銀の鎧細工通信
目次


2005年05月22日(日) 悪夢症2 (沖土、内容は続いていません)

土方が眠れないでいると、いつも姿をあらわすのは沖田だった。

「眠れない」と云って部屋に押しかけてくることも頻繁で、
「嫌な夢をみた」と云っては土方の布団にもぐりこんで
眠りもしないまま居座り続ける。
土方自身も眠りは浅い方で、取り分け他人の気配には敏感な方だ。
しかしうつらうつらとしてくる中で、沖田がガラス球のような目を
ぱっちり開けたままでいるのは酷く奇異で、眠る気も無いのか、と
思いながら土方がことりと眠りに吸い込まれるのだった。


暗くて音もしない世界で眼は開けたまま何も見えない聴こえない。
感覚も無い、抜け落ちる全ての実感。
塞がれた世界。沈み込んで落ち込んでゆく世界。

皆が寝静まる夜に、抗っても限界になって襲われる睡魔を
沖田は憎悪していた。
(眠りたくないのか?総悟)

(目を開けて見ている方がマシなのか?)

(昼間には莫迦みたいに眠り続けるくせに)

(人のいないところで、人が眠っている時に、眠るのが嫌なのか?)

嫌な仕事の後や疲れが溜まっている時に毎回悪夢で目が覚めることもある、
そんな時は眠らない方が余程マシだと思うが、結局は
「眠ィ・・・」と執務室で煙草を吸い続けて働く羽目になれば睡眠への
欲求はたまらなく甘美なものだ。

眠っている間は忘れられることだって、いろいろとある。

そんな時には沖田の態度は理解不可能なものだ。
何故にそんなにも夜の眠りを忌避するのか、
何故そんなにも夜に眠りに身を任すことを嫌がるのか、
昼間との態度の裏腹さに眠りたいのか、
それとも眠りたくないのか、さっぱり解らない。



土方が厠へと起きて行き、洗面台の処に行くと煌々と其処だけが
白々しいほどに蛍光灯で照らし出され、使い込まれたアルミの洗面台が
鈍い鏡の様に沖田を写していた。
骨の様に白い顔に背筋が冷えた。
虚ろな表情には生気が微塵も無く、ガラス球の目も焦点が定まっていない。
病んだ意識を浮き彫りにするしゃれこうべ。
それが首の上に乗っかっているようだ。
「総悟・・・」

呼ぶ前から沖田は土方のほうを見ていた、けれど土方を見てはいなかった。

そっと近付けば、目の前のグラスに半分ほどの水と、
半分ほど錠剤の無くなった薬のシート。
「眠り薬でさ」
呂律の回らない舌で無理矢理に声を押し出す。
云っているそばからぐらりと時折大きく傾ぐ。
「部屋までつれてってやるから、ほら来い」
二の腕を掴む。
沖田の体は脱力しかけており、無理矢理立っている事だけに全身の力を
かけていた。半ば引き摺るようにしてやらないと足も動かない。

引き摺られながらぼそぼそと呟く、呼吸を洩らすように小さく力無く。

「無理矢理脳が眠らされる所為かね、頭の中がぼわぼわするんでさ」


「・・・ぐらぐらする」

「二日酔いみたいな感じか」
土方は笑ってやる事も出来ないで答える、顔すら見られない。

「外からの音が響くってのとは違うんでさあ・・・
頭ん中だけでぐわんぐわん響いて、心臓の音とか血が流れる音が
耳障りでしてねェ」
凶悪なまでに苛立ちを顕しているのに声は静かだった。

しまった。
見てしまった。

土方が動揺と恐怖を隠すために心の中で舌打ちをする。
ガラスに映った沖田の表情は神経質に歪み、細めた目に
深くよせられた眉、しかめ面などという類ではない。
感情が全く無いにも関わらず、負の気配だけが満ちた「顔」という入れ物。
「ふ・・・ふふ、何か喋ってくだせェよ、土方さん・・・
靄がかかっちまって何もわからねえ」

土方の動揺を見透かして沖田は音だけで笑う。
なんて愉しそうに。

不快感と気持ちの悪さで土方の脈拍が速くなる。

「総悟、お前夜に眠れないのなんでだ」

「ああ、つまらねェ事訊きやがるぜィ」

「お前昼には寝てるじゃねえか」

沖田は答えない。
恐る恐る表情を窺っても前髪に隠れて見えない、完全に俯いて
外界を遮断している。
今、沖田が感じているのは土方の体だけだ。

舌打ちを大きくして、掴んでいた二の腕を引き寄せる、
その手を肩にかけ、身を寄せる。
影が重なる、沖田はまた陰鬱な笑い方をした。

うすらぼんやりとした月明かりだけが縁側に面した廊下で影を作る、
(隠れるな)
土方は焦燥感にかられながらそれだけ願った。
今、月明かりも無く真っ暗になったら、駄目だ。
理由のよく解らない不安だった。
(こいつの部屋に着くまでは暗くなるな)
唇を噛み締めて土方は顔を上げた。




「おら、着いたぞ。さっさと布団に入れ、寝ろ」
過敏なのにゲルのようにどろりと実体の無い、溶け出してずるずると
腐り落ちそうな沖田を気遣ってそっと体を布団の上に下ろしてやる。

その時、胸倉を掴まれて引き倒される。
沖田の体は完全に重力にしたがっているので、その重みをかけられると
身動きが取れない。
そのまま沖田の手が土方の首にかかる。
的確に首を押さえられ、直に息が出来なくなった。


「・・・っ・・・そ・・・ぉごっ」

引き剥がそうとしても力が強すぎてどうにも出来ない。
沖田の表情が見えない。影になって見えない。

「俺はそのうち目をさまさなくなりやすぜィ」


ふるふると重たげな動作でかかった髪を払ったので、
沖田の顔がやっと見えた。

「今だって眩暈でもうよく見えないんでさ」

目だけが笑っていないいつものにっこりで
はっきりと云った。












「だからあんたを連れてく」


















END
友人とカラオケに行った際に彼女が歌ったプラスティック・ツリー(すいませんスペルに自信が無かったので)の『睡眠薬』をモチーフに。
聴きながら「うん、これは沖土だね」などと私は興奮し、彼女は逆で興奮しました。面白い・・・。

結構「土方眠れない」話は書きましたが、その一方で「沖田夜に寝ない」と
いう印象がありまして、そういう事もちらほら匂わせて書いているんですね、私どうも。
なので「眠らない沖田」話をひとつ。ままおひとつ。

本当に曲そのままです。






2005年05月17日(火) ZOMBIE (BLEACH 市丸松本市丸)

『反膜』がギロチンの刃の様にあたしとあんたを隔てる瞬間に、
あんたは自分であたしの手を振り払った。
あたしの手が弾かれる直前に、あんたは自分から手を離した。
離れる最後に、最後に、あたしの指先を撫でて、離れた。

「ギン・・・!」

声にならない叫びで呼んだ。
あんた、何がしたいの、何処に行きたいの、其処にあるの、
行く先は、そんな処なの・・・!?
謝ったって何の意味も無いじゃない、あんたはいつも履き違えてる。
もうちょっと捕まってても良かったって、本当にそう思ったのなら、
本当にそう思うのなら、此処にいなさいよ。
此処に、居なさいよ。
此処に、居ればいいじゃないのよ。



触れるところは全部触りつくした。
何年もずっと側に居た多くのものを共有した、感じるものは違っても、
とても多くの、沢山の、出来事や景色や天気や食べ物や互いの声を、
感情を、身体を、全ての生の質感を、その存在を共にした。

隊が離れてからは、見る度に遠く思えた、
あの髪も頬も顎も指も耳も口も鼻も額も肩甲骨も胸も肩も腕も掌も
膝も腰も脇腹も脛も腿も鎖骨も首筋も足の甲も、
全部よく知っているのに、全部触っていたのに、
それは全部夢だったように思えた。
あやふやで不確かなものに思えた。
夢で、幻で、気のせいで、何かの間違いで、
でも、心には何か暖かいものを失くした感覚だけは鮮明。
失ってもう戻らなくてもう触れなくて遠い処に去ってしまった、
そう感じる意識だけはあった。それは違和感に他ならなかった。
知っていたはずなのに実感がないのよ。
あんなに触れ合っていたのに、嘘みたいなのよそのことが。


触れるところは全て触りつくしたあんたの身体。
共に過ごした日々と経験。

あれは本当だったの?本当だったはずなのに、あたしは思い出せない。
絶対忘れると思っていた、
忘れたくなくても忘れるに違いないと解っていた。
印象だけで、具体的な記憶はどんどん失われていく。
ふと思い出し頭をよぎる思い出も、無声映画のようで。
確かなのに、とても大切で確かなものだったはずなのに、
ねえギン、あたしは留めて置けないのよ。
あんなに馴染んでいたあんたの声も、
「ご免な」
嘘みたいに実感が無くて、聴き慣れないものの様だった。
それでも大切な何かなのよ、今のあたしを造る大切な何かだったの。
それは間違いが無いの。

なのに、ねえ。

抜け落ちていく記憶、思い出せなくなりつつある触感、
喪失感だけ感じられる。
轟音の中で出会いの記憶がよぎる。


霊力のある魂は腹をすかし、生きている人間の様に摂取して成長する。
あたしは霊力とやらがあるらしかった、いつも飢えていて、
食べるためになら時折身体を明け渡した、股を開いた。
空腹で倒れても犯されるんだから同じ事。

そう、まさに空腹で倒れているところを襲われて、体液まみれで
股を伝う生温い精液が気持ち悪くて、でももう動けない。
このまま消えれれば楽になると思ったのに、あたしに手を差し出したのは
あんた。
その手はただの気まぐれのようでもあったし、
その割に、その癖に、互いに意味を与え合うような関わりを求めてもいた
あんた。
あたしの誕生日を決めて、
「丁度9月や、菊の季節なんやしぴったりやんなぁ、乱菊」
そう云って笑った。
無関心を装って、行き先を告げずに消えて、もう戻ってこないのかと
思った頃に帰ってくる関係。
場当たり的で、たまたま互いが其処に居るからというだけで会話し、
一緒に食物を調達し、身を守り、身体も交えた。
獣の最小単位の群れのようなあたしたち。
つがいと呼ぶには不確か過ぎた関係、
なのに存在だけはあまりにも確かだった。


もう触れられない処に居ることで、不確かさを思い知らされる。
でも、触れていたのは、心身を交えていたのは事実だった。
握った手の温度と肌の質感を思い出す、それが首筋に刃を当てているような
状況だとしても。
狐面が笑っているようなポーカーフェイスも、
昔はもっとマトモだったわね、感情の機微があった。生きた匂いがした。

いつからか隔たってしまった。
いつからか離れてしまった。
遠い距離、見えないあんたの意図。
昔から変な奴ではあったわよ、何考えてるんだか解らなくて、
でも本当でも嘘でもどうでも良かったの、あの頃のあたしたちには
それしか無かったんだから。



