銀の鎧細工通信
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2006年12月08日(金) 神の囁き (パラレル。陸奥+真選組)

溶けた雪が雫となって、金属を腐食させる。
降りしきる雪は、バイクのタンクの上でなめらかに溶けた。

「凄い振りですね、まだ12月だっていうのに」
陸奥のバイクがまだエンジンの熱を冷まさないうちからカバーをかけ、山崎は呟いた。バイクをもたない山崎が車両にかけるカバーを持っているのは、前の住人がたまたま置いていったものだ。
昔ながらの造りの大きな戸建を借りて、男ばかりでルームシェアをしている。住人は6人だが、近所にある道場の稽古を終えてから立ち寄る者も少なくないため、さなが寮のようだ。家で呑んでから、寝場所を求めて道場に戻る。道場主である近藤は「お前ら帰れよ」と云うが、祖父である元の主がかまわないというのだから、と皆お構い無しだ。昔から剣道の道場に通っていた仲間が地元を離れないまま実家を出て、社会人となってもたむろしている。山崎は学生時代からの仲間で、新参者の部類になる。
「ああ、異常な話じゃな」
買出しをしたスーパーの袋を抱えて、陸奥はそれを眺めていた。玄関先のオレンジの灯りに照らされ、背後の暗闇に雪を降らせている様はひときわ壮絶で思わず『雪の女王』という寓話を思い起こさせた。冷たい美貌がほのぼのとした灯りに浮かび上がる。
山崎が陸奥と親しくなったのは奇妙な縁からだった。もとは近藤が執心のキャバ嬢に通い詰めている際に親しくなった坂本という男の同僚なのだが、坂本自身も近藤や山崎もよく知る、坂田という男の昔馴染みであった。世の中は狭い。
陸奥は変わった女で、いまいち人間臭さに欠けるほどである。ついこの間も「居候が出て行った」と云っていたが、山崎が遊びに行った時に逢った男は恋人だ、と恥ずかしげに口にしていた。在宅の仕事で家事にマメなのをいいことに、一切の家事を任せて陸奥は出張で飛び回っていたのは山崎も知っている。界隈の男は陸奥を介しての兄弟ばかりだ、と坂本は云う。山崎は陸奥と寝たいと思った事はない。とって喰われそうだからだ。
ぼんやりと考え事をしつつも、山崎の仕事は早くて丁寧だ。雪からバイクを守るためのカバーをかけ、陸奥からスーパーの袋を受け取って玄関の鍵を開けた。
「誰か帰ってるかな・・・」広いとはいえ、頓着しない男所帯で玄関は靴が乱雑に脱ぎ散らかされている。掃除が行き届いているのは、山崎ともう1人、坊主頭に口ひげと云う強面ながら心優しく律儀な男のなせることであった。当番制で共有スペースの掃除とゴミ捨てを皆でしているが、雑な掃除に2人がやり直すことも少なくはない。
台所に買ってきた鍋の具材を置きに行くと、ソファの上で膝を抱えてテレビを見ている男が居た。少年と云うべきか。
「おかえり。あ、陸奥さんだ、こんばんは、いらっしゃい」
爽やかな美形なのにどことなく不穏な印象を与える沖田は仲間内の最年少であるが、昔から道場のホープであり神童とも云われる天才だった。両親に早く先立たれ、病弱な姉が入院しがちということで幼い頃は道場の敷地にある近藤の家に世話になっていたそうだが、家を借りる際にこちらに移ってきた。
「沖田、おまん期末試験は終ったんがか」
雪が溶けた水滴が陸奥の美しい髪を更に輝かせる。無愛想な無表情で、高校3年生の沖田が云われたくない事を口にした。
「こないだ終った」
推薦で大学も決まっているため、沖田の生活はのんびりしたものだ。
大概たちの悪い少年だが、極度のシスコンのせいか年上の女性には気安い。実際に沖田が家に連れてくるのはいつも年上の女性であった。
「ほうか、そりゃ重畳。土産じゃ」
鞄からあちこちの土産物を探っては次々並べる。出張のたびに土産を買ってくるが、主にあからさまに悪戯で無下に断れず食しては感想をいわせるとための珍妙な食べ物か、自分が食べたいが調理が面倒で持ち込む食材である。しかし、必ずその中にまともな銘菓があるところが憎めない。
だので山崎たちは納豆饅頭だの餃子パイだのを食べては陸奥に感想を述べる羽目になる。日本人の無駄な遊び心を呪っては、いっそ海外の方が罰ゲームじみた食べ物がないから、と陸奥の海外出張を喜ぶが、どういうわけか現地の若者の間で流行っているネタモノを仕入れてきてしまう。
「いつもありがと、今度は何処行ってたの?あ、山崎俺にもお茶ー」
がさごそと物色をしながら、山崎が茶を淹れている気配を察知してねだった。はいよー、と返事をしながら山崎も土産の山を覗き込んだ。
「陸奥さん、こないだのモズク素麺は結構イケましたよ」
「そうそう、永倉さんが焼酎呑む時にいいとか云ってね」
「沖田さんだってそれで呑んでたじゃないですか」
誰にでも丁寧語を使うのは山崎のクセだった。沖田に対してもそれは変わらない。
「なら今回もいいのがあるきにゃ」ゴソゴソと山を掻き分けて「ほれ」と差し出したのは冷凍ピザのような物だった。
「あ、うまそー。コレ何?」
沖田は首を伸ばしたが、「くさやピザじゃゆうとったがじゃ」と陸奥が云った途端首を引っ込めた。「俺食ったら明日学校いけねーじゃん。部活なんだよなあ。でも会社は休みだよなあ〜」サディスティックな笑みを浮べている。山崎が目をあわせないようにしながら、「陸奥さんバイクだから呑めないんで、俺ひとりで呑むのもなんだから、今日はいいや」と云うと、沖田は舌打ちをした。
「気にせんでええ、チンしちゃれ沖田」
レンジからくさやの臭いが充満しだし、山崎が茶を淹れながらチクショウ、と腹をくくったところに鍵を開ける音がした。しめた、救いだ!とほくそえむと「ただい・・・うおっ!?んだこれ、くせっ!!何だコレ!」と玄関から掠れ気味の険のある声がした。
「何事だ!」と台所に駆け込んできた人影に、3人はニヤニヤ笑いで「おかえり」と応えた。
「まってやしたよ土方さん」
「今夜はコレで呑めばええじゃろ土方」
「何にします?今お湯沸かしたから焼酎でも割りましょうか、それともビールのほうがいいかな、土方さん?」
否応なしにツマミにしろというプレッシャーを与えると、土方はマフラーとコートを脱ぎながら引き攣った。ネクタイをゆるめながら「なんだこれー・・・また陸奥さんのイロモノ土産かよ・・・」とレンジを覗いている。
結局ピザはその後に帰ってきた藤堂も含めて、陸奥以外の全員が食べる羽目となった。それなりに美味であったが、くさや臭のたちこめる台所を換気するために窓を開け、各々自室に引っ込んだ。

