銀の鎧細工通信
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2007年05月10日(木) |
もくまおう (土方→近藤 ※山土要素アリ) |
忘れてもいい 俺が覚えているから 口に出す必要は無い 俺がわかっているから
光が眩しいほど影が濃くなるのなら 怖くはない その暗さも何も
わかられなくて、いい。 わからなくて、いい。 理解されなくて、いい。 俺の事を理解するのは、俺だけでいい。
わかられたら、たまらないから。
警邏の最中に絡まれることは少なくない。攘夷志士は勿論のこと、『なりあがりの芋侍』と廃刀令によって刀と家柄を剥奪された元々の武士階級の氏族が悪し様に思うのも無理は無いことであった。自分たちは武士の誇りを奪われたというのに、本来ならば帯刀を赦されない階級の者達が侍として刀を提げているのだから。 (芋侍結構。家柄を誇示するため差すのは刀じゃねえ、棒っきれだ。) その湿度の高い初夏の夕べ、氏族の館が立ち並ぶ住宅街で籠から降りた恰幅の良い初老の男性が土方たちを見るや吐き捨てた。「チッ、守りたいのは江戸でも何でもない狼どもめが」、と。正しく穿っている、と土方は心の中で首肯した。そもそも幕府に恩義はない。刀も居場所も捨て、離散するしかなかった近藤の道場を拾ってくれた松平に恩義はあれど、自分たちが幕府と江戸を守るのだという正義と衷心は持ち合わせてはいない。ただ近藤をはじめ、恩義を衷心で返すこと誓っている者も少なくはない。土方がそうでは無いというだけであった。 隊が大きくなってきてからは、武装警察として自分の大切なものを守るために入隊を希望するものも増えてきている。連れ立っていた新入りの少年が瞬間的に鋭い目つきを男性に向けたのを、前を向いたまま「云わせておきな、事を荒立てるんじゃねえ」と諌めた。煙草に火をつける。 「・・・すんません。あん人たちの気持ち、わかんねえわけじゃないつもりだけど、やっぱりむかっ腹が立っちまうんです・・・俺、ガキですねえ」 自分を見ていたわけでもない副長の鋭く素早いいなしに驚きつつ、そんなところにこそ憧憬の念を隠せないという風に少年は照れてごちた。その素直さに土方は目を細める。 「いいんじゃねえの。侮辱されたら怒る、真っ当なことさ。・・・慣れろとは云わねえよ」 侮辱や嘲りに慣れてしまって、卑屈にでもなろうものなら士気に関わる。弱腰はいけない、卑屈は論外。という後に続く言葉は煙を細く吐き出すことで口には出さない。背中から「はい!」と熱を孕んだ輝くような声音を聞いて頷いた後に、左隣にいる山崎に耳打ちをする。 「蒸すな、屯所にビールあったか?」 共に出歩く時には必ず土方の左側を歩く山崎は、いつだったか「だって抜刀すれば左がどうしても死角になるでしょう」と真面目くさって応えた。それ以来近藤と歩く際には努めて左側を歩くようになった土方を、きっと心の中でからかうように笑っているのだろう。 「今時季からは切らしませんよ。麒麟が5缶、サッポロ4缶冷やしてあります。在庫はケースが3つ」 喰えないほどに有能すぎる部下は、やはり真顔でそっと応える。枝豆を茹でてあげましょう、と付け加えた際に少し笑んだ。近藤は一人で晩酌する習慣を持たないし、隊内随一の呑兵衛である沖田は初めから酒か焼酎を呑む上に、呑みだすと肴に箸をつけなくなる。いつでも主夫になれるほどの料理の腕前は、こと酒に関しては土方のためだけに揮われていた。 「ひとりでそんなに呑むかよ」 苦笑をかすかに浮べて囁けば、「俺も呑みますもん」と悪びれず飄々と云うのだった。抜かりなく良くされることに慣れない土方に、気を遣わせまいとする手口であるその言い草こそ、そつがなくて苦笑する。 