銀の鎧細工通信
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2005年08月23日(火) クロノス (リーバーミランダ)

「やぁーっぱり、コレ、考えないといけないよねえ」
コムイが時計を見ながら頬杖からずず・・・と顎を落としながら呟いた。

ミランダは唇をきゅっとへの字にして、おずおずと大きな置時計を見返る。
まるで親から離れる事を心細がる子供の様に。
このままでは前線に出られない、折角の支援能力を本部での雑用に使うのも気が引けた。
それぐらい、ミランダは力をつけていたのだ。

「んな顔すんなって、誰も引き離しゃしねーっから」
ほい室長、とコーヒーを手渡しながらリーバーが背後から声をかけた。
後ろからじゃ顔は見えないでしょー?と呆けきった顔で揚げ足を取るコムイに
「見なくても解る事でしょうが!」
と眉を吊り上げる。
実際、置時計からミランダが離れる事はないし、それはイノセンスの適合者として当たり前のことでもあった。

「うーん、どうするのがいいかなあ、・・・」
真剣な表情で考え始めた風に見せるなり、小首を傾げて
「ねえどう思う?リーバーくん」
と語尾にハートのつくような声色で思考放棄する。
ブチ、と何かの切れる音がしたかと思うとリーバーは鬼の形相でコムイの胸倉を掴んでねめつけた。
「ほっほーう、さっきまで仮眠とって休んでいた室長様が徹夜30時間の部下に丸投げで質問ですかあ・・・」
「やだなあ、もう。有能な、部下に質問してるんでしょー」
あくまでものらりくらりとかわす。
不味い表情をしたリーバーが手を放し降参のポーズで掌をひらひらとさせた。長い指が器用に舞う。
科学班独特の仲良しぶりが未だ掴み切れないミランダはハラハラおろおろとしており、急に振り返られてはビックゥ!!と肩を震わせた。
リーバーの目が細められる。
ふ、と吐かれた呼吸にミランダも引き攣るように止めてしまった呼吸をつく。それを見届けると、またくるりとコムイに向き直る。

「実は、考えてたんスよ」
白衣のポケットからごそごそと紙切れを差し出した。
「うん、知ってた」
受け取りながらにこりと微笑むコムイに対して、またリーバーのこめかみに血管が浮き出る。
全身から(解ってたんなら始めから訊けよこのヤロウ・・・!!)のどす黒いオーラが噴出する。
「うん、これはいいね」
慣れているので気にも留めず、コムイは紙面から顔を上げずに、ミランダさんちょっとおいで、と手招いた。

デスクの上の紙の山を長い腕で押しやって、B5の紙一枚が置けるくらいのスペースを空ける。今にも机の隅から本の束が落ちそうでミランダにはそれが気になって仕方がない。
きょろきょろとしつつデスクの元へ進む。
覗き込んだ化学式の羅列と分析理論は今ひとつだったものの、下手糞な絵で描かれたものの意味するところは理解できる。
文字盤の裏に歯車がある。
その歯車たちを支えている基盤。
それを取り出して加工する。

「この基盤は時計を支え、その動きのメインを司る部分だ、これをコアとして改良するのが一番いいだろうね」
赤ペンで化学式と解析に訂正と改良を加えながらコムイが早口に告げる。
リーバーを見上げながら
「それって・・・あのう、あのこをばらばらにしちゃうっていう・・・ことですか」
ミランダは心配そうに表情を曇らせた。
やれやれ、と肩を竦めつつ「基盤は別のを作るよ、あいつが」
と云いながら置時計を見るリーバーの目は優しい。
「気に入るかは解らねぇけど。どちみちあんたじゃないとゼンマイは巻けないんだ、手巻き式じゃなくて自動のにして動いててもらうさ」
じっと見詰めるミランダをなだめるように続ける。
「あいつは此処に置いて、ちゃんと面倒見る、」
身を屈め、手でコムイの方に盾をして声を潜めた、
「知ってたか?実はこの部屋、時計がないんだぜ」
きょろ、と辺りを見回して
「そういえば、そうですね・・・皆さんとても忙しいのに、不便じゃないんですか?」
いたって常識的な質問に苦笑する。
「以前に室長が暴れて全部壊しちまったんだよ」
仕事に集中できない、とか云ってさ。結局締め切りに追われるのが嫌なだけなくせにな。
ぼそぼそとリーバーは続けた。
ミランダはぶつぶつ化学式を唱えながら赤ペンを走らせるコムイに目をやって吹き出す。
ようやく見せた笑顔に胸をなでおろし(大人しく臆病なくせに頑固で、何をするか判らないミランダにはリーバーも手を焼かざるを得ない、それを悪いものと本人は認識していないが)、リーバーは
「じゃあ、いいか?」
と問うた。
強い眼差しでミランダがこくりと深く肯いて、「お願いします」ときっぱりと云った。

「こっちもオッケイだ、これで問題ないはず。リーバーくん早速取り掛かって、彼女の武器化は君に一任する。僕はもう一個の課題をクリアするから」
「はい」
コムイは云うなり立ち上がり、早口で指示を出しながらすれ違い様に髪をリーバーに返してそのまま「ちょっと集合!」と部屋の真ん中で人を集めて何か指示を出している。
てきぱきとした動きにミランダはまたおたおたとする。
ぽん、と肩に手を置かれ、
「すぐにでも取り掛かるぜ、心の準備はいいか?」
真剣な眼差しが交差する。
「ええ」
先刻よりも幾らか勢いのある声で返答をする。


時計の基盤を外すための解体作業から、取り出した基盤の変わりのものをはめこみ、置時計がミランダ不在の間にも時を刻めるようにと、自動のものにする工程は、さながら手術だった。
ミランダはずっと時計のどこかしかに手を触れて、慰めるように励ますように労わるように、勇気を貰うようにじっと側に居て作業を見守っている。

取り出した基盤は美しい漆黒だった。
「レコードみたいだな」
慎重に、丁寧に、作業を一工程ずつ素早くこなして、ようやく時計が動き出したのを確認した後に、ミランダの手に預けていた基盤を見てリーバーは汗拭いながら口にした。
額に巻いていたタオルを取ってごしごしと顔を拭う。
「・・・レコード、ですか」
「ああ、時間のレコードだな」
横に置いておいたコーラを氷ごと流し込んでリーバーは笑んだ。
それを見てから大切に両手で持っている基盤に目を落とす。
「・・・タイム・・・レコード・・・」
愛しげに呟くミランダを見てまた小さく口角を上げる。
「そだな。よっし、じゃ次だ次!」
「あっ・・・はい!」




「はい」
2人で、といってもミランダは作業自体は手伝えないので実質、非常に神経を使う作業を一人でこなし、それにずっと付き添い見守り続けていた2人がゾンビの様になって科学班の大部屋に戻ってきた途端に、これもまた一様にゾンビのような姿に満面の笑みを浮べた科学班のメンバーとコムイがニコニコとトランクを差し出す。
「はい?」
2人の声が重なる。
「最新の団服」
こちらも大勢にハモられて、しかも語尾にはハートがついているかのようだ。けれど、
「アレンくんが左腕を破壊された」
継がれた言葉は余りにも2人を打ちのめすものだった。
「・・・っつ!!?」
「生死は!」
悲鳴を押し殺すかのように両手で口を塞いだミランダの後にリーバーが単語だけをまくしたてる。
「・・・・・・」
「室長!!」
黙り込んだコムイにリーバーが怒鳴る。
その後にそれがお門違いな事を悟って声のトーンを落とした。
「左腕・・・つまりイノセンスを破壊されたという事ですね」
「そうだ」
ミランダの手のみならず全身がガクガクと震えだす。
見開いた目が、血の気の失せた顔が、同じく骨の様に真っ白になってしまった細い指先の震えで隠れる。
「アレンくんはアジア支部に収容済みだ」
淡々と告げるコムイ自身も、他のメンバーも決してこんなことは云いたくないというのは嫌というほど解る。
「くそ・・・っつ!!」
誰ともなしにリーバーは呻いて拳を握り締めた。
ふと気が付くと、隣に立っているミランダの震えが止まっている。
長身の目線から見下ろすと、毅然と顔は上げたままだ。
「新しい、団服を、トランクにまで入れて私に見せるということは、アジアに行けばいいということですね」
云うなり唇を噛み締める。
コムイの張り詰めた表情がほんの少しだけ緩んだ。
「そう、そっちの準備は大丈夫?」
「あ・・・」
リーバーが応える前に「大丈夫です、すぐに向かいます」
毅然とした声が響いた。
「・・・リーバーさんが、頑張ってくれました。ヘブラスカにも適合を確認してきました、刻盤は発動可能です」
リーバーが勢いよく振り向く。
「・・・タイムレコードか、いい名前だね、2人ともお疲れ様。じゃあミランダさんはコレ着て、出発の仕度してまた戻って来て、一旦解散!」
ミランダは団服を受け取ると、リーバーに微笑みかけた。
崩れそうな微笑ではあった、
「アレンくんは、大丈夫。私、アジアでそれを確認してきます、リーバーさん・・・ありがとう。本当に」
もう一度笑顔を作ったときに堪え切れなった涙が一筋頬を伝って落ちた。
それもすぐにリーバーの横を通り過ぎたため、一瞬しか見えなかった。
駆けて行く音がする。


やれるだけのことはやった、彼女は大丈夫だ。
頼む、アレンを、皆を・・・!


リーバーも班の仕度に勢いよく駆けつける。




「じゃあ、行ってきます」
バイクスーツのような、これまでのばさばさした外套風の団服とは大違いの、ボディラインの出る服にミランダは落ち着かない風ではあったが、即座に刻盤用に改良された(これも製作者であるリーバーの指示によるものだった)団服は、ミランダをエクソシストとして包んだ。
「これ、頼んだよ」
大きなトランクを手渡す。最新型のものはとても軽く、片手でそれは持つことが出来た。

「少しでもキミ達を、守ってくれるように」

翳りを浮べた表情は、「兄」のものだった。
「・・・はい」
ぎゅっと持ち手を握り締める。

「あんた、クロノスみたいなもんだ」
「私は時間を一定吸い取れるだけです、飲み込むなんて出来ないです」
真面目くさった応えに、はは、とリーバーが笑った。
「そうだな、頑張ろうな、時計のエクソシスト」
「ええ、ええ・・・!頑張りましょう」


見送るだけだった、今は初めて見送られる立場となって、しかもそれは惨事の戦場。
出だしからついてない任務だった。
(私にはお似合いね・・・アレンくん・・・皆、どうか無事で)
俯いて胸元で硬くトランクを抱え込んだ。

大きく掲げられ振られたリーバーの長い手は、時間を運ぶ翼のようだった。
「行ってきます!」
もう一度大きな声でミランダは告げた。








END

団服、ミランダさんには興奮しましたが、ラビは前のほうが可愛い〜。
にしても、あれ、神田どうなるんでしょうね・・・滅茶苦茶似合わなそうよ・・・!?爆笑。
そこは作者さんの事ですから、きっとそれぞれに似合いの仕立てにしてあるのでしょう。アレイスターの団服はぴちっとしててもマント仕様だったし。
リナリーのはどんなかな〜。
ああ・・・しかしラビ・・・可愛かったのに・・・なんだかますます天化に・・・(藤崎竜『封神演義』)腹が出てないのが幸いか。笑。
しかし長い捏造をしました。
ふははははは・・・!いよいよリーミラが固定してきてしまったよ・・・!
完全に刻盤は二人の愛の共同作業状態に・・・!苦笑。
発案・製作者リーバー、名付け親も彼。笑。

しかし前半部はギャグまじりで、後半がシリアス・・・最初は書きにくいと思っていたDグレですが、作者さんのテイストに慣れると楽だと解りました。

さ、次は銀魂だ!!
あああでも市丸乱菊市丸も書きたい・・・てっか読みたい。


2005年08月22日(月) 雪の女王 (BATTLE ROYALE 川田三村)

今年は、雪が多いのだという。
川田はこの土地が地元でない為「例年」なんて知らない。
ただ、今夜も細かな雪が絶え間なく音も無く降る、続いている。
白い。
ーーは雪が降っているのが嫌いだった。
「雪自体は好きなのよ?でも、なんだか雪が降るのはどうしようもなくて、どうしようもないから、−−−−なるの」
短い髪に落ちた雪を払う為、に川田は頭を軽く振った。
以前こうしたら「そんな風にフリハラウ、なんて、案外かわいらしいな」と云われた。でもからかう口調とは裏腹に三村の顔は笑ってはいなかった。

積もる
降る
落ちる
風に流されしかし隙間を作らずに
変幻自在に侵食しやがて消える
儚く?

