銀の鎧細工通信
目次


2007年01月27日(土) trapeze in the dark (おおきく振りかぶって 榛名アベ←栄口)

「なあ、なんでアベってあんな必死に”怪我なんかしねぇ!”って云うんだろな」
休憩中のベンチで、口調まで真似て田島が云い出した。
三橋はおにぎりをほおばったままでガバリと顔を上げる。それを視界の端で捕らえながら焦ったのは栄口だ。肩がビクリと揺れる。
「あー、そうだなあ。いやにムキになるよね」
ポカリのおかわりを継ぎ足して、水谷がふにゃふにゃした口調で応じる。
三橋は発話はしないものの、阿部の怪我に関しても、そのことへの阿部の態度にも過敏だし、ひどく執着している。好奇心に満ちた猫のような顔をして話を聞いていた。どこか強張ってもいる表情。
「確かに怪我したいって思う奴は居ないけどさ、げんに田島も怪我してるしな。わかんないよな」
泉の言葉に田島は「そうそう」と頷いている。田島は勘がいい。この話題を止めにしたい、栄口はヒヤヒヤする思いで、何か話をそらす切り出しを考えている。




記憶の中の阿部はいつも、いつもいつも異常なまでの怪我をしていた。






まるで、終わりのない曲芸。
誰も見ていないのに、茶番を止めに出来ない。
手を離したら、地面にまっさかさまだ。
壊れた人形が落ちて砕ける。
阿部はいつも、不憫で滑稽なほど、必死で縋っていた。
いつも取り繕って、強がっていた。