その後歌舞伎町まで戻ってきてから酔客に難癖をつけられ、多少の小競り合いになったものの怪我も無く、のびた男を同心に預けてから屯所に戻った。殴りかかりながら「お前らは、俺たちを守る気なんてないくせによう、偉そうに何様のつもりだよ」と呂律の回らないまま口走った男は、先月の終わりに天人に絡まれて酷い目に合ったのだとのことであった。視ればあちらこちらに擦過傷や青痣がある。「本来なら俺らの管轄の手落ちなのに、飛び火させちまってすまないね」と壮年の同心が苦笑するが、自分達が悪目立ちしていることには自覚があった。不当な難癖をつけられるにしたって、それには何がしかの理由があるのだ。正誤や善悪の問題ではない。 (俺たちは、防潮林も仕事のうちだ) 天人への恨みが逸らされるため、人間同士が憎みあわないようにするため、攘夷志士たちの怒りの矛先に立つため、そもそもの警護の任務以外にもこうした諸々の思惑があるからこそ武装が必要なのだ。 (いちいち怯んでちゃ、守れねえんだよ) (腹の底から本当に、守りたいものが) 口にすれば、身勝手だ自分のことしか考えていない、と悪罵されるような本心でも、願いは願いだ。身を切るほど、焼け付くほどに、それだけが自分の全てのような切実な願い。 (他人にとやかく云われる筋合いはねえ) 何を云われようとも、俯かないことが汚れ仕事を背負う者の意地であった。 「ああ、もう夾竹桃が咲いてますねえ」 山崎が示した方に咲いているのは、刀の様に尖った葉を持つ白い花。「へえ、そういう名前なんですかあれ。初めて知りました」「毒があるんだよ」「マジっすか」なんて部下たちの遣り取りが露を孕んだ夜風に掻き消える。 土方は俯かない。きっと命の事切れる刹那でも、守るべく心決めた者から目を逸らしはしない。
夕餉を済まし、そのまま食堂となっている広い和室で銘々の報告と確認事項を話し、解散した。これで一日の仕事が終る。夜勤当番はここからが仕事の始まりだった。土方は台所で山崎の茹でた枝豆をつまみつつ、凍らせたグラスに注がれたビールを片手に警邏日誌を書き、明日の当番を隊内掲示板に記す。 「そういや」 明日の朝食の仕込をしている山崎が、作業の手を休めずに口を開いた。大量の三杯酢をつくってある横で、海老の背ワタを取っている。酢の物が出るな・・・と推測すれば、ガスコンロの大鍋では味噌汁の出汁もいちいちきちんと取っている。 「飯の後、局長に熱弁振るってましたよ」 「誰が、何を」 流れるような手際を眺めながらぽつりと問えば、「酔漢を鮮やかに落とす副長のクールな手際ったらなかったっすよ!俺感激しちゃって!って、あの憧れの副長との初警邏を済ませた新入りの子が」と完璧に声真似をした。 目を丸くした後に「・・・ハ。くだらねえ」と小さく苦笑すれば、「照れてるんですか。局長じゃなく、副長に憧れて入隊を希望する奴だって居るんだってことですよ」と愉快そうに山崎は続けた。今度は山のような葱を刻み出している。 「からかうんじゃねえ」 土方がむすっとした声を出せば、「はは」と笑った。 「ビール切れました?」 「なんで判るんだ、んなこと」 既に冷蔵庫を開けている山崎は、ずっと土方に背を向けたままである。 「別に。缶を置く音聞けば判ります。まだ呑むでしょう?」 音を聞き分けることにしたって、物音を立てながらしている作業の合間に易々とできることではない。 「お前、やっぱ今からでも忍の修行に行ってこい。費用は隊で持つからよ」 土方の左手近くの空き缶を取り、プルタブを開けた新しい缶を置きながら「物心つく頃から修行を積んでる草の者には敵いませんって。ああ、でも薬草や山菜料理の知識は増えるかなあ」と歌うように応える監査は、生まれる場所をたがえた様に隠密の才能にも長けている。 