初めて云ったわね、「さいなら」って。
一度もそんな風に云って何処かへ行った事は無かった。
最後なんだっていう意味なんでしょう。
もうこれが最後だって。
莫迦じゃないの何が「ご免な」よ。
最後の最後に謝ったってあたしが許すかどうかの答えが聞けないじゃない。
自分勝手で莫迦なギン。
謝ってみただけなんでしょ、
あたしが何を云ったってあんたは行くんでしょう。
それでも「さいなら」と云って名前を呼んで、「ご免な」って
云い残さずにはいられなかったんでしょう。
びっくりする位莫迦だわ。
あんたの自己満足なんて知らないわよ。


ねえ、触りつくしたあんたの身体、共有した沢山の時間。
あれは何だったのかしらね。
何でも無くって、何かはあった。
不確かで脆い関係性、信用できない薄情な記憶、
それでもこの胸の寒々とした空白は何かしらね。



確かに生きていたものが、今実感できない。
ゾンビなのはあんたなのかあたしなのか、それとも両方なのか。


こんな風にして終わるものだったの?ねえ。



ギン、あんたの向かうところがどんなところなのかなんて
知らないわ、興味も無いわ。
でも、あんたは、帰ってこないつもりでも、絶対に帰ってくる破目になる。
直らないクセに対してあたしがどう答えるのか、聞いていないから。
ゾンビでいいから。
不確かでいいから。
夢でいいから。
嘘でいいから。
幻でいいから。
不確かであやふやで、忘れ去っていくものでいいから、
気まぐれでいいから、その場しのぎでいいから、場当たりの出たとこ勝負で
いいから、だってどうしようもないじゃない。


手の届くところは触りつくした、
あたしの手の届かないところであんたは生きている。
遠くなっていく暖かい記憶、
あたしだけ取り残されているの?


閉じた空、あんたの自己満足なんて、認めないわ、許さないわ。









END

BGMとタイトルはクランベリーズ。
触れるところは触りつくした、沢山のものを共有した、なのに今それは
夢だったのだと、錯覚なのだと、横顔を見ながら思ってしまうほどに
感じる其れは距離感なのか。だからこそ胸の空洞は、喪失感ばかりが
ひしひしと実感される、そして記憶だけは曖昧になっていく、
というのは私の感じている事です。

自分の思いを二次創作で託すのはずるいし卑怯だと思いながらも、
私は勝手に乱菊さんに自己投影し共感し、こんなものが生まれました。

実は、銀土よりも何よりも、最近ずっと(この二人が幼馴染だと発覚して
から)読みたいのはこのカップリングです。
市丸乱菊市丸、とエリアーデクロウリーエリアーデはもう、すんごい
比重と需要です、私の中で。笑。


うーん、失恋って難しい。慣れないなあ。半年以上たつのになあ。
これ、未練なのか。なまじっか近くで顔をあわせるからこんな風に
思うのかな・・・。
私はmixiで日頃遊んでいるのですが、そっちでは人間関係が近いため、
書けない思いをこちらで解放しました。
解放する以上は創作と妄想を織り交ぜて。



2005年05月14日(土) 烙印 (山土)


土方が倒れこむのが早いか、
土方が錆び付くのが早いか、
どちらにしても報われない。
土方の想いも、他の者の想いも。



山崎の考えている事が解らない、否、解らない振りをしている。
振りだけしているので、察しのいい当人は見切っているのだろう。

元々補佐の立場である「副長」に、事務仕事など細かな作業を苦手とする
「局長」、そうなると土方は事務仕事に長け、情報収集とその処理能力、
それらの実務能力を持った人間を見側に置くのが必要となる。
戦闘職種は沖田にでも任せておけばいい。
真撰組として幕府に召抱えられてからというもの、山崎は土方の片腕
だった、無くてはならない存在だった。
宴が催されているときでも土方と茶をすするのは山崎で、
そこに絡むのが近藤と沖田だ。
歳こそ若いが、世渡り上手で土方と違って要領もいい、自分には
立場的にも性格的にもこなせない仕事を俊敏にこなす山崎は頼もしい
存在だった。
だからこそ、剣術も教え(土方は人にものを教えるのが苦手だ、したくとも
出来ないのだ)実戦の場でも行動できるよう、大事に育て上げた部下だ。

付き合いの長さこそ、近藤や沖田には到底及ばないが、時間の共有では
無く、実戦と実務を共にして育んだ関係性はそれなりに強固で、安心の
できるもの。
その山崎が肝心な事、そう、最終的に、何よりも土方が云われたくない事
だけはこの上なく汲み付くして避けながらも、苦しげにもどかしげに
もてあました感情をぶつけ出したのは最近だ。
相変らず仕事は手際よく、かつ丁寧だった。
買出しにおさんどん、掃除までまめまめしく行う。
不安定な感情を沖田の様にそのままでぶつけてくることもない。
不安定な其れを、ちらと見せてから、しまったという顔で先に引っ込めて
治め諌めるのは山崎の方だ、いつもいつも。

土方に云いたくない事を云わせない様に先に口を開き、
土方が認めがたい事は断定しないで質問の形で問うてくる。

(何でそんなに、俺の事を大事にしやがるんだ)


胸のつかえる苦しさに、土方は煙草のフィルターをぎりりと噛み締めた。

山崎が云いたい事を云わないのは、あくまでも土方を思ってのことだった、
ただ土方のためを思って自分の本心を云わない。


(何でそこまでするんだ、俺なんかのために・・・!)


