銀の鎧細工通信
目次


2004年12月31日(金) KMU (エリヅラ大晦日)


「っつ・・・!」

桂が顔を顰めた。
長い髪の毛先が、ファスナーに噛まれてしまった。
黒い髪が一房ファスナーにぴんと引っ張られている。




エリザベスは時々、その皮(着ぐるみ)だけ脱ぎ捨てて、
何処かへ消える。
そういう時に桂は部屋に残った抜け殻を洗濯するのだ。

その日も午前中に用事を終えて一旦食事を摂りに、借りている長屋
へと戻ったら日のあたる縁側に抜け殻があった。
この長屋は江戸での活動が本腰を入れたものになった際に
借りた物だ。ちょくちょくねぐらは変えるので家具は無い。
簡単な調理器具と食器、寝具などが無造作に置かれている。

ふ、と桂は息をついて縁側の皮を拾い上げて空を見上げた。
よく晴れている。直ぐに洗濯をすれば夕方には乾くかもしれないな、
大晦日だし、きれいな皮で新年を迎えるのも気持ちがいいだろう。
そう考えてから直ぐに共同の井戸にタライと洗濯板を持って表に出た。
自分の昼食は後回しだ。

時々洗い場で謎の着ぐるみを洗濯している桂の事を、
日頃着ぐるみで働いている青年だとご近所は思っている。
こんな美青年が着ぐるみで顔を隠して働いているなんて・・・!と
その奥ゆかしさにドキドキしているおば様連中は非常に親切だった。
「あら佐藤さん、今日で仕事納め?大晦日までよく働いて、
偉いわねえ、お疲れ様だこと」
何処へいっても偽名を使う、今は佐藤だ。
桂は曖昧に微笑み、それがまたおば様の「まあホントに照れ屋で
おくゆかしいこと・・・!」と乙女心をくすぐるのだった。
「佐藤さんコレ使ったら?柔軟剤いりだから」
別の中年女性が洗剤を手渡してくれると、桂は顔を輝かせ、
「いいのですか?有難うございます」
と溌剌として受け取り、それでせっせと皮を洗濯する。
言葉遣いが丁寧で、長屋にそぐわない気品もおば様方を騒がせた。
「きっと元はお武家さまの子なのよ」
「廃刀で御家は没落、それで一家離散して勤労青年なんだわ」
などと陰ではいわれている事を、勿論桂は知らない。
さながら隣の国の有名俳優である。
「あとでお節持っていってあげるよ」
そう云って肩をぽんと叩かれると、桂ははにかんで
「済みません、皆様にはいつも色々頂くばかりで・・・」
と少し俯いて応えた。
その様におば様方はきゅん・・・と胸を詰まらせる。
「いいのよいいのよ、もう!」
顔を赤らめて皆でまた洗濯の作業に取り掛かった。

エリザベスは長屋の外には姿を出さない。
いつも縁側から表に出る。
なので桂は一人暮らしだと思われているのