銀の鎧細工通信
目次


2005年09月28日(水) 荊の腕輪 (オリジナル。Yちゃんへ捧ぐ)


「あれ?伊藤は?」

日当たりのいいテラスでカップを手にして呆けた声を出した。
「さあ、またフラッとどっか行っちゃった」
パスタランチの玉葱をちまちまちまちま除けている佳苗は顔を上げずに答えた。
このオンナいつもこう。すっごい偏食で食べ方も汚い。本当に苛々する。
深い赤のメガネフレームが白い陶器のような頬と、薄茶色にオレンジを入れた髪に映えた。
(見てくれは悪くないんだけどね)
「あっそ」
わざと雑な声を出して踵を返した。

「あんたたち、ちょっと変だよ」

佳苗は相変わらずパスタをいじくりながら口走る。
振返った私の顔が思い切り顰められているのなんて、頓着しない。
あんたごと、その皿ゴミ箱に突っ込んでやろうか。バカオンナ。
口の中で早口に罵って、結局無言で伊藤を探す。
手にしたふたつのカップが熱くて、掌を痛ませる。


「あ、紺野ー」
間延びした声が呼び止める。
喫煙所で煙草を指に挟めたまま手を振ってきた、小柄な伊藤はしゃがみ込んでいると喫煙所に隠れてしまう。声をかけてくれなかったら、きっと気が付かなかった。
「何してんの、わざわざ喫煙席にしたのに」
つかつかと歩み寄った、
「ほらほら見て、可視光線」
伊藤のかざした煙草から伸びた煙が、光の筋を浮かび上がらせた。
「小学生ん時さあ、理科でやらなかった?線香使って」
「・・・やったね」
灰皿の縁にカップを置いて、椅子に腰掛ける。向かいの窓に写った自分を見た、
(褪色してきたな、美容院行かないと・・・)
青いベリーショートの髪を眺める。ハーブティーを口に運ぶと、捻った手首から皮膚が引き連れる痛みが走った。
リストバンドで蒸れるせいか、傷の治りが悪い。
「コーヒー冷めるよ」
まだしゃがんだまま煙草をひらひらさせて遊んでいるので、声をかけた。
「ああ、ありがと」
立ち上がり、近くに伸ばされた手には二の腕から肘下まで、不自然な傷が線状にたくさん走っている。


『死ぬ気も無いのに手首ばっかり切るのってバカバカしくない?』
自傷の傷を隠さない伊藤は、無神経に云ったのだった。
利き手の逆手首にいつもリストバンドやごつい時計、ブレスレットを欠かさない私に、”同族”が気が付くのも不自然ではなかったが、露骨な云い草に酷く不快になった。
『じゃあ何?あんたはそうやって見せびらかして、同情でもひきたい訳?それとも自分は特別なんですーってアピール?』
『違うよ、隠したり嘘吐くのが面倒になっただけ』
小さな耳に開けられた沢山のピアス、やたらごてごてとごついアクセばかり付けている姿は、それだけで無駄な威圧感を他人に与えるのに、ましてやリスカだなんて、なんて無神経な奴だろうと思った。
訊かれもしないのに『100針は合計で縫ってるね、小学生の頃からだから』だとか云う。
こういう奴がいるから、構って欲しいから心配して欲しいから自分を傷付けるなんて幼稚な真似をするんだ、だとか胸の悪い言説が飛び交うんだ。
(でも、隠して、自分だけの特別な意味合いを過剰に込めるような真似してる、私も相当に自意識過剰だけどね・・・)
どっちもどっちだと、結局は思ったが、それで死なないで済むんなら、幾らでも何でもすればいい。
中途半端な心配で、最後まで付き合う気も、覚悟も無いくせに「話を聞く位なら出来るから」だの「何で自分を傷つけるの?もうそんなことしちゃダメだよ」だなんて抜かす奴だってムカつくんだから。
私はねえ、私もあんたも、皆この世界も全部丸ごと大嫌いなんだよ。
(なんて云ったら、じゃあ死ねば?で終わるんだけど)