土方が、近藤への想いのために倒れないようにと足掻いている無様さに
比べると、山崎のそのありったけの距離のとり方は悲しくなるほどに、
苦しく、悔しく、痛いほどに優しいものだった。
いつも先回りして、周りの見えなくなっている、視野の狭くなっている
土方に肩を貸し手を差し伸べ、導いてくれさえするのは山崎だけだった。

その山崎が初めて自分の唇に触れたときに、少し震えていたのを思い出す。
酒宴の席で沖田が「山崎は土方さんに甘すぎるんでさァ」と云った時に
苦笑したその笑みを思い出す。
(そういえばそん時に、総悟の奴が酔った近藤さんに「昔から好きな子を
苛める」とかからかわれて凍り付いてたなァ・・・)


勿論、優しく鋭いが故に、時に其れは身を切るような刃にもなった。
優しいが故に残酷にならざるを得ない、そんな山崎の姿を見た、
そんな風にしたのは、

(俺なのか)

「それでいいのか」と山崎は問うた、「今のままでいいのか」と。
そしてそんな土方を見ていると「苛々する」とも。

そもそもが喧嘩腰で、ぬありくらりと身をかわす銀時との関係は
楽なものだった。
その銀時に「影響されている」と釘を刺したのも山崎だった。
振り回されながらも、最後には突き放せない沖田への可愛がり方にも
山崎は「だからつけこまれる」と云う。



ああ、そんなにも自分を想い、見ていながらも、

(お前が口にするのは自分の感情じゃなくて、俺への言葉だけだ、
俺に対しての、俺のことを考えてのことだけだ)


疲れ果て、時折真っ直ぐに立つことすら叶わなくなるほどに思い詰める
土方を側で支え、それを見ている山崎。
他の者に云われれば「大きな世話だ」で済むような事が、
山崎に云われると、とても重い。


土方が、近藤に何も伝えないのは本人がとうに諦めきって割り切って、
それでも抱えているものに翻弄されている事だ。
それは、土方自身にもどうしようもないことで。
だからこそ、山崎の優しさや、想いをかけてくれることは
あまりにも申し訳ない事でもあったし、土方も惨めだった。苦しい。
坂本から知らされた、近藤と高杉の交友にも山崎は気が付いている、
それでも誰にも何も云わない。山崎自身の思いは誰にも云わない。
云えば、近藤は咎められる、土方は更に苦しむことになる。
愛して止まない、焦がれてどうしようもない人間を、どうして裁ける?
そんな事にならないように山崎は黙っているのだ。

(・・・莫迦野郎・・・!)

山崎へと心の中で吐いた言葉は、結局土方自身に突き刺さる。

何でそこまで、とどうしようもない、の苦々しい感情が
ふと自分の近藤への想いと重なる。

(・・・あ?)





山崎、お前は俺よりも器用だから、そんな風にとことんまで優しく
残酷にあれる。
でも、そこにある感情は、もしかして俺の近藤さんへの想いと
同じものなのか?




土方は自室を飛び出て、事務室へと向かった。
自分でも莫迦だと思いながら廊下を走った、訊いてしまったら逆に
戻れなくなるだけだと解っていた。先にも進めないくせに。


それでも、烙印の様に刻まれた想いを抱えながらも、
振る舞いの所作に土方と山崎には大きな違いがあった。
最も土方がそう思っただけで、傍から見ればその無残で滑稽なまでの
献身と献心は大差の無いものだった。


勢いよく襖を開け放つ、息が切れて言葉をつげない土方を見て、
やはり一人で書類の整理をしている山崎は驚いて、
「やっぱり副長か、珍しいですねそんなに慌てて、何かありましたか」
と云いながら文机から立ち上がり、急須に湯を足しては「出がらしですけど
取り敢えず」と云いながら湯飲みを差し出した。

受け取って一息に飲み干す。
「やっぱり淹れなおしましょうか」
と笑う山崎に問うた。


「お前、俺のことが好きなのか」





云ってから、10代やそこらのガキじゃあるまいし、と自分の
言い草に土方は自己嫌悪した。


「そうですよ、惚れてるんです」
真顔と微笑の間で(ああ、微笑を僅かに作ったのも、絶対に俺を気遣って
のことだった、今のは)本当にあっさりと山崎は応えてから、
新しく急須に茶葉を入れ、湯を注ぐ。


「気が付いてなかったんですか?」


「はは・・・副長は、予想以上に鈍い人だったんすね」

何の気負いも滲ませないその振る舞いが、多くは山崎本来の気性による
ものであったとしても、

「惚れても無い人に、こんなにお節介やくほど暇じゃないんですよ、俺」

はい、と云って湯飲みを、土方いつも使う文机の上に置く。


山崎の性格によるものでったとしても、


「莫迦野郎・・・!」


どれだけの我慢と、身を切るような重圧に耐えてお前は笑っていられる?
俺が勝手に呻いている時に、どれだけの、どんな思いでお前は俺に
手を差し出す?

土方は一言溢すように吐き出して、くず折れた。


目の奥が熱くなる、泣くな、泣くな泣くな泣くな。ガキじゃあるめえし。


その土方に歩み寄ってかがみこみ、頭を撫でて額に口づける。
「しかも、俺、惚れても無い男にキスする趣味も無いですよ?
気が付くでしょう、普通」
声に苦笑が混じっている。

俯いて表情を見せまいとする土方に、やはり山崎は土方を思い遣っての
言葉を口にする。お互いにとって残酷な言葉であるにしても、土方の
先回りをしてやる。

「こうやって、結局ちょっかい出しちゃうんですからね、
俺なんて我慢強くも無いし、ガキですよ」


土方への揶揄ではなかった。


「・・・莫迦野郎、莫迦野郎」


「それは副長ですよ、どうしてこんな事、わざわざ俺に云わせに
来たんですか、あんなに走ってまで」


土方の髪を撫でながら「あーあ、もうどうしようかな、ほんと」
そう云った山崎の声は、軽い単語とは裏腹に、
重く重く深く深い、烙印の地鳴りのような響きをもった、
困りきった、そういう声だった。






END

BGMとタイトルはタテタカコです。
仕事行かなきゃなんで取り急ぎ!