足早に商店街を抜け、黒い水面がどろりと流れ行く河を通り過ぎる。橋の上では刺すような風が雪を纏って吹きつけてくる。思わず顔を顰めて河原に目をやると、細い影が見えた。
河原に佇んでいる。
微動だにしないそれは枯れ木のようだったが、雪の照り返しでほの白くうつる顔は、確かに見慣れたものだった。

三村がおかしな行動をとることはいつものことだ。
気遣いを求めているわけでも、感傷に浸っているわけでもなく、三村は真剣にその行動を選択している。
ただ、存在している。
ただ、三村の空洞が存在している。

積もったばかりの雪を踏みしめて河原に下りていく。近付いてみて思わず瞠目した。
足首まで雪が覆っている。一体どれだけここにこうしていたのだろう。
三村の横に立って煙草に火をつけた。
こちらを見もしない。水の流れをぼんやりと見ているだけで。
「水には雪が積もらないな」
ぼそりと呟いた三村の声は声帯まで冷え切っている。
「物理の予習か?それとも雪見と洒落込んでいるのか?」
目を凝らしても黒い水面と紺色の空と、降りしきる雪しか見えない。水面に雪が落ちては消え、落ちては消え続ける。その繰り返し。
三村の見ているものなんてわからない。

「積もるなら全てに積もって、何もかも覆ってしまえばいいと思わないか?」
「何もかも覆っても、そのうち溶けてしまうぜ」
「・・・お前がそう云うとはね、・・・強がりでは、ないか」
「強がりも何も本当のことだからな」
「そうなったらいいと思ったことは?」
「無理なことは考えても仕方ないだろう」
「やっぱり強がってるんじゃないのか」
「・・・・・・・・・・・・」
「溶けなければいい。こんな風に降るんだったら」
「雪の女王の帰りを待ってるのか?どうしても出ない答えを教えてもらいたくて」
「帰ってこないよ。最後のかけらも見つからない」
「諦めてるのか?」
「無理なことは考えても仕方ない、んだろう」
ぽとりと煙草を雪の上に落とす。もう6本も吸っていたらしい。
冬場はあまり屋外で煙草を吸いたくない、末端の冷えが殊更で。

平然と雪から生えている三村を無理矢理に引っこ抜いた。積もった雪を払ってやっても、後から降る雪にキリがない。払ったそばからまた積もってくる。
三村にも、川田にも。
どうしようもない。


「どうしようもなくて、
           どうしようもないから、さびしくなるの」





「三村。さびしいか?」
「どうして」
向かい合ったまま、まだ顔は水面を向いている。
「俺はさびしい」
ようやく向き直った。

強い目は、闇を見続けていたのに、いつも通りの茶色だった。
この目の中に鏡の欠片が入り込んでいるのだろう。

「雪で覆っても、無くなる訳じゃない」
「きれい事もいえるんだな」
「かわいらしいとこも、あるからな」


三村が少し笑った。

雪は降り続ける。



けれど少し笑った。

雪は静かに、止まないけれど。






END

2001年の、高校生の頃の文章です。
この位のときは毎日バトロワSS書いていて・・・んでメイン活動のNARUTOの絵を描いたりSS書いたりしてたんですよねえ。
拙い文章に悶絶しつつ、敢えて手直しをせずにここにあげるのは、たまたま今日コンビニで漫画バトロワの最終巻を立ち読みしたからです。
後、その時の作品は全て抹消されていて、あんなにも毎日三村受けや光子や貴子を書いていたのに何も残っていないので、その後悔も含めて。

漫画のバトロワは光子と貴子の遣り取りを省いた時点で読む気が失せ、三村の死も銀迦ちゃんから「死んだよ」「・・・そう・・・」と聞かされていただけなのを、今年読みました。グレイトな死にっぷりでした。


雪の女王のカイくんは、割れた鏡の欠片が目に入って、心が凍ってしまって雪の女王の下で解けない、最後の欠片が見つからないパズルをしているんですよね、確か。
うろ覚えの記憶で、川田慶子、叔父三村を前提に川三を書いたのでした。
三村の「雪の女王」である、叔父さんは帰ってなんて来ない。
大きな城に一人凍りつきながら解けないパズルを黙々とやっている。
そんな三村が書きたかったのですが、当時も云われていたのですが、私の書く川田はつくづく三村に甘いようです。

ぱのらまさん
よもやのリボーンにお言葉有難うございました。
設定を把握していないなりに、マイナー路線まっしぐらだという自覚だけはありまして。お得意の自家発電です。
獄寺はものは考えているのだけど、人の心を抉る事を云いそうだよな・・・とまさに思いながら書いていました。笑。
その点、山本の方が口にしないことが多そうで気になる子です。
山本受けもちらと書きたいのですが、コミックスを買う気にならないのが難点で、さらに難点なのが皆受けキャラだということでした・・・。


