銀の鎧細工通信
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2007年06月21日(木) Not my Messiah (戦国BASARA 弁丸×佐助)

 「久しいな!−−!」
 (あれは父上のところの客人の声。)
 新緑も眩い縁側で書物を繰る。庭木の向こうから快活な声が呼んだ名は、耳慣れないものだった。盗み聞きするつもりは無いけれど、何せ近い距離で交わされる会話はどうしたって聞こえてしまう。書から顔を上げずに読むことに気を払うのが弁丸のささやかな罪滅ぼしであった。
 いつもならここで「弁丸様、あんま日差しの強すぎるところでもの読むと、目が悪くなるって云ってるでしょーが!」と佐助のお小言が飛ぶ場面・・・と経験則が警鐘を鳴らす。ところがその佐助の声は、弁丸ではない者へ向けて放たれた。
 「御無沙汰しております。変わらず御壮健のこと、何よりにございます。」
 (!)
 反射的に顔を上げた際に、膝に置いた書がばさばさと落ちそうになった。焦り、声のほうへと目を向ければ、椿の葉の隙間から佐助は既に弁丸へと視線を定めていた。ギクリとする。とうにその存在に気付いていたのであろう、動じずにその唇に人差し指を小さく当てた。弁丸は息を詰め、かえって身体が強張るばかり。それを見て取るとくすりと笑って目をそらした。
 「随分と立派になってのう。真田殿に使えて何年になろうか。」
 「畏れおおうございます。−−年になりますれば、多少は。」
 どきり、どきりと鼓動が身体の中を駆け巡る。うんと小さい頃から側に居た佐助が、知らぬ名前で呼ばれた。自分よりも年上の佐助がどのように暮らし、どのような経験をつんできたか、それを知りえないことを今更ながらに思い知らされる心持ちだった。
 (そんなのは、当たり前だ。)
 そのこと自体は気にはならない。否、気になったとしても仕方の無いこと。それよりも、弁丸は逞しい客人が「佐助ではない佐助」を知っていることに戸惑いを感じた。
 (今の名は?佐助は、佐助ではないのか・・・?)
 「・・・・・さま、弁丸様!」
 うなじにちょろりと生えた尻尾のような髪を逆立てる勢いで、びくりと身を竦ませれば、今度こそ膝元から書はあっけなくすべり落ちた。あーあ、と小さく苦笑しながら目の前に来ていた佐助がそれを拾い上げ、丁寧に砂を払い落とす。はい、と手渡された書を受け取る。
 「こんなお天気の日に外で書なんて読むと、目が悪くなるよー?」
 いつもの言葉に、自分でも恥ずかしいほどにほっとする。何か云いたげに見上げる目に、佐助は眉を上げてなぁに?と首を傾げてみせる。
 「今、佐助は、違う名で呼ばれておったな・・・それは・・・」
 口が渇いてうまく言葉を綴れない。
 佐助は忍び。弁丸はそれが故に、何を問うて良いのか、何は問うてはいけないのか判らなくなる。どう接すればいいのかが時に判らなくなる。
 自分と同じように扱えば、佐助はやんわりと、けれどかたくなさを含めた態度でそれを固辞した。自分は武士ではないのだから、自分とあなたは違うのだから、と口にしないままに目と態度で語る。もっとも、もっと幼い頃には口に出して諌められることが頻発した。弁丸も佐助を困らせるのは本意ではないために学習したことも多い。
 気をめぐらせて黙り込めばそれはそれで、「云えないようなことは訊かれても云わないから、訊く分には構わないですよ。」と困ったように笑って。佐助はいつも先回りしてくれる。父も、兄も。優しく想いをかけてもらうばかりの自分自身が情けなく、不甲斐なく思えて仕方が無いのはいつもそういう時であった。己は武士の子、未来の主や家臣たちを守れるようにならなくては、とその度に決意を新たにする。
 下手な遠慮がかえって人を、特に佐助を困らせることは承知している。答えたくなければ云わなくとも良いという前提の下、弁丸は正直に問うたのだった。
 「ああ。ここだけの話、あの方は里長に縁のあるお人でね。里に居た頃からの知り合いなのよ。だからその頃の名前で呼んじゃったんだろうね。」
 まいるね、忍びの名前を真昼間に大声でさ。と苦笑して見せた。
 「里に居た頃は、佐助は佐助という名ではなかったのか?!」
 自分自身も真昼間に忍びの名前を大声で呼んでしまった、と咄嗟に口を手のひらで押さえた。くつくつとさもおかしそうに笑いながら「弁丸様は今更でしょ。」と云う。
 「第一、佐助の名前は忍びの通り名みたいなものでね、だから呼ばれても差し支えないわけですよ。」
 「・・・?」
 そのまま転げそうなほどに首を傾げる弁丸を見ると、佐助はまた微笑む。
 「だって、ここに来た時は佐助って名前じゃなかったじゃない。って、弁丸様はまだお小さかったから覚えてないかな。」
 「覚えておらぬ。・・・不覚!」
 元服前の、初々しさもあどけなさも残る、けれど誇り高く凛々しい心の根を持つ主を、佐助は目を細めて眺めた。まるでこの初夏の陽射しの様。明るく、強く潔く。高らかに清く全てを照らす。自分には眩しすぎる、自分とは余りにも違う。なのにこんな風に近くに居すぎるのは、その陽射しに自分が甘えているのだと判っていた。このままではいけないとも。よりにもよって、決して日向にだけは居てはいけない自分が。
 「ねえ、佐と助の字の意味は?」
 忍びとして未熟であることを誇示する困惑など、決して表に出すまい。ましてやこの人にだけは悟られてはいけないことは、あまりにも多い。佐助は吊り上げた口角に葛藤を溶かす。
 「む。助けるという意味であろう、どちらも。・・・あ」
 「そ。よくお勉強してるじゃないの。」
 ぽかりと口を開け、解ったという顔をする。弁丸は歳の割には穏やかで落ち着きがある。思慮深く、我慢も知っている。むやみに怒らないし泣かない。それは自分の行く末を導く良き父の背中から得たものなのだろう。けれど不意の感情表現だけは素直であるため、それが一際の愛嬌となった。
 「主に仕え、主を支え、主を助ける、そういう名前なんだよ。主を持った忍びの中でも優秀な者だけが使っていい名前・・・さすが俺様、でしょ」
 「うむ、そうだな。」
 佐助がにんまりと企みを含んだ顔で笑ってみても、弁丸は生真面目かつ鷹揚に肯定する。肩を竦めて「まったく格好いいお人だよ」とぼやけば、
 「そのようなことはないぞ。某はまだまだ未熟、父上の様に立派なもののふには程遠い。」
 そう、きっぱりと云うのだった。
 (ああ、眩しいな・・・)
 その言葉に秘められた弁丸の葛藤も、弁丸自身の矜持が故に、周囲には清廉な謙虚さだと感じさせているのだと佐助も解りはしない。佐助の葛藤が弁丸に見抜かれないように。
 「ならば某、佐助が佐助足れるよう、尚一層の修練を積もうぞ。」
 「へ?」
 不意に自分の名が出されたことに佐助は目を丸くした。弁丸が父のこと、未来のことを口にするのはそう珍しくは無い、しかしそこに自分の名が出されることには虚を突かれた。
 (佐助が俺に仕え、俺を支え、俺を助けるのなら、俺はその佐助を守れるようにならねばならぬ)
 こんなことを云えば、「俺のことはいいの。俺は忍びなんだから。」と返されるのは目に見えていた。ならば口にせずともいい、自分がその覚悟を心に刻めば。
 信頼に応えられなければ、弁丸にも解るほど若くして才に富んだ佐助に仕えられる主として不足。佐助がその名に恥じぬ者になりたい。
 「佐助は、他ならぬ某の佐助なのであろう?」
 「はい。」
 弁丸の意図はつかめないながらも、この偉大な可能性に満ちた主が何か考えているのだということは解る。それを敢えて口に出さないのだということも。
 云わないということは、云ったら俺にかわされる様なことだってわけだよなあ・・・。そう思いながらも、放たれた言葉に吸い寄せられるように返答していた。
  弁丸の父にも、兄にも既に直属の優秀な忍びがいる。その補佐として働くこともままあれど、佐助は歳も程近い弁丸の元で先々長く仕えるべく命じられて里を離れた。戦忍びとしての初陣を果たした後、佐助の名を用いることを赦された。それは働きを認められ、主に仕える力量を得たという証。
 他の誰の命に従っても、否、そもそも彼の人に仕えよという命など無くとも、もはや今となっては自分の主はこの少年だけなのだと、佐助は思っている。
  