2005年05月12日(木) 王国 (鋼:エルリック親子)


もう長いこと父親はホムンクルスだった。
長いことそうして生き続けてきた。
生命の摂理に反して、彼は王であり神であり、「父」であった。
新たなる生命体の「父」。
新たなる生命体の生みの親。
錬金術の歪みの神。



彼は自分を実験体にし、成功した。
だから生殖能力がある。
ニンゲンが素のホムンクルス。
だから生殖能力がある。

彼が自分を素にしてコンセプトごとに無から作り上げた
実験体の成功ホムンクルスたちは個体に生殖能力は無い。
それを持たない彼女・彼らは自己増殖できない一世代の生命で
あるが故に尚更創造者を無二の神として、「父」として
すがるしか無かった。
彼しか、他に誰もいなかった。
一味と見做されていてもコンセプトの異なるホムンクルス同士には
生みの親以外の共通項は無く、擬似家族の機能も果たさない。
しかもあくまで創造された擬似生命体であるため、同胞意識も薄く、
そこで出奔する者が出るのも他のホムンクルスに懐く者が出るのも、
ただ創造過程でのコンセプトに違いがあるからであり、存在意義を
「父」以外に持たない彼女・彼らの個別の、独自の生命としての
実存に大きな差異は無い。



父親はホムンクルスだった。


人間の女との間に子どもをもうけた。


個別で起こっている問題は共有されておらず、
個別の記憶も共有されておらず、
それらが結節すればあの常軌を逸した天才兄弟があの年齢にして
錬金術の稀有な才能を持っていることにも合点はゆくのである。






彼らこそホムンクルスと人間の混血児。






人間を超えた生命力と、そもそもに錬金術による影響下に
生を受けたためにその血には、肉には、骨には、全身全霊に
錬金術の(異端としての)恩寵を生まれながらにして授かっている。
死者の人体練成を、それが「他人」とはいえ歳若く行えたのも
そのことによって持っていかれた魂を呼び戻し、物に定着させる
などという異常な事態を招き寄せることが出来たのも、
彼らに流れる錬金術の基盤がなした芸当だった。
忌まわしく呪われた恩寵。
禍々しく業に満ちた恩寵。

母親の死に関しての一連の行為が無ければ、彼らはホムンクルスで
ある父親がやがて迎えに来て、その禁忌を犯した王国での大きな地位を
しめたことだろう。
父親はそうした戦力として、人間とホムンクルスの間の生命体としての
実験体として彼らを生殖したのだ。
誤算は、自分が姿を消したためにその息子たちが(失敗に備えて
二人も生殖したというのに)「母」という存在に、人間よりに
育ってしまった事だった。

この上なく人間らしく振舞う彼らこそ



人間でも



ホムンクルスでも無い





唯一の生命体という、禁忌を凌駕した実験の賜物であるにもかかわらず。
人間に育てられれば、人間の中で成長すれば、それはどの様な
生命体でもそれなりに人間らしくなるものだという実験結果を生み出した。

人間面をしようとも、異様に突出した才能に他の錬金術師たちは
少なからず畏怖を感じていた。
異常な存在だと思っていた。

アレは単なる「天才」などではない。と。

自分たちの目的のために生き、その才覚になど興味が無いために
当人たちは気付かない。自分たちこそがそもそも禁忌の上に
生まれ落ちた偉業にして異形である事に。

父親にしてみれば彼らは「神」と「人間」の子であり、
そうでない人間にしてみれば「フリークス」と「人間」の忌み子、
呪われた畏怖の子であった。


それを知る者はいない。
事実は結節しておらず、本人たちもうすうす感づいているにしても、
その様なグロテスクな存在である事は認め難いので知らない振りをする。
かつて出会った犬と人の合成生命体などではない、
生殖によって生まれた、その過程で云えば純粋な細胞レベルでの
合成、否、生殖生命体だ。


父親は王国の高み、孤高の、異端の、禁忌の、重罪の、
その王国から息子たちを見ている。
満足と手落ちを惜しみつつも、兄弟が王国の戦力になる事を、
神の子として君臨する事を焦がれて待ちながら。


錬金術の至高の王国。

そもそもが異形の実験体たちは、自らの過ちによって更に
異形と成り果てている。
それを行いえた兄の才覚を喜び、
それを行われたが故に、存在として異形の質を高めた可能性としての
弟を、足下に欲した。弟は更に新たな可能性だった。
肉体を捨て去り、ただ魂だけの存在を錬金術は練成し得るのだ。

王は笑う。
楽しくて仕方がない。
楽しみで仕方ない。


飽くなき、際限なき高みへの希求はどれだけ人間にとって
脅威であっても、あったとしても、関係のないことだった。

何処まで出来るのか、
何処まで高みへと登りつめられるのか、
何処まで練成出来得るのか、
行き着くところまで目指すのだ。
何かの才覚に特化した、より錬金術寄りの生命体であるホムンクルスと
どうとでも変幻する人間よりの生命体であるそのハーフ。
今度はそれらを練成すれば、より面白い事になる。
その実験は実に興味深い。
王は笑う。
高みから独り笑う。
孤独な笑いだった。
もう何処にも引き返せない、もう何処にも戻れない、
もう行き場など無い。
人間しかいないような世界に居場所は無い。

