銀の鎧細工通信
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2007年09月25日(火) 木蓮のまどろみ (土方→近藤)


たとえば、俺には所謂「願い」というのがふたつあって。
ただ願うだけというのは性に合わないので、何かしようと思うのだった。







 この仕事をするようになって、気付いたことが二つある。
 自分たちから刀や居場所を奪った天人どもは、満更ろくでもない輩ばかりでは無いということ。といっても俺が関わるのは大抵がろくでもない。人間を食い物にすることしか考えていないような上層部の天人は、ここしばらくのうちにみるみる増長し、今度は人間を暇潰しの玩具にしてお愉しみのご様子。迷惑極まりない「ペット」たちを連れ込んでは、毎度壊滅的な惨状に繋がるバカ皇子は、皇子だ。ああ見えて凄いオエライサンだ。でもって、最下層とも云える出稼ぎ組の天人は、案外に人間に好い様にこき使われたり、騙されたりしている。なので出くわす時は大抵が泥酔して泣くわ喚くわ暴れるわ罵るわの大騒ぎ。こちらもろくでもない。
 つまりは、偉くてろくでもない奴もいれば、偉くなくてどうしようもない奴もいる。偉い下衆の方が性質が悪いのは、人間と同じだってこと、だ。
 本当は、もっと敵視して憎めれるのなら、その方がきっと俺たちの仕事は対人間ではやりやすいし、同時に幕府上層部の天人に目をつけられている以上は自分の首をも絞める。昔と違って、随分と物事は雑然と面倒になった。いずれにせよ、俺はあまり天人と関わろうとは思わない。それだけだ。真選組がそれなりに機能していけばいい。
 願いが幾つあろうとも、これの上を行くものはない。真選組は、あの人の代で終る。それまでもてばいい。あの人が曲がる必要なしに、俺の大将であれればいい。
 


 「副長、入隊希望者の面接をお願いしたいんですが」
 朝食の膳を前にしている時、茶を寄越しながら山崎が口にした。やかんからは香ばしいほうじ茶の香りが、湯気と共にほわりと漂う。
 「またこないだみてぇに、総悟を見て”暇そうだから”ってな理由での志願者は御免だぞ」
 焼き鮭にマヨネーズを大量投下しながら、土方はもう片方の手でなめことわけぎの味噌汁をすする。山崎は最近味噌に凝っており、実によって味噌を変える技術が格段に巧くなっている。今朝の出来は、味噌汁で酒が呑めそうなコクのある引き締まった旨さであった。
 「はは、それは確認しましたよ。ただですね」
 「何だ」
 「えらい若いんですよ。14ですって」
 「腕は」
 困ったような顔でそっと首を振った。土方も「ふうん・・・」と無表情で鮭に箸をつけた。 
 腕に覚えがなかろうとも、剣の腕を必要としない仕事もある。しかし、若くして入隊を志す人間は、大方が何かを護りたいという夢を持つ少年だった。政の汚さを見せ付けられ、理不尽な任務も多い。そのギャップに混乱しては、危険な実働部隊に志願をしては心身ともにずたずたに打ちのめされる者が多いのが事実だった。後味の良くない思いなら、「長」の付く役職の人間ならば一度や二度ではない。
 口にこそしないが、土方には確信とも己の決定事項と見做しているともいえるものがある。仮に近藤と隊が出世をし、それなりの要職になったとしても真選組は近藤の代で終るというものだ。続くなら続けばいいし、体が動く限りは近藤は自分を慕う人間の面倒を見ようとするだろう。ただ、世代が代わるなり、万が一近藤に何かあったような場合には、それは今の隊とは違う位相のものになるという風に考えている。近藤が大将ではない場所に関心も執着もない故に、そうも淡々と思うのかも知れなかった。己のその盲目が、理念や希望を求めて入隊を望む少年の来訪を、土方にとって気の重いものにさせている自覚が彼には少なからずある。
 「気の乗らねぇ仕事だな」
 むっつりと呟く声が重い。
 「ああいう子の前に局長を出せば、期待を増させるだけですから・・・」
 対して山崎の声は至って淡白なものである。冷たささえ感じさせるほどに。土方は、そんなことをどんな顔でしれっと云うのか、といつも思っては山崎の顔をちらりと見る。結局はいつもと同じ顔しか見ては取れない。基本的に間の抜けた表情をしている山崎。
 「解ってら。適材適所、憎まれ役は俺の得意分野だ」
 ぱりぱりと小気味良い音を立てながら、勢いよく漬物を咀嚼する。「そこまで云ってませんよ。気持ちを醒まして、現実的に考えさせるのが得意なんでしょう」今度は少し和らいだ声で山崎が苦笑した。「おかわりは?」と問うので軽く盛ってもらい、湯飲みの茶をかけた湯漬けを流し込んで土方は立った。
 「ごちそうさま。旨かった」
 「はいお粗末さまで。では11時にお願いします」
 「ああ」