きっと今だって。





「う・・・っわ・・・ひでぇ・・・」
練習試合で借りたグラウンドでは、更衣室が共同だった。
栄口のチームメイトがひそめた声で悲鳴のように洩らした。振り向いてみると、青紫の端が黄色く変色した青痣と、赤黒く腫れた打ち身にまみれて、刺青の様に模様を描く背中と腹が視界に飛び込んだ。
(・・・っ、何だアレ)
不穏な模様、身体の線すら歪むかと思うほどの腫れ。気味が悪くすらある。
思わず眉を顰めてしまう。シャツを脱いでいる最中だったので誰だか判らなかった人物が、首から頭を出したところで阿部だと判明する。2年生にして、有望なピッチャーの球を取っている力のあるキャッチャーだと知っている人物だ。
中学2年生。自分と同じ学年で、まだまだ身体も出来ていない。その成長過程の身体には、あまりに過ぎる異常な怪我だった。
あれだけの怪我だ、発熱さえしかねない。現に阿部はしんどそうな表情をしている。擦り傷を伴う痣に湿布は使えない。阿部はそのまま打ち身を軽く確認すると、着替えを続けようとする。あれでは眠るのも困難なはずだった。
そのぞんざいな態度を見ると、栄口はアタフタと上半身裸のままで鞄をさぐった。自分用の冷却スプレーを取り出すと、
「えっと・・・阿部、だよね?」
とおずおずと声をかけた。名前なんか知っているのに。
顔を上げた阿部は、垂れ眼のくせに、つり眉のせいなのか口元の強さなのか、妙に気の強いとっつきにくい雰囲気の表情をしている。
「そうだけど」
「よかったら、これ使いなよ」
差し出されたものを認め、阿部は躊躇していた。余計な世話だとは判っていた、怒られるかも知れないと思いつつも声をかけずには居られなかった。だるそうに瞬きをすると、どこか観念したような風に「ありがと」と云って受け取る。周りで着替えている者が、ほっとした風に目をそらして着替えを再開する。
自分でも判っているのだろう、怪我の酷さは。もしくは、もう慣れてしまって、人から云われないと意識しないのだろうとも思えた。他人の目から見れば異常でしかないそれに慣れてしまった様相は、ただ異様だった。
スプレーを噴霧する音を聞きながら栄口も着替えを続ける。途端、ドアが開く音に続いて「タカヤ!」と強い声が響いた。息を呑み、慌てたように部屋に居る大半が戸口を見た。もう着替えをすませて私服で居る。中学生にしては大きく、すらりとした姿は高校生のように見えた。
ピッチャーだ、さっきの。
「・・・なんすか」
あからさまに、さきほどとは違う棘を含んだ声で阿部が返事をするのが耳に痛い。(タカヤっていうのか)と関係ない事を考えなければ、あの怪我を見た後では阿部に対していやに過敏になってしまっている。
「お前さー、あれ?何それ」
ぎくりと身をすくませた。おそらくスプレーの事を云っている。遠慮するような事ではないにしても、剣呑で不穏な雰囲気のバッテリーには何が着火点になるか判ったものではない。
不意に性格のきつそうなピッチャーが、つんざくように笑い出した。いちいち他人の身を竦ませる2人だ。
「なんだよ、根性ねえなーお前!俺の球取るのが厭なら、キャッチやめればいいじゃん」
皮肉無しでは話せないとでも云う風な、何をどうしたらここまで悪意に満ちて他人へ話しかけられるのか判らないような口調と声。栄口をはじめとして、対戦相手のチームは気が気ではない。物騒なので早く立ち去りたい、とせかせか仕度を整える。
「飛躍しないでくださいよ、だいたい俺が居なかったら榛名サン投げる相手がいないでしょ」
嘲りに満ちた声で返事をしている。どうしてこんな風に挑発しあうのか、わけが判らない。ピッチャーの榛名と呼ばれた少年が、どう返すのかが怖くて居たたまれない。
「はあ?何様のつもりだよ、お前の代わりなんているっつーの。これ見よがしに何なんだよ」
ガタリ!
ベンチを蹴りでもしたのだろうか、厭な音が響いた。大方居た人物の予想通り、2人はますます険悪になっていっている。
「それ、使ったらって云ったの俺ですよ」
なるべく淡々とした声で云い出した栄口を、横で着替えていた先輩が肘でつついて嗜めた。確かに、関わり合いにならないほうがいいのは判っている。
余計に首を突っ込んだって仕方がない。
「栄口!」
(え?)
ぱっと顔を上げて、云っちゃ駄目だというように、切羽詰ったような声で阿部が名前を口にしたことに驚く。自分の名前を知っている事にも驚いたし、その必死な表情や、庇うような口調にも驚いた。
目を丸くしていると、榛名がきつい猫目で睨みつけながら「お前、だれ」と凄んだ。毛を逆立てた猫そのもの。
(にしても、俺だって今日出てたのに、誰ってなあ・・・)
誰も何も、通りすがりの対戦チームの者ですとしか云えない、いいよどむと助け舟が入る。
「今日の相手の、6番。止めてください元希サン」
庇った相手に、逆に庇われてしまった。
阿部の口調が軟化している。先に折れた。
関係ない奴にまで絡むな、と云わんばかりに阿部は榛名と栄口の間に立っている。
名前といい、打順といい、驚くばかりの把握だった。こんな風に練習試合の相手のことでも覚える捕手が能無しのはずはない。それなのに、どうして榛名はこんな風に阿部にふるまうのだろう。確かに凄いピッチャーではあったけれど。
「用事、なんすか」
話を切り替えるために、促す。次の練習の話などをはじめたので、慌てて鞄にユニフォームなどを詰める。チームメイトは皆、着替えをすませてほぼ外に出てしまっていた。
「お前、ホント健気だよな、必死ってゆーか。そんなに俺と組んでたいわけ?ひっでえの、コレ」
榛名が噴き出して笑う声とともに、「いっ・・・!」と低く呻く声が洩れた。ぎょっとして視界の隅で様子を窺えば、榛名の手が阿部の横腹に触れていた。強く押しているようにはとても見えない、それなのに。阿部が、身を捩ろうともせずに、眉根を寄せてそれに耐えている。「アンタのためじゃねーよ!俺はただレギュラーとして野球やりたいだけだ、アンタじゃなくたって構わないんだよ」と唸るように云い返すと、ますます笑い声が嘲りの様子を増して、榛名の手はきつく阿部の傷を嬲った。
淫靡な戯れじみた雰囲気に、ますます混乱する。慌てて更衣室から飛び出た。ちらりと振り返ったら、阿部と目が合う。痛みに眉を顰めているのに、申し訳なさそうに少しだけ苦笑して頭を下げて見せた。
無理矢理の笑顔が痛かった。
厭な風に胸が重くなった。
(阿部、うまいのに。どうしてあんな風にされてんだ・・・)
栄口のチームにも、横暴な先輩はいた。けれど違う中学から集まっている間柄では先輩後輩の構造は比較的緩やかであった。阿部のところだって、試合中のベンチの雰囲気も、グラウンド整備の時も、穏やかに和やかだった。
小走りで仲間の帰宅の輪に混ざると、どこかほっとした。
フツウのセカイに帰ってきた。と。