成功させねば。
どれだけ時間がかかっても、どれだけ失敗したとしても、
実験は成功させねばならない。



もう「父」に帰属する世界は無いのだから。
創り上げた王国以外に何処にも存在を赦されないのだから。
なら生き続けるために、実験の成功としての生命になってしまった
孤独な自分をこの世界で正当化せしめるために、王国を拡大しなければ
ならない。
この世界を作り変えなくてはならない。


さあ、可愛い可愛い「子ども」たち、
私の元で生きるが良い。



王は孤独に狂った笑顔で腕を広げる。
王は実験の成功を喜ぶ不吉な瞳で手招く。
境界を、境目を突破するのだ。



かえっておいで、「子ども」たち。
この王国に戻っておいで。
君たちに生きる場所は無いのだから、
この世界の何処にも無いのだから。


この王国以外に。










END


オウコクシリーズ最終話は既存の「オウコク」で〆。
元々この話のコンセプトはあったのですが、他にも書きたいジャンルで
色々画策しまして、本丸にようやくたどり着かせた、という感じです。

あ・・・沖土でも「オウコク」に入れられそうなネタあったんだよな・・・。
一応〆ますが、基調としての「オウコク」ネタは続くかもです。
沖土と、後、どうも需要のあるらしい山土を次は予定しています。

しっかし久々の鋼がおとんメインかい。
台詞も無ければ兄弟も出てこないですよ。
妄想丸出しですいませんねえ・・・。


BGM:『キャシャーン』サントラ。
これしか無いでしょう、新造人間だし。笑。





2005年05月05日(木) 殴穀 (おお振り:ハルアベ)

もう長いこと殴られ続けている。
殻に閉じこもってもお構い無しに、彼は俺にねじ込んで来る。
身体だけの俺。
身体だけ殴られて蹴られて犯されて、
俺が殻に閉じこもっているのになんて、あの人は興味がない。

たまたま俺が


生け贄だったのか。





ぎしぎしと痛む身体でも、野球をした後は心のどこかが気持ちよく
勢いづいていて高揚していた。
シニアで榛名さんと組むようになる前までは。
絶対に自分の指示に首を縦に振らず、サインすら覚えようともしない、
そのことで阿部がどれだけ気を遣い、フォローに徹さねばならないか。
捕手としての自分を全て押し殺して、それでもそこから身動きが
出来ないのだ。苦痛以外の何ものでもない。


「榛名さんってゲイなの」

場所も鍵をかけたかも気にせず、阿部に触れてくる榛名に対して、
こんな時でも阿部はその手からするりと逃れて更衣室の鍵を
かけに行かねばならない。阿部が気を払わねばならない。
好き放題の榛名に対してフォローをしなければ。
かちり、と鍵を回しながら訊いた。

「何で?」
あっけらかんと訊きかえされる。

「・・・っ!」
(こいつは馬鹿か。何で俺に手を出すのか、っていう質問の意図すら
汲もうともしない!)


「そーいう訳じゃないんすね」

「おう、俺オンナすきだもん」
(・・・だから、じゃあ何で俺とセックスしようとするわけ?)
阿部は殻の中でだけ呟く。
直接云ったって無駄なのだ。
榛名は何にも耳を貸さない。

阿部の瞳がすう、と暗くなる。



「タカヤ、こっち来いよ」
傲慢で凶暴な笑いを浮べて榛名が呼ぶ。

シャツのボタンを外しながら、溜息をついて榛名の方へとのろのろ進む。
(それを云うなら俺だって同じか。俺は別にゲイじゃない、
オナニーする時にゃ男も女も想像しない。ただの物理的刺激でイケる。
・・・榛名さんとセックスするの、楽しくもなんともないのにな)


榛名の手が伸ばされ、阿部の腰が引き寄せられる。
ベンチの上に胡座をかいていた榛名の膝を跨ぐ姿勢になる。
珍しく機嫌が良い榛名は阿部の短髪に指を差し入れながら引き寄せて、
未発達な鎖骨に口付けて甘く噛み、舐める。
「ふ・・・」
阿部が洩らした息遣いに、榛名が唇を離してニイと笑う、
「お前も調教されたよな、感じ方覚えてきたろ」
満足そうに云う。
吐き出される言葉を聞きたくなくて阿部は榛名に口付けた、
舌先で唇をくすぐると榛名が其れに応えて舌を絡ませる。


(大体は痛いばっかりだ、しかも榛名さんが一方的に仕掛けることで、
俺の意思は関係ない。本気で拒否すれば殴られて終わるけど、俺は滅多に
そっちの手段は取らない。
・・・セックス、したいのかなあ。
この人と?)

大きな手が背中を、腰を這う。
唇と舌が耳の後ろから首筋、胸元を味わうように這う。
榛名がベルトに手をかけたので、阿部も手を伸ばして榛名のベルトを外し、
フロントボタンを外し、ジッパーを下ろす。
そのまま榛名のペニスに手を這わす、トランクスの上から包んで撫でる。
「・・・ん・・・」
榛名が小さく声を洩らし、仕返しといわんばかりに阿部の乳首を舐める。
「あ」
「・・・気持ちイ?」
榛名の暴力的で思い遣りのない、一方的なセックスに耐えるために
阿部は快感の尻尾を捕まえるのに随分と慣れた。
いきなり気持ちイイなんてそう無い、ましてや同性同士だ、
相互の性感を刺激するような遣り取りが無い以上自分で、
(この、感覚が気持ち、イイ)
と意識していくしかなかった。
こくりと頷く。
「ふ・・・お前の手な、マメだらけで凸凹硬くて、けっこ気持ちイイ、ぜ」
榛名が唾液に濡れた唇で云う、阿部はそれを淡々と眺めながら
掌による刺激を強くする。
「んわ・・・っ」
驚きと快楽の混じった榛名の声。

何のために?