誰かがつけているラジオの音が少しばかり漏れて、夜を満たす。
人の気配が程よくありつつも、過干渉のない生活は気楽なものだった。
「で?今日はまた急にどうしたんですか」
陸奥の呼び出しは唐突な事が多い。今日も退社する時刻になって電話が来た。
「どーもこーも、忘年会じゃゆうとったら、毛玉の莫迦が店に予約を忘れとって来週になったがじゃ」
毛玉とは坂本の事で、会社を作る頃から片腕として働いている陸奥をはじめ、坂本の商社の人間は彼を社長とはいわない。気安い人柄もあるが、ボケっぷりにも原因はあるのだろうと山崎は思っている。
「そんで?」
ジャージにパーカーと楽な格好に着替えた山崎は、陸奥の美しくフレンチに塗られ、上品にジュエリーを貼って飾られた爪を見ながら促した。今日はメイクもいつも以上に気合が入っているし、服装もいつもどおりのパンツスーツながら、カットソーがカシュクールだったりと気合が入っている。
「他の社員が友だちば連れてくるゆうとったきにゃ、こちとら気合ばいれとったんがじゃ、あん毛玉め・・・」
やっぱりか、と思った。
どちらにしても陸奥はイカニモな男ウケのするメイクや服装はしない。小柄で華奢だが、圧倒的な威圧系美女である。愛想も無くとっつきにくい、会社の呑み会に混ざる男でも女でも、そうそう簡単に手は出しにくいと思うのだが。口説こうという勇気ある者がそんなにいるのかと、山崎はいぶかしむ。いや、しかしあの会社の社員の友だちならば、変な人材が多そうだ・・・などと考えていると
「やっぱりか、ちゅう顔しちょるぞ山崎」
とスネを蹴られた。
「だあって陸奥さん、そんなことしなくたってモテるし、困ることないでしょう」
男だらけでムンムンしている、と近所からも悪評高く、しかも山崎は業界最大手の探偵会社についており、表面上は不倫調査などを行っているが裏では国家相手でもヤクザ相手でも、ペイ次第で調査を入れる仕事をしている。出会いが無い。ましてや本人に告げる気もない片想いもしていれば、それはやっかみたくもなる。陸奥はぶっすりと
「来週に出張が決まったんじゃ、年末に帰ってきていきなり家事に追われるんは御免じゃ」
と云った。また住み込み家政婦を探しているのか、と山崎は嘆息した。さばさばした掴み所のない性格で、人を疲れさせないし話題も豊富、頭もよくて仕事も出来て、おまけに物凄い美人であるが、こういう傍若無人ぷりがまるでとことん女王なのだ。恋人は家政婦ではないと云うのに。女性の恋人とは比較的長続きしているが、男の恋人とはあまり長続きしていない、というのが山崎の所見である。家事に炊けた男とは長いようだが、陸奥の奔放さに泣き疲れて別れるようだ。
「そんぐらい俺やったげましょうか?年内に帰ってくるなら短期だし」
「おまんはどうせお節作りと大掃除で手一杯じゃろ」
山崎は毎年自宅用の重箱を作り、更に道場に渡す用の重箱一式と大掃除も自宅と道場の両方を行う。
「だから一軒くらい増えても同じですよ、しかも陸奥さんお節ばっか食べたりしないでしょ?そんなに量いらないし」
眉間に皺を寄せて「それは悪い、考えておく」と応えた。こういう、時に見せる気遣いと遠慮もよく解らない人だ、と山崎は憎めない気持ちになる。
引き戸をたたく音がして、土方のドスのきいた声がした。
「斉藤が近くまで来て直帰していいって話になったから呑まねーか、って、行くか?」
戸を開けるともそもそコートを着込んだ男たちが立っている。
陸奥を振返ると「行く」と一言応えた。呑む気らしい。これは帰る気なくしたな・・・と山崎は陸奥にコートなど一式を手渡した。自分も着込む。まだ雪は降っているのだろうか。