あんなのは、おかしい。


それからしばらくは、冷却スプレーを使おうと思って鞄を開けると、阿部に貸してそのままだった、と阿部の事を思い出して重苦しく塞ぐ気持ちを味わった。
どう見ても酷い身体、どう見ても不自然な関係。
数日後、阿部から電話がかかってきた。監督に番号を教えてもらった、借りっぱなしになってしまったから返す、そんな様なことを阿部は訥々と云った。お互いの家の中間と思える場所で待ち合わせた。
半袖から覗く腕にも、擦過傷と打ち身が見て取れた。栄口に視線に気がつくと、困ったように笑って「荒っぽいんだよ、あの人。無茶するし」とだけ云った。
それからも試合で、練習場で、阿部と榛名とは顔を合わせた。阿部はいつも怪我だらけで、そのたび「相変わらずなんだな」「相変わらずだよ」という遣り取りを繰り返した。
会う度に、阿部はつらそうな顔で笑った。
会う度ごとに、つらそうになっていた。





(阿部が怪我を嫌がるのは、)

(阿部が怪我を嫌がるのは、榛名サンから、逃げるためだ)
怪我無く過ごす事で、あの頃とは違うと自分に云い聞かせたいから。

前とは違う、もうあの頃とは違う。
自分は榛名無しで野球をやってる。これからもやっていく。
もう、もう榛名と組んでいない。榛名は居ない。
要らない。あんな奴要らない。
三橋は榛名じゃない。三橋は榛名じゃない。三橋は榛名じゃない。
もうあんな事はない。
怪我無しでやってくんだ。
同じ事は御免だ。
もうあんな事は御免だ。

阿部の思い詰めた呟きが聞こえるようで、栄口はかぶりを振った。
榛名は、怪我という形で阿部に多くを叩き込んだ。刻み付けるように、それこそ刺青の様に肌の表面から、阿部の内臓や骨まで侵食した。身体中に自分の存在を、暴力で記した。
阿部の身体の怪我は、榛名の象徴。
思い出さないように、思い出さないように。
バッテリーという茶番劇の舞台を離れて尚、まだ消えない。
今度は思い出さないために、必死の曲芸を1人でやっている。
(とりつかれてる)
相変わらず何かに縋って、取り繕って、強がって。
榛名に呑まれないように。
榛名を忘れるように。
手を離したら、阿部は地面に落ちて死ぬとでもいう風に。
そういう空中曲芸だ。

阿部の身体の怪我は、榛名の象徴。
思い出すから、怪我をしない。
もう思い出さないために。
記憶の底にふうじて、もう思い出さないように。
果てのない、まるで命がけの空中ブランコ。






END


コミックスで読み返しながら、アベはムキになるなーと思いまして。
そりゃ代えの居ないチームでは当たり前でしょうが、心がけが必死に過ぎる。
うーん、これは・・・と捏造した妄想です。
栄口くんを妄想に巻き込むつもりはなかったのですが、第三者の目線でアベと榛名を知ってる人・・・と登場してもらったら、・・・なんか、・・・ラブっぽくなってしまいました。
ごめん栄口くん。
あれですよ、あれ。うちとこの阿部への攻は
「そんな酷い男とは別れなよ・・・!」
とか云いながら、
(俺がもっと幸せにしてやるよ・・・!)
って薄ら寒い事を考えているタイプ。
いやいやーそういうの無理。きびしい。その責任取りますみたいな顔が。笑
まあ若いですから、そういう発想も赦しますよ。若いうちならね。
現実と妄想が混じっていますが、そこは自分に都合がいいですので。はい、赦してください。

というわけで、銀魂連作の合間のおおふりでした。
これ、書きたかったんです。


2007年01月23日(火) 常冬 (銀土)