「・・・かない?」
コーヒーをすすりながら、筋肉質の腕をなでている。
「ごめん、何?」
「傷がうずかない?雨でも降るかなあ」
ピアスホールから捻挫まで、傷は気圧の変動で疼く、鈍くちりちりと痛む。
「あー・・・ちょっと私わかんない」
黒いリストバンドをさすりながら応えた。
「そっか、縫ったばっかだもんな。まだ傷自体が痛いでしょ」
「・・・まあね」
周囲に他人がいてもお構いなしに、普通にこういうことを喋る伊藤は、やっぱり居直りという態度で、理解の出来ない他人に有無を云わさない強権を感じさせたし、それによって何処か自らの傷みをアピールしているような印象を受ける。
「何してんのかねえ、私ら」
ぼそりと呟いた。
「珍しいね、いつも”もうしない、なんて云ったり思ったりすると負担になって辛いだけだから、私は切りたきゃ切るんだ”とか豪語してんのに」
けろりとして云うが、そんな伊藤だって、いくつかの薬の服用で生活を立て直している、持ち堪えている人間だ。
「それはそうだよ、だって私は、こうやって生きてきたんだから。誇り持たないと、相当惨めだもん」
ハーブティーはすっかり冷めてしまった。
猫舌の伊藤は冷めたコーヒーを美味しそうに飲んでいる。
「まあねえ、何でこんなことしなきゃ生きていかれないんだろうとは思うよ。生きてりゃそれでいいんだとも思わないし、どうしても死にたけりゃ死ぬしかないし、それは他人には止められないし」
「でしょ」
あああまただ、いつものくだらない厭世感に襲われる。罪業妄想、自虐の嵐、自己嫌悪すればするほどそれはナルシシズムに似ていて、もっと自分に反吐が出る。
「ねえ紺野」
視界がブラックアウトしそうな不快感に偏頭痛が起きはじめた、と思った瞬間声をかけられる。
「中学生の時さ、すっげえしんどい友達が居たんだわ。とにかく家庭環境が複雑な子で、何も出来ないし、その子がどんどん狂気じみてくるのがキツくってねー。結局、途中で投げ出しちゃった。居留守とか使ってさ。今どうしてるのかわかんない」
「はあ」
しんどい友達なら、類は友を呼ぶというのか厭世徒の気持ち悪い馴れ合いなのか、私にだって幾らでもいる。
「でさ、それがね、残ってんの」
ヘビースモーカーの伊藤に煙草を勧められて、それを貰う。自分の煙草は席に置いてきてしまった。
どこから拾ってきたんだか、スナックの名前がプリントされたライターを借りる。
「自分が切ってる時とか、何を云われて嬉しかったかなんて判らない。多分何を云われても、何をしてもらっても、抑えられない衝動を吐き出すにはこれしかないと思うし、そういう時には止められないし」
「うん?」
昔の事と本人の事が混ざった話の要旨は解り難い。
「・・・ずっと、左手首が痛いような気がすんの」
私の手首を指しながら、云いにくそうに呟いた。
「こういうこと云うと、他人に心配かけたりしたくない紺野にはさ、余計なストレスだっての解ってるんだけど、痛い気がずっとするんだわ」
そうだよ。心配かけるようなこと自分でしてるくせに、自分には心配される資格なんかないって思ってるし、だって自分は他人を幸せになんて出来ないダメな人間だし。
ひり付く感情が、伊藤の小さな目が更に細められて云い難そうにしている所為なのか、自分の聞きたくないような事を云われている所為なのか解らない。
驚くほどに、うんざりするほどに、何もかもが解らないんだ。
ただ解るのは、うんざりするほど、全てを自分ごと呪う位に疲れ果てているってことだけ。
「今度は多分大丈夫。もう目を逸らしたりしない。心配って云うか、結構冷静に眺めてる」
薄情だと思った?と云って苦笑した。
「・・・別に、他人にそこまで期待してないし」
嘘だった、誰か一緒に朽ち果ててくれるまで想ってくれればいいと思ってる。安心したいって思ってる。本当は最期まで一緒に居てくれる人が欲しいって。ホントばか。自分ひとりで自分を満足させてやれないなんて。
空になったカップに灰を落としそうになって、シルバーに塗った爪が惑った。
「何があっても、見てるから」
またしゃがみ込んで、ベージュからブラウンのグラデーションになったスカーフに顎を埋めた。
「例えばさ、もし死んじゃっても、葬式であの曲がかかるように手配とか、するし。他にも何でもしてあげる、出来る事なら」
ほとんどの指に嵌められたシルバーのリングががち、と鳴った。
「何それ、死ぬの前提?死なないよ、別に」

「例えば、って云ったじゃん。何をしてもどうなっても、受け入れるよ、認めるよ、って話」
縁が切れたとしてもさ、何処かで生きていて欲しいと思ってるよ。色んな事を諦めないで欲しいって、小声で続けた。
「あんたが置いていかれるの嫌なだけなんじゃん、聴こえのイイ放棄だよね、偽善者」
思わず鋭い声がでてしまった。みっともない。
「まあね。でも出来る事って本当にそんな無いしさ」
ふー、と煙を吐き散らす。
「佳苗待たせてるから、行くわ」
伊藤の分のカップをまた手にして立ち上がる。
「あ、ごめん、ありがと」

じゃね、と手を振った後で、背後から声を投げられる。
「だからさ、私に訃報が届くように佳苗さんとか、友達でもイイや、云っておいてよ」
「うるさいんだよ、死なないって云ってるじゃん」
地声が大きいので、周囲が興味を押し隠して、私と伊藤をちらちらと見る。不愉快。
「信じてる、紺野の生命力。でも何やっても、怒らないし怨まないよ」
心配かけることを負担に思わないで。それが余計に紺野を辛くしそうだから、周りなんか気にしないで。もっと利用していーよ、佳苗さんは恋人でしんどいだろうから、私とかさ。
幾分声を落として云った。
「気持ち悪いんだよ、気障オンナ」
吐き捨てるように応えると乾いた笑い声が響いた。


荊の腕輪が傷つけるのを止めない。
いつもずっと、彼岸花の様に血を弾け飛び散らせ、真っ赤。
どいつもこいつも偽善者だ。私だってそう。
逃げようとすればするほど、棘がくい込む。どれだけ血を流せばいいんだよ。
「ごめんね、佳苗」
優しく優しく声をかける。
「別に」
と愛しの彼女は素っ気無く応える。
手にしてた本を閉じて顔を上げた。
思わず苦笑する。


『そこのてめえら黙りやがれ。
あたしゃ生きたいように生きていく。
あたいの何が欲しいのさ?
肝臓かよ、血かよ、はらわたかよ?
狂気しかのこってねえっつんだよ。』


「キャシー・アッカーですか」
「そう、『血みどろ臓物ハイスクール』、もうハイスクールって歳じゃないけど」
「佳苗はまだ学生じゃん」
「大学生だよ」
「そしたらカレッジスチューデント、だよね」
「うっさいなーこういう時だけ年上ぶって、ウッザ」


どこで道を間違えたのかなんて、もうわからない。
行けるとこまで行くだけ。



血の跡が何処までも続けばいい。いっそ。









END

紺野も伊藤も私です。
他人のためにオリジナルの小説を書くのは、初めてです。
Yちゃんへ。届かなくてもいいから、せめて。

BGM:天野月子『花冠』















2005年09月22日(木) 赤い靴 (陸奥山崎)

