銀の鎧細工通信
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2005年10月31日(月) ナーバススコーピオン (ビアンキ山本)


特に理由すらも無いわ。別に興味も無いしあんな能天気なガキ。
敢えて云うなら隼人が毛嫌いしているのが引っかかるけど、リボーンはとても評価している、それなら相殺ってところね。
ああやだ、相殺ですって。
私は「愛しているか」「愛していないか」のどちらかで十分なのに。
前言撤回ね、目障りよ。とても中途半端。
どっちつかずで、あんた一体なんなの。


「何か文句あるの、山本武」

瞳自体は大きく、ぱっちりと濃く長い睫毛が縁取るそれは愛嬌のあるアーモンド型だったが、どうにも目が座っているため凄みが勝る。
試験前に綱吉の家に集まり、皆で勉強をしている中で綱吉に構いっきりの獄寺に代わり、山本が首を傾げている現国の問題を解いてやったのだ。
ぽかんと口を開けた表情から、くるりと表情が変化し思い切りの良い笑顔になる。
「いや、ビアンキ姉さんは生粋のイタリア人だろ?喋れるだけじゃなくて、すげーなあって思って」
ぴく、と形の良い眉を片方だけ顰めた。
日本人女性との間に産まれた弟のために、当たり前のものとして日本語を学んできたのだ。当然だ、と舌打ちするのを抑えて
「日本でも仕事はするわ、だから必要だっただけよ」
とだけ素っ気無く返した。
灰色がかった薄茶色の長い髪が、柔らかくしなやかに表情を隠す。もっとも、獄寺が卒倒するために大振りのセルフレームの眼鏡をしていたが。
「ふーん?てっきり獄寺のためかと思ってたぜ、俺」
今度は舌打ちを堪えられなかった。
「うるさいわね、大体あんたに姉さん呼ばわりされる覚えは無いわよ」
話をそらしたが、山本には舌打ちの真意が気取られてしまっただろう、と思った。
それでも「へ、だって獄寺の姉さんじゃんか」と事も無げに答え、また教科書に目を戻す。
利口だが直情型で単純な獄寺と違い、掴み所の無い頭の回転の早さが彼にはあった。何を考えているのか、と思えば何も考えておらず、何も考えていないと思えば容易く人に切り込むことが出来るのだ。
(リボーンがこいつにあの武器を与えた訳が解るわ・・・)
無駄の無い鋭利な刃物、真っ直ぐに冷たい刃は、あまりに不意に、あっさりと美しく寸断することが出来るのだ。
きっと、何でも。
(隼人はきっと、これからずっとこいつに振り回されるんでしょうね)
頑なに心を閉ざし続けてきた弟が、やっと見つけた付いて行ける人物に、そして彼らが担うであろうマフィアのファミリーに、今は何処まで間に受けているかはさて置き山本の存在は欠かせないものになるだろう。
(目障りなのに、どうしても必要だ、って思い続けて生きるんでしょうね)
そっと獄寺に目線を向ける。
凍り付いてしまった表情ばかり見てきた、弟。
今こんなにも笑い、怒り、落胆し、必死になり、生き生きとしためまぐるしい表情の変化に、複雑な気持ちが、奥の方からざわざわと騒ぎ出す。
(私だって諦めたわけじゃなかったわ、でも、無力だった)
ビアンキの視線に気付かず、はしゃぎまわり一生懸命に「ボス」に尽くす弟は遠くへ行ってしまった。
彼女自身「愛」に生き、「愛」のために殺すという道をとうに選んでいたというのに、それでも選ぶ道へと走り去ってゆく姿は心を締め付けた。
「さびしいんスか」
我にかえって勢いよく振り向き、遠慮なく睨み付ける。
しかし彼は顔を上げていなかった。苛立ちが募る。
「不愉快だわ、あんた無神経よ」
獄寺と綱吉、横でちょこんと居眠りしているリボーンには気付かれないように吐き捨ててから、「お茶でも淹れてくるわ」と立ち上がる。
「まっ、待てよ!アネキの淹れた茶じゃ武器になっちまう!!」
綱吉は青ざめて早くも冷や汗を流し、慌てて獄寺が「俺が淹れますから、ねっ、10代目!」と腰を上げようとするのを
「いいよ、俺が手伝うから。お前ら進めててよ、そんで俺に教えてくれよな」
とニカッと笑った山本が制した。有無をいわさぬ笑い方だ。
後について乱暴にドアを閉めようとするのを受け止め、そっとそれを閉める。