揃って玄関を出ると、雪は相変わらず降っていて、道も何も真っ白になっている。ピーコートに、薄いスモーキーピンクのモヘアのマフラーをぐるぐるまいた沖田が飛び出して、濃いブラウンの編み上げブーツで雪を蹴り上げる。薄茶色の自前の柔らかそうな髪がふわりと揺れた。素直で利口な坊ちゃん風の装いはよく似合っていて、本当に自分に似合うものや自分の売り方を心得ているガキだ、と土方はよく嫌な顔をする。
「そーごっ!カサ持ってけ、カサ!」と黒のアーミーコートに軍手という、体育会系の学生みたいな格好をした土方が鍵をかけながら怒鳴った。
カサを放るとこれまたゴツイアーミーブーツの紐をきつく結びなおし、立ち上がる頃には煙草をくわえていた。
永倉と「最近足が寒いんだけどよ、歳かね」「いや、俺なんか実はスーツの下にユニクロのももひき穿いてるし」「マジかよ。俺も買おうかな・・・」「土方さんは止めた方がいい、会社のファンが泣く」「どーでもいいよ、しっかしこのジーンズもケツポケットと膝が破れてて寒ィ」などとぼそぼそと話しながら一番後ろからついてくる。沖田は道をふらふらしては雪で遊んでいる、時々「車にひかれちまえ」と土方の野次が飛び、沖田が無言で雪球を投げ付けるのに誰かが巻き添えを喰った。陸奥の黒のカシミアのトレンチに当たった時は誰もが凍りつき、ハイヒールのロングブーツなのに颯爽と走って沖田に雪球を見舞うのを見てゲラゲラ笑った。
カーキで裏が毛足の長いフェイクファーのミドル丈コートを着込んだ山崎は、ジッパーを首までしめて顎をうずめた。随分と寒い。
「どこで呑むんですか」
「さあ?駅前のあそこでいいんじゃないか?」
「あー、あそこおでんが旨いんですよねえ、熱燗頼みましょう熱燗」
と、これまたぼそぼそ話しながら歩く。雪の夜は声が吸い込まれるようだ。
駅の階段を上がったところで、スーツ姿の斉藤が寒そうにそわそわしている。丁度近藤も自転車で駆けつけてきた、ダウンの肩に雪が積もっている。
「うっわ近藤さんチャリだ、ばっかでー。うまりますぜコレ」
沖田がからかえば「あ、しまった!」と赤い頬と鼻をして応えた。近藤は実家である道場に住んでいる。

