そこは学生会館のテラスのような場所で、半地下で屋根はあるけれど壁はない。隣接する建物に囲まれつつも、適度に開放感を残した吹き抜けだった。
 それらしいものでも丸めて持たせておけば、さながら舞台の練習のようだろうと江神は思ったのだ。よく通る声で少し早口ながらもはっきりと発される音は、几帳面な台詞回しにどこか似ていた。
 それから詩人は時折そこに出向くようであった。昼夜を問わずに。
 一度真夜中にふらりと出て行こうとするので、江神はなんとなく付いて行ったことがある。
 煙草を買い足しつつ、てくてくと付いて歩く江神を振り返りもしなかった。没入、という言葉がしっくりと当て嵌まる姿は、まるで妄執に憑かれて夜闇を徘徊する亡霊のようだ。痩躯をゆらめかせ、時に頭を抱え、時にうずくまっては唐突に立ち上がってうろうろしながら喚く姿も、人によっては幽鬼じみて見えるのだろう。だがなんということはない。彼は自分の中の言葉を摑まえようとしているだけなのだ。
 それは滴る水を手の中に捉えようとするようなものだろうか、行き過ぎる風を鷲掴みにするようなものだろうか。江神には、判らない。判らないなりに、頭をよぎった詩的表現に、詩人に毒されているということと、真摯で切実な剥き出しの作業に「生の躍動」という言葉が浮かんだことだけは判った。江神の目には、志度はなんだかとても生きているように見えた。
 部屋でも時折、視線だけで人を殺せそうな目つきになっていることがある。はじめは接し方に困り、面倒臭そうだと思った江神も、そのうちに放っておけばいいことが判ってきたので最近はぼんやりと眺めていたりする。もっとも、あまり注視していると絡んでくる場合もあった。
 そういう時は、構って欲しいけど構って欲しくない状態なのだと志度自身も判っているらしく、しばらく相手をしているうちに「君の暖簾ぶりには驚きだ、腕が折れちまった」だのと訳のわからないオチをつけてまた詩作に戻る。