少し頑丈そうな大き目の厳つい車。
がしゃん
急ブレーキに後輪が取られ電柱に正面からぶつかる。
腕の中に抱えた子ども。
車道に転がったボールを追いかけて飛び出した。
飛び出したから追いかけて飛び出して抱えて転がった。
腕の中でぶるり、と震えて泣き出した。
なだめながら、頭をなでながら、フロントの歪んだ車のドアが開き、
降りてくる人間の反応を、緊張し少し怯えながら目をやった。

カツン

赤い靴。
高いヒールに、蛇の鱗のような型押しが施された上品な濃い赤の。
黒い細身の洋装、パンツスーツの姿に一瞬誰だか判然としなかった。
「陸奥・・・さん?」
昼下がりの日差しに金灰の髪が透けて輝く、人間離れした容貌は間違えようも無い。
「・・・ああ、山崎」
感情のこもらない声に、無表情に、子どもが体を強張らせた。
(今、この人、俺の名前一瞬出てこなかったな・・・)
「ボーズ、後は兄ちゃんに任せな。もう飛び出すなよ、絶対だ、約束して」
がくがくと頷き、鼻をすすって子どもは駆けて行った、陸奥に向かって「お姉ちゃんごめんなさい」と叫んで逃げるように。
小さな背中を見送っていると
「おい、おまん何てことしゆう」
冷ややかに過ぎる声が山崎を貫く。
「こんな処で遊んでいる子どもです、ボールもボロボロだった。修理代は俺が持ちます」
片膝をまだコンクリートに付けたまま見上げて応える。
「ふん、おまんの金じゃのうて、幕府の経費で下ろせ。警察としての職務と云えんことも無いきにゃ、可能じゃろ、いいな」
あっさりと、かつ有無を許さぬ命令口調で云い放ち、歪んだ車を眺めてから携帯電話で修理屋を呼び始めた。
ほっと胸をなでおろす。
(聡い人でよかった)
遊ぶ場も無く、スラムとも云えるこの辺りで遊ぶ子どもの家に、修繕費用は生活に直結する。
立ち上がって山崎も電話を取り出す。
駆けつけた修理屋が車を運んでいくのを見ながら、その会社へと修繕費用を隊が持つことを知らせ、そのまま隊本部へ電話をし事情を簡潔に説明した後に「書類は追って提出します」と云って切った。
陸奥が金緑の目でじいっと眺めている、
「山崎はやり手じゃな」
陸奥の声は高すぎず低すぎず、独特の声色だった。何処から発声されているのか判らないような声なのだ。何処から響いてくるのか。
「そんな事無いですよ」
あまりに真っ直ぐに見つめてくるので少し、たじろぐ。
「いや、沖田も小器用な奴じゃが事務能力には欠けちょる、あいつのは脅迫かゴリ押しじゃきに」
隊服の砂埃を払いながら「何で其処で先ず、隊長の名前が出てくるんですか」と問うた。
露骨に鼻で笑って
「近藤は云うまでも無い莫迦正直者で、土方は利口じゃが不器用じゃろが」
肩を竦めて「お宅のもじゃもじゃだって同じでしょ」
と云えば低く笑った。

「さあて、どうしゆうかの」
陸奥は割れたウィンカーの破片を眺めながらぼそりと呟いた。
「何処かへ行かれる途中だったんでしょう?」
顔を上げる、どうして副長といい、いつも凶悪な目付きの人というのがこうもいるのだろう。などとぼんやりと思う。
「山崎、おまん金は」

「給料日前でそんなに無いです」

「車は」

「持ってないです」

ふ、と息を吐く。
「給料日前だってのに、自前で修繕費払ろうと思うたんがじゃ、前言撤回じゃ阿呆め」
ぐいと山崎の腕を引く。
「うわ、何ですか」
よろめきながら従う、陸奥の力は強い。

