銀の鎧細工通信
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2009年02月13日(金) デウスエクスマキナ (近高そよ:続き物6話目)

 突然の将軍譲位に世間は大いに湧き立った。ましてや新たな将軍が妹君である。先代が未婚であり、子を持たない以上は直系の跡継ぎは確かにそよを置いて他にはない。ただ、女将軍の例を持たない国にとってはそれは異常な事態と見做される。マスコミがこぞって騒ぎ立てる中、真っ先に「女子どもが将軍だなどと全くもって度し難い」と云い出しそうな諸大名が不自然なほど黙っていることも人々の関心をそそった。
 将軍家そのものも静かなもので、「国政を整えるまでは会見も行わない」の一点張り。そよ自身が国民の前に出て挨拶を行っていない状態だった。もっともかつては将軍が下々に顔を見せることなどなかったのだから、テレビ報道の普及はとかくスキャンダルと不可分な性質を有している。

 ぶちん
 古いテレビはリモコンのボタンで行われた停止の信号に不服げな音を立てた。唐突に音のなくなった居間で新聞を繰る音だけが響く。
 「なんだぁ、突然」
 「なんでもないアル」
 「全く、反抗期ですかー世の中全てに腹が立つんですかー」
 「はいはい二人とも朝から止めてくださいよ。大体銀さんだって別に見てたわけじゃないでしょ」
 湯のみから立つ湯気に眼鏡を曇らせた新八は、そう云いながらもガラスの奥から気遣わしげな視線で神楽を見た。何がそうさせているのかは判然としないものの、最近の神楽は気が立っているように見えた。厳密に云えば神経質になっている。兄とのあんな再会のあとでもあるし、それ自体は仕方のないことだと思う。それでも何かできないものかと考えてしまう自分は、全く愚かなお節介焼きなのだろうと心の中で嘆息した。
 「そうだ、いい天気だし、神楽ちゃん定春連れて散歩に行こうよ」
 ちろりと神楽が肩越しに半眼で視線を寄越す。不機嫌とも憂鬱とも図りかねる表情に一瞬たじろぐ。ね?と笑って見せた頬は引き攣らなかったろうか。
 「高いトコに行きたいアル」
 ぼそりと応えた神楽に、露骨にほっとした顔を見せないよう新八はすぐさま「んーここらで高いトコかあ」と考える素振りをした。
 「あれだよあれ、いつだか夏に流れ星見に行ったろ。あそこは高いぞ〜城の天守閣と高さだけなら似たよーなモンだ」
 新聞を広げたまま銀時が、だらりとソファに身体を伸ばして呟いた。
 「行くネ、定春!」とぱっと立ち上がった神楽が玄関を飛び出ていくので、慌てて腰を上げた新八が銀時にもの問いたげな視線を送る。何か云う前に銀時はひらひらと手を振った。さっさと後を追え、ということらしい。
 こういう時の銀時には何を訊いても「あー」だの「まあなあ」だの、ろくな返事は見込めない。あからさまな溜息をついて新八は走り去る。
 「・・・なんだってんだよなあ」
 ばさりと新聞を顔の上に乗せて銀時は呟いた。
 神楽がナーバスになるのは、特定の話題を耳にした時だ。でもそれが彼女の何を刺激しているのかまでは判らない。ただ、なんとなく簡単に訊いてはいけないような印象のするものだ。
 「思春期のガキの考えてることなんざ、わからねぇよ・・・」
 まるで父親が娘の気持ちがわからないとぼやいているような自分の声に、居心地悪くごろりと寝返りをうつ。





 「あーいたいた!」
 丘の上で神楽を見つけ、新八は息を切らせて駆け寄る。定春も舌を出して息を整えている以上、さほど前に着いたわけでもないらしい。
 「確かに昼に来てもいいねえ、すごい見晴らしだあ」
 純粋に感嘆しての言葉ではあったが、場違いなほど明るいそれに新八はどきりとして神楽を横目で探る。真剣な顔をして一点を凝視している少女は、でも遠いアル、と囁いた。独り言のようなそれ。
 「貸してやってもいいぜ、一秒5000円で」
 淡々とした涼しげな声が頭上から降ってきて、二人が大木を見上げる。黒い隊服に身を包んだ少年が、やはり涼しげな顔で見下ろしていた。
 「ほれ。ありがたく拝借しやがれ」
 ぽいと無造作に投げられた双眼鏡を手にして、神楽はまた一点を向いた。売り言葉を買いもせずに。
 「あれって・・・」
 彼女が何を見ようとしていたのか。
 新八には神楽の意図がつかめない。
 「何してたんですか」
 仕方ないので沖田に話を向ける。ずるずると木から下りてきて、木屑をぱんと払う。相変わらずの無表情で、その本心もやはり新八には皆目見当もつかない。
 「何云ってんでぇ、仕事に決まってるだろぃ」
 サボりじゃないのか、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、双眼鏡まで用意してこんな場所にいるのだから本当に仕事に関することなのかも知れないと思い改める。もっとも自分には想像もつかない突飛な行動をする人間の一人だ、そうでない可能性も捨てきれない。
 「本丸にはいつも通り異常なし。全く世間が莫迦騒ぎする割にゃ静かなモンでぇ」
 ひとりごちて沖田は気だるそうに背を向ける。「あっ、ちょっと!沖田さん!」と声をかければ、それは後で屯所持って来いと応えが返る。
 まだ双眼鏡で城を眺めている神楽の隣りに腰を下ろした。銀時は彼女が城を、つまりは将軍家を気にしているのを見抜いていたのだろうと合点がいくが、何がどうしてそうなのかは新八には判らない。沖田が城を見ていたのは、将軍譲位による志士の攻撃を警戒してなのかも知れないと予測がつくが。
 神楽が目からそれを離したのを確認して、「将軍家のことが気になるの?」と問えば、神楽は素直に頷いた。「そっか」とだけ呟けば、またひとつ頷いた。
 新しい将軍となったお姫様と、神楽は同じような年頃だ。と新八は漠然ととりとめもなく思う。


