銀の鎧細工通信
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2006年08月29日(火) I SCREAM (沖→土)

だらだらと垂れ落ちる、鉛色のゲル。
骨の隙間から、神経束の中から、音もなく滲み出ては血に混じる水銀。
垂れ落ちる、滴る、体内に満ちてゆく。

元々眠るのはあまり得意ではない。真っ暗闇に落ちてしまうことは怖ろしかった、自分の力ではどうすることもままならない。取り繕った仮面すら剥ぎ取られてしまう、
それを 奪うな。
見開いた目にはべったりと黒い恐怖が張り付いている。ああいけない、日頃のように何かもを弾く鏡の、ガラス球の目に目に目に・・・この真夜中にそれを見るものなど居もしないというのに、沖田は深く眉間にシワを寄せて両手で顔を覆う。
(暗くて音もしない世界で眼は開けたまま何も見えない聴こえない)
誰も居ない。
(感覚も無い、抜け落ちる全ての実感)
姉上。
(世界が塞がれる、沈み込んで崩壊し落下する)
こんなのは、いやだ。
皆が寝静まる、幾ら抗っても抗っても限界がきて自分を襲う睡魔を、自分を呑み込もうとする眠りを沖田は憎悪していた。

「眠れないの?そーちゃん」
(眠りたくないのか?総悟)
大切な人と、憎い男の声が重なる。
「だから昼間には眠ってばかりじゃないの」
(昼間には莫迦みたいに眠り続けるくせに)
似た風にささやくように笑う、やめてくれ。
(人のいないところで、人が眠っている時に、眠るのが嫌なのか?)
やめろ!黙れ!
ぎり、と奥歯を噛み締める。嫌な汗が噴出して体がべたつく、ギラギラてらてらと魚の油のようなべったりとしたものがまとわりついて呼吸を苦しくさせてゆく。
ふらりと身を起こすと文机(物置と化している)の引き出しを手探って立ち上がる。自分が歩くその背後の影から嫌な思い出ばかりが這い出てくる。
姉の発作は深夜から明け方まで続いた、肺と気管支が絶え間なく鳴り、蒼ざめた顔でぐったりと壁にもたれかかる。背中を撫でてもさすっても楽にはならない、空咳をする姉に肩を貸し、水差しにいつも綺麗な水を満たしておく。無力さと恐怖に怯え、苛まれながら、いつもその水差しを凝視していた。酷く辛そうな姉を直視することができなかった、そのうちに水差しの中の水が、
どろどろと溢れ、重ったるい凝固質になり、嫌な光を孕んでいくようになった。
姉上、そんなものは飲んではいけない。どうして?そーちゃんが汲んできてくれたお水じゃない、・・・おいしい。姉上、それは水なんかじゃない、それは
口に出さずとも(そんな自分の恐怖が作り出した幻覚を姉に訴えて、更に体調を悪くさせるのは御免だった)、想定の範囲の遣り取りを心の中で交わし、ちらちらと沖田の目の奥でよぎったのは、野犬のような素性も知れない無愛想で無表情な男が転がり込んできた直後に、その野犬を狩ろうとして柄の悪い渡世人が道場に殴りこんできた時の真剣のぎらつく鈍い光。
姉上、それは水なんかじゃない!
ああ!まるで刀を溶かしたような禍々しい色の毒。

眠る事は怖い。眠っているうちに姉が死んでしまうのでは、と毎晩の様に思った。あんなものに身を任すことはできない、なのに、眠りの中で安らかに静かにくるまれたい。

洗面台へ行くと煌々と蛍光灯で照らし出され、使い込まれたアルミの洗面台が鈍い鏡の様に沖田を写す。
歪んだ鏡のような其処へと蛇口から水を放てば、それもまた同様に白々しい光に晒されて金属質な液体に見えてくる。
無表情でそれを眺め、ぺきぺきと錠剤を指で押し出す。一つ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ・・・
「総悟・・・」
声をかけられる前から気配は感じていた。事実、呼ぶ前から沖田は土方のほうを見ていた、けれど土方を見てはいなかった。
お前の姿など、見えない。お前など見えない。
こんな夜は何度目だろう。いつも夢なのか現実なのか判らない。もう何度目だろう。どうして自分がこうして眠りを拒んでいると、土方が現れるのか。
グラスに毒を注ぎ、薬を一息に流し込む。
「眠り薬でさ」
呂律の回らない舌で無理矢理に声を押し出す。頑なな声を意識して絞り出す。ああ、こんなのも何度目だろう。
けれどそれを確かめようとは思わない。土方も何も云わない。
「部屋までつれてってやる、ほら」
二の腕を掴まれる。びくり、と筋肉が緊張した。触るな、という苛立ちが剣呑なもやとなって放たれる。触れられた箇所からじわじわと、またあのドロドロしたものが垂れ落ちる。酷く苦そうなあれだ。
浅い呼吸、がんがんと耳鳴りが反響するのが耳障りで仕方ない。土方のにおいと煙草のにおいが混じって漂う、懐かしさを打ち消すように、口の中に残った嫌な水の臭いと薬の味を反芻する。
廊下を導かれる、ひたひたという足音が違和感を持って聞こえてくる、まるで水が耳の中に入った時のように。
頭の中だけでぐわんぐわんと響き、自らの心臓の音や血の流れる音がざわざわと濁流になる。違うこれは血などではない、でなければどうしてこんなにも頭も体も重いのだ。この不愉快な響き、不愉快な流れ、どろどろに溶けた恐怖と苦痛、孤独、呪い、羨望、憎しみ、激情、苦く不味い。
溶け落ちて、垂れ流され、悲鳴を呑み込む、自分ごと。