「じゃあ、おまんでいい」

見向きもせずに引き摺る。
「は?!」
身を強張らせれば「取って喰おうゆうんじゃないきに、安心するろ」、と応えた。




向かった先は百貨店の並ぶ界隈だった。
化粧品売り場で、いくつか見繕い、試して納得のいったものを買い、上等の薄手で暖かそうなスカーフを選び、これまた防寒性の高そうな服を見繕う。
自分のサイズや、似合う色味を把握しきっているらしい陸奥の買い物は手際が良かった。
買うなり山崎に「ほれ」と云って持たせた。
おそらく次の航海は寒いところへ行くのだろうと判るのは、買った品物の暖かな素材から、コスメの保湿性の高いもの、などから伺えた。
「陸奥さん」
細々とショップバッグを抱えながら声をかける。
「何じゃ」
2歩ほど前を歩く陸奥が振り返る。
「腹巻とか、要らないんですか」
一瞬、陸奥の目がくるりと丸くなった。
「あなた、冷え性っぽいから」
山崎にしてみれば普通の思い付きだった。
「よく判るの」
と云われれば「血色もよくないし、さっきも手が冷たかった」と応じる。
「あれはビジュアル的に好かん」
(まあ、そうだろうな、この人意地っ張りでこだわり強そうだし)
ぷいと前を向いて歩いていく陸奥に、少し待ってくださいとだけ告げてしばらくして戻る。
陸奥はエスカレーターの横にあるベンチに腰掛けて待っていた。
洋装自体見慣れないが、濃紅のハイヒールは一際目を引いた。
「足、痛いですか」
立ったまま訊ねる。
「野暮な奴じゃな、・・・まあ慣れんモンはそれなりにな」
ぎろりと睨みつけながら、それでも素直に応えた。
方々の店店を歩き回り、粗方必要な買い物を終え、すっかり日の暮れはじめた街に出ると、ふいと陸奥はまた店に入った。慌てて後を追う。
ジュエリーショップで、シルバーのシンプルな万年筆を買うと包装を断り、手の塞がった山崎の胸ポケットに差す。
「礼じゃ。仕事中に悪かったの」
「え、悪いですよこんないい物」
「煩い」
それだけ云ってまたスタスタと歩き始める。
船を止めてある近くまで来ると、船の見える辺りの公園でまた陸奥は腰を下ろす。
人気が無いので今度は靴を脱いだ。
上等そうなオーダーメイドの中敷が見えた。
「結構無理して履いているんじゃないですか」
シルバーパールの光がわずかに煌く、紺色のペディキュアが美しく塗られた足を伸ばす陸奥に、思わず告げてしまう。
(しまった、これだからお節介が過ぎるって云われるのに)
「貰いモンじゃきに」
意外にも陸奥はあっさり応える。
「おまんみたいに優しい人間の言葉が正しいんじゃろうな」
強い西日が陸奥の表情を逆光で隠す。
目を刺す西日の光線。
「どういう意味ですか」
「そのままじゃ、ああ強い西日は日の出と似ちょるな」
素っ気無く話題を流して立ち上がる。またサイズの合わないけれど、よく似合う靴に足を入れて。


そうして、思いがけぬ付き合いをして隊舎に帰る。
土方が怒りの形相で「お前、仕事サボって女と買い物してたらしいな」と開いた瞳孔でねめつける。
「ああ、・・・ちょっと陸奥さんに・・・」
とだけ云えば、顔色がさっと変わる。
「陸奥さんか・・・てぇ事はアレか、本部へ申請した車両修繕費ってーのは・・・」
「陸奥さんの車です」
深い溜息を吐いて、「ご苦労だった」と肩を叩き、「これで何も云われないだろう」と独り言ともつかぬ風で呟きながら立ち去る。





とっぷりと日の暮れた闇の中、船室でアロマオイルを垂らした足湯に浸りながら、買った品々の荷解きをする。
「ん」
スカーフの入っていたバッグの中に買った覚えの無いもの。
ジンジャーティーのパック。

「あなた、冷え性っぽいから」

給料日前で金が無いと云った。
あまりにも可愛らしい気遣いに喉の奥でくっと笑う。
マグカップを引き寄せ、手元のポットから湯を注ぐ。ジンジャーの香りと華やかな花の香りが漂う。
こくりと飲み下せば、体の中から暖めてくれる。奥から暖めてくれる。
「まっことオボコいオトコばっかりじゃな・・・」
丁寧にタグを外しながら、今度また地球に戻ってきたら、サイズの合う似合う赤い靴を買おうと思った。










END

これは友人が話してくれた高村薫作品の萌え遣り取り、「金は?」「無い」「女は?」「いない」「車は?」「無い」「じゃあ、お前」を使わせていただこう!なヨコシマシリーズ1作目です。(高村氏ファンの方、申し訳ありません)

本来メインの銀土で真っ先に浮かんだところを、敢えて陸奥山で!笑。

倉橋ヨエコの『赤い靴』からタイトルと内容は触発。
純然たるオリジナルというよりも、あらゆる妄想をつぎはぎして作られる私の拙いSS。
でも倉橋ヨエコ愛好家の方が、ここに訪れてくださった事が嬉しいので、しばらく遠慮なく倉ヨエいきますよ!
天野月子の新作アルバムからも当然インスパイアされた妄想劇場が繰り広げられると思いますが・・・後はパソコンにゆっくり向かう時間ですね。
メルフォありがとうございました!!
お返事遅くなってしまうかも知れませんが、熱いメールに大変喜んで踊っています!かなり熱い返事が行くかと思われます。苦笑。


★9月18日のDグレで拍手くださったアナタさま!

そうなんですよ・・・ちょっとオーナーの銀迦ちゃんにも解らないのですが、過去のリストを見ようとすると拍手になってしまうんですよね。
Dグレ作品はいずれ銀迦ちゃんの時間が出来たときにでも、もう独自コンテンツとして作ってもらう予定です。
現在は「その他」に置いてあります。
ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。
ミランダいいですよねえ〜・・・元々は相方にしてサイトオーナー、銀迦ちゃんへ(ミランダさん至上主義者)への貢物だったのですが、書いていてとても楽しいんです。ありがとうございます!!
自分としてはまだまだもっとエリクロエリが読みたい・・・けれどあまり熱心に検索をかける余裕が無いもので、自家発電で書きたいと思っています。
エリアーデがとにかく大好きなものでして。
Dグレでのマイナーカップリだと思うので、「いいよね」と思ってくださっている方に読んでいただけたことは、書く身としては「書いてて良かった!」と実感させて頂けます。本当にありがとうございました。


BGM:倉橋ヨエコ『東京ピアノ』、天野月子『A MOON CHILD IN THE SKY』


2005年09月11日(日) 過保護 (銀土→近)


「大体さあ、土方くんは過保護なんだよ」

ホテルの薄暗い部屋で銀時が冷蔵庫を開けながら云った。

「お、エビスがある、呑んじゃお」と独り言を続けた。その上「ギネスもあるよ、土方くん呑む?」などと云うものだから、土方はその意味を問うに問えない。

冷たいギネスの缶を受け取りながら、煙草に火をつける。
「過保護、って何だよ」
銀時がぼふん、とベッドに腰掛けたのでようやく口を開けた。
んくんくと勢いよく呑んでから、「っかー」と息をつく。
「ん?ああ、ゴリラに、って意味」
見もせずに尻を蹴った。
「いてえ!あーはいはい、ごめんなさいね。お宅のキョクチョー、に」
舌打ちをした。
「意味が解らねぇ」
嘘だった。

