銀の鎧細工通信
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2007年03月04日(日) 常夏 (沖田・ミツバ×土方)

全く同じ軌跡を描いて、ふたりはすれ違う。
全く同じ気持ちだから、きれいにすれ違う。
噛みあわない、周りが見ていて滑稽なほど。
どれだけ見て取れても、意固地な2人は耳を貸さない。
耳を貸したとしたって、云ってなんかやらない。
全く同じ軌跡を描いて、全く同じ道筋辿って、
全く同じ願い抱いて、全く巧くなんかいかない。
それでいい。
どうなったって、見ているしか出来ないのだったら、
静かな苦しみに胸をふさがれているのを見ているほうがいい。
ごめんなさい、姉上。
俺はそういう人間です。
俺を置き去りにしていく背中を見るくらいなら、
あなたが黙って耐えてるほうがいい。
俺はそういう人間です。
手に届かないところへ進むのを見るくらいなら、
俺すらも雁字搦めで動けないほうがマシ。
どいつもこいつも幸せなんか掴めないでいい。
どいつもこいつもここに縛り付けられていればいい。
どうせ俺は進めない。
どうせ俺は変われない。
だから皆ここで足止めされていればいい。
だからここに居ればいい。
腐り落ちるまで。

だれおちて
溶けて流れて
腐蝕する情動













ねえ、そのくらいが一番甘いって、
知っているんだろう?










腐って爛れる蜜の味、
その毒で死ぬまで、
ここにいてよ。



俺を1人にするくらいなら、
甘い毒にまみれて
みんな、息の根を止めて
骨も皮も溶けおちればいい。

溶けて流れて、ゲル状の塊、
そうすれば溶け合って
混じり合って、
俺もアンタも区別なんか付かなくなるだろう?
何が欲しかったのかなんて解らなくなるだろう?

どうだっていいんだ。

俺を取り残しさえしなければ。

どうだっていいんだ。

カタチなんて。



ひとりはいやだ
ひとりはいやなんだ
ひとりにしないで
ひとりにしないで
ここにいて
そばにいて
俺を選んで
俺を必要として
俺が必要なんだって云って
”俺も”じゃ駄目なんだ
俺だけだって云って 云って
俺だけ選んで。

どうだっていい、
形振りなんか構っていたら、
人の気持ちなんか慮っていたら、
腐って溶けて流れ落ちて、
俺だけがドロドロ。












 冷えてべたつく寝汗にまみれ、跳ね起きる。時計を見れば、最後に時間を確認してから1時間しか経っていない。
 鼓動がはやい。乱れた呼吸を大きく吐くと、苛立ちがこみ上げて唇を噛み締めた。こめかみから汗がにじみ、背中の真ん中を冷たく流れる。どこかで何かが焼けるような匂いがした気がした、どこかで何かが腐っている匂いがしたような気がした。脈拍が頭の中で反響して、耳鳴りがおこる。
 自分が独りきりだったら、ここで訳も解らず喚きたてるだろう、叫びまわるだろう。けれどそれは出来ない。出来ないということが沖田の頬を緩ませた。見渡せばがらんとした個室でも、同じ建物の中に人の気配が息づいている。この世界に自分は独りではないと、解ってしまう事は残酷で、それでいて救いだった。
 忘れてはいけない。どれだけ「俺が」「俺が」と肥大する過剰な自我に振り回されても、この世界は自分以外の人間に満ちている。皆が皆、そういう自我を飼いならして押し殺して、何でもない振りで笑って過ごしている事を。忘れてはいけない。自分だけがそんな幼稚でちっぽけな欲望を抜け抜けと曝していいという事は無いと。繰り返し、繰り返し、優しく笑って窘めてくれた姉はもう居ない。もう居ないのだから。
『だめよ、そーちゃん。そんな我儘、みっともないわ』
「姉上」
 ぽつり呟いて、続きは口にできないまま、呑み込んだ言葉。
(俺は、あなたに、摑まえて籠に入れてて欲しかったんだ)
 叱って、笑って、赦して、抱いていてくれる腕、撫でてくれる手のひら。そこでだけ安心できる絶対の場所。俺を見つけ出して、籠に入れててよ。
 もう、叶わない。
 ミツバは何も知らずに死んだ。土方の想いも、沖田がどんな願いを抱えて居たかも。あるいはどれもこれも気がついていたかも知れない。気がついて、知った上で沖田を選んでいたのかも知れない。もう、解らない。
 火葬の後に初めて気がついた、自分が姉と似ていることに。泣きはらした瞼を確認するために鏡をのぞいた時に、姉とよく似た輪郭に、眉に、口元に、眼と髪の色に、初めて気がついた。おっとりと微笑をたたえた目尻には似ても似つかないが、眼の形自体はよく似通っていた。鏡の中にうつる姿は、涙でぼやければぼやけるほどよく似ていた。

