銀の鎧細工通信
目次


2005年01月31日(月) さいわひ (陸奥桂)

座った眼つきの時が似ていた。
夜更けの屋根の上で、薄茶の長い髪が少し金灰に光っていた。
ぎくりとする、ただそれだけのこと。



坂本が初めての航海から戻ってきた時に彼女と会った。
もう随分と前のことだ。
「おお、ヅラァ!帰ってきちゅうがよ!」
ぶんぶんと手を振り、大股で歩み寄ってきた坂本の足は、
下駄履きだった。
奴は元来、真冬でも下駄を履く男だった。
それは戦場では到底不可能なこと。
坂本が下駄を履いている事は、心に苦く重い感情を引き起こしたが、
同時に悲しい安堵をもたらし、安堵できる自分にまた安堵し、
俺は奴に「ヅラではない、桂だ」と応えながらクロスカウンターを
かますことが出来たのだった。

忘れることは出来ないし、したくもなかったが過去に縛り付けられてばかり
居ては前に進めもしない。
最早、仲間は散り散りになってそれぞれの道を進んだ、
それが単純な不幸ではなく、新しい可能性なのだと思えることに
俺は安堵できた。鼻血を吹きながら倒れていく坂本の後ろに、
小柄な彼女の姿が初めて見えた。

異形、そう感じた。
銀時の髪も異形の者の其れに違いないが、彼女はその対極の
金灰の髪と、緑と金の混じった瞳をしていた。
柔らかな光りを放つ銀時の其れとは違う、怜悧な光だった。
生き物には違い無いのだが、それが何千年も生きている獰猛な獣の
ようだったことを今も覚えている。
じっとこちらを見据えながら、口は開かない。
「うう・・・相変わらずじゃのう、おんしゃ・・・。
あ、これは陸奥ゆうがじゃ、わしの懐刀ぜよ」
地べたから上半身だけ起こして坂本が云うと、其の陸奥なる女性は
つかつかと歩み寄り、坂本の腹に踵から容赦無い蹴りを入れ、
「これ、じゃと?おまん何様のつもりきにゃ」
と高くも低くも無い、抑揚の無い口調で云うと、ようやく菅笠を
取り、美しい会釈をして
「陸奥じゃ。毛玉が世話ばかけとるちゅうて、噂は聞いとったがじゃ、
おんしが、其の桂殿がか」
と云った。坂本が口血まで流して昏倒しているのを、襟巻きを
掴んで引き摺りながら、
「いったん船ば戻らしてもらうきにゃ、毛玉に用があったら
此処に来たらんしゃい」
とメモ書きの地図をよこした。


旧友との久々の再会は疾風怒濤の流血沙汰と成り果て、
積もる話もあることと、夜に船を訪れた。
初めての航海で、船もまだ余りにちっぽけで、人員も少なかった。
坂本を「裏切り者」と見る者もまだ多かった中でも、船に集った
者たちは奴の展望を信頼していた。
酒が切れたので取りに行く、ついでに厠にも行く、と云って
千鳥足の坂本が出て行き、俺は酔い覚ましに甲板へと出た。
地球では、この船も海に底をつけている。

「あ、陸奥、殿」
ゆらりゆらりと波に乗る甲板では陸奥が一人佇んで空を見ていた。
月に照らされると、燐光を放つかの様だった。
「桂殿、あいつに付きあっちゅうと、胃袋が破れるまで
呑まされるぜよ」
一度も部屋を訪れて居ないにもかかわらず、見通したことを云う。
「ふふ、違いない」
彼女には夜の方が似合った、昼に見る違和感が薄れる。
呑み過ぎていた所為もあったのかも知れない。
「初めての航海じゃったきに、あいつも難渋しちょった。
地球で戦友と再会ばできゆうて余程嬉しいんじゃろ」


彼女が余りにも事も無げに口にした「戦友」という言葉に
瞬間的に顔を上げた。
そうだ、坂本も銀時も闘いを止めた訳ではなかった。
報われない戦地を去ったことは、闘いを放棄した訳ではない。
奴らは奴らなりの道で闘う事を選んだのだ。
闘っているんだ、走っているんだ、今も。


常に気を張っていた。ぎりぎりの処でもう長い間。
去っていった奴らの分まで闘い続けなければならないと思っていた。
死んでいった奴らの分まで最後まで闘わねばならないと思っていた。
自分だけは最期までこの場所で、独りになってでも、と。


自然に涙が一筋流れ落ちた。
見られまいと海の方へ顔を向けたが、彼女には誤魔化しが通用しない。
喉の奥でくつくつと笑いながら(しかし表情はあまり変わらない)、
側に来ると髪を引っ掴んで顔を下に向けられ、その涙を舐め取られた。
「甘いきにゃ」
また笑われる。


女性と性交するのは初めてだった。
陸奥は何度か「甘い甘い」と云っていた。






その後も顔は合わせたが、身体は一度もあわせていない。
お互いそんな気も無い。
ただ、やはり自分の弱さを見られた事もあり、彼女の何もかも見透かす様な
力に気圧されては、いつもぎくりとする。





「幾松殿、醤油と塩ひとつずつ」
「はいよ!」
よく通る、凛とした声が心地よい。
感情が昂ぶると涙が出る性質らしいが、弱音は吐かず、
悲しみだけの涙も決して流さない。それ位だったら笑うのだ。

あのひねくれた腹の真っ黒い真選組の小僧は、
ひねくれている余りか、むしろ関係性が露見しなかったのか、
俺がまた此処にたまに潜伏させてもらいに来ることを、
それを理由に彼女に会いに来ることに気付いていない。

唯一厄介だったのは、たまたま此処で銀時と鉢合わせした時だった。
あいつのあのニタァ、という笑いは見慣れている。
幾松殿とは顔馴染みだったらしく、あいつはニタァの後には
「おうヅラァ、バイト?偉いね〜。そういやこないだお前んトコの
アレ、あの気持ち悪いの見たぜ」
などと云っただけだったので、何も仕込んでいないチャーハンを
押し付け「エリザベスだ。気持ち悪くなど無い、いいんだ、エリザベスは
たまに何処かへ行ってまた戻ってくるんだ」と答えた。
幾松殿が「何だい、エリザベスって」
と云うので、事細かに語り倒したら「是非逢ってみたいもんだね、そりゃ」
と、また明るく美しく笑うのだった。


暖簾を下ろし、「では」と云って店を後にする時に
「ああ、またね」と云う幾松殿に一瞬彼女の影がよぎって掻き消える。
陸奥の影は悠然と笑んで、背中を向けて去って消える。


時も場合も違う、状況も何もかも違う、少しも
似てもいないが、けれど、それは幸いの結節点だった。

さいわひ、すくひ。





END


はーい!レスです!
28日山土!監察らしい有能さを発揮して長期戦の構え…のアナタ様!
嬉しいです、何か山崎ねちっこい?な気もしていたので、「よかったです!」なんて云って頂けちゃって安心しましたよう。
メッセージありがとうございます!これからもよろしくお願いしますvv

同じく28日!山土愛好のアナタ様!全然オーケイでしたか!?
良かったァ〜。もっとへなちょこ君にしたいんですけど、
>ある日突然ここで引いたら男がすたる!とか思っちゃって頑張るんですよ
って私も思っててまして、彼のそういうイイ男な処をつい書いてしまいます。ヒイキです、ヒイキ。笑。実はかなりヒイキしてます私。
ありがとうございました!山土でいいネタ浮かんだら教えてやってくださいませvv

29日!高そよ読んで下さったアナタ様!うれしいです!!!!
有難うございます!高そよ、お好きですか?私もまた書いてみたい二人です。近藤と高杉とそよちゃんという、丸で妄想丸出しな近高そよ、を
考えたりしています。笑ってやってくださいまし。

30日!Y子嬢、貴女のネタから今週のジャンプを絡めての陸奥桂を
産みましたよアタイ。素的な案を有難う!陸奥桂は一夜のメモリーです。
そんでエリヅラ幾です。
どいつもこいつも三つ巴。沖→土→近・銀といい近高そよといい。
実はそういうのが好きです。

30日!土方が可愛いと云って下さったアナタ様!可愛かったでしょうか、
えへへ、嬉しいなあ。やっぱり土方への可愛さフィルターが強いワタクシ
なので、格好いい土方も書ける様になりたいんですけども。
嬉しかったです!有難うございましたvv

でもって1日!!!!ノーマル話をお褒め下さったアナタ様!
すっごく嬉しかったです。私はとにかく銀魂が、そして空知が好きで
好きで仕方が無いので、もう何でも書きたい状態なのですが、
いいんかなあ、コレ・・・誰が楽しいんだ?と不安がちなんです、苦笑。
アナタ様のお言葉で今回もノーマル話を産めました、有難うございました!

皆様暖かく、熱いお言葉を本当に有難うございます!
はくすってイイネ!反応が見えるって嬉しいね!私幸せモンだね!
光栄だね!色々思いながら、今後も書きたいものを書きたい時に、
お届けできたら幸いです。

では陸奥ヅラ、ヅラ一人称でした。狂乱の貴公子って目茶苦茶意味不明で
かなりツボでしたわー・・・。空知ったら、ちゃんと幕末勉強してる
じゃないのさ!でれでれ。彼の史実キャラのアレンジの仕方に、アタイ
ホントにめろめろよ。

BGM:天野月子『シャロンストーンズ』



2005年01月26日(水) デリカシー (山土)

とかくこの世はデリカシーが無いんだ。

センシティブたれ何てつもりは更々無いが、
ナイーブなあの人、の胃に穴が開くのだけは
真っ平御免な毎日。
こーいうの、ロマンティストなんじゃない、
エゴイストつうんだ。はいはい、解ってるから
睨まないで下さいよ隊長。
ちなみにアンタと真っ向から張り合うのも真っ平御免。
エゴイストっぷりにかけては負ける気もしないけど、
自分が可愛いんでね。でもってあの人、も可愛いんです。



山崎は正座でくどくどと説教をされている。
きっかけはやはりミントンなのだが、ミントンに始まり
武士道を説かれる始末。
「大体なぁ、お前何でミントンなんだよ。地味に見せかけて
ものすっげえ身体使うのは解るがな、それでも侍か?
それとも監察の仕事に役立つのか?アレが」
痺れた足先をもぞ、と動かしながら山崎はにやけそうになるのを
堪えるのに必死である。
(あ〜何でこの人はこんなに真面目なんだろうなあ、
近藤局長が幾ら大事だからって、これ元々の性格なんだろうなあ)
「オイ!聞いてんのか山崎ィ!」
「あっ、はい!聞いてます聞いてます!」
「・・・で、だから役立つのか?」
「は?」
「ミントン」
「・・・・・・・」
土方は真顔だった。
(どうしよう笑いたい!)

「・・・やってみます?」
恐る恐る訊いてみる。
「・・・・・・・・・いや、いい」
(今の間・・・!副長マジで考えてたよ!)
山崎の腹筋はよじれて攣る寸前だった。
ただでさえ好きな相手を前にすれば落ち着かなくなるというのに、
土方はそれに追い討ちをかけるようにして動揺をさせる。
天然なんだから全くもって罪作りである。

こうして楽しいひと時を過ごしていても、
無機質な視線を感じる。
鮫が獲物を求めながら回遊している目だ。
「爺さんじゃないんだから小言はそんぐれェにしてくだせえよ。
・・・山崎、給仕のおばちゃん呼んでたぜィ」
土方が舌打ちをして片手を山崎に「下がっていい」と払い、
もう一方で煙草に火をつける。

「じゃ、失礼します」
沖田の視線は動かない。山崎も悟られない様にそれを窺う。

こんな処で張り合わない。
悪態の付き合いで土方の気を惹くのは容易い、現に万事屋の
あの男はそれだけであっさり土方と関係を持った。
喧嘩腰なのはスリルが有るから、本心を紛らわせるには
打って付けだろう。
でもそれで、いつまで保つ?
虚しくなって、疲れるに違いない。
誰とも違うスタンスで、土方の防御壁の中に入り込んでやる。
単純に身体を繋げるよりも、長く楽しめる方が好い。
それなりに付き合いは長いにも関わらず、
未だ土方は山崎の性格を把握し切れていない。
誰にも気付かれない様にしている有能さを、嗅ぎ付けているのは
沖田位のものだ。

(からかうのも楽しいんだけど、うろたえさせる方が
俺は好みなんだよな)
脆くて弱い硝子の壁、彼にも血を流させずに内側から侵食する。
口の奥で甘い笑が込み上げる。

「山崎」


振り返ると土方が立っている。
黒くて細長いシルエット。
「何です?」

「今日の晩飯、何だ?」
「生姜焼きと、わかめの味噌汁と、小松菜と揚げの煮びたしにジャコを
かけるつもりです」
すらすらと献立を云いながら山崎は土方の方へ足を進めた。

「はい」と云いながら、土方より幾分小さな背の、肩に
棒立ちの土方の腕をかけてやる。
「足、痺れてるんじゃないですか?」
近い顔を見上げて云う。
こういう時に、断定的な物云いではなく、質問の形にして
土方に逃げる余地を作ってやる。

「何で解った」
不貞腐れつつも、照れが混じった表情で土方が問う。
ちろりと上目遣いで目を合わし、
「ひとつ、不自然な棒立ち。ふたつ、出された物を食うだけで
大して興味も無い献立を訊いてくる。みっつ、沖田隊長が居たから
痺れてるのを悟られたくなかった、どうです?」
にっと笑む。
気まずそうにした後に、土方がフイと顔を逸らし、
「監察の面目躍如だ。よく観てやがる」
とぶっきらぼうに云い放って、笑った。

「恐縮です。んで、副長の部屋まで引っ張って行きますか?」
土方に云わせない、というのも山崎の心がけの一つだった。
云わせようとすればする程意固地になるのは目に見えている、
だったら先に云ってやればいい。
(皆、反応を面白がるだけで、この人の素直な処にまで
気が向いてない。無粋な話だぜ)



とかくこの世はデリカシーが無いんだ。

気遣い万歳何てつもりは更々無いが、
正面だけから単純に攻めて、からかうだけなんて
真っ平御免な毎日。
こーいうの、ロマンティストなんかじゃとてもない、
マニアックつうんだ。
はいはい、解ってますよ。
優しいだけで終わるつもりも更々無い。


エゴイストが鼻につけば終わる。
へっぴり腰だけど、懐柔するならお手の物。
正面突破なんざ芸が無い、策に嵌めて落としてナンボの職業病。


「あー、副長、生姜焼きにマヨネーズかけますよねえ。
ちゃんと買い足しておきましたからー」
淡々と云ってやる。
可愛いあの人の愛想の無い笑顔が好きで、デリカシーとエゴで
それがもっと見たいんだ。
そんな毎日。





END


曲者マニアック山崎です!ある意味(というか私にとっては)エロより
やらしいです!ぜーはー。

27日16時で山土がお好きと教えてくださった方、
私はアナタ様の山崎への洞察に胸打たれました。
もっとへたれ山崎で、ここぞ!っていうのが書けたらいいんですが、
ごめんなさい、どうしても曲者に・・・。力不足です。
楽しんでもらえたら幸いです。駄目出しも全然有りですから!
「ヌルいわ!」とか!

27日18時土方さん至上主義の総受け派の方、
銀さんがかっこよいと云って下さった方と同じ方でしょうか?
違ったらごめんなさい!!
かっこよかったですか?すっごい嬉しいです。ありがとうございます。
「霧」は私としても相関図そのままの一作なので気に入って
もらえたら本当にそれはそれは嬉しいことでして。
これからも頑張って土方受けを深めてゆきたいです!

本文「エゴイストが鼻につけば終わる」は
イエモンの「Suck Of Life」より拝借しました。
BGMもイエモンです。


2005年01月25日(火) 霧 (銀土)

敢えてその中に進んでゆくんだ。
消える消える霧の中。
振り返って、暖かく優しい日だまりを
確認してから霧の立ち込める銀の森に。
消えてゆく、俺。



「多串くん、舐めて」
目の前につき付けられたペニスに舌をのばす。
熱くて硬い其れは、同じ男のものとはいえ
やはり違う形状や質感をしている。
勃起したペニスをこうもまじまじと見る機会などまず無い。
一度抵抗を止めてしまえば、進んでする事もないけれど、
請われて拒むほどの初心さも持ち合わせていない。
始めのうちは頑なにそれを拒否した土方だったが、
その反応を銀時が面白がっている事に気が付いて、発揮した
負けず嫌いの気性がまたしても銀時を愉快がらせている。
不快なのに、ずぶずぶと嵌ってゆく深み、霧の中。
何も見えない。
見たくもないんだ、本当は。
だから、すがる。


「あっれ、副長。また残してるじゃないですか、
体調悪いんですか?粥でも作りましょうか」
食事の席で山崎が膳を片付ける際に漏らす。
周りには聞こえない様に小声でそう云う、山崎の
行き届いた配慮に、土方の心が軋む。
「・・・すまん」
「ええ!?・・・っと何謝ってるんですか、らしくも無い。
具合が悪いんじゃなければ構いませんよ、別に」
咄嗟に出た驚きの声を瞬時に落とし、いつも通り飄々と受け流す。
追及もしなければ過剰な心配もしない、よく出来た、仲間だ。
土方は無意識に面を上げて近藤を見やった。
何か大声で笑っている。横の仲間も楽しそうにして、
また心が、胸が、全身がぎしぎしと軋む。
土方は無言で廊下へと出た。

縁側で柱に寄りかかり、煙草に火をつける。
部屋の中は明るくて騒々しいのに、自分の目の前は暗い庭に
じじ・・・と煙草が燃える音すら聞こえる苦痛の静寂。
するりと音も無く襖から沖田が身を滑らせ、
土方の横に来た。
「どうした」
「土方さん、あんたァ他の欲が満たされてると、直に飯を
喰わなくなるの、良くない癖ですぜ」
柱の後ろ側面で寄りかかった沖田が良く通る声で呟いた。
言葉を返せず、反応すら出来ない土方に追い討ちをかける、
「万事屋の旦那で性欲誤魔化して、ヤって疲れて眠るのを
睡眠欲として埋め合わせてる。・・・とても真っ当じゃない」
言い捨てるとフイとまた音も無く立ち去った。
追いかけて来い、とでも云わんばかりに闇夜の廊下へと。

その闇を、沖田が溶けた廊下の先の闇を眺め、そうして
土方はまた庭に向き直り煙草を呑む。

ああ、そうだ。
まともじゃない。
いっそ此処で総悟を追いかければマシなのだろうか?

(莫迦野郎・・・もっと泥沼じゃねェかよ・・・)

ぎゅうと眉根が寄せられる。知らず知らずのうちに
煙草のフィルターを噛み潰す。

(そうだよ、食欲なんざ二の次だ。俺は手一杯で、
・・・手一杯で、そこにまで回す欲がねェんだよ)

想う情で手一杯で、それが故に眠ることも出来なくなって、
破裂しそうになっていた土方に
「そんな生き方してて、疲れねーの?」と云って
逃げ道を用意したのは銀時だった。
今となってはそれが逃げ道だったのか罠だったのか、
一層救いの無い迷い道だったのか、それは解らない。

(でも、此処でブチ撒けるよか、マシじゃねえか・・・!)

誰へとも無い怒りと、遣り切れなさが身を襲う。
近藤に、直接ブチ撒けて何になる?
何にもならないのに何になる?
忘れられるくらいなら嫌われた方がマシだと云うが、
近藤は土方の事を忘れはしないだろう。
だから、嫌われるのが嫌で、結局どうすることも出来ないのだ。
嫌われるくらいなら、困らせるくらいなら、
あの笑顔を曇らせるくらいなら。

土方は煙の尾を引いて、勝手口へと出て行った。
物陰からそれを見ていた沖田が、ひどく冷たい顔をしている。
暖かさを守るために、何かが確かに凍り付いている。


「多串くんさァ、ナルシストだよね」
本人には全く自覚の無い、泣きそうな表情で万事屋を
訪れた土方を連れて、銀時はホテルへ向いながら云う。
「何がだ」
「えェ?自覚ないんですか。困ったもんだなァおい。
・・・自分さえ我慢してりゃ良いとか思ってるんでしょ?
そこまで我慢してる自分に酔ってるんでしょ?」
「何っ・・・!」
咄嗟に銀時の着物の胸倉を掴んで引き寄せた、
でもそこから手は、体は動かない。
「ここまで出来る自分って、すげーって。
すげー好きなんだって、独りで思い詰まってるんだろ」
銀時があまりにも事も無げに笑うので、殴ろうにも殴れない。
着物ごと握り締めた手が力の込めすぎで震える、
見開かれた眼は今にも涙で爆発しそうだ。
銀時はそのまま土方を抱きしめる。
「多串くん莫迦だねェ、でも其処がかわいい。
自家中毒であんた瀕死なんだもん」
抱き寄せた頭を撫でる。
「俺、あんたのこと多串くんって以外に呼ばないぜ、
でないとあんたホントに死んじゃいそうだから」




救われているのか、墓穴に生き埋めにされに行っているのか。

敢えてその中に進んでゆくんだ。
消えたい消えたい、霧の中深くまで。
見えないくらい深く。
誰も自分を、自分も誰も、見えないくらいまでに。
振り返って、暖かく優しい日だまりを
確認してから霧の立ち込める銀の森。
凍て付いた森。
消えてゆく、俺。

誤魔化しても、紛らわしても、埋め合わせでも、
欲しいものは一つなのに、
それが手に入らないから他のものが必要なんだ。







END

25日「書かれる多串君受け小説が凄く好きです!」とメッセージを
下さった方、ありがとうございます!
喧嘩腰も大好きなのですが、実はこういう沖→土→近で銀さんが
抜け道なんだか底なし沼なんだか罠なんだか、なぐじぐじしたのが
結構好きな私です。こういうのも有りでしょうか?
お気に召したら幸いです!