ごく、とビールを口に運びながらの、銀時の視線が痛い。
「云ったら云ったで怒るくせに」
土方の咥えている煙草を奪い取り、吸い込む。
口を開かない理由を奪われてしまったので、汗をかき始めた黒い缶を手にとって開ける。
ぷし、と小気味良い音。
渇いた喉は一辺に半分ほどのビールを流し込んだ。銀時はその手を掴んで弱くした照明の近くに向けると
「これだってさ、ずっと書類書いてたからでしょ」
利き手の小指の縁がペンや鉛筆で少し黒くなっているのをそっと撫でる。
「んで?しかもわざわざ夜中に呼び出しちゃったりなんかして、」
肘で上体を支えながら、見上げて続ける
「睡眠時間削ってまでさ、明日また仕事なんじゃねーの」
土方の手をぽいと放してビールをすする。
「お前には関係ないだろ」
夜中に寝ているところを突然呼び出しておいたくせに、云えた義理では無いとよく解ってはいた。
けれど、銀時はそうしたことにいちいち口を挟まなくもなっていた。

生温い気遣いが気まずい。

煙草を揉み消しながら「まーね」とだけ応えた。



どれだけ近藤のために動けるか、どれだけ自分を使えるか、実際そればかり考えている。
身を削って何でもしていた。
そんな土方のために、詮索や大した文句も付けずに、こうして付き合ってくれる銀時には悪いとは思ってもいる。
云えば「よくあることだから気にもされねーよ」などと応えるが、新八が万事屋に来るまでにいつも通り帰って居たいのはよく解っていた。(神楽の起床は遅いので、大抵新八が来てからだった)

だからといって謝る言葉なんて意味もないし、云うだけ余計に申し訳ないのだ。
全く利用だけしているつもりは無いにしても、こうして付き合ってくれる銀時に、「悪いな」とぽつりと溢したくなる事もあった。
まるで意味を成さない。
云っても「何が?」と応えるのは予想できた。
それが更に胸を詰まらせ、自己嫌悪に陥らせる。

それでも、近藤のためにだけ忙しい。
自分が笑うより近藤が笑っている方が良かった。
個人的なことならさて置き、隊のことでなら、泣かせたくなど無かった。
皆で一緒に居た思い出は、今の隊を、土方を支えてはいたが助けてなどくれない。
今の近藤や隊を守るために、どれだけ自分を使えるか。
沖田は「莫迦だ」とあっさり云うし、山崎は口にこそしないけれどそんな土方をいつも見守り、夜食だなんだと一緒に起きていては書類作成を手伝いコーヒーを淹れてくれる。「不憫な奴じゃな」と坂本は優しく頭を撫でる。

どれだけ、何でもない振りをして隙を見せず弱みも見せず、いつでも『鬼の副長』としてあろうとしてもボロが出すぎている。
「現実問題」を口にしたところで、結局は露見させてしまう自分自身の弱さに情けなくなる。
噛み締めた唇に気付かれないように、ビールを飲み下す。

「そうやって、」
土方が考え事を募らせている間、気が付かなかったがずっと眺めていたらしい銀時が口を開いたので、不意に眼が合う。
「バレバレなのに、真撰組の大半が気が付かないなんてな」
思わず思い切り眉を顰めた。
「誉めてるんだよ。頑張ってるんだなーって」
皮肉交じりなのに、責める色を含まずに、くすくすと笑う。
「情けねぇ」
何が、とは云わずにぼそっと呟きながら、空になった缶をめこ、と凹ます。
またくすくすと笑いながら、
「俺もこないだ云われたよ」
と云うので、目線を下に向けた。
片肘で頭を支えながら、人の煙草にまた手をつけようとしていた。土方が背をもたせているベッドの、パネルのある台から灰皿を下ろして布団に置く。
「まあ確かに、てめーんトコのガキどもはお前の子か、って位の時はあるな」
云いながらライターを渡してやる。
受け取った手を振りながら
「ん?あーひがうひがう」と咥え煙草のままのくぐもった声で答えた。
じゃあ何だ、といぶかしみながら銀色の頭を眺める。
ライターの火が一瞬顔を明るく照らし、
「お宅の腹黒ボーズによ」細く煙を吐き出しながら云った。
「は?総悟か?」
顔を上げないので表情が見えない。
「うん。”旦那は土方さんに甘すぎらァ”って」
「・・・っつ」
声真似までされて、眼の裏から耳まで真っ赤に染まった気がした。
息を飲んで黙りこくってしまう。
応えようが無くて、土方も煙草に火をつけた。
煙の筋が2つ立ち上る。
低く喉の奥で笑う声がする。
「2番目にしちゃいなよ」
笑いを含んで云ったけれど、決して顔は上げなかった。
「ああ?てめーが2番目だとか思ってやがるのかよ」
気恥ずかしさに、申し訳なさ、照れ隠し、思わず大げさな声がでた。

クールな副長、で通っている土方が、声を張り上げたりぎゃあぎゃあ喧嘩したり云い争うのは銀時だけだった。
いつもの無愛想な無表情も崩れているのには、鏡でもなければ気が付かない。

「思ってるよ」
ガキどもや毛玉にゃ負ける銀サンじゃないぜ、と続けた。
「莫迦か」
とだけ云い捨てて「ちょっと寝る」と布団を被った。
「珍しいじゃねーの、いつも直ぐ帰るくせに」
布団から覗いた黒髪を撫でる。
「おめーは帰ればいい」
撫でる手をしっしっと払いながら、布団の中からこもった声がする。
「よっ」
灰皿を戻したらしかった、かちり、と偽物の大理石状の台にガラスの灰皿が当たる音がした。
土方の丸まった掛け布団をずるっと引っ張りもぐりこんで来る。
「俺も寝てく、眠ィ」
くあ、とあくびをしたのが土方の背中から伝わってきた。



過保護、ね・・・。


ふたりがふたりなりに考えながら、眠りに吸い込まれていく。








END


そうです、実は大の、大の倉橋ヨエコ愛聴者でございます・・・!