「でも、幾ら有益そうな修行出張でも、土方さんだったら隊を離れないでしょ。それは俺だってそうですよ」 凍らせてあるグラスに取り替えながら、滑らかな泡が立つように傾けて注ぐ。さりげなく目を俯けて、土方を追い詰めるような真似を避ける。いつも山崎は、人の逃げ場を用意している。 隊のことではなく、山崎個人として土方へものを云う場合に使い分ける呼称には、たまにしか口にしないだけの重みがあった。それが山崎の思う壺だとしても。 「まあな・・・。第一、お前を長期出張させようモンなら、屯所の飯と掃除がどうなるか、考えただけで怖いぜ」 土方はそれが何だか見ない振りをしているけれど、山崎にだって譲れない守るべく心決めた者があって。気がつかない振りをしたまま、手元に縛り付けているのは、一体誰か。判っていない訳はなかった。それは互いに。 (本当に俺は身勝手で、自分のことしか考えてないな・・・) 山崎が「慣れれば誰にでも出来ると思うんですけどねえ」なんぞと軽口で濁すことに甘んじる。
手放したくないものがあって、譲れないものがあって、だけれど守りたいものはいつだって本当には一つきり。 それ、を守るために必要なものと、自分が必要としているものの区別をわざとつけないようにして。誤魔化して濁して、曖昧に曖昧に。 (俺は欲が深いんだ) 「あんま・・・わからないでくれよ」 自室に戻りながら、零れる様にひとり呟いた。
「お、まだ起きてたのか」 厠にでも行くのだろう、寝巻き姿の近藤が盛大な寝癖をつけて姿を見せた。「ご苦労さん」と笑う顔は夜闇でもくっきりと見える。 「もう寝るよ、おやすみ」と通り過ぎようとすると、「あ」と思いだしたと云う風な声で暗に呼びとめられた。静かに振り返る。 「・・・何」 「聞いたよ、今日の警邏。大変だったな」 気持ちよく酔いのまわった頭で、「ああ・・・別に、大したことじゃねえ」と首を振る。 「お前変わったなあ」 と嬉しそうな声が振ってくる。気持ちの良い、声。いつだって土方にとって、この上なく暖かくて眩しい。眉を顰めて「何が」と問うた。 「前だったら馬鹿にされりゃ飛び掛って、喧嘩吹っかけられりゃコテンパンにして、いーっつも無駄に怨みかっちゃあ敵作ってたのによ。それが人を諌めるようになるとはなあ」 嬉々とした声を、もっとずっと聞いていたいと思う。もっと、ずっと、たくさん、いつまでも。 「人を狂犬みたいに云うな」 噛み付くような言い草も、柔らかい口調によってほどける。基本的に近藤が叱りこそすれ誰をも咎めないように、誰も近藤を咎め責めない。 「はは!似たようなもんだったじゃねえか。闘う以外に自分を守る方法も、覚えたなあトシ」 それは、だって 「まあね・・・」 それは、 「敵を増やす割りにゃ、全部独りで背負うからよ。気が気じゃねえなあ」 困った風に、けれど満更でも無いと破顔する。いつも近藤は「一人で背負おうとするな」と云う。飽きず諦めず、何度でも。 「あんたは、お節介だよ」 息が洩れるように、土方はそっと微笑んだ。 だって、それは、 (俺が敵を増やせば、あんたに火の粉が飛ぶじゃねえか。あんたは進んで巻き込まれようとするじゃねえか。俺一人で背負うようなことまで。) だから
「わりぃな、引き止めて」 踵を返そうとする近藤の袖を引く。 「ん」 振り向く顔は流石に視られない。俯かないと決めていても。 「酔った。俺も厠行く」 「変わったけど、変わってねえなあ!大して強くもないのに呑みすぎる」 からかっては豪快に笑い、そうして土方の肩に腕を回す。 「うっせえよ」 組まれた肩が、随分と熱い。