 縁側で一服していると、豪快な足音が迫ってくる。見ずとも誰かは判るので、土方は緩慢に見上げた。ぽかぽかとした陽射しが、ぬるく身体を暖める。
 「おう。今日も面接だって?」
 昼前から松平の供をすることになっている近藤は、すっかり身支度を整えていつでも出発できる様子になっている。どっかりと土方の横に腰を下ろし、「いつも俺が出る時に面接だなあ。トシにばっか任せちまってすまん」と屈託なく云う。
 (そりゃ、あんたの外出に合わせて日程組んでるんだからなあ・・・)
 ぷかり、ぷかりと煙草をくゆらせながら、「いや、構わねぇよ」ととぼけた言葉を返した。適材適所、こういう小賢しい真似は俺らの管轄。悪びれもせず、土方は喉の奥で続けた。大将を謀っているつもりはない。
 (自分を守るために、こんな風な気の遣われ方だの小細工だのされんのは、あんたァ好きじゃねぇんだろうけど)
 ちろりと流し目をやれば、何故か土方を凝視している視線とばっちりかちあって、思わず身じろいだ。心臓が跳ねる。
 「なあ、お前、なんか憂鬱そうじゃねえ?」
 「なんで?」
 「いつにも増して顔が暗い」
 動揺を気取られまいと、全身から力を抜く。そうすることで、何処かに不自然な力みがかかることを避けられる。
 「地顔だよ」
 そう云いながら、溜息のように煙を勢いよく近藤の顔に向かって吹き付ける。くしゃみをする寸前のゴリラのような顔で「ぐげっほ」と咽るので、思わず笑ってしまう。「このやろ・・・っ!」気持ちが晴れ渡るようなほどの笑顔を寄越し、近藤がその大きな分厚い両の掌でもって土方の頭を掴んでは、ぐしゃぐしゃと掻きまわしながら揺さぶる。
 秋の気配の陽射しよりも尚、あたたかなその手が、土方を確かに掴んで放さない。声をあげて笑う。心の芯までぬくめられるような。

 
たとえば、俺には所謂「願い」というのがふたつあって。
ただ願うだけというのは性に合わないので、何かしようと思うのだった。



 この人が、大事だ。




 だから、ふたつめの「願い」は、たぶん本当には願いじゃない。それに同時には叶わない願いでもある。
 こんな風に笑いあっていれば、意識しないでも済むようなものが、不意に土方の呼吸を詰まらせもする。方向をたがえてしまったような自分の感情は、元を辿れば起因は同じものだ。
 この人が、大事だ。
 それだけのシンプルなものが、いつしか様相を変えた。こんなものは要らないと悶えても、消えはしない。
 「それじゃ行ってくる」と立ち去る背中を、じっと見詰めてみる。繰り返す自分の問に、答えはない。
 (俺はどうしたい。どうなりたい)
 「この人が、大事だ。」が、「あの人が、好きだ。」も伴うようになってさえ、土方の思慕の行き着く先はない。背中を熱い視線で見詰めてみても、どうにかなりたいとも思えない。
 (あの人も俺に惚れるだとか、それこそそんなのどうでもいい)
 鼻白んで目を細めた時、近藤が廊下の突き当たりで振り返り、土方へとにかっと笑んで掌をひらひらとさせた。早く行け、と追いやるように土方も掌をひらひらとさせ、今度こそうっそりと溜息をこぼす。
 時にいっそ死んでしまいたいようなほど悩み、惑い、悔やむ想いは、求めるものも願う結果も伴わない。
 (だから、たぶん本当は「願い」じゃない)
 