Y子ぴょん→そうです、閨の中でも銀さんは「多串くん」呼びです。
でないと土方が構えちゃうってのもあるし、銀さん的にも真選組の
文化の中に入るのは不本意でしょう、ってことで。

結構此処にいらしてくださる方は銀土好きなのかしら?
私も色物ばっかり書いていますが、本命は銀土です。土方総受け。
陸奥は総攻め。
銀土以外に好きな土方受けカップリングとか教えてもらえたら
参考にしたいなあ。




2005年01月24日(月) うせもの (陸奥高杉)

気が付いたのはホテルについて、シャワーを浴びる時だった。

「・・・」
「どうした?まさか今更怖気づいたのかよ」

1,2歳年下であろう青年にでかい口を叩かれたところで
腹も立ちはしない。
裸で大きなベッドに悠々と腰をかけて足を組んでいる、
隻眼の青年。

(ふむ、見てくれは悪くない。生意気そうな鼻っ柱を
圧し折るのが楽しそうがじゃ)
坂本を通して何度か顔は合わせている、その際に
陸奥はそう思ったことがあった。

見下して「ふん」と鼻で笑ってやる。
高杉がカチンと挑発に乗るのを、いなして
「ちょっと物を落としゆうのに気が付いただけじゃ」
と云うとくるくると髪を束ねてすたすたと浴室に向った。

よく磨かれた一面の鏡を見て、陸奥は
次のマスカラは何処のメーカーにしようか、と考えた。
自分の色素に黒いマスカラは悪眼立ちして下品になる、
かと云って良い発色のブラウンにも巡り合えない。
(目ん玉に合わせて緑のでも買うてみゆうがかの)

高杉との情事はついでもいい所だ。
地球に戻っていることを聞きつけて船にやっては来たものの、
坂本は着くなりおりょうの元へと走り去っていた。
肩透かしを喰らって不貞腐れる高杉が、
事務仕事をしている陸奥を呑みに誘った。

「相手にしてやらんこともないがぜよ」

デスクライトにほの白く照らされた陸奥は無表情で答えた。
その程度のことだった。
時間を潰して、明朝の帰り道にはコスメショップを物色しよう、
保湿物も見繕おう、何せ季節の変わり目はコンディションが落ちる。
その開店までの時間つぶし。
詰まらなければ何時でも置いて帰るつもりだった。


自分は何故かいつも始めてする男とのその際に、
何か落し物をする。
坂本の時はホテルを出てから指輪がひとつ無くなっていた。
ピアスを失くしたのは誰だったか。
今夜はかんざしだった。
(買うたばかりじゃったに、惜しい事しちゅう・・・)
浮ついているつもりは全く無いが、やはり何処か
気がそぞろになるのだろう。
桂とか云う堅物にでも出くわして妙な勘違いをされても困るし、
船員は云うまでもなかった。
地球でハウスキーパーとして(云い換えれば主夫だが)
陸奥の家に居候している男には先ず逢うことも無いが、
それでも耳に入れば、文句の一つも云いはしないものの
それが故に鬱陶しい思いをする羽目になる。
(面倒臭くなってきたがぜよ・・・)
シャワーを浴びながら陸奥はうんざりしてき始めていた。
失くすものがある人間は面倒だ。

バスタオルを巻いて浴室を出ると、高杉は同じ位置で
煙管を吹かしている。
その位置の変わらなさに陸奥は可愛さを覚え、
(まあ、良いきにゃ)
と思い直し高杉の膝をまたいで座った。
陸奥の金灰の塗れた毛先が高杉の鎖骨に雫を落とす。


(益体も無い事ばしてみちゅう、噛み殺してやるがぜよ)


そう思いながら陸奥は高杉の半開きの口に接吻し、
舌先を入れた。
陸奥の尖った肩甲骨に骨張った手が回される。


頭の中は春物の化粧品と、失くしたかんざしに代る
何かアクセサリーのことだ。








END

まあた私と一部の友人しか楽しくないSSですが・・・ごめんなさい。
てゆか自分男女カプをこんなに書く人間では無かったんですがねえ。

春間近、陸奥のお買い物プランとつまみ喰い話。
高杉はひょいぱくーって食べられちゃえば良いよ。
ちなみにこれは銀土の裏話的、もっとラブレス(むしろラブマイナス)な
情事話でもあるのです。
え?んなことはどうでもいい?
ホモカプ書けばいいですかね、いやはや・・・。


2005年01月22日(土) どこでも触れていて (銀土)

人肌のぬくもり、の
心地よさに止まる心、の
その弱さ。
その弱さよ。



「多串くん、体あったかいね」
ホテルのベッドの中で繰り返し銀時は云った。
「あったかくて、気持ち好い」
睦言というよりも無意識に、実感として繰り返す。

薄暗く暖かい部屋で、裸でずっと絡まり続ける。
ひたりとくっついて小さなキスを繰り返しては、
不意に始まる煽情の行為。
決してどちらもどちらの腕の中には納まらない。
抱えて、抱いて、抱きしめて、乗っかって、
乗っかられて、組み敷かれて、伸し掛かって、
体を離せない。
シャワーのために服を脱ぎながらも、
手が伸びては触れ続ける。
湯を張って浸かっても吸い寄せられてはただ触る。
体が離せない。
水の飛沫に目を細めた土方を、銀時は引っ張り上げて
「もうしたい」
と云う。