どうして傷つけてしまうのだろう。
そんなことをしたって愛されはしないし、むしろ疎まれるだけなのに。
傷つけるよりも、攻撃するよりも、おおらかに愛する方が楽だ。
愛するだけなら、きっと楽だ。
そこに邪推や憶測や妄想が湧いて出るから、愛するだけで居られなくなる。
愛し、想う事をひどく醜く歪ませているのは、
きっと自分自身。

おだやかさ、あたたかさ、やさしさ、おおらかさ、
春に恋焦がれる。
自分には無いものばかりだから。
自分に無いからと求めるくせに、手に入らないからと傷つけにかかる。
壊れてしまえばいい。
俺には出来ない。
だから壊れてしまえばいい。
俺はそうあれない。
だったら傷ついて壊れてしまえばいい。
同じ場所へと貶めれば、もう欲しくならないだろうと、いう期待。希望。
どちらにしろ焦がれているのに。
ままならないなら、もう見たくないんだ。
自分がかわいいだけの感情に、凍えるばかり。
はじめから春を知らなければ、凍える寒さを知る事もなかった。
もう戻れないのに、諦めもつかない。

もういっそ、なくなってしまえ。
なくなってしまえば、いい。





一番寒さが厳しい季節だ。土方は今ぐらいが嫌いではない。
うだる暑さは何かが溶け出す気分がして落ち着かないし、春や秋の何ともフワフワとした所在のなさも得意ではない。ただひたすらに押し黙って、じっと耐えるだけならむしろ気が楽だった。気持ちが凛とするような大気も、自分の背筋を伸ばしてくれる。気を緩めず、気を緩めず、油断せずに身を硬くして寒さに立ち向かうのは自分の性に合っているとしばしば感じた。
「おら、何縮こまってんだ。そんなことだとイザって時に身体が動かねぇぞ」
「今まさに動きません・・・」
1人でも寒稽古に勤しみ、早朝のまだまだ寒い時分から警邏に向かう。門番の隊士らを更に凍て付かせるような言葉と態度と視線。
「ちっ、だらしねぇ。素振りでもしてりゃあったまるだろうが」
門の番を左右両側でしながら、街路に向かって素振りをしろと云うのか。何の罰ゲームだ、その恥ずかしい真似は。不平を眉間で表現しても、いつも通りの冷徹な表情に却って薄ら寒い思いをする。鼻をすすりながら「副長は・・・冬将軍だな」「まさにそうだな・・・」と詮のない遣り取りを交わす。颯爽と立ち去る背中に『冬将軍』の筆書きの文字が見える気すらした。
「じゃあ局長は・・・」
「春の神かね・・・むさくるしいけどな・・・」
口が回らないために、訥々と話す。カイロを仕込んでももひきを穿き、身体をゆすっていても、しんしんと忍び寄る冷えはいつのまにか全身を重くさせた。気がついた頃には芯から底冷えしてしまう。
「あれだ、堆肥から湯気が立ってるみたいな・・・」
「・・・ああ、豊穣のむさくるしい春の神だな」
「おう・・・」
寒さは人を無口にさせる。じっと、内へと籠もるような。表に出さないものを押し抱いて黙らせる。余計な軽口でも叩かなければ、呑み込んだ言葉ごと凍りつきそうだった。
『冬将軍』は、それこそを願っていると知っている者は、多くはない。