何のための声だ、これは?

何の意味が?

阿部の思考を遮るように舐めて、と頭を下腹部に促される。
トランクス越しに口付けながら、ペニスを出す。
熱を持ってどくどくと何かが流れている其れをぴちゃぴちゃと音を
たてるようにして舐め、唾液がいきわたったところでぬるりと口に含む。
「タカヤ、うまくなった、ん、なあ・・・」
「そりゃどうも」
ずるりと口から出して応える、口元を拭う。
「かわいくねぇ反応」
「俺が可愛い時なんてあったすか」
阿部は脱げかけたシャツとズボンとトランクスを床に落とす、
鞄からゼリーを出した。
「んーあったような無かったような」
「どっちでもいっすよ、別に」
ゼリーのキャップを開けると榛名に蹴飛ばされた、
床に膝をついた阿部に「やってやる」と云う。

ゼリーで慣らされながら「珍しいっすね、元希さんがこゆことすんの」と
嫌味でも何でもなく淡々と云う、床の感触が背中に冷たい。
「気が向いたから。なんかお前すっかり手慣れてきちゃってるし」

(意味が解らねえ・・・)

自分を押し殺す事に慣れてどうするっていうんだ。

「手慣れるも何も、元希さんは入れたがりだし、明日も練習あるし、
俺にとっては最低限の自己防衛ですよ」

榛名の長い指が奥まで突き立てられる
「・・・んあっ!」

「生意気云いやがって、じゃあ何でお前逃げないんだよ」
挑発する笑みだ。
俺から逃げればいいだけだ、という負の感情のこもった笑い。



(この人は俺を挫くためなら男とセックスでもすんだな)

(そんな風にしか、他人を貶めて自分と同じところに立たせないと
向き合えないんだよな・・・たぶん)


「榛名さんこそ何で自分が俺になんか手ェ出したのか考えてみたこと
あるんすか」

榛名の表情が固まる。

「も、いっすよ、挿れて」


殻に閉じこもっているのはお互い様だ。
でも、

(でも俺は殴らねえぞ)


(そんな風に、あんたと向き合いたくない)


(マウンドで、向き合いたい、元希さん・・・)


それだけは強請っている。
求めている。
欲している。
焦がれて、いる。
叶わないと知っている。
報われないと解っている。







END

メガデス聴きながらおお振り。笑。

SUIさん
そうです、青森行ってました。29日から5日まで。
下北半島は恐山から五能線で日本海側まで行ってきましたよ〜。
青森は大好きな県でして、1年に1回は行きたい処。ちょっとしたマニア。
きゃあご縁を感じますわ!笑。
イタコ研究とユタ研究がしたいのです。
『青森駅』はね、いいですね。笑。単純に甘酸っぱくて聞き易いですし。
いやあ・・・海鮮天国、山菜パラダイス、日本酒に温泉、二度目の花見と
非常に満喫しつつ、肥えました・・・がくり。

ぱのらまさん
またハルアベ書いています。ふふ。しかも最近では珍しくエロ。
よしながふみを読んだりしているからでしょうかね・・・『愛がなくても
喰っていけます』は美味しいもの大好き!なぱのらまさんにも面白い
漫画なんじゃ・・・などと思いつつ。
『花伽藍』は打ちのめされすぎて、正直うかつに読み直せません。
いえ、『弱法師』も装丁から何から大好きなのですが。
銀魂人気投票も波紋を呼んだでしょうねえ・・・美食と酒と温泉旅行で
あまり見ていませんが。

「おうこく」シリーズに涙ぐんでいます。と仰ってくださったアナタ様。
有難うございます、本当は暗い話ばかりのシリーズにしようと
思っていたのですが(笑)、陸奥坂で外してしまいました。
口休めということで・・・。
高杉の「オウコク」を気に入って頂けたようで、本当に嬉しいです。
良かった、私の妄想まみれの弱く脆い部分のある高杉を受け入れて
頂けて。彼の遣る瀬無い生を、見守るにせよ救済されるにせよ、
見届けるにせよ、そろそろ再登場してほしいものです。
ありがとうございました!!






2005年05月04日(水) 応告 (陸奥坂)


もう長いこと遣り取りをしている。
応え、告げ、何かを目指した者たち同士の生きた遣り取り。

それは或る星に一時着陸した時。
少々のメンテナンスを必要とした、整備班が慌しくしている中
きょろきょろと辺りを見回していた坂本は、ぱあっと顔をほころばせると
カラコロ下駄を鳴らして歩いていった。

「何処に行くんじゃ毛玉」
背後から声がかけられる、
「んにゃ、あっちに美味そうな屋台が出とるんじゃ」


「・・・皆の分も買うて来にゃ」

陸奥はそう云って船員の人数に足りるほど、丁度の金を手渡す。
坂本は財布を持ち歩かない。
すぐに忘れるか失くすか落とすかする所為もある。
「また食い逃げで警察に持ってかれたんじゃ話にならんがぜよ」
「あっはっは、忘れちょった、すまんの陸奥〜」

大股で歩いてゆく。


「陸奥さん、ちょっと観てもらえますかー」

「何じゃ」

髪をなびかせ振り返り、陸奥も仕事に戻る。
艦長を放任にに出来るのも陸奥のお陰だ。
(あいつは好きにさせちょるんがええんじゃ)
口にこそ出さないけれどそう思っている。




「よし、これで大丈夫です」
「ご苦労じゃったな」
「いえ、不備が出たの、俺らの責任っすから」
「ちゃんと気付いて、すぐに対処したんじゃきに、構わんぜよ」
ふ、と陸奥が口角を上げる。
飴と鞭と解ってはいても、寛容な坂本と厳しい陸奥のコンビは
やはり上手く機能しており、全員には誇らしくも頼もしくもあった。