BGM:倉橋ヨエコ『婦人用』


2005年08月18日(木) 何度数を数えても (リボーン獄寺山本獄寺)


何度も指折り数えた。
自分には野球しか無い。
他に数えてみたけれど何も無い。
何度数を数えてみても。


「ただいま」
「おう、お帰り。ちょっと手伝ってくれねえか、葬式用の注文に手が回りきらねぇ」
暖簾をくぐって引き戸を開けるなり、顔も上げずに父親がまくしたてる。
「いいよ、着替えて来る」
体を動かすのは好きだ。
思うように動くときのえもいわれぬ快感は他の何にも代えがたい。
だからこそ自分は、ままならない腕に、肩に、歯痒い思いをした。
山本の歩いた後にびしゃびしゃと水が落ちていることに父親は気が付かなかった。
風呂場に直行して、戸を閉めると山本はうずくまる。
顔を覆った掌は柔らかくなってしまっていた。
それが酷く自分を傷ませた。


先ほどまで綱吉たちといつものように莫迦騒ぎをしていた、帰り道で獄寺と通りがかった公園の池には月がうつる。
揺れては輪郭が壊れた。
元に戻ってもまた壊れた。
(何をしてるんだろうな)
そうした実感は時折山本を襲った。
(野球もしないで、何をしているんだろうな)
足を止めて水の月に見入る。獄寺の吸う煙草の煙が目の前を掠める、少し目に染みて涙が滲む。
「どうしたよ」
数歩先まで歩いてしまっていた獄寺が振り返る。

云えない。

心がぎしぎしと軋む時があるなどと。
云ってもどうにもならない。
自分というものがどんどんと錆付いていくような気がすると、云ったところで誰が解るだろう。
誰も彼も周りは皆、何かに夢中で迷う事もなくがむしゃらに、そういっそ馬鹿馬鹿しいほどに迷わずに動いているのだ。山本もそうして野球だけ考えてきた。
野球しか無い自分が、こうして時間を使うことに、無性に焦燥感に駆られるのだ、錆びていく自分、一人だけ錆びていく。
「お前、は、いいよな」
池の淵に立ち止まったまま、へにゃりと笑った顔は、確実にいつもと違うものになってしまったという自覚があった。
お前は何でいつもそんなヘラヘラヘラヘラしてやがるんだ!と、いつも眉間にしわを寄せて怒ってばかりいる獄寺によく云われる。
案の定
「・・・笑い方、気持ち悪りーぞ・・・?」
咥え煙草を指に挟んで呟いた。
(ああ、やっぱり)
また山本は力なく笑った。
笑い顔を作った、と云う方が正しいかも知れなかった。
微笑を何度作っただろう、何度誤魔化しただろう。
仏頂面に不審の色を浮べて立っている獄寺は真っ直ぐに立っていて。
真っ直ぐに、立っていて。
ぐらりと傾いで低い柵を滑るように、吸い込まれるように池に落ちる瞬間に、驚愕の表情をしてもそれでも真っ直ぐだった。
自分の目線が傾げば傾くかと思った。

「おい!!」

絶叫が聴こえた。
けれどその瞬間に大きな水音にそれは消えた。
思ったよりも池は深く、脱力した山本をすっかり沈めてしまう。
水面の内から見える歪んだ世界は、まるでいつもの違和感とよく似ていた。
そう、こんな風に、息苦しくて。
よく見えなくなる。
歪んでぼやけて滲んで揺れて。
重く重く重く自分は動けないまま沈んでいく。
水の中に住むことが出来たなら、水の中で息が出来たなら、それなら今のままでも遣り過ごせると思ったけれど。

結局、それは出来ないし苦しくなってしまう。


力強い腕が無理矢理に引き上げる。
「おまっ・・・!何考えてんだ!莫迦かよ!」
山本よりも背の低い獄寺は腰の上まで水に浸りながら、それでも片手で負荷をものともせず引き摺り上げた。

力強い腕。
迷わない腕。

錆付かない、軋まない、迷わない沈まない溺れない苦しくならない、ああ真っ青な空に白い雲の下で真っ黒に日焼けして汗をかいて、それだけで土の匂い。死んだ振りをして待っていたって何も変わらない。
早く自分が自分を治さなければ。