 「おお!義弟よ!」
 満面の人懐こい笑顔で迎えられ、新八は「違いますってば」としかめ面をした。そういうリアクションを返しても不快がらず、豪快に「遠慮するな」などと笑い飛ばす彼は、単なる無神経な単細胞でもあり、本当に懐の深いおおらかな人間だ。
 「これ、お借りしちゃったんで返しに来ました」
 近藤が差し出した双眼鏡にぱちくりを瞬くと、「誰に、何処でだ」と刺すような声が背後から響いた。無駄に剣呑で威嚇的なそれは、身に覚えも疚しいことがなくとも一瞬緊張を強いる。
 「沖田さんに、高台の丘で、ですよ」
 なんでこういう風にしか喋れないのかなこの人は、と思いながら背後に立つ土方を振り返る。
 「んん〜?何でまたンなトコにあいつ居たんだぁ?」
 と顎鬚をさすりながら近藤が云うので、あんたンとこの仕事じゃないのかよ!と咄嗟に突っ込みたくなる心を新八は抑えた。
 「あいつァ今日は警邏だ。ペアの奴が姿が見えないって泣いてやがったぜ。くっ・・・のんびり丘でリフレッシュたぁ、な」
 土方の灰色がかった目がぎらりと剣呑な光を宿すので、何故か咄嗟に「城を、見張ってたみたいですけど?」と口走ってしまう。
 「ああ?」と濁点のついていそうな声音で土方が新八を目だけで見下ろすので、「なんで僕?!」と震え上がったところに近藤が「こら、トシ」と土方の頭をわしわしと撫でる。攻撃的な犬をなだめるような仕草に安堵よりも恐怖が勝る。案の定土方は不服さを露に煙草を咥えた。
 「まぁあんなことの後じゃ、確かに本丸へのテロだって予想されるだろ。勘弁してやれ」
 それは一瞬のことだった。思わず新八があれ?と違和感を抱くほど、近藤の”あんなこと”は彼には似つかわしくない物憂さを示した。表情にも、声音にも。勿論新八ですら気付くことに、聡い上に付き合いも長い土方が気付かないはずがない。ますます苦虫を噛み潰したような顔をして紫煙を吐いた。
 「ンなこと俺だって解ってる。手だって打ってる。実際志士だって大名連中だって静かなモンじゃねぇか、全く大したお姫さんだぜ」
 煙ごと吐き捨てた土方に、あの方は、賢い人だよ。と近藤が眉間を曇らせて応えるので、たまらずに口を挟んだ。
 「あの、」
 片眉だけを上げた咥え煙草の土方が鋭い視線を、といってもそれはおそらく生来のもので彼に悪気はないのだろうが、を寄越す。怯まずに近藤を見つめて新八は続けた。
 「あの、たぶん、神楽ちゃんと似たような年頃だと思うんです、そよ様って。で、なんでなのか、わかんないんですけど、神楽ちゃんが・・・すごく、その、気にしてて・・・」
 云いよどむうちから土方が露骨に眉間に皺を寄せた。それは非難と云うよりも、どこか自嘲的なそれだった。
 「あー・・・」
 近藤までもが珍しく云い難そうにする。


 「あの、だな。そよ様が、酢昆布を召し上がるのを知ってるか?」
 素っ頓狂な質問に新八はまたたいてから「ええまあ」と応える。近藤が口火を切った以上、土方は不満げにそっぽを向いてひたすら煙を吐き出している。
 「あれな、お宅のチャイナ娘の影響だ」
 信じがたい言葉に、口をぱくぱくとさせるしかできない。きっと今の僕は相当な間抜け面だと心の中の新八が突っ込みを入れる。
 「はあ?!」
 やっとのことで搾り出した声に、「いいか、他言無用だ。喋りやがったら・・・解るな」と地の底から響いてきたようなドスでもって、土方が白刃をちらつかせた。自分が話した方が誤解がないと判断したらしい。
 「そりゃ、神楽ちゃんにも関わることですし、云いませんよ」
 腹を括ってきっぱりと云い切ると、土方は鼻を鳴らして刀をおさめる。
 「あのお姫様ぁ、以前に城を脱走してる。そん時に知り合って、匿ったのがあのチャイナだ」
 息を呑んだ。そんな偶然、映画でもあるまいし。
 じゃあ、
 「じゃあ、あの二人は知り合いなんですか?!」
 気にするのは当然だ。
 まさか、そんな。
 「友だち、だって云ってたぞ」
 近藤が複雑な表情で口を開く。ああ、そんな思い悩んだ顔、あんたみたいなゴリラにはふさわしくない、そんな風に思うほど近藤は切なげだった。姉のことでもこんな顔は見たことがない。
 「そんな」
 じゃあ。
 神楽ちゃんは、友だちを心配して、ただそれだけなのに、ただ友だちの心配をしてるだけなのに、それが国の運命に直結するってことで。友だちの命だって幾らでも狙われかねないのに、何もできず見てるだけしかできなくて。友だちなのに。
 タカちんのことで自分がばたばたしていた時にだって、神楽は嫌な顔ひとつせずに一緒に行動してくれた。友だちのために動くことを、彼女は厭わない。同年代の女の子の知り合いがいないせいか、姉の妙をとても慕っている。そんな子だ。なのに力になりたいだけなのに、何もできない。手を差しのべることが、それだけのことがこんなにも困難だ。
 「そんな・・・」
 絶句した新八に、近藤が大きな手を慌てて胸の前で振る。
 「大丈夫だ。取り敢えず今は犯行予告もテロの気配もクーデターの気配もない」
 「・・・むしろ、あのお姫様のそれがクーデターだったって話だしな」
 土方がぼそりと呟いた言葉に新八が目を見開く。「おい、トシ!」嗜める近藤に、
 「専らマスコミの噂ではそうだろ。事実でなきゃこんなに静かなわけがあるか、はじめから大名も天人も了解済みだったんだろうよ」
 と続けた。ニヒリスティックな笑い方に背筋が冷える。なにか、不吉なことの起こる予感のように。大変なことの予言のように。
 「噂は噂だ。俺たちが口を出すことじゃない。俺たちの仕事にも変わりはない」
 真剣な面持ちでキッパリと云い切る近藤に、まぁなと応えて土方は視線だけで俯いた。この人にはこの人なりの思惑があるのだろうと新八はぼんやりと感じる。
 「つまらん世間話だ。ましてやお前らにどうにかできることじゃねぇ、大人しくしてろよ・・・」
 そう云いながら土方が背を向けた。トシ、と近藤が呼ぶ声に、振り向かないまま「総悟探してくる」と応えた。
 「そよ様には、そよ様なりのお考えがあるんだ、きっと。いや、必ず」
 自分が土方に対して感じたようなことを呟かれて新八はハッとする。自分の漠然としたそれよりも、確信に満ちた言葉。そして痛みをたたえた言葉。
 「・・・近藤さんも、知り合いなんですか」
 呆けたような声で問えば、近藤は「ああ」と頷いた。
 「賢い人だよ、本当に。・・・頑固で、芯も強い」
 「見守ってるしか、できないんですか」
 だって、
 「今のところはな」
 だって、本当にクーデターなのだとしたら、
 「そんな・・・」
 無事で済む筈がない。
 その道は、あまりに容易くない。今は黙っている天人たちが、彼女を食いものにしようと全力をあげるだろう。そんな場所に、彼女はひとりで立ってるのか。どれだけ心配しても、何もできないのか。神楽ちゃんは。僕は。
 「今のところは、と云った」
 苦渋を滲ませた声には、近藤が自分の立場を噛み締めた上で、それでも何もしないで見ている気はないと保証するようなものだった。






 不穏な歯車がぎしぎしと嘲笑うような軋みをあげて、
 回り始めるのを、
 ただ見ているだけしかできない。
 それが現状だった。
 どう転ぶか解らなくて、
 どう止めればいいのかも解らなくて、
 ただ眺めているだけしかできない。
 それがいいことだとは、思えなかった。
 ああ、
 ああ。
 歯車の軋みは、まるで残酷な笑い声だ。


    














 NEXT  

ふは。久々に万事屋登場(笑。
いえね、元々クライマックスで出す気だったので、近藤を書かなきゃなのもあって新八を出張らせてみました。この子書きやすくていいわ〜。
銀さんはほんと、私が「つかみにくい性格のキャラ」だと思っている以上は判らないわけですよ(笑。あと極力思ってることをダダ洩れにしないのが原作でも彼の魅力だと思ってますので、尚更勝手に書けないって云う自分の首を絞める愛し方ですね(笑。
近藤がどう考えているのか匂わせられてよかったです。カプに明記している以上は彼もキーパーソンなので。
さ、またクライマックスに向けて沈んできます(笑。

あ、作中の丘というのはアニメのEDで出てきたところのつもりです(笑。
シュノーケルの時の。

BGMはDEDEMOUSEとスピッツ。

 



 
 

 


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