 俺は姉上の中に居た。
 あるいは俺の中に姉上は居た。

 もう何にも見たくなかった。聞きたくない。泣いても泣いても、涙は枯れる事は無かった。泣きすぎで脳味噌まで流れ出ているんじゃないかと思った。夢の中で、ミツバは生きているままだった。いつも生きている頃の設定だった。目覚めると、いつもそのことに絶望した。何度でも絶望した。遺品の小さな鏡台に、縋りつくように泣いた。姉の死もどうしようもなく辛かったが、何より自分がかわいそうで泣いていることに沖田は気がついていた。
 こんな幕引きは願っていなかった。俺は姉上の中に自分を隠していた、だから安全な場所で生きてこられた。だから自分を好きで居られた。だから姉上の気になる奴を、気にした。姉上は俺の中に潜んでいた。だから俺は姉上の視点でものを見ていた。あいつを見ていた。
 意識的に取り違える妄想は、内外から食いつぶしにかかる。半身を失ったような錯覚で、自分をよりかわいそうに仕立て上げた。

 願った事の結末はこんなものだったのか。
 こんな事を願ったのではない。これは違う。
 こんな風に終わる事を、願ってなどいない。
 願った事のツケが、これか。

 ゲル状の塊になり、溶け合ってひとつになりたいと願ってはいた。もう全部一緒くたで、全員訳が解らなくなればいいと。では、姉だけが俺に取り込まれるのは?それも望んだことの一つか?こんな風に俺に、死んで尚都合よく利用される事を、俺は願ったのか?
 はらはらと、後から後から滑り落ちてくる涙を払いもせずに、沖田は俯いている。鏡の中に姉の面影を見るのが怖かった。自分は1人なんだと知っているのに、見てしまう姉の姿。何も応えてはくれず、抱いてもくれない、面影だけの姉。
 独りではない、だけど1人ではある。姉とは違う自分、沖田はミツバではなかった。ミツバもまた、沖田ではなかった。姉は死に、自分は生き延びている。そんなことが知りたかったんじゃない。分離したかったんじゃない、逆だ。取り込んで一心同体、同時に厭というほど別物の存在。知りたくなかった、こんな世界を独りで生きていき続けなくちゃいけないなんて。
 泣き過ぎて酸欠になった頭が痛む。熱を持った内臓が、内側からじわじわと腐ってくるようだ。べったりと張り付きあう臓物と臓物。ものが腐蝕する際に発する熱が自分を暖めている、現に今も胃の腑で夕餉が腐って醗酵しているだろう。熱にうだる。熱中症の様に。腫れて熱を持った瞼と頬もじんじんと熱い。頭まで痺れそうなほどに。
 汗びっしょりの身体が気色悪い。身震いすると、沖田は浴室へとのろのろと向かう。鼻を掠める匂いは男くさく、やはり姉とは違う生き物であると実感して小さく笑う。自分がなんだか解らなくなる一方で、鮮明に自分は自分だと訴え続けているものがある。確かにある。俺が誰だか解らない。俺は姉上じゃない。
 姉上は、腐って溶けないで、燃えて灰になった。
 そうだ、姉上はだれおちる甘い甘い致死の毒になどなってはいない。
 腐る前に俺が燃やした。
 遠すぎて手が届かない。
 振返る事なんて出来やしないよ、貴女を想い過ぎている。
 このまま、俺を取り殺して。つれってってよ、姉さん。
 吐く息が熱い。確かにこの身体の内側で腐っている。
 俺は1人だから、独りにしないで。連れていってよ。
 わかってる、どれだけ、誰がいようと誰といようと、俺は1人だ。
 もうわかったよ、だからもういいよ。
 ずるずると重たい身体を引き摺って、陽炎さえ見える気がした。初春だというのに、暖かすぎる異常気象。それにしたって、どうしてこんなに真夏のように重苦しい?手足がだるい。粘膜がひり付く。腐敗していく。そんなことはないのに。
 腐敗したいだけ。そうしたら、溶けて甘い腐臭を放って、どろどろのぐちゃぐちゃのゲルを見て、あいつは何を思うだろう。俺の残骸、姉上の面影。その中にずぶずぶに浸って、あいつは泣くかも知れない。そうしたら、全部丸ごと呑み込んで、そうすれば、もう全部訳が解らなくなるのに。
 