こんなに寒くて、こんなに暗いけれど、その分呑み屋の赤提灯は明るくやさしく、人の気配が暖かい。
今年も、もうじき終わりだ。








END
ご無沙汰しています。風邪を患っていたり、ぼんやり面白おかしく過ごして萌えを蓄えておりました銀鉄火です。
現代物パラレル、いつかやりたいと思いつつネタがなく、今回はやまなしおちなしいみなしのヤオイで日常を書いてみました。た、楽しいです。

前回からだいぶ間が空きましたが、拍手メッセージはいつも読ませていただいております。

ミツバ追悼編、花冠でメッセージをくださった方へ
★ありがとうございます。見事に歌の世界を再現できていたでしょうか。お恥ずかしい、光栄です。
先日は天野月子のライブに誘ってもらい、行ってきました。今年は二回も天野月子のライブに行けて嬉しいです。
ライブで花冠を聴いたことがないのですが、やはりいい曲で。
いまだにミツバさんのことは後を引いています。それでしばらく「書ききったー」みたいな気持ちになってしまって書けなかったというのもありました。
メッセージありがとうございます。どうぞ良いお年を。

★高杉絡みでお越しいただいていると云うあなた様
そもそも近藤高杉そよ、というカップリで読んでくださる方が居るだけでありがたいというのに、他のカップリやキャラクターでも読んでいただき、あまつさえ涙が出たとまで云って頂けるのは、本当にもううれしくてソワソワします。
冬はなんだか高杉のイメージ、今後も書いていきたいと思っております。いつもありがとうございます。どうぞ良いお年を。


★ミランダさんでメッセージをくださったあなた様
ありがとうございます!ミランダさん大好きです。リーバーとの微妙な関係がすきで、ラブ未満なじれったい感じでしばらく書いていきそうです。
教団が出てこないとリーミラ盛り上がりが乏しいのが悩みです。
ありがとうございます、励みになります。どうぞよかったらまた遊びに来てください。どうぞ良いお年を。






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