銀の鎧細工通信
目次


2008年03月05日(水) trigger for     (TRIGUN V×W+R)




僕は何一つあきらめたくない
君は一つだけ残ればいい
















僕は何にも捨てられない
君はひとつだけを選んだ












選ばない、ということの重さ
選びとることの重さ





人を殺す
ということを、
選ばないために何でもした
何でもした
何でもしようと思って生きてきた。
殺す・殺さないの選択を
しないで済めばいいと
いつだって思いながら。
弱虫だったのは、
何でもすぐに選んで結論を急いだ君か、
何でもあきらめないと選ぶことから逃げてきた僕か。

それでも今も、
生きているほうがいいと思って何が悪い
命あるものが死ぬのが嫌だと思って何が悪い
って、そう思ってるんだ。







僕は何一つあきらめられない
君は一つしか選べなかった





その一つ
その、ひとつ。
偉大にして、最愛の。








「こんばんは。そろそろ来るんじゃないかと思ってましたよ。」
強面の顔をゆるませながら男は茂みを覗きこんだ。のびのびと放置された植え込みは、反対色である深紅のコートすらすっぽり覆い隠している。身構えつつも、ぱちくりと見開いた瞳は蒼翠のままだ。
「あ、あは・・・やっぱり気付いてた?」
決まり悪そうに肩をすくめて笑って見せる様も、変わらないまま。とても150年を超える日々を歩き続けてきたモノとは思えない屈託の無さで。人間ではないということも、感じさせないほどに人間臭い。
(もう少し、荒んでいるかとも思ったけど・・・変わったのは髪の色だけか)
変わらないということは安堵でもあって、時に憐れなことでもある。何を失ってもどんな目に合っても、男は絶望することを自分に赦しはしないのだろう。
「・・・そりゃまあ。でも気を遣った結果がそこなんでしょうから、あなたの考えを尊重して夜まで待ってました。もう声をかけてもいいでしょう?」
「相変わらず生真面目だね、リヴィオ。元気そうで良かった。」
植え込みの中から立ち上がると、男は「うーん」と伸びをした。昼間からずっと身体を丸めて隠れていたのだ、余程こわばっているだろう。リヴィオと呼ばれた男は、コートの肩についた葉を払ってやりながら「あなたこそ突拍子も無いのはお変り無い様で、ヴァッシュさん。元気ですよ、お陰様でね」と応えて穏やかに微笑んだ。
リヴィオの居室へ案内されながら「どうして僕が来るってわかったんだい」と訊くので、リヴィオが壁を指差す。孤児院の廊下にぺたぺたと新聞の切抜きが貼られている。どれもみな低い位置に貼られているのは、小さな子どもたちが貼っているからに違いなかった。
「これ・・・どうして」
かがみこみながら目を走らせて行けば、はじめに自分の姿が古馴染みに報道されて以来の、あちこちでの目撃記事が順番に並んでいる。だんだんとこの場所に近づいていることも、同じように順番で。
「あの時、あなたが・・・あの人を助けて戦っていたのを覚えてるんですよ。ここではわりとヒーローですよ、ヴァッシュさん。あの人ほどじゃないですけど」
リヴィオにとってみればあまりに苦しい記憶であるものの、彼の声はとても穏やかで、誇らしささえにじませて言葉を紡いだ。対して、ヴァッシュの声は震えて途切れた。ゆらりと立ち上がる。
「ヒーロー・・・?みんな、解って、るのかい・・・彼が」
ふる、と首を振ってみせる。
「直接知ってる子はね、うすうす気付いてますよ。でも説明がつかないでしょう、はっきりさせてはいません。そんなこと望んでいないでしょうし。だけど、」
リヴィオの目がヴァッシュを通り抜け、廊下の窓の外を見つめた。つられて振り返ると、そこには巨大でいかめしい十字架が月明かりに照らされている。
「・・・だけど・・・?」
今度は声が震えなかった、とヴァッシュは己に安堵する。かわりに心臓は、ひとつ大きく跳ねた。
「どうあれ、彼は自分たちを命をかけて護ってくれたヒーローなんですよ。
・・・昔も、今も」
あほくさ、ガラやないわ。おんどれら夢みがちやなあ。
瞬間的にそうぼやく声を聴いたけれど、それは自分の頭の作り出した彼の残影だと判っていた。むしろそれは願望に近いだけのもの。
「・・・そう。」
そびえたつ十字架は見慣れたものだけれども、自分がこの先どれだけ歩き続けても彼に会うことは二度とない。
「でもそしたら君は?」
あの十字の名前は、罰する者、或いは組織の刑吏とでも?
punishment、刑罰、処罰、ばち、それを見続けて暮らす。彼を殺すことになった
者が。彼が命をかけて護った者が。
「俺はそもそも居た期間が短いですから。あの時はあの時で、なんと云うか・・・相当人間離れしてましたし、おばさん以外は、たぶん。」
贖罪を気取るつもりは無いが、他に行きたい場所もないし、ここで向き合っていこうと思っているんですよ。そうリヴィオは訥々と云った。いいと思うよ、楽な道じゃないけど。と云えば、あなたに云われたくないですよと応えられて声を潜めて笑いあう。


腹減ったでしょう、といくつか適当に見繕って皿に並べる。あの時と逆だと思い出すのは生き残った者の感傷に過ぎない。
「久々にゆっくり食事が出来るよ。もうずっと逃げ回ってるから・・・あ、お酒も久しぶりだぁあ」
満面の笑みを浮かべ、美味しい美味しいと平らげていく。
「あの・・・」
ん?と顔を向けるヴァッシュに、意を決したようにリヴィオが口を開く。ひゅ・・・と息を吸い込む音が空気を鳴らした。
「ナイヴズは」
こくり、と酒を呑み下して呼吸を一つ。リヴィオの瞬きが震えたけれども目はそらさないでいる。
「僕の命を助けて、リンゴの木になっちゃった」
こういう時にヴァッシュがへにゃりと笑うことを、彼は嫌がっていた。たいそう嫌っていた。へらへらしくさって、阿呆と違うかホンマに。と決まって苛立たしげに煙草をもみ潰す。他人が傷付きながらもそれを隠して笑うことが、嫌いだったのだろう。あるいはそうして気丈に振舞ったり、我慢しなければならないこと自体が嫌だったのかも知れない。他人がちゃんと心から笑えているか、それを気にかけて心配ばかりしているような男だった。
「・・・そうですか。あれだけの力を持った人が、なんだか可愛いですね、リンゴって・・・」
困ったように笑う表情が、とても聖職者らしい。そうヴァッシュは思った。彼のような男のそばに居たら、こんな風な笑い方にはクレームがつけられそうではあるが。
「本当は、たぶん僕より可愛げのある奴なんだよ。元々ね」
「それをNLBCにタれ込んだら大騒ぎですね、あのナイヴズに可愛げかあ・・・」
勘弁してください、当たり前じゃないですか、そんな遣り取りを交わすうち、リヴィオの発した言葉にヴァッシュは盛大に酒を吹いた。というよりも、口から瀧のように垂れ流した。

「そういえば、ヴァッシュさんのところに、あの人、来ましたか?」

「・・・へ?」

レガートによってリヴィオが殺されるというあの瀬戸際、頭の中に浮かんだのは、頭の中をいっぱいにしたのは彼だった。彼のことが浮かんで、もう引き金を引くしかできなかった。彼の護ったものを守りきれないなんて、無駄にさせるなんて、そんなの我慢できない耐えられない、そんなエゴで自分は満ちた。
でもあれは、自分の頭の中の残像。
 
その後パンセ隊に発見されて、意識が戻るまでに彼を見た。自分が殺したレガートの屍に動揺するなんて傲慢が、彼を目にして落ち着いた。
彼が死んでまで護ったリヴィオを、僕が守って人を撃ち殺した。そんな僕を、彼はどう云うだろう。たぶん「クソトンガリ、この阿呆」とでも苦々しく云うんだろう。どうしたって聴き様が無いこれも、自分の頭の中の妄想。


「や・・・!あの、俺別にユーレイが見えるとかそんなじゃ、あの霊感とかじゃないですよ?!」
ヴァッシュがあまりにも呆けたことに、我ながら妙なことを云ったとリヴィオは赤面した。ナイヴズとヴァッシュを狙ったクロニカの追撃を阻止した夜明けに、彼の声がしたというのだ。

「俺の幻聴とも、願望とも思いましたけど・・・俺はあの人の声は聴き間違えませんから。クロニカも声はしたけど姿が無かった、と」


「・・・・・・」


「合格点くれたるわって云われましたよ。でもまだまだだって、駆け上れ、これからも・・・って」
リヴィオの息が震えた。存外に涙もろいこの男のことだから、その声を思い出しては泣きそうになるのだろう。当たり前だ。
ヴァッシュの目は淡々と景色を見守る。まさか、そんなことをする男だとは思っていなかった。リヴィオの語る意外な出来事を、その話を聴く瞬間を、ひとつも逃すまい忘れまいと静かに見つめる。ゴーストを信じたことは特に無い。けれどあの時は、心の欠片が舞いちっていたのだ、そんなことだって有り得るだろう。


「・・・・・・・・・」



「あなたを助けたことを、誉めてもらえたんだと思います。」



リヴィオはいつの間にか祈りのように手を組んでいる。あるいは懺悔のように。

「いや・・・それは違うよ。君たちが大事なんだよ」
どこまでも、君たちが可愛いのだ。大事なのだ。あの男は。それだけを選んで生きた、生きることを求めた。君たち「家族」を、「家」を選んで、護るために殺すことを選び取った。何をも、見限って殺していたわけではなかった。殺したからといって何をも見限れやしない、割り切れやしない。あっさり見限った結果が殺すことではなかったんだ。あまりにたくさんの重さを背負いながら、あいつはー・・・

「だって、自分のためにあなたに人を殺させたんだから。守られた俺が、今度はあなたのために頑張らないと・・・合格なんか出す人じゃないですよ」

「・・・自分のため?君のためじゃなくて?」


「ええ。ヴァッシュさんは勿論俺のことを守ってくれましたけど、

あれはウルフウッドさんのためでしょう?

いやウルフウッドさんの遺志を護りたいっていう、

ヴァッシュさん自身のためなのかな・・・違うんですか」


「ウルフウッドのため・・・」

リヴィオは言葉を区切り、席を立ったかと思うと部屋の角にある棚からリンゴを出してきた。しゃりしゃりと器用に剥きながらまた口を開く。静かな低い声が、子どもたちの眠る建物をゆっくりと流れる。

「あの人、自分は所詮人殺しだって云ってましたけど、そんな汚れ仕事は自分だけで充分だから、っていう意味なんですよね。だからあれほど俺のことを止めようとしてくれましたし」

くるくると深紅の螺旋が皿に落ちてゆく。

「自分が選べなかったから、ヴァッシュさんの信念にくってかかったんだと思いますけど、自分のためにそれを覆させたの、死ぬほど辛かったんでしょうね」
「死んでも死にきれない、じゃないの?」
こんなブラックジョークを口にする気になるのは、彼が彼だからだ。息を引き取って尚、愛すべきひと。自らを化け物といいながら、あまりに人間だったひと。
「あ、そうか。おちおち死んでられなかったんだ、と思いましたよ、俺は。」
苦笑を浮かべあいながら、彼のことも、自分の兄のことも、話せる相手が居ることにヴァッシュは感謝した。
この砂まみれの星で、自分はいつだって1人きりではなかった。自分の片割れを孤独にしたくも無かった。一緒に歩いていきたかった。
「まあ、だとしたら僕のところには絶対現れないだろうねえ。気まずくってさ。」
「どうでしょう。・・・うれしそうでしたよ。ヴァッシュさんが死なないって、信じてたみたいでした。」
くつくつと笑いながら、そう云うリヴィオもひどくうれしそうだ。
「それじゃあますます姿なんか見せてくれないな。あいつは僕には素直じゃないから。」
「ははは。なんにせよ俺は、あなたたち2人に生かして貰ったって訳です。」
「僕だって君に助けられてる。ナイヴズにも。」


ぱちりとひとつ瞬いて、リヴィオが

「それじゃあ、偉大にして可愛げのある兄貴分に」

そう云ってフォークに刺したリンゴを寄越した。

「親愛なるひねくれ者の兄貴と、連れに」

片眉を上げて肩をすくめる。乾杯のようにリンゴをつつき合わせ、口に入れた。






いつかは終り、いつかはついえ、それでも
だからこそ


Trigger for peace
Trigger for affection
Trigger for love life

Love and Peace
そう絶叫してこの星が回る。


























ワイには大事なモンが一つ
おんどれは駄々ばっかりや

付き合ってられへんわ、クソトンガリ
好きにしたらええ
何ぞ文句云おうにもワイは死んどるし

悔いなんぞあらへん
おんどれもそうやろ?









END




完結ですなー。
ううう。

ここのところ、仕事の異常な忙しさと、あと体を壊してまして、
すっかり沈黙がちで申し訳ないです。
いつか、そのうち復活予定です。



銀鉄火 |MAILHomePage