そして(陸奥さん、今日の口紅の色新色だな・・・)
なんて思ったりもする。


出向の合図がなされ、艦隊が地響きを上げて離陸する、
(何か忘れゆう気ばァするんだが)


「あ!」
陸奥が声を上げたのと同じタイミングで
「陸奥さァん・・・艦長から電話が・・・」
情けない声がかけられた。

「忘れちょった、坂本じゃあ・・・」
髪をかきあげて溜息をついた、
宇宙電話に接続する
「もしもし?」
「おう、陸奥。おまんらもう出てしもうたんかー気が早いろ」
「おまんが遅いんじゃろうが、今どこじゃ。同じところに居るがか?」
「それが屋台をふらふらしちょったら迷子になってしもうた」
「子どもか、何をしちょるんじゃ・・・」
「あっはっは、そう云うなや。美味そうなモンば買うたぜよ」
「戻る、目処を教えろ」

そこで回線が切れた。


座り気味の目付きの陸奥(いつもだが)がはたりと瞬く。
しまった、奴には最低限の金しか持たせていない。
公衆電話の金が尽きたんだ。


「あり?あ、しもうた、金がもう無いきにゃ」
公衆電話でぽつねんと坂本が頭を掻く。
「おお〜い、陸奥〜わしは此処じゃ〜」
空に向かって本気じゃない声で呼びかける、そうしてまたカラコロと
何処へとも無く歩いていく。口笛なぞ吹きながら。



「さっきの計測点に船を戻すろー」
無表情の陸奥に、船員たちが苦笑する。
こんなことは今に始まったことではない。
元気よく返事をし、艦隊は方向を変える。



「しかし・・・さっきの場所にいないんですよね、坂本さん」

「このまま西に進行、600m先で北西に旋回じゃ」

「?、はい」

見えているかのように具体的な位置を指示する陸奥に、
訝しげな顔をするも、この人のことだ見えているのかも知れないなあ、位の
気楽な信頼感で部下は従う。
こうした遣り取りも珍しくない、坂本と陸奥を信頼しているからこそ
船員はそれに応じる。特に理由も訊かずに。



「あ、陸奥さん!公衆電話ありますけど!」
覗き窓から地上を観測している船員が大声を出す、
「まだじゃ、こっから700m東に回れ」

云うとおりに船を進めると、
「此処じゃ、着陸!」
陸奥が指示を出す。
丁度開けた平地だ、艦隊が着陸するのに障りも無い。


ハッチを開けると、そこには両腕いっぱいに何がしかの食料を抱えた
坂本が立っている。

「おう、冷めんうちに戻ってきちょって良かったぜよ」
からからと笑い飛ばして、胸元で熱を逃がさないように抱いている。


「良い天気じゃあ、整備ついでに休憩にせんかー」

坂本の告げた一言で船員は船の外で屋台の様々な料理と休憩を
とることにする。

それぞれが車座になったり、寝転んだりしながら日差しを心地よく
受けているのを、陸奥は木陰で見守っていた。

(確かに鉄の箱の中に居っぱなしじゃいかんな・・・)

美しく孤を描いて整えられた眉がふと緩む。
ロングラッシュのマスカラで長く伸びた睫毛が金緑の瞳を僅かにおおう。


「陸奥も食ったがか?」

坂本の長身が木陰の陸奥の頬にさらに影を落とした、
「ああ、おまんの喰いモンの見立ては悪くないきにゃ。美味かった」

「ほがァ嬉しいことば云うなんて珍しいのう」

陸奥は応えない、静かに目を伏せる。

「坂本」

「ん」

「ここば座れ」

陸奥が自分の横に手をひらひらと振るので坂本はそれに従って
腰を下ろす。
ぽすん、と坂本のあぐらをかいた膝に頭を乗せるが
「硬いのう」
とむっとした表情をした。
坂本は自分のスカーフをとるとくるくる丸め、陸奥の小さな頭を
抱えると下にひいてやる。

「食ってすぐ寝ると牛になるろー」
そのまま陸奥の髪を弄びながら楽しげに笑う。

「うるさい」
さわさわと葉擦れの音が心地よい。

「しっかし何でわしの居る場所が解ったんじゃ?」
ぴょこりと陸奥の顔を覗き込んで、ぼそりと訊ねた、
その外套の襟をつかんで引き寄せると、陸奥は坂本の耳元で

「おまんにゃ発信機を付けゆうがじゃ」
と云ってにやりと笑う。

「・・・何じゃ〜陸奥はそげにわしのことば好いちょいるんかあ・・・?」

「寝惚けたこと云うな、おまんが、わしが居らんと駄目なんじゃろが」

「・・・う・・・」

口篭った坂本のサングラスをひょいと外すと陸奥は指先で
ちょい、と坂本を呼び寄せる。
坂本は陸奥の云わんとしていることを了解し、
上体を屈め陸奥にキスをした。

「解っとろうが」

「解っちゅう。陸奥が告げてわしが応える、わしが告げて陸奥が応える、
どっちも同じじゃ」


陸奥が片眉を上げて先を促す

「どっちも、おまんが居らんと、駄目じゃ」
坂本のへにゃ、とした苦笑に満足したのか、陸奥は目を閉じた。


それは静かな午睡だった。





END

なんか暗い話を続けていたので、心機一転、明るいオウコクで。

旅行に行っていたもので更新が止まってました。
後ね、おお振りと鋼でオウコク書きたいんですよね。

BGM
マニ☆ラバ『青森駅』笑。


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