 「あっ、ほらやっぱいたよー。ねー志度さーん」
 不意に明るく甲高い声がした。志度は両手で頭を抱えて背中を丸めていた姿勢のまま、くるうりと振り返る。江神もつられて首の向きを変えた。志度の動きが面白かったらしく、「やっばいよその動き」「やー妖怪っぽいー」と声の主たちはくすくす笑っている。
 「ばれたか」呟いて、にたりと笑った。
 「え、マジで?」
 「詩人って妖怪だったの?じゃああれ?ほらあの、あれ、あれあれあれなんだっけ!ゆやよーん!ゆやよーんの人も妖怪?」
 「そうとも、妖怪だねきっと」詩人はにたにた笑いを浮べている。中原中也に謝れ、と思いつつも江神は噴出しそうになるのを堪えた。
 「うっそマジで、あーでもちょっと座敷童子っぽかったかもー」
 「えちょ待ってなんで顔とか覚えてんの、あーじゃなくて、志度さんアイス食べない?」
 「そーだったそれだ!さっき当たりが出てさあ、でも2個目とかいったらマジお腹痛くなりそうなのー」
 確かに彼女たちは薄着だった。初夏ともなれば半袖にミニスカートでサンダルの女学生は多い。
 「何味」
 「んーなんか限定のやつ、いちご。結構おいしかったよ」
 志度がにゅうと覗き込むようにすると、女学生は「ほらこれ」とその鼻面に差し出してみせる。
 「恵んでもらうことにする。ありがとう」
 ひょいとピンクのパッケージをつまむ。2人の女学生は「全然ー」「こっちこそありがとー」と云いつつ、またねーと手を振って去っていった。
 「まるで春の嵐やな」
 と江神が呟くと、志度が振り向いた。光源である陽射しは志度の背中の向こうだというのに、目だけが光っている。
 「オヤジくさい表現だな。感心しない」
 云いながらアイスを取り出し、2本のバーに挟まれた谷に沿って真ん中でぱきりと折る。
 「ほい」と寄越されたアイスを受け取って、江神は「いいんですか、ありがとう」と云った。ぱくりとアイスを齧り、「知り合いができたんですね」と続ける。
 「ああ。ここにいると声をかけられる」
 「へえ、さっきのこたちも?」
 志度と若い女子の取り合わせは意外ではなかった。マリアも千原由衣も彼のことが好きだった。
 奔放で無軌道で奇矯だが、それらの自由さはかえって下心のなさという安心感を与えるのかも知れない。同性には基本的に嫌われるようだが、異性には珍しい獣のように可愛がられる場合がありそうだ、と江神は考える。
 そう、木更村には他にもこの詩人を可愛がっていたひとがいたではないか、とそこまで考え、江神は瞬いて思考を打ち消した。
 「あのお姫様たちはーなんだったかな、たしかオンケンだとか云った」
 音楽研究会、か。志度の口からいかにも学生のサークル活動らしい名称が出るのが新鮮だった。
 江神はつい「他にもいるんですか」と促す。
 「最初はニゲキ、だった。稽古ですかと云うから詩人だと応えたらスカウトされた」
 二部演劇会、さもありなんと江神は肯く。「役者疑惑のせいかお次はブギケン、そのあとなぜかロッケン、詩人だと広まったのかニチブンケンとブンケンも見に来た」
 舞台技術研究会、ロック研究会、日本文学研究会に文学研究会(このふたつは活動が似て非なる)、
 「有名人じゃないですか」
 ふんと鼻で笑って「大学生というのは余程暇を持て余しているらしい」と云い、そのあと目を細めて「そこが、いいな」と珍しい柔和な表情をした。しかし志度がおもむろに歩き始めたため、それは一瞬しか見えなかった。
 「あなたもオヤジくさいですよ」
 「心外だ」
 そんな遣り取りをしていると、大きな模造紙を丸めて抱えた女学生が志度を見とめると会釈をして通り過ぎた。
 「今のは?」
 「イチビ。絵のモデルにスカウトされてる」
 ふうん、と応えつつ、江神はそれは面白そうだと思った。絵は描かないしカメラも持っていない、けれど被写体が志度というのはなかなかに興味深い。フォトジェニックというのでもないだろうが、このドギツいまでの存在感やよく光る目、それら志度の持つ生命感がどのようにカンバスやフィルムに描き取られるのか。
 一部美術会にはモデル獲得にがんばってもらいたいものだ、と江神は心の中でひっそりとエールを送った。
 ラウンジ出入り口のゴミ箱にアイスの棒をからんと捨てると、「寄ってくのかい」と志度が問うた。
 「じゃあ俺はアイスを自慢して帰ろう」
 江神が笑ったのをじっと眺めると、「なあ、舌出してみな」と云う。気になる動きの獲物を見つけたときの猫のように丸くなった目が輝いている。べ、と舌を出して見せたら更に目を丸くして「長い舌だな」と云う。志度もべろりと舌を出したことで、江神は本来の意図がつかめた。
 いちご味のアイスのせいで、それは異様に赤かった。だとしたら詩人は、江神の舌でおそらくは赤さを確認したかったのだろう。ところが、それが意外にも長いことに驚いたのだ。
 物騒なほど皮肉屋の面と、こういう驚くほどの素直さの共存も、彼の魅力なのかも知れない。と江神はふと思う。ついいつもの早食いの癖で、あっというまにぺろりと食べてしまった氷菓子の残した冷たさが、舌の上でじりじりと痛む。
 低音火傷のように、じわりじわりと鈍く後を引く痛みを伴うような予感がした。このままこうして彼と関わっていくことは。

 
 詩人は有限実行で、江神の後輩たちにアイスを自慢げに見せびらかしてから、帰った。




END





すいません。本当は何で志度が京都にいるのかっていう話が前にあります。
それをまずアップしろよって話ですよね!うん知ってる!!ちょっと細部が詰まってないんですよ、まだ。
なので浮かんじゃったし、書けちゃったので、上げちゃいます。(過失的表現)
しょっぱなの志度の独り言が浮かんだのをメモしてただけなのに、そのままつるつる書けてえっらい驚きました。
ていうか脳みそが詩人とそよちゃんに汚染(人聞き悪い)されてて、日常生活がたまに微妙です。


銀鉄火 |MAILHomePage