 どうにかなりたいとかじゃない。そりゃ楽になれればその方がいい。だけど忘れるのも、なかったことにも出来ないんなら、楽になんざなれるわけもない。
 この恋は叶わない、というのは、悲劇ぶりたいわけではない。告げる気もないし、気付かれるようなヘマもしないからだ。
 (叶う、ってなんだ?)

 (あの人が、俺に向かって「好きだ」とか云って?)

 (接吻したり抱きあったりすれば、叶うってのか?)


 (なんだそりゃ)


 (そんなんが)

 立てた両膝の間に項垂れた顔を埋める。視界は暗くなっても、陽だまりの暖かさは土方を包み続ける。
 
 (そんなんが、欲しいんじゃねえ)


 土方が想いを伝えたら、近藤は悩むだろう。自分の友愛やら家族愛みたいな感情の中から、土方へと向けているものを探り、選び取ろうとするだろう。下手すりゃ応えようとさえ、してしまうかも知れない。応えられなくとも、変わらず優しい笑みを向けて寄越すだろう。
 
 (なんか違う。そういうんじゃないんだ)



 (どうにかなりたいとかじゃ、ない)

 膝を抱え込み、土方はそのまま横に転がる。縁側まで暖まった、そのぬくぬくとした光の中で、心地よくくつろいでまどろむ。
 自分がどうしたいのか、どうしてほしいのか、どういう風になりたいのか、それが苦悩しても見えてこない。どうにかなりたいわけではなくて。
 (あんたが好きだ)
 それだけの想いが何処にも向かない。動かないまま、こうして丸くなって其処に土方の全部がひたっている。


 (あんたが好きだ)

たとえば、俺には所謂「願い」というのがふたつあって。
ただ願うだけというのは性に合わないので、何かしようと思うのだった。

 何にも、どうにもしようがないものを抱えて、何もしようとも思わないままで、土方は少しばかり眠る。きっと明日も。






END


うう、久しぶりの更新です。不意に浮かんだ土→近をお届けします。
おっかしーなー・・・書く予定だったのは陸奥妙とか銀土だったのに・・・。
でも、お越しくださる方に、更新のない不義理を晒していたのが心苦しかったので、どうあれ閃いたものを産めてよかったです。少しでも楽しんでいただければ嬉しい限りです。
これまでとはちょっと違った土方片想いになった気がします。いつも深刻に思い悩みすぎていたんですが、うちの土方は。そろそろ捨てられないし割り切れないし、自分の想いに向き合ってみたらどうなるんだろう?というのがひとつコンセプトでした。案外、土方淡々としてましたね。
この人、近藤さん好きだけど、そんで何か展望見てるのかなーとか考えるんです。想い想われ、というのは今のままでもそうだし、今のままでも幸せなんじゃないのかなー。どろどろした感情を持ち込むより、今のままが一番綺麗で(たまに土方は綺麗なだけの想いじゃなくなるのは承知の上で)、いいのかも。
とか云いつつ、実はこの、展望の見えない関係って不毛の極みで不憫でもあるし、見方を変えれば祈りみたいな崇高な思慕かも知れん・・・いや変態なだけか。とか色々もにょもにょ考えております。ご感想など、浮かびましたらお教えくださいませ。

にしても、山崎ってホント書きやすいし動かしやすいし、大好きです。でも強度のセルフ妄想の産物です。
 
 木蓮の花言葉は、「恩恵」
 


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