鼻先にキス、目蓋へキス、頬にキス、首に記す。
銀時の意外にも細い腰に土方の足は難なく絡まる。
もう人肌に吸い寄せられることへの苛立ち、
そんな自分への苛立ちも忘れて土方も銀時に触れる。
舐めては吸い、軽く噛み、手のひら全体でその肩を
背中を味わう。
少しでも多く触れる。少しでも少しでも。限られているから。
口付ければそれが止まらない。
「ふふ、楽しい」
銀時が甘い声で呟く。
少しだけ笑って土方はそれに無言の肯定を返す。
そうして銀の柔らかい髪を撫でて、瞑った目に
また小さくキスをする。


ホテルの利用時間が終われば、何事も無かった様に振舞うのだ。
それの何も苦などでは無い。
愛なんてお笑い種だ、この突発的な衝動に愛なんて
理由は全く要らない。
ただ体を合わせる事に快か不快か、それだけ。
ずるずる続くか、これで終わるか、それも解らない、
何も構わない。そんなことはどうでもいい。
情事の他愛なさなんて其の程度のものだ。
甘いだけのひと時。
柔らかいだけのひと時。
暖かいだけのひと時。
贅沢で他愛ない、飽いた心の穴埋め。それだけ。

それだけだから心地よい。
それだから心地よい。
限定的な気持ちの良さ。


そこに、心は止まる。
打算、計算、未練、リスクマネジメント、
ずっとし続けて警戒している感情の外で
ぬるま湯に浸りきる。
使い分けるのなんて当然だ。
たかがセックスで何も失いたくなどは無い。



未練は残さず、その場だけの甘い蜜。
「それじゃ、お疲れ様」
「おう」
ホテルから出ての分かれ道、
振り返りもしない。
迷いもしない。



残るのは、ただ相手の残り香と
腰の甘い鈍痛。倦怠感。
ぬるい眠気と、人間という生き物の弱さ。







その時だけ、どこでも触れていて。








END


22日19時に、あっつい拍手で「銀土がとても好きです!」と
云ってくださった方の為に銀土を続けてみました。
ありがとうございます、ご期待にそえられる銀土かは解りませんが、
これからも精進します。

はくすメッセージは本当に嬉しいです。
こうしてレスはお返しするのでじゃんじゃん!もうじゃんじゃん
云いたい事云っちゃって下さいね。

タイトルは笹川美和の「ごとく」から。
いろんな意味でアダルトにしてみた。なってるかな?


2005年01月17日(月) 蛍 (追い出され銀土ガード下)


たしん。

土方が縁側で煙草を呑んでいると、沖田がじっと土方を
見据えながら無言のまますすす・・・とゆっくり襖を閉めた。

「・・・(イラッ)」
土方の眉が片方だけ跳ね上がり口元が引き攣る。
「おい総悟ォ!!煙てぇなら口で云いやがれ!!
てめーは妖怪かあ!」

「・・・・・・」
無言のまま襖の向こうに沖田が正座で座っている影だけが映る。
その顔は無表情から、にたり、という黒い笑みに変わり、
横に居た山崎は「うわあ・・・」と思いそっと距離をあけるのだった。
(ほんとこの人、副長を敢えて苛々させるの得意だなあ・・・)
沖田の思う壺にはまり込み、襖の向こうでは土方が気炎を
上げて煙草をすっぱすぱと吹かしている。

すると沖田がどこからか団扇を取り出し(真冬だというのに)、
細く開けた襖の隙間からはたはたと土方の方へと風を送る真似をする。
土方の目が座り、毛を逆立てた猫のごとく素早く団扇を
奪い取り、襖に投げつけ、「こンの座敷童子!」
と怒鳴ると、背中を丸めてぷいと勝手口へと向かって行った。

声を出さずにぷるぷると打ち震えて笑っている沖田に対し、
山崎は顔を覗き込む勇気は無かったが、
「あれでも気を遣って外で吸ってんスから、あんまり
意地悪しないでやって下さいよ」
「意地悪?」
沖田はくるりと振り向くと一瞬だけきりりとした表情をしたが、
不意ににたり笑いを浮かべる。
山崎は声も出せずに「ヒイッ」と慄き、背筋には鳥肌が浮かんだ。
冷静を努め「た、隊長、ご機嫌ですね」とだけ云うと
沖田ははたっと真顔に戻り、口先だけで「ひっひっひ・・・」と
云いながら部屋を出て行ってしまった。
今更慣れっこである、疲れもしないが何とも微妙な心持で山崎は
「メシの支度でもしよ・・・」と云いながら肩をぐるりと回して
炊事場へと向かった。



がらら・・・ばしん。


「っておいィ!?ここ俺んちですよね?!何で蹴り出されてんの俺?
ねえ何で?ちょっとおオオ神楽ちゃん?」
青い顔をし、廊下で顔を地べたに着け、蹴り出された格好のまま
のびている銀時は虚ろに吠える。
「・・・黙るアル。ただでさえ無い生活費パチンコですった挙句、
残りも自棄酒でスッカラカンにしてる奴を、甲斐性無しって云うって
姐御云ってたアルね。こンのかいしょおおおなしいイイイ!!」

めきめきめき・・・・

「っわーーーーーーーー!!わーーーーーっ!!
神楽タンマ!!戸を壊すな!ソレ、戸口から外したらただの板だから!
板だか・・・っやめてえええエエエ」
ぐしゃ。めこ。