寒いのは、いい。感覚が冴え渡る。足早に歩を進めても、通り過ぎた小路まで目を行き渡らせることができる。静けさで、背後で揺れた落ち葉の乾いた音すら耳に入る。寒さが俺の隙を奪えばいい。鋭い風を身にまとって土方は歩く。河原に向かえば風が身を切るように吹きすさぶ。速度を緩めないままで、目に入る銀雪の眩さ。
(あの人間離れしたトンデモ色は・・・)
ベンチにずっこけるように座っているのか、背もたれから頭だけが見えた。酔って寝て、凍死でもしているのではないか、とちらりと思った。(あの根性無しが寒さに強いわけがねぇ・・・)気配を消しながら近付く、そっと窺った表情に土方は目をすがめた。
厳しくもない、辛そうでもない。寒さを少しも滲ませないどころか、むしろ氷の彫像のような無表情。静かで、ただ静かで、氷の塊の様に銀時は流れゆく川を見つめていた。目に見える部分には何の感情も見て取れない、全てを抱え込んで沈黙している人形のような顔。虚ろではなく、冴え渡っているのに、その眼には何の色もない。冷たく冴えて全ての温度を振り払い、凍り付いている。冬枯れの樹木の様に。
(いやなものを見た)
何がどう、というのではない。ただ土方は直感的にそう感じた。見てはいけないものを見た、というような居心地の悪さ。いたたまれない。
踵を返す際に、動揺が砂利を踏んでも気付かせなかった。じゃり、とブーツの底でなじってしまった小石が悲鳴を上げる。「あら」、いつものようにどこか甘くだらしのない口調が頭の後ろからしたが、そんな声を、あんな表情で発していると思うとどこかぞっとする。振り返ることに躊躇すれば、「何このクソ寒いのに」と声が重なった。微塵もそんな事を思っていないくせに!あんな顔で、あんな目をして、何を云うのか。御門違いは解っていても、カッと来て「お前こそ何してやがる、凍死してるかと思ったぜ」と、勢いをつけて食って掛かった。目を直視することに気が引ける。
そうすれば、いつもの半眼の緩みきった表情で「いんや、酒抜いてただけ」と淡々と口にした。そもそも酔ってすら居ないだろうに、思わず警戒して目が細められた。
それを見て取ったのだろう、薄笑いを浮べながら
「何ぴりぴりしてんの」
と、すかさず揶揄される。
「してねえよ」
応えつつ思い起こしていた。銀時は、いつもどんな顔をしていた?
だるそうに飄々と人をおちょくるか、おっさんくさいニヤニヤ笑いで人をおちょくるか、子どもの口げんかの様に意地を張って尚且つ人をおちょくるか、(おちょくってばっかじゃねえか!このちゃらんぽらんが!!)
思い出しムカッで拳を握り締めるほどだ。
やけに熱くなっているのは、いつも他人絡みだ、とも思い出していた。
「何、かんがえてんの」
だらりと気の抜けた、甘い声。近付いてくる手のひらを眺めながら呆然とする。

そうか。
凍っているんだ。



自分のことが、凍ってる。



氷の塊になって固く閉ざした口、自分の何をも語らず抱え込んで。表には何も出さない。呑み込む事にも慣れきって、中で永久に解けない氷の様になっている。気を張って凍りつかせているわけでもないから、押し黙りもしない。軽口も叩くし、だらだらもする、けれど、中身が根本的に凍っている。寒さで全ての細胞も記憶もひっそりと、静かに。
「つめて」
頬にそえられた手のひらのほうが冷たかった。よほど冷たかった。
「お前の手のほうが冷たい」
ぽつりと云っても、銀時は少しだけ目を細めて、少しだけ唇の端を持ち上げただけだった。

害が無い、こいつも害が無い。
何も損なわないように、何も表には出さない。誰の何をも奪わない。
損ないたくないのだろう。奪いたくないのだろう。
あるがままを肯定して、そのまま受け入れて、支配もしないし縛り付けようともしない。雪が全てを選ばずに降り積もり包んでしまうように。
(こいつとも、違うんだな)
土方は選ぶ。氷が、張る水を選ぶように。
損なうのも怖い、奪うのも怖い、離れることも怖い。それよりも溶け出して、気持ちや言葉まで溶け出すのが一番怖い。
怖いから、だったらはじめから知らない方がいい。知りたくもない。知ってしまったから、もう後戻りが出来ない。戻れないし、進めない。どこにも行けずに足もとは凍り付いている。
得られた後に、失うぐらいなら、いっそはじめから要らないと突っぱねたい。暖かさなんか知りたくない。凍ったままで居たい。

満たされることを臆病だから願わない。それなのに駄々ばかり。
諦めて受け入れることも出来ないくせに、無いものねだりが止まらない。
全く少しも巧くなんて振舞えない。
自分で自分を騙しとおすことも出来ない。
振りだけ。いつも。本当は。
凍っていたい。
本当は溶けたい。
(臆病なだけ・・・)