 角を曲がると縁側に面した廊下に出る。人の気配がすると沖田は感じていた、それが誰かも解っていた。気配を変えずに足を進めれば、縁側で横になっている姿が目に入る。珍しいうたた寝。全て灰になった煙草が、今にも消えそうな細い煙をたなびかせていた。
 花曇の夜だった。生ぬるい風がかすかに吹いている。混じる春の気配、冬が終ろうとしている。沖田の頭と身体の中は真夏の熱帯夜のようだった。
 泣き過ぎて飽和した頭がうだっている。そっと近付いたとはいえ、目を覚まさないのは稀だ。もう生きものの気配を放つほどの気力も無いからだろう、と沖田はぼんやりと考えた。だるくてだるくて、横に寝そべる。まじまじと眺めて見ても、なんの感慨も湧かないことに少しほっとする。髪を撫でたことに訳は無い、何となくだった。さびしいのに、苦しいのに、どうしたらいいか解らないでいる。
 姉上は俺を選んで、こいつが恋しい。
 俺は?
 俺は?
 俺を選んだのに、姉上は俺を取り残していってしまった。
 一緒に腐敗してはくれなかった。
「俺も、アンタも、置いてかれちまいやしたぜ」
「たりめーだ、先に置いてきぼりにしたのは、俺らなんだ。見棄てられたって、文句云うのが御門違いだ」
タヌキ寝入りなんざ、人が悪ィや。とぼやきながら、沖田は発せられた言葉が震えていたのを反芻した。指の先で黒髪を弄ぶ。
先に、置いてきぼりに、した?
俺たちが、姉上を?
誰にもそんなつもりはなかったけれど、
「そうですねぃ・・・」
結果としてはそうだった。沖田は選んでいた。姉と離れてでも、自分の日々を選び取った。
 ミツバ自身も、犠牲になるような運命は受け入れない、だから選んだのだ。沖田たちがいなくなった後の自分の生活を。掴み取った、自分で選んで、日々を確かに、生きて過ごした。結婚は叶わなかったけれど。
 自分の願望だとしても、ミツバならこう云うだろうと沖田は想った。
『いやぁね、そうちゃん。あなたみたいな弟持って、私が人並みの、世間並みの幸せを望むとでも思ったの?私は幸せなのよ、人並み以上に幸せだって思ってるの』
 
全く同じ軌跡を描いて、このふたりはすれ違った。
全く同じ気持ちだから、きれいにすれ違い続けた。
噛みあわない、周りが見ていて滑稽なほど。
本当にそうか?
噛みあい過ぎていたから、同じようにすれ違ったままで進み続けたんではないのか?
全く同じ軌跡を描き、全く同じ道筋を辿り、全く同じ願いを抱いて、
違うものを見ていたであろうのに。
皆が皆雁字搦めで動けていなくて、本当に願う幸せなんか掴めないままで。
どいつもこいつもここに縛り付けられていて。
これは俺が願っていたものではないのか?
俺は進めない。俺は変われない。そう駄々をこねて、それで皆足を止めて、待とうとしてくれる瞬間があったのではないのか?
燃え尽きる時までぎりぎり待とうとしてくれたのは、誰だ。