「今日のおまんま代稼ぐまで帰って来なくていいアル」

と云い放つと神楽は銀時を潰している戸板を元に嵌め込み、
ぴしりと閉めた。

「あいつ・・・今度は何をテレビで見たんだ・・・」
ぶつぶつぼやきながら銀時は二日酔いが6倍にはなった痛む頭を
抑えてふらふらと立ち上がる。

「・・・長谷川サンとでも呑むかな・・・やっぱり迎え酒だよ、うん」
と云う足元はよろついている。



ガード下の呑み屋。
片方は勢いよく、片方はへろへろに、暖簾をくぐり、
「おやじ酒!」
「おやじ〜酒ェ」
「あん?」
「うん?」

「・・・」
「・・・」
先にふい〜と目線を逸らし、丸椅子をずるずると屋台の端まで
寄せて背を向けたのは銀時だ。
「ぅおい、銀髪。何だてめェおいコラ」
いつもより数倍開ききってギラついた目に加え、声までドスがきいて
煙草で擦れた声が重い。機嫌が悪いのは誰の目にも明らかだった。

「ん?ああ多串くん。金魚はどう?相変わらず大きいんでしょ?」
屋台の端っこのほうから死んだ魚のような目でうろんに答えてくる。
(・・・ゴッ)
土方から赤い気流が噴出したかの様に見えた途端、彼は
銀時の首根っこを捕まえ
「まあ、こっち来いや」とずるずる銀時を隣まで引き摺り出した。

観念した銀時は土方から貰い煙草をして二人で吹かす。
「どしたのよ多串くん、血相変えて」
「お前こそ二日酔い丸出しの顔しやがって・・・っていつものことか」
「失礼だな多串くん、僕はそんな人間じゃないぞう」
「うっせ、黙れ。死ね。ばーかばーか」

そっぽを向いたまま棒読みでツッコミを入れてくる土方は本当に
分かりやすい。
「追い出されたんでしょ」
「ん何ィ?!」
日頃は無愛想でポーカーフェイスのくせに怒った顔や不機嫌な顔だけは
表情が豊かである。
(あ〜この人の他の表情がもっと見たいな〜)
銀時の性悪心がぬうと首をもたげる。
(違う表情、もっとさせてみたいな〜)
こうして二人はいつものパターンに入り込む。
喧嘩腰のからかい合い、心の隙を突き合う様な遣り取り。
それはスリリングで甘い。苦い。酸っぱい。

(ほんと大人気無いねェ、俺も)

「にやにやすんな、気持ち悪りィ!」
「多串くんは猫みたいだねェ」
といいつつ艶のある黒髪を撫でてやる、土方は真っ赤になって
その手を振り払い、「何だそりゃ、ほんっと気持ちわりーな!」と
口をぱくぱくさせて漸く云い放つ。

酔った視界におでん屋の蒸気で更にふわふわもやもやと霞がかかる。
「あ〜酔っ払ってきた。気持ちいいな〜、多串くんとこのまま
一緒に居たいなあ〜」
ふにゃ、と笑って云ってみると
「何莫迦なこと抜かしてやがる・・・」
と口をへの字にひん曲げて土方は答える。頬が赤いのは酔ってる所為だけ
ではない、あれだけ隊士に信頼されていながら分かり易い表現には
本当に弱いのだ。それにどんな含意があろうとも。
(たんじゅーん)
銀時はにやりと笑ってまた煙草を深く吸い込む。
土方はそれに気付かない。大して強くない酒をちびちび舐める。



「あ」
「おっ」
「山崎さんも・・・お迎えですか?」
「うん。新八くんも大変だねえ」
「ま、お互い馴れっこでしょう」
「そうだね」
夜に出くわす二人の遣り取りも慣れたものである。
「・・・でも、なあんか楽しそうですよね・・・」
「うーん・・・声かけ難いな」
ガード下の暗闇で赤提灯と蛍のような小さな灯りがゆらゆらしている。
暖簾の中で肩を寄せている二人は、見る度に近くなっていくようだ。

「どうしよっか」
「銀さんが帰ってこないことは結構有りますから、僕は放っておいて
いいんですけどね。山崎さんは連れて帰らないとまずいんですか」
「いっやー・・・俺んトコも・・・別に・・・」
山崎は顎をさすって答える。
二人はちろりと互いを見遣って、
「子供じゃありませんしね」
「んー、全くだ」
と云い合って「じゃあまた」と手を振って別れた。


蛍火がゆらりゆらりしている。


(このこと云ったら隊長機嫌悪くなるだろうなあ・・・
それは面倒だから・・・黙っとくか)
(神楽ちゃんがまた凹みそうだなあ・・・まあ明日になれば
忘れるだろ)


二人の気苦労を他所に、二つの蛍は機嫌も上々に飛び交うばかり。


((早く帰ってきて下さいよ))






END


ギャグからラブラブに。
むふん。土方がめごいんですよ奥サン!


2005年01月09日(日) 天女 (陸奥坂陸奥)


それは男性器にして女性器。
全てを内包し快楽へ引き摺り込む。
逆巻く轟音。砂煙上げて飛び立て。

地上の詰まらない事に等興味は無い。



「陸奥、おまんまた此処に居ちゅうがか」
「・・・なんぞ用がかや」

陸奥は船の底にある一番大きな窓(主に離着陸の際に目視担当が
使うか、あるいは定刻の巡回時に用いられる物だ)に
ぺたりと寄り掛かり、暗い暗い宇宙を眺め続ける。
元々人気の無い所ではあるが、よりにもよって陸奥が
ぼんやりと、しかし一心に窓外を眺めている様は、
平時とは違った意味で声がかけ難かった。



如何なる時でも彼女には隙が無い。
攘夷戦争末期に坂本が宇宙へ行くことを決めた際、
いつの間にか彼女の姿が在った。
戦線を共にしていた訳では無いらしく、船員の誰も
彼女の来歴を知らない。
その胆の据わり具合と、並ならぬ統率力、小柄な細腕からは考えられない
戦闘能力の高さ、知識量、全てが只ならぬ出自を語り得るには十分だった。
そんな彼女は独りでよくその大窓に寄り添っているのだった。
船員が皆知りながら、そっとしておく。
構わず擦り寄り、拳骨で左フックを喰らって追い出されるのは
坂本だけだった。