はっと目を上げると、覗き込むように眼を見つめられていたと気がつく。何も主張しない眼だ。静かで、何も無い。否、何も無いわけではないけれど、見えないようにしている。厳しくもない、辛そうでもない。ただ自然に、常冬の瞳。
「何だ」
声が震えた。吐く息が熱いと感じた。それが厭だった。温度なんて、俺は要らない。臆病だから、拒否している。
応えないで、まだじいっと土方の顔を、表情を、眼を見つめている。
「何だよ」
つめたいてのひら。静かな冷たさは、いっそ穏やかだった。ひっそりと張り詰めている、孤独の、冬の朝。
条件反射で「いやだ」と突っ撥ねたい。常冬の気配がそれを甘く赦さない。
「おい・・・っ」
声を絞り出したら、
「ほっぺ、あったかくなった。かも」
そう笑って土方をぎゅうと抱き締めた。

服越しにも冷たさが、しみこんでくる。








笑って、俺を、赦さないで


笑って赦さないで









続く

・・・つづく、と さがる、って似てませんか。響きが。
なんでもないです、鉄火です。
連作すきなんですね私。同系統のテーマを別の視点やキャラクターでやるの、すきです。
というわけで冬将軍対決だったんですけども、はい、私の中では銀さんは極寒キャラクターです。
だいぶねちっこく強度の銀さんへの妄想がありまして。激しいですよ、いつだって銀さんのテーマソングは鬼束ちひろの「私とワルツを」ですからね。
で、冬将軍対決ですが、断然銀さんの圧勝です。
譲りませんよ、彼は。冬将軍を。
誰も、もうそんな風にしないために彼は侍魂を貫いていますからね。はい私の中では。

では、妙なテンションの高さですが、あとは常夏と常秋です。
誰が来るかはお察しいただけるかもしれません。判りやすさが身上ですから。お付き合いいただけるとうれしいです。


2007年01月14日(日) 常春 (土方→近藤)

知っているから偉いということも無い、
知らないから恥ずかしいということも無い。
ソレによって
自分は他人に欲される人間なのだ、
価値があるのだ、
居てもいいのだ、
認められた、
と実感する錯覚は、ありふれて在り来たりで、それでいて誰にでも起こりがちなよくあること。本能が願う欲望。
なくたって、生きていけるのに、全然大丈夫なはずなのに、
どうしてこんなに 振り回されるのだろうね。