そうか、あまりBGMに記載した事が無かったかも知れませんね。
でも一日最低一回はどれかのアルバムを絶対に聴いています。
書いているものにも結構触発された部分は多いです。
余りにもまわりに話しが出来る人がおらず、カラオケにも入っておらず、黙々と布教している銀鉄火です。
人気の無い夜道では絶唱してすら居ます。笑。

わーすっごい嬉しい!嬉しいです。ひえー。
こんな辺境を訪れてくださっている方で、倉橋ヨエコに反応してくださる方がいらしたなんて・・・!!

なのでもう、あからさまに土→近な『過保護』で、かつ『二番目の道』を含ませてみちゃいました。ぐふふ。
日頃は二次創作に託すことなく、あくまでも自分が身につまされる・・・と思って聴いていますが。
倉ヨエTシャツ着たり、ドクロ音符のトートバッグすら愛用。
オフィシャルサイトはお気に入り登録。
宜しかったらお好きな曲やアルバムなど教えていただけると、とても喜びます。ありがとうごじあました・・・!!!感涙。


2005年09月09日(金) さつがい (獄寺山本)

何でかと云うと、単に銃を扱うにはひ弱だったからだった。
子どもの細い腕に小さな掌で銃は扱えない。
それでも家庭環境から「自分はマフィアになるのだ」と思っていたし、
英才教育も施されていた。
徒手空拳はさることながら、話術に語学(最も、特殊な環境で出遭う人間は大人ばかりだったために獄寺のコミュニケーションの基盤は上下関係だけだった。よって話術の学習は功を奏していない)、基礎教養、ピアノから料理(殺人には使えないが、本来の食事としてなら姉よりも巧かった)。
基本的に何でも器用にこなしたが、入れ替わり立ち代りする大人たちの中で外出がちの両親、日常的な知り合いの訃報、それらが不安定な精神構造を形成し、コミュニュケーションの不得手さは「他人を信用しない」という形で発展を停止した。
自分で自分の身を守らなければ、という意識は暗黙のうちに叩き込まれもしたし(でなければ両親の負担となり、それはファミリーへの迷惑にもなった)、周囲を信用しない以上は必然的にそのベクトルに進む。
ベレッタですら重くて両手でも照準を合わせられない。
手軽で機動力と破壊力に長けたダイナマイトを持ち歩くようになったのはそうした理由からだった。
成長期の未熟な身体では屈強な大人には敵わない、身軽さと俊敏さを利用し、持ち前の判断力で放り投げる爆薬。
軽やかに軌跡を描くのに、その後の轟音と爆風の対比が「してやったりだ」と負けん気の強さを充足させた。


人殺しの生々しい実感に欠けるところも、よかった。
火薬の量を調整すれば軽症で済み、必ずしも致死にならないのも、よかった。


ゆくゆくは手を血に染める事は、覚悟していたが、あまりにも早いうちから殺しの味を覚えたくは無かった。
何故そう思っているのか獄寺は把握できていない。
抵抗感。嫌悪。恐怖。必要性の無さ。
自分が従うべきボスも見つかっていなければ、自分がボスになる力量もまだ持ち合わせていなことを理由に忌避していた。
いずれ殺しをする事にはなるのだから。




ちろりと目線を流す。
昼休みの校庭で野球をしている莫迦。
ぱくぱくと昼食を済ませると、「ちょっと体動かしてくる」と牛乳パックのストローを咥えながら出て行ったのだった。
「うわあ、食べてすぐによく運動する気になるね」と綱吉が理解できない、という顔をしながら云うと「逆に腹ごなししねぇと落ち着かないんだよなあ」といつものようにへらっと笑って応えた。
座っている獄寺の目の前に、リストバンドをした右手が丁度ある。
(治ってないんだろ、これ・・・)
平時からの悪い目付きでどうでもいいように眺めた。
日頃はリストバンドでほんの気持ちばかりのサポーターをし、極端な気圧の変化がある日には右手をあまり動かさないようにしているくせに。
(どこまでも莫迦だな)
教室内では煙草が吸えないために、パックジュースのストローを噛みながら心の中で毒づいた。
ある意味仮面のように貼り付いた笑顔に人懐こい表情、声色。
人好きのするそれら全てに胡散臭さすら感じる。

(幾ら単純野球莫迦でも、おかしいと思うだろうが)

解った上でどうでもいい振りをしているのかも知れなかった。冗談として流して。
(どの道わからねぇことだしな)
幾らリボーンが評価していようが、本当にイタリア・マフィアになるだなんて十代そこらで決定するはずも無い。一般家庭の子どもだ。(綱吉がボンゴレの10代目に成ることに関しては疑いを持たないのだが)