 沖田は息を呑んだ。




姉上、俺は1人です。

姉さん、俺は1人です。
俺は1人です。厳然とひとりです。
甘い毒にまみれてまみれて、甘い幸せな毒に雁字搦めだ。

溶けて流れて、ゲル状の塊になって、溶け合って混じり合って、
それでも俺はひとりです。
ぐちゃぐちゃになっても、この孤独だの意志だの、区別ばかりついて、
同じになんか全然ならない。
何が欲しいのなんか、解りきって消え去らない。
形振り構わず、人の気持ちを慮らず、轟然とちっぽけにひとりだよ。
腐って溶けて流れ落ちて、俺だけがドロドロになると思ってた。
今だって思っている。
こんな風に、いつだって俺は取り残される。
ひとりだって解れば解るほど、誰かの全部が欲しくなる。
おかしいのは俺のほうか?
だって、いつもそんなのは叶わない。
全員が全員、一人ぼっちだから。
夏に蝶を追いかけて、無茶な道選んで走っていって、帰り道をなくして、
一人ぼっちで途方にくれる炎天下、蝉の声、流れる汗、焼け付く陽射し。
「総悟、おめー汗臭いんだけど」
 髪を撫でられるのをそのままにして、ぼそっと掠れた声が胸元の方から響いた。胸に抱き込めば「うえっ、汗臭ェ上に熱ィ!お前熱でもあるんじゃねーのか!?」と抗議の声が、少し裏返って起こる。
 おかしいのは俺のほうか?
 だとしても、構わない。
 俺の残骸、姉上の面影。死んでしまって解らない事の多さ、返らないものの多さ。
 全て手遅れなまま、沖田の中で腐敗して消化されていく時が来るのかも知れない。どれだけかかっても、死ぬまでかかっても。




ひとりはいやだ。
ひとりだから、ひとりがいやだ。
ひとりだから、だれかがほしい。

それがどんなに歪でも、甘い毒の中で腐って落ちる。

さなぎの中でゲル状に溶けて、羽化できるんだと夢を見て。

羽ばたく夢だ。

全部から解放されるなんてありえない。
抱え込んだままで、それでも羽ばたく夢を見る。





「風邪引くぞ。風呂行け、風呂」
 寝惚けたような声が鼓膜を柔らかく打つ。
「そのつもりで来たんでさ」
 そう応えながら、抱えた頭をゆるく抱く。
「ガキんちょの体温だな、熱ぃ・・・」
 もそもそと身体をずらして、沖田を抱き締めた。
自分を守っていてくれた籠はなくなってしまった。
壊れてバラバラに砕け散ってしまった。
その破片がキラキラと懐かしく輝いて、瞼を刺すけれど、
籠は元通りにはならない。
 真夏のあの日、探しに来て、手を取って、微笑んでくれた人はもういない。
 あんなに確かな人がいなくなり、そんな人の愛した野郎が2人、抱き締めあって転がっているなんて。
 
 姉上、笑っていいですよ。







姉上、ひとりで帰ります。
どれだけ迷子になっても。




どれだけひとりでも。




自分を溶かして、さなぎの中で夢を見るよ。
甘いゲルの毒の中で、羽ばたいて帰る夢を。


























END

・・・?
 なんだか、青春臭い話になってしまいました。
今日、DVDでレンゴクカンの話を観た所為かな。
沖田の青臭い、少年臭い部分。
未熟さ。
未来。

 連作にしようと決めた瞬間から、沖田が夏で、溶けてゲル、とは
イメージしていたのですが、もっとねっちょり救いの無い話に
なる予定でした。
 こんな、カタルシスな話にするつもりはなかったというのに。
 ミツバさんを絡めた時点で、道が決まってしまったのかもしれません。
 私はあまり、キャラが勝手に動いて・・・みたいなことはありません。
自分が生んだキャラならともかく、二次創作ですから。
それでも、今回はかなりミツバさんに引っ張られました。
私の中で彼女は本当に大きい。
原作どおりにしても、沖田と土方の中でも大きい存在でしょう。
お妙さん然り、愛情に満ちた厳しいねーちゃんですので、
話をさくさく進めてくれる引っ張り方はしてくれませんが。
 作中、沖田がミツバを「姉上」と「姉さん」呼びしているのは、
作為です。根拠は無いですが、なんとなくココは「姉さん」だろ、とか。
 そんな愛の人、ミツバ女史のお陰でえらく難産になりました。
 すごく考えながら、感覚の赴く方へ進んでいったら、こうなりました。
考える、とは云っても、あまり考えてものは書きません。
本当に勘で引っ張っていくので、私は長編が書けないのでしょう。
いつもノリ。
 いやー・・・なんというか、我ながら、癒し系の話になってしまい、
いたく恥ずかしいです。本当に予想外です。

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★ユイぴょん
あら、うれしい。
私も気に入りの作品です。現代ものパラレル、またやりたいのよね。
山崎と沖田以外の職業に悩みます。ガチで警察官にすべきか・・・。
ちなみに、服装やメイクなどの外見描写に固執している以外で、
どの辺がお気に召したでしょうか。
恋愛観?山崎のハウスキーパーっぷり?笑


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