「機嫌取りのつもり?」
無言で階下の台所まで降り、山本が湯飲みから急須へ沸かした湯を入れるのでビアンキは茶葉の缶をその横に置く。
置いてから腕組みして横顔を睨み付ける。
「んにゃ、・・・すいませんでした」
茶葉を器用に入れ、蒸らすために蓋をすると、ようやくまともに向き直り、深く頭を下げた。
「確かに無神経でした、立ち入り過ぎだった、と思う」
語尾が珍しく小さくなるので、細く長い指で顎を捉え、顔だけ上に向けさせる。
「思うけど、何よ」
続きがあるのだろう、云ってみろ、という表情で目線だけ下に向ける。なかなか山本を見下げる機会など無いのだ。
「腫れ物扱うみたいに、したくなかったんスよ。だって、ビアンキ姉さんは獄寺のことすげー好きだろ」
苦しい姿勢にもかかわらず、真っ直ぐに見つめてくる目は真っ黒だ。
(こういう素直な犬っころみたいな部分もあるから、余計に性質が悪いのよね)
容赦なくデコピンを喰らわすと「イデッ」と鳴いた。
手を放すと「もう、充分なんじゃないの」と急須を顎で示す。
「やべっ、渋くなっちまう」
慌てて湯飲みに少しずつ注ぐ「獄寺って日本茶好きっスよね、渋くなりすぎたり出がらしだとうるせーんだよな」と、ころころ口にする表情を見ているとどこか憎めなくなってきてしまう。
黙りこくっているビアンキを見やると機嫌が治っていないのかと眉間を曇らせた。
長い髪を一束手にして口付け、ぎこちないながらもそれなりの発音で
「Se non accomoda un umore o non?」
と云った。
ぎょっとして振り払い、思わず大声が出る。
「何よそれ!」
「おっさんに教わった」
と、本人にも照れくささがあるのか、目線を逸らし頭をかく。
(シャマルの奴・・・ガキに要らないことを・・・!)
頭に血が上りかけたが、しでかした本人の恥ずかしそうな姿を見ていたら笑いが込み上げてくる。
(大人をなめないで欲しいわね)
くくっと喉を鳴らし、制服の胸倉を掴んで思い切り引き寄せる。
鼻の頭に軽いキスを降らし、
「Per bambini più insoddisfacentemente bene」
と応えて鼻先にふっと息をかける。
そしてこれ以上は無い、という極上の笑みを浮べてやる。
耳と頬が赤い。またからかってやりたくなってしまう。
「何て云ったの」
歳にそぐわぬ、どこかアンニュイさのある眉間を少し顰め、問うた。
「隼人に訊けば解るわよ」
にやりとエロティックな唇をゆがめてから、山本の手元にある盆を手に取ってするりと横を通り抜ける。
盆をもう一度受け取りなおしながら「訊けるかよ」といつもより早口で云うと大股で階段を登ってゆく。
その背中。未完成の少年のもの。

また笑みがせり上がってくる。


愛しているか、愛していないか。
私は博愛主義者じゃないわ、でも愛は惜しみないもの。尽きることがないもの。
変幻自在よ、相手次第。
あんたにその価値はあるかしら?
ねえCane nero?








END

ビア山ビアって感じになっちゃいました・・・。
最近、萌えが枯渇しているのか、なんだか書けないで居たのですが、人様からお題を頂戴すると楽しく書けるのでした・・・。
Yちゃんお題提供どうもありがとう!これはあなたに差し上げます。あ、要らなければいいですんで。

と、云うわけで、よろずジャンルな銀鉄火ですが、何かリクエストがあればお答えさせて頂きたく存じます!!むしろ熱烈歓迎です!
人様の萌えを形に!自分の萌えも混ぜ込み!
お気軽にメルフォでも拍手ででも仰ってくださいませ!!

BGM:天野月子



2005年10月09日(日) 白い旗 (沖土→近)


屯所に大規模な襲撃が起こり3日目。
門番と見回りの隊士を殺害、大量の爆弾を投げ込み、宿舎へマシンガンをブチ込んだ攘夷志士たちは一様に「天人に屈従する腑抜けた傀儡幕府の犬などくたばるがいい」と云って、多くの者は取り囲んだ隊士たちの目の前で高笑いをしながら切腹し、ある者は仕込んであった毒を飲み血を噴水の様に吐きながら笑い続け果てた。
屯所の宿舎が狙われ、就寝していた隊士の多くが負傷し、倒壊した家屋で更に被害は拡大した。

悪夢の夜だった。


稽古場を仮の宿舎とし、無傷の者から軽症、重傷の者がそこで過ごす。
更なる襲撃に備えて松平のところから増員の警察がおくられた。
重体の者は入院、死者は、2日目に葬儀が行われた。
「感染症でも起こしたらどうするんだ!あんたは入院した方がいいってもう何度も云っただろう!銃創だぞ!?」
「弾は貫通してるんだ、刃傷と変わらねーよ。トシこそ足の指千切れかけてたんだから、あんま動き回るなよな」
稽古場外の廊下で、珍しく土方が近藤に怒鳴りかかっているのを中から耳にする隊士たちはそれだけで緊張感が高まる。胸騒ぎを覚える。
大将は右肩を負傷、布で吊っている。鬼の副長は足先を負傷、松葉杖の姿。
「はいはーい、お二人さんそこまで」
警邏の際に使う笛をピッピーと鳴らし、仲裁に入る。緊張のために手に汗すら滲んでいた隊士たちの表情が緩まった。
「総悟!トシを部屋に戻してやってくれ、こいつフラフラ歩き回ってかなわねえ」
助かったとばかりに近藤が破顔した。
「アンタもだ!右肩の骨、砕けてるんだからな!」
大声を出すたびに土方の身は傾いだ。失血と神経束の多い末端の負傷から、熱が続いていた。
ぺち、と額に手をやると「ホレ、あんま騒ぐからまた熱上がってるぞ」とあっけらかんと云うなり、「総悟、送ってってくれや」とその背をそっと沖田へ向けた。
近藤から見えない角度で、土方が顔を顰め、唇を噛み締めたのが見えた。
大袈裟に溜息をついて、半眼で「はいよ、おら行きやすぜ土方さん」と松葉杖と逆の手をとった。
勢いよく振り払うとまたぐらりとよろける。
「トシ、オレも皆の様子見たら大人しく戻るからよ、大丈夫だって」
振返ると、半分開いた襖からこぼれる灯りが近藤を照らした、顔色の、悪い。
「・・・っつ」
ぷいと背くと土方はぎこちなく歩き出した。
その後を沖田が追う。


破損した水道管の修繕もひとまず終わったが、まだ水の出ない蛇口が残っている。
暗い廊下に松葉杖の音とぺたぺたいう裸足の足音が響き、あたりは妙に静かだった。
ぱた、ぽつ、と蛇口からまだ滴る水音だけが物寂しく響いていた。
「くっそ・・・あんな見え透いた嘘吐きやがって・・・」
かさかさと片腕で懐から煙草を出し、時間をかけて片手だけで火をつける。
「じゃあ、アンタももっと取り繕ったらどうですかィ」
特に手を貸すでもなく、後を付いて来る沖田がしらけた声を出した。
「何ィ、どーいう意味だそりゃ」
ぎろりとねめつける土方の目が蛍光灯の灯りで赤く光る。
「近藤さんのことになると、すぐ頭に血が上っていけねえや、見てらんねェ」
わざとらしく目線をそらした沖田の胸倉を掴みかかる、がらんと松葉杖の転がる音が反響した。
「てめェ・・・大将の肩が砕けてんだぞ、侍の腕がだ!」
熱と興奮の所為で呼吸が乱れている。
「じゃあ俺も、気休め云やぁ満足ですかい」
無表情ともいえる真顔で鋭く云い返される。冷たい刀のような。
「あんたがそんなじゃ、隊士の不安が酷くなる一方でさ、立場解ってねーだろい。何のために近藤さんが無理してると思ってるんだィ」
被弾し、血まみれて脱臼した肩をだらりと垂らしながら、一番被害の酷かった宿舎に駆け付けた近藤を見たときの、血の気も失せ背筋が凍りついたような気がした絵が甦る。
(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ一番見たくないもの、見たくない見たくないんだあんたが怪我をしてるところなんざ!!)
ぴたん、たっ、まだ未練がましく止まった蛇口が水をこぼす。
ずるりと手を下ろすと、ふっと息を吐いた沖田が片腕で土方を支えながら、器用に松葉杖を足先で引っ掛けて立てた。
「総悟・・・」
「何でさ」
すっかり弱々しくなってしまった土方の声に沖田は内心やれやれと呆れかえる。
「屋根、連れて行け」
ぼそりと呟いた。
「あぁ!?イカレちまったのかィ、土方さん」
「いいから連れてけっつてんだろ、・・・倒壊状況が上から見たい」
泣きそうな声ですらあったが、その口調は隊を実質しきっている「副長」のものだった。
「丁度見張り台が壊れかかってまさぁ、そっから屋根へ移ればいい」
ぱっと土方が沖田の顔を見た。
(なんつー情けねェ面だ)

細く高さの低い階段を何とか両手を使いつつ登り、上がった所で後ろに付いて来た沖田からまた杖を受け取る。
夜気が冷たく、思わず身震いした。虫の音が高らかに響き渡っている。
「すっかり秋だな・・・」
「さっさと修繕しねえと隙間風で今度は風邪が流行りやすぜ」
隊服のスカーフを外し、土方に乱暴に巻きつけた。
「そうだな・・・ふおっ」
口元をずり下げて「いきなり何しやがる!」と怒鳴った。
「ん?ああ寒ィかと思いやして」
隊服のポケットに手を突っ込んで顔をそらした。
「ふん」と云いながら煙草に火を点けようとする土方に「焦がさないでくだせェよ」と、また憎まれ口を叩く。

黙って足元を眺め続けていると、屯所のあちこちで灯りがひとつふたつと消えていく、先ずは台所(山崎も無傷とはいえ働きづめだな・・・医療の心得のある者を寄越すようとっつあんに頼まねーとな・・・)、続いて事務室、夜間見回りの見慣れない顔が歩き回っている。
稽古場の明かりが落とされた。
「・・・には俺なんざいらないんだろうな・・・」
近藤の個人部屋の灯りはまだついている。
「ふん、アンタにゃ隊だけが取り柄じゃねーか」
露骨に莫迦にした口調で、風に掻き消えた名前を、隊に置き換えて応える。
「結局お前も気休め云うんじゃねーか」と云いながら土方が少し自嘲気味に笑った。
「綺麗な嘘でも嘘は嘘、だったら気休めの方がマシってもんでさ」
「総悟のくせに真っ当ぶったこと抜かしやがる」
(今の俺じゃ刀も満足に振るえねェ)
(武器がない、明日も判らねェ、こんな有様・・・)
「情けねえ」
呟いた時に、近藤の部屋の灯りが、消えた。
それを見届けて沖田が
「ほれ、弱音は終いでェ、アンタもとっとと寝てくだせい」
と促した。





小さな襲撃や、個人へ向けられた刃は珍しくもない。
それでも攘夷志士たちだって、真選組を攻撃しても意味がない事は解っていると思っていた。あくまで鬱憤晴らしか個人的な怨恨だ。
(それがここまで手加減なしか・・・)
階段をまた身を屈めて下りる時に、土方は最後に滅茶苦茶になり一部倒壊している屯所を見つめた。
(俺たちは幕臣だ・・・だから、これぐらい、大将さえ無事なら問題ない・・・)





白い旗をあげかかっているのは、
そこまで追い詰められてきているのは。









END

倉橋ヨエコシリーズ第2弾。『白い旗』でした。
一応、近藤の被弾、右肩砕けるちうのは墨染の難を踏襲、土方の足先吹っ飛びも戊辰戦争史実です。
でもこん時沖田は発病して近藤と隊を離れるし、土方も負傷で離脱、その間に近藤は斬首、つーのが大雑把な史実ですけどね。
沖田の発病は無いな、ということで彼にはぴんしゃんしてもらいました。
何でこんなパラレル史実混じりにしようとか思ったんだろう・・・。
ああ、白い旗だ。真選組は上げないだろうから(だって警察機関だし)、だたら切羽詰ってるのは攘夷志士だよな・・・と思ってこうなったんだ・・・。

赤い靴、好評で嬉しいです。
Y子はさて置き、陸奥好きさんが増えてくれたら嬉しい次第にて。


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