元来無口で物静かな陸奥と、元来饒舌で落ち着きの無い坂本、
この正反対の二人組みはそれぞれが暗黙の内に互いを補い合い、
船員と商い、船旅を取り仕切っていた。
恋仲が噂されることも稀にあるが、大概が「まっさかなァ」と
一笑に付される。
まさか陸奥が坂本を相手にするとは思えない、の「まさか」である。
勿論皆坂本を尊敬し、その人柄と展望に惹かれて集っているのだから、
彼の良さと人徳は評価しているが、何せ陸奥が人間離れしている。

金灰色の細い髪に透ける頬は、一度も日に当たったことの無いかの様に
白く、眼は金がかった緑色。気品に満ちた気高い山猫の様な女だ。
この国で、天人以外で黒や茶色の色素を持たない人間は珍しい。

「用は別に無いがよー」
「ほんなら何処ぞ行け」
あっけらかんと答えながら、陸奥の背後に回りこみ、
陸奥の身体に手をまわす。小柄な彼女は大柄の坂本にすっぽりと
包まれてしまう。
「何をしゆうがか」
素っ気無い声で云いながらも陸奥は外を見たままだ。
白い頬に暗い宇宙の紺色が映る。
「ほがぁに空ばっかり見ちゅうと、気になって仕方ないがぜよ」
愛嬌をこめて坂本が囁いても陸奥は気にも留めない、振り向きもしない。
身体だけ坂本に繋ぎとめられて、心は窓の外の広大な宇宙に拡がっている。
「陸奥」
「何じゃ」
返事だけは直ぐにする。
「拗ねるなち、寂しいがよ」
「何も拗ねちょらんきに、放っとおせ」
珍しく柔和な口調に、坂本は陸奥を見た。
けれど長身の彼から見ても、陸奥の形のよい頭しか見ること出来ない。
仕方が無いので窓硝子に写った陸奥を見てみる、
額を窓につけて、少し俯きがちにじっと外を見ている。
付した目の、金の睫毛が柔らかい影を作っている。
「じゃあ何怒っちゅう」
坂本は背中を丸めて陸奥の頭の上にあごをそっと乗せる。
「わしゃあ腹が減っとるがよ」
陸奥がポツリと呟いた。
「腹ぁ?!」
「人の頭の上で大声出しゆうな」
云うが早いか陸奥が肘を坂本の鳩尾に叩き込む。
「ゥげほっ!」衝撃でサングラスがずれた。
「メシは上に来りゃああるが」
けほ、と咽ながら云っても陸奥は聞いているのかいないのか。
「まっこと人の云うこと聞かんがじゃ、陸奥は」
「おまんに云われとおないきに」

ようやく陸奥が身体の向きを変え、窓に背中をくっつけて坂本の方を見た、
真っ直ぐな髪がさらりと音でも立てそうに動きに合わせて揺れる。
「宇宙は広い、果てまで見せられたらどれだけええじゃろう、
そうおまんが云いよったがじゃ」
あごを上げて、目線だけ下げて坂本を見下して云う。
「おんしゃあ、宇宙を食うがか」
懐かしい話に坂本が表情をほころばせながら応えた。
「・・・足りんがやき・・・」
無表情のまま陸奥は呟く。

「くっ・・・あっはっは!こりゃいかんにゃあ、もっと高く、
もっと遠くまで行かんきにゃ」
「そうじゃろ」
陸奥が嫣然と口角を上げて笑む。

「ここいらには何べんも来ゆう、もう喰うもんが無いがぜよ」
「そうじゃ、そうじゃなあ陸奥、おまんは飢えちゅうな」
意思が伝わったことに満足したのか、陸奥はまた坂本に背を向けて
窓の外を見始めた。

「まあ今回は地球を出たばっかりがやき。遠くまでは行かれんきに
窮屈じゃ思うが、見たこと無いモンもあるがかも知れんぜよ」
坂本の下駄がかろり、と鳴る。
「おんしゃあ、知っちゅうろ?・・・呼んじょる」
ひたり、と陸奥が手のひらを硝子に当てて振り返る。
彼女は呼ばれている。
陸奥の背後の暗い宇宙。
彼女の眼や髪に良く似た金の星が瞬いている。
その奥に、月が大きい。陸奥の髪と同化する。

「喰えるき、慌てるな」
坂本の言葉にふっと笑うと陸奥は音も無く窓辺を立ち去った、
その後姿に「陸奥、好いちゅう」と声をかけると
「ぬかせ」とあっさりと返された。

うちの天女さまは地球の男じゃ満足など出来ないのかも知れない。
硬い髪をわしわし掻き回し、坂本はにいっと笑った。
それぐらいじゃないと面白くない。







END

はい、明けましたおめでとうございます!
ようやくの新年一発目は陸奥と坂本です。
大好きな二人です。
あー陸奥出てこないかなー・・・すっごいドリー夢見てるよ。
ある意味高杉よりも凄いです。「陸奥はアッシュ(・リンクス)だ」
とか友達に云い出してますからね。なんじゃそりゃー!笑。

てことでお目出度い感じで天女様な陸奥ではつはるをお祝い。
皆様に幸い多からんこと切に願って。
本年も宜しくお付き合いくださいませ。

BGM:倉橋ヨエコ「モダンガール」
素的な素的なシャバダ歌謡。「シャバダバスキャットやさぐれ女、
イカれたピアノに恋の花」。一押し。







銀鉄火 |MAILHomePage