ねえ、姉上。どうしてこんな男がいいんですかぃ。
なぁ、近藤さん。どうしてこんな男をそんなに気にかけるんですかぃ。






何故、俺ではいけなかったのか?何故、俺ではなかったのか?

「顔」という入れ物に笑顔を張り付かせて問う、
「ふ・・・ふふ、何か喋ってくだせェよ、土方さん・・・もやがかかっちまって何もわからねえ」
野犬が一丁前に動揺してやがる、愉しいもんだ。否、くそくだらねぇ。
「季節の変わり目だな、夜はめっきり冷えるぜ・・・」

「なあ総悟、お前次の休みには武州に帰れ」

沖田は答えない。
お前が云うな!!お前がどの口でそんなことを云う!!?
姉上の気持ちを知っておきながら、無駄に冷酷に拒絶したお前が!
姉上のことを、俺にかこつけて気遣うなんざ、どれだけ!どれだけ!
殴ろうと握り締めた拳は、ぼやけた感覚でするりとほどけてしまう。陰鬱な笑いをこぼした。命ごと流れ落ちそうな笑い。

「着いたぞ」
過敏なのにゲルのようにどろりと実体の無い、溶け出してずるずると腐り落ちそうな沖田を気遣ってか、土方はそっと布団の上に体を下ろす。
枕元に置いてある刀を掴んで鞘のまま思い切り打ち付けた、側頭部を狙って。何かうめきを上げたものの、土方は咄嗟に交わしたらしく、こめかみを押さえて間合いを取った。
「寝ろ、もう寝ろ総悟」
お前が何故そんな風な目付きをする?痛みを堪え、痛みを湛えたような目を。
お前に そんな 資格は ない
ないだろう?ないではないか。
ぐらりと首が傾ぎ、脳の裏側からなめられるように暗い眠りが覆ってくる。
「・・・俺はいつか目をさまさなくなりやすぜィ」
土方がすかさず刀を奪う。上から肩に力を込めて、沖田を布団にしゃがみ込ませた。
「もう、今も・・・眩暈でよく見えないんでさ」
鏡のような、ガラス球の眼球。垂れ落ちて、溶け出したあの毒を全部見せてやれこの男に。この野犬に。
目が笑っていない、いつもの笑顔で紡ぎ出す。
「・・・が死んだら、俺は死ぬ」








「だから、そん時は、あんたを連れてく。必ず」







こんな憎悪と執着は、毒のように甘い。
こんな羨望と固執は、鉛色のゲル。
刀を溶かした色のアイスクリーム。致死。
姉上、そんなものは飲んではいけない!!!
俺は叫ぶ、絶叫する、喉が裂けても。
姉上、こんな男を想ってはいけない!!!
俺は叫ぶ、絶叫する、
俺が殺す。致死。



END
「悪夢症2」と連動させてみました。照らし合わせると、どこを使っているかが判ります、って何の間違い探しですかコレ?
最近の銀魂に燃えすぎてやっばいです。
正直なところ、本編を見届けるまでは何も書けないかも、と思っていたのですが、本編ではきっと空知御大がいい感じにまとめてくれると思うので、今のうちに暗いもの書いておこうと思って頑張ってみました。

沖田が土方になんであんなにも固執するのかが思わぬ根深い方向でビックリです。
沖田姉弟を狂わせた男、土方。でもそんな土方は近藤さんと己の剣の腕に夢中。・・・ふ、不毛の荒野だ・・・燃え。

皆さま、仕事で忙しくろくに更新できていないというのに拍手をありがとうございます!
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