俺が買った喧嘩が、俺個人じゃなく、隊のことになって。 そうしたらそれは、あんたの喧嘩も同然になって。 ずっとあんたは俺や総悟の防潮林になってきたのに、 いつも明るい景色を見せてくれた、いつもおおらかに惜しみなくくれた。 忘れていいよ、俺らなんか、面倒ばっかかけてきてるのにさ。 覚えてなくていいよ、そんなに大事そうにつまんねえ思い出を。 わかんなんくて、いい。 わかろうとすんなよ。
でも、本当は、忘れて欲しくないから、覚えていて欲しいから
俺はいつだって
あんたを守る力が欲しい。
あんたの側で。
END
タイトルとイメージソングはCoccoの「もくまおう」です。 とても土方→近藤っぽいんですよね。
土方誕生日祝いSS、と思っていたのですが、そもそも土方は誕生日に頓着しないだろうし、男所帯でそんなに誕生日にまつわる何事かをするとは思えないわけです。ジェンダー的に女子カルチャーと違うと思っています。どっちがいいとか悪いとかじゃなくて。 なので今日、「もくまおう」を聴きながら職場から帰っている夜道で、
め い っ ぱ い 土 方 が 幸 せ な S S !!
が誕生日記念になるかと思いました(笑。
もともと受けを甘やかす傾向のある鉄火ですので、ひねりもなく、想われて大事にされている土方を書きました。 なんだかこれ、山土でもあり、近土近みたいですね。 一応、これまでの「あくまで土方は片想い」路線で→にしていますが、なんだか近藤さんとのカップリングものでも書けそうな気がしてきました(笑。書くかは別ですが。
んで、雲雀に関しても、祝ったり、誰がすんのさ・・・と思っています。というのは、「余計なお世話だよ。鬱陶しいな、噛み殺されたいわけ?」とか云いそうじゃないですか、あの子。 じゃあ、土方を幸せにするのが誕生祝い、の系列でいくと 雲雀を幸せにする なわけですが、あの子の幸せってなんなんでしょうね。 穏やかで静かで、のんびりと小鳥なんかを愛でて、自分を煩わせるうるさい輩がいない。そんなところでしょうか。 ・・・何それ。人と絡めようがないじゃん・・・!!と改めて雲雀のコミュニュケーション能力の欠乏に苦笑している次第です。
ああ、BASARAの話が書きたいYO!!
昨日は銀迦ちゃんに会いに行きがてら、 BASARA同人誌を漁ろうと目論んでいたら、 体調優れず18時間寝続けて玉砕。
無念のあまり、ブログ作りました。 居ないとは思いつつ、銀鉄火が 物を書いていない時に何を考えているのか 観てやろう!という豪胆なかたは此方へ。
http://yaplog.jp/tekkablood/
拍手メッセージお返事
ぽちっとくださる方も、ありがとうございます!
★5月1日22時のあなた様 そうなんですよね、高杉を書く時には割りといつも 露悪的で儚い 強迫観念的に思い詰めた なんてのを意識しているのですが、坂本とお祭に行かせたら 随分とくつろいだ柔らかな高杉になりました。 鬼兵隊を率いていたくらいだから元々は気のいい兄ちゃんだったと したら、その要素は今も高杉にはあるのではないか・・・と思い、 結局は「楽しければ笑う、腹が立てば怒る、ただし泣かない」、 そういう素直な部分を書くことにしました。 私も本当は祭で近藤さんに遭遇させるつもりだったのですが、 それって月9のドラマみたい・・・?出来すぎ・・・?と いささか恥ずかしくなってしまったのと(笑、 近藤さんはああいう高杉を観られないままに、 高杉のほうが近藤さんを想起している、ってのが切なくって 萌えるかも・・・と思い、会わないままとなりました。 ある意味での私の本意を汲み取っていただけて、とても嬉しいです。 ありがとうございました!
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