綱吉とリボーンと他愛ない遣り取りを交わしているうちに始業のチャイムが鳴った。
がたり、と立ち上がると「一服してきます」と云った。
「え?あ?だって授業始まるよ」
「一本だけですから、すぐ戻ります」
口ではそう云っても、ヘヴィーでチェーン・スモーカーの獄寺が1本で済む筈が無いのは解りきっていたが、綱吉はもう何も云わなかった。
急に静かになった人気の無い後者の階段を下りて、人気の無い駐輪場の方へと向かう。大きな木があって気持ちが良いのだ。
建物を出るなり火を点けると、風を切る音がして目を上げる。


真昼間の、快晴の、学校で、木漏れ日を受けながら立っている。すらりとした背の高めの中学生。
人気の無いところで煙草を呑む獄寺含めて、健全極まりない景色の中で猛烈に目を引く違和感。
すらりとのびて、曇りひとつ無い刃物のギラつき。
清浄なまでに美しい日本刀。
鋭利な切っ先。
バットから変形した刀を静かに携え、俯いてそれをじっと眺めている。
あまりにも静かな光景が逆に不自然だと思えた。
指に挟めた煙草を咥えながら、目を眇めてぽかあと煙を吐く。

ゆっくりと顔を上げて「獄寺」と云った。
大抵が笑っているので判り難いが、山本は真顔でいると片眉が少し歪められている。いつも。
その所為で少し年相応でない陰りだとか妙なニヒルさが浮かぶ。
「授業時間にこんなところで刃物持ってぼんやりしてるだなんて、見られたら大事じゃねえのか」
無関心を装ったつもりだったが、どことなく感情がこもってしまった言い草に、獄寺は舌打ちした。
「そーだな、煙草より問題だよな」
何でもないような顔で云うので、何でもないように日本刀を携えているから、
(ああ、こいつは)
柄の握り方、動かし方、やたらと手に馴染んでいるから、
(こいつは)
吹きぬけた風で揺れた葉の間から差した光が獄寺の目を焼いた。
咄嗟に眉根を寄せて目を細める。
長者手にして何でもない顔をして、こんなところに独りで居るから、



(殺すな)



と思った。



「お前は人殺しに向いてるよ」
灰を指先で落としながらはっきり口にした。
ひゅ、と刀で風を切り裂きながら「わかんねーよ、そんなのは」
と云って笑った。
あまりにも、普通に、いつもどおりに、
笑った。

瞬間的に背筋にぞわっと震えが走り、それを無かったことにするように土を蹴った。
小さなナイフを顎の下に突きつけた時には、獄寺の首筋にも刃が当てられていた。
露骨に噛み付きそうな表情が出る獄寺に対して、山本は本当にいつも通りの表情。
「ナンだよ、いきなり」
と軽く口にするくせに首にひたりと付けた刃は維持している。
ふ、と小さく息をつき、刃先をぱちりと柄に畳み込んだ、それに合わせて器用に長い日本刀を少しも互いの体に掠めないように下ろした。
(気持ち悪ィ・・・)
それは何に対してなのかは解らなかった。
でも、咄嗟に強く感じた。
山本の胸倉を掴んで引き下ろし、乱暴に強く唇を押し当てる。
きょとんと目を開いたまま、けれど舌を入れれば応じてくる。
つくづく何を考えているのかさっぱり解らない、が、野球が満足に出来ない鬱憤が後のファミリーの戦力に成り得るだなんて、あまりにも非常識で滑稽だ、
(それくらい非常識で底知れないのが、掴み所の無いところが、)
「・・・ん、は・・・っつ」
ぴったりと向かい合ったまま首だけ下に向けている所為か山本が少し苦しげに呼吸を溢す。
先ほどのものとは違う痺れにも似た震えが腰の後ろ辺りを駆けた。
もっと深く口づけるとぴちゃぴちゃと水音がやけに耳についた。
「あ・・・んぅ・・・ふ」
息苦しさからじゃないくぐもった甘い声が漏れて、山本より身長の低い獄寺の喉元まで互いの混じった唾液が伝い落ちる。
衝動的に唇の端に噛み付いた、そして放す。
「いってぇ、いきなり噛むなよ」
濡れた唇の端を赤い舌先でなぞった山本は、
「お前の十八番は飛び道具なんじゃねえの?」と訊きながら獄寺の顎から喉に伝った唾液を長い指で拭ってぺろりと舐めた。
(こういう読めないところが、)
「接近戦だとか徒手空拳ぐらい一通りはこなせねぇと早死にする」
淡々と告げると
「まーそうか」
と納得した風に応えた。




(殺しに向いてる)



(こいつは解ってて流してるだけだ)



(絶対ファミリーの裏での殺しを担うようなことになる)




まだ筋肉も骨格も出来ていない少年の眼に、暗い影が落ちる。
長めの前髪がそれを隠した。









END

獄山獄・・・にした方が良かったですね。

頭のおかしい山本と、常識的でセンシティブだけど人の心を無意識に抉るのも得意な実は奥手なピュアっ子獄寺(この表記でどうして獄寺が受けじゃないのか、と不思議に思う方は居られるでしょう。爆笑。私だってこの文じゃ獄寺受けだよな、と思います)の噛みあわないじりじりぐるぐる青春残酷模様も楽しいですな。
うーん、山本を雲雀とも絡めてみたいなあ・・・。バリ山。

あ、でもあくまでも私は銀魂を愛して居りますので。
メイン銀魂。そんで色々手を出してみたり・・・。

BGM:倉橋ヨエコ






2005年09月01日(木) 失踪 (土→近)

肩書きというものは重い。
組織というのはもっと重い。


「武装警察なんて云ったってさ、アンタら幕府の万事屋だよな」
銀時がにやつきながら云い捨てた瞬間、拳が出た。
抜刀すらせずに、それは反射的な衝動だった。
「お前に何が解るんだよ」
怒鳴りつけた声の大きさに、土方自身が驚いた。