 


 たとえ、いつか何処とも知れない地で、主の知らぬまま命を落としても。
 
 
 
 命の尽きるその時まで、屍となって尚。


 
 
 
 「弁丸様の、旦那の佐助です。」







 (あんたを守る。あんたのために戦う。)
 (そなたたちを守る。そなたたちのために戦う。)


  こんな世界で




      (あんたの救い手にはなれないとしても)
       (おぬしの救い手にはなれぬとしても)
















END

・・・ついに書いてしまいましたBASARA。
実は結構前からかすがちゃんと謙信様の話をメモ帳に保存してたりしてて、ところがそいつを書き上げる前に天啓がおりてきちゃいました。そんで、一気に、これが生まれました・・・。
そもそも佐助って、忍びなのに名乗ったり呼ばれたり叫ばれたりしてていいのかよ・・・と、まあ語らったりしていたのですが、忍びとしての通り名みたいなものなら良いわけで。本名なんてもの自体持たないでしょうから、実質その名前でもあるのでしょうけど。後はその名前の字義ですね。すげえ名前だなーと改めて思ったので。
一応個人的には真田13,14歳。佐助18,19歳くらいのイメージです。初書きが幼少時捏造って・・・ひどい!

銀魂熱とか冷めてないのですよ。エリアーデへの愛も、ラビ受けへの燃えも、山本のいかがわしさへの昂奮も。こちらも天啓あらばじゃんじゃんばりばり書きたい所存です。つまり、銀鉄火更にジャンル増え、っていう・・・愛の泥沼です。いえ幸せなことです。

今後の書きたい帳
・鴨と土方
・雲雀誕生日(諦めてません)
・BASARAもの(真田と佐助、謙信様とかすがちゃん、明智と信長様、そこらが書けそうです。他は好きだけどまだ無理だろうな・・・)

本当に短いものならテイルズオブレジェンディアでもかなり浮かんでいるのですが、書かないまま消えています。

どうでもいいですが、BASARAものを書く時のBGMに困りました。銀魂はBGMに一切悩まない貴重な作品ですもので。


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