ばしゃり。
立ち上がって「わり、滑っちまった」、今度は巧く笑った自信があった。
何か云い掛けて口を噤んだ、手を離して「莫迦じゃねえの」と云い捨てて背を向ける。

傷付かずに生きていけるなら、その方がいいに決まってる。
でも無理だろう。
体も心も傷付くんだ。
水に飛び込んだ所為で煙草もダイナマイトも駄目になってしまったらしい。
放り投げた煙草はまだ煙を立ち上らせている、それを拾うと塗れた手をごしごしと制服のズボンで拭いてまた咥える。
「早く上がって来いよ、野球莫迦」
陸地から見下げて云うなり、目を丸くして笑った。
「何」
指差す。
自分の胸元を見る、水に浮かんだ月が山本の胸から半円を描いている。
「円盤星人だ」
旨そうに煙を吐いて云った。
「何だよソレ」
苦笑して手を柵にかける、獄寺がそれを掴んで引っ張りあげた。
勢いあまって体がぶつかる。
獄寺の体温は高い、少しだけ高い。
腕を掴んで、体を正面からくっつけたまま「野球莫迦は野球してりゃいいんだよ」と云う声が体に響く。

出来ればこんな思いはしていない。
云い掛けて云えない。
故障が完治していない自分を監督はマウンドに立たせない。
それは山本がそれだけ期待されている選手であるからではあると理解していた、よく理解していた。
部に顔を出しても気を遣う皆の顔は水の中よりも息苦しい。
だったら誰かと莫迦騒ぎしている方が気が紛れた。
「野球、してえよ」
そう云うのが精一杯だった。
「早く治せよ、スランプだか故障だかしらねぇけどよ」
優しさが尚自分を錆付かせる。
額を獄寺の肩に置くと、灰色がかった髪が目の前に見える。


何度数を数えてみても。
何度練習にまともに参加できる日を数えてみても、まだ自分は使い物にならない。
何度虚しくなってそれを数えてみても、何処にもいけない。


「水の中で息が出来るようになりてーなあ・・・」

「本当に莫迦なんだな、野球莫迦」










END

青春風味で。青春ド直球で。
リボーンはまともに読んでいませんし、よく覚えても居ません。
山本がただ好きで、彼が受けに思えて仕方が無いので書いてみました。
リボーンは受けしか居ないので大変です。

で、山本って野球部復帰してるの?ツナたちと遊んでばっかりいるけど大丈夫なの?!バットは振ってるし体は動かしているのでスランプは脱したの?そもそも山本ってスランプだっけ故障だっけ?
色々全てが解らないまま書いてみたら、受け同士なりに楽しいのでした。

ずっと忙しいやらで家でじっくり小説がかけなくてですね、大変歯痒く、もっとも携帯から書けたとしても私の携帯電話のメール送信文字数はとても少ないので意味が無いのでした・・・。
萌えもくたびれているとイマイチふるいませぬ。
豊かな萌えトークで萌えたぎりたいものです。

拍手でミランダさんのことを書いてくださったあなた様!
来週が楽しみでなりません、「時計の女」って煽りがまた大興奮です。
彼女の成長と能力に合わせてまた妄想したいと思っております!!
ありがとうございます!!絶対書きますね!ええ!
誰とどのように絡められるか、ミランダさんは人との間で成長していくと思うので、それらを考えつつわくわくしております!嬉しかったです、感謝でございます。

私のおおふりが好きだと仰ってくださったあなた様!
ありがとうございます!ワンパターンに陥りがちな私の阿部受けですが、もっと抉りこむように妄想を深めてさらにえげつない(・・・)阿部受け(主にハルアベ)を産みたいと思っております!ありがとうございます!!

天野月子がお好きだと仰ってくださったあなた様!
どの作品がお気にめしたかお教えいただければ幸いです!私もいつか『カメリア』で近←土を書きたいと思っていたもので、物凄く嬉しかったです!
ベースはやはり近←土なので、そちらも混戦模様の土方受けの中でしっかり打ち出したいと思っています。やはり原点回帰で大事にネタとして取っておいた(苦笑)『カメリア』で行こうかしら!なんて思わせていただきました。ありがとうございます!

取り急ぎ。
お久しぶりの銀鉄火でした。
今回また初物ジャンルなので、上記メッセージを下さった方がお読みになられるかが心配でございます・・・。でも本当に励みになります。
好みのジャンル、気に入って頂けた作品、お好きなカップリング、クレーム、などなど何でもお伝え頂けたら燃料にさせていただく事間違いなしです。苦笑。

BGM:矢野絢子『水の月』にインスパイア。





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