この国のシステムはつくづくよく出来ている。
お為ごかしの監査委員会、各大名家による地方自治なんて
最早出鱈目もいいところだ。
実質、過半数を占める幕府の天人による国庫支出金のためにゴマすりする
大名達は、開国時に廃止された参勤交代を進んで行っては金勘定だ。
力で国を取り返すことも出来ず、かといって民主主義ですらないこの国は、選挙も何も無くお飾りの幕府に覆われた、被占領国だった。
国民の意思が反映されない政治には、テロリズムでしか主張を出来ないのだ。政治参加が叶わないことで、幕府は目安箱を設置したが、
そんなことではリコールひとつ叶わない。
天人の技術力と武力とで高度経済成長し、国は豊かになる反面、
中身は荒む一方だった。否、空洞化というべきか。


どれだけくだらない事務処理すらも、形式的には取らざるを得ない。
幕臣として帯刀を許されたことだけが成功で、後は、詰まらない雑用から
無意味な粛清しかしない。

(頭、重てぇ・・・)

土方は案件の処理報告と、それによる経費の申請書類を作成しながら
こめかみを押さえた。
忠義心だけのみならず、もともとの性根の真っ直ぐさから近藤は疑問を
感じていない。
ならば自分はそれに従うまでしかない。
武士の、侍の、その誇りを維持できていると幸せな振りをする。
「ちくしょう・・・」
弱弱しい独り言が漏れる。
こんな立場などなくとも、木刀といえど帯刀し、侍として生きている銀時は非常に目障りだった。
今の自分達が莫迦莫迦しく思えるから、無意味さを突きつけられるから。
惨めだった。
道場に残った、剣以外能の無い自分達が食い扶持を確保するには成功して
いる、金には困らない。組織という重圧を背負ってはいても、
字すら読み書きできない隊士たちには願っても無い保障ではある。
でも、息苦しかった。

自由が許されない。

ただ剣を振るう事だけが誇りで、その自分達の腕だけが頼りで、
それだけで白眼視されても振舞えていた気楽な日々は戻りようも無い。
「トシ?」
襖の外から声がかかった。すぐに解る。
「何だい」
襖を開けると寝巻き姿の近藤が立っている。
「こんな時間まで仕事かよ」
「ああ・・・何となくな、眠れなかったからついでだよ、ついで」
承服しかねる、という顔で
「だってお前着替えてもいねえじゃねーか」
隊服のシャツとパンツのままでいる土方を見下ろして不服そうな声を出す。
(だって近藤さん、俺らは幕府お抱えの組織で、首都の治安を守るって
肩書きがあるんだぜ・・・)
云えるわけが無かった。
もう愚痴なんておいそれと、不満なんて軽々しく、口にする事は出来ない。
「別に、明日の仕事にゃ支障出さないからよ」
眉をゆがめて土方は云うのが精一杯だった。
「仕事の事じゃねえよ、お前が体壊すだろ」
(ああ・・・変わらない)
近藤の心配に満ちた言葉は、惨めさと諦めと覚悟を強固にする。
(道場に居た頃と変わらないな、あんたは)
嬉しかった。
「俺は副長だ、やるべき仕事をやるだけだよ」
そっけなく応える。
当たり前の気遣いを、嬉しいと思う気持ちは表には出さない。
焦がれて慕って、想っている近藤にこそだから、決して出さない。
土方が一線を引かなければ、馴れ合い集団になってしまう。
組織として機能しなければ逆戻りだ。
今度こそ刀を手放さなければならなくなる。


そっけなく、しかしぴしゃりと線を引いた土方の物云いは、
真撰組が組織されてからは常となった。
それが隊を守るために取っている態度なのだと解るからこそ、
近藤は何も云えなくなるのも。
決してそれが自分自身のためだということには気が付きはしないけれど。

(肩書きの前に、トシはトシなのにな、そんなことすら云えねぇ・・・
なんて。それこそ情けねぇ「隊長」だよ)
(隊が離散するような事態になったら近藤さんが苦しむ、俺らを守るため
に腹でも切りかねねぇ、そんなこたぁ許さない)


引かれた線はかみ合わない。
土方が取っている態度が距離を作る。
その距離がいつか土方を見えなくさせる。
近藤には、もう土方がよく見えてはいない。

不穏な胸騒ぎばかりが膨らんでいく。
「無理すんなよ、明日出来る事は明日皆でやりゃあいい」
胡座をかいたままの土方の頭を撫でて、
「おやすみ」
と云って近藤は厠の方へと向かった。
「おやすみ」
襖を閉めながら土方も呟いた。


こうして土方は失踪していく。
其処に居ながら失踪する。
見えなくなっていく、「副長」ではなく、土方、という人間が、
重さのために消えていく。
誰も気付かない。
誰も気付かない。









END


そこでそういう不自然さや歪みに気が付くのは銀さんや、他所の人なんだろうな。
立場や肩書きのために、個人が自己を裏切らなければならないのが、
「仕事」がゆえの義務だとは、思えないのは、特に軍隊や自衛隊や
機動隊や警察や役人に感じるのでした。
賃労働や大義名分で「自分」を抑圧するのは、見ていてもしんどい。

選挙ですね。小選挙区比例代表制の人数配分、もういい加減良くないんで
はと個人的に思うのは、消去法的に投票したい政党だとか議員が私は
決まっちゃっていて、しかもそれら政党が弱っているからなのであった。
がっつり行きますけどね、選挙。
しかし衆院選挙もさることながら、先ず都知事リコールしてえよ・・・。
暗雲立ち込める政局模様は混迷憂鬱。だからこそ行くのだ。


BGM:石川さゆり


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