「なんだぁ!トシィ、景気の悪い面してんなあ!」
廊下の反対側からドタドタと足音も高らかに、近藤が土方を目にするなり満面の笑みを浮かべて歩み寄る。
「俺の景気はいつも通りだよ、アンタの景気が舞い上がってるんだろ」
淡々と応えれば、「いやあ、そうだな!」と照れくさそうに笑って、土方の背中をばんと叩いた。
(常春・・・)
寝起きの頭でぼんやりと近藤の顔を眺めながら、思わずそんな単語がくっきりと浮かぶのを感じた。うきうきと軽やかな気持ち、色とりどりの日々、きらきらと眩い世界、他愛ないだけのふわふわした感情。酔い痴れる者は幸せそうだが、傍から見ていて唖然とすることは少なくない。土方が考え事をしている間も、近藤は今の想い人の話をしている。実に楽しそうだ。
(この人だからかな・・・)
片想いや恋愛が、楽しく嬉しいものばかりだとは到底思えない。ソレにはあまりにも苛烈で重苦しい単語が尽きないではないか、焦がれ死に・恋に狂う・可愛さ余って憎さ百倍・・・想起するだけで魂を吸い取られそうな単語の羅列とは、近藤の様子はかけ離れている。
(恋に恋する)
ふと浮かんだ単語に小さく吹き出した。まるで近藤のはソレだ。
怒ることはあっても、他人を憎むことの無い男。他人の悪いところに目を向けない、いいところばかりに目が行く男。深く広い愛情、義理人情を大事にして底抜けのお人よし。分け隔てなく、一途な男。ともすれば厭味なだけの聖人君子じみた表現が緩和されるのは、豪快な性格だとか、デリカシーにかける部分だの不器用さだのケツが毛だるまだのゴリラだの、そういった要素が故なのだろう。
(それにしたって、よくもまあ・・・)
幸せそうな近藤に水を差すつもりは無いし、そうしたことを云われたからとて邪推で気を悪くするような男ではない。
「なんでアンタぁ、そんなに惚れっぽいんだ。飽きもしなけりゃ懲りもしない、疲れないかい?色恋は」
濃い眉を器用に片方だけあげ、少し考え込む顔をした。「そりゃ楽で楽しいばかりじゃあねえけどよ・・・簡単すぎて飽きるくらいなら、はじめから惚れたはれたは要らねえんじゃないのかね。酒だってそうだろ、宿酔いになりゃ、もう呑まねえぞ、って思うくせに繰り返しちまうんだ」
「なるほどねぇ」頷きながら、胸ポケットから煙草を取り出す。一本咥えて火を点けて、一筋煙を吐き出しながら「でも、それは惚れてる女には云わんほうがいいぜ」と云った。
「なんで」
「じゃあ酒と結婚でも添い寝でもしてろ、って云われっちまうだろ」
酒に喩えられるのは、生々しすぎて、あの浮ついた感じにそぐわないのだろう。もしくは地に足がつきすぎていて、身近すぎる喩えだ。
「ああ!そりゃー云われたことあるわ」
破願してあっさりと応えた。なんという軽さだろうか、じっとりと重く、甘いような痺れるような淫靡さは微塵も無い。湿度というか、色気も無い。まるでガキの初恋のようだ、毎回が初恋だとでも?近藤の屈託の無さとあいまって、土方はくすりと笑う。害が無いんだ、何も損なわないような愛仕方、相手の何をも奪わない大らかな感情。あるがままを肯定して、そのまま受け入れて、支配もしない縛り付けない。健全な愛情。
(何故こうも違うんだろうな)
土方の微笑が暗いものを孕む。暖かく照らすような愛情は、自分には無理だろう。欲しがって欲しがって与えられるままにせがんで奪い、その暖かい愛情が尽きることに怯え、なくなってしまったら凍えて死んでしまうかも知れないだろう。終わることが怖すぎて、いつか無くすことも離れることも怖くて、だったらはじめから知らない方がいいと思っているし、知ってしまったら後戻りは出来ないだろうとも思った。自分の感情も、相手の感情も、冷めて尽きるのが怖い。得られた後に、失うぐらいなら、いっそはじめから要らないと突っぱねたい。
(弱い、うざってえほどに俺は、弱え)
満たされることを知らないくせに、駄々ばかり。
諦めて受け入れることも知らないくせに、無いものねだりばかり。
少しも巧く振舞えない。自分で自分を騙しとおせない。
孤高を望んでいる振りをしているだけ、本当は、
(アンタを失うのだけは御免だと、いつも怯えてばかりだ)


(本当は、いつも)


想いを振り切るように、顔をあげて笑って見せた。
「だからアンタはモテないんだ」






愛し、愛されたりすることを、知っているから偉いということは無い。
愛し、愛されることを知らないから恥ずかしいということは無い。
恋愛感情や性愛関係によって、自分は他人に欲される人間なのだ、
価値があるのだ、居てもいいのだ、認められた、
と実感する錯覚は、ありふれて在り来たりで、それでいて誰にでも起こりがちなよくあること。本能が願う欲望。
色恋なんて、なくたって生きていけるだろうのに、全然大丈夫なはずなのに、
どうしてこんなにも振り回されてやまないのだろう。







続く、かな。

お久しぶりです。
明けましておめでとうございます。
冬コミで銀迦ちゃん(青井さんも)の手伝いをさせてもらったり、仕事したり、
胃潰瘍を患ってみたり、ミツバのことを考えていたり(まだ考えていたのか)、
本を読んだり音楽聴いたり、年末操業で徹夜で残業を続けたり、
気が付いたら すっかりご無沙汰しております。
お元気でしょうか。
胃潰瘍以外は、あ、あと花粉症以外は鉄火元気でございます。
花粉が飛んでますよ、ふがふが。
どうぞ本年も、書いたり書かなかったり、無理せず気ままに、楽しく、
参りたいと思います。
気の向いた時にでも、どうぞ遊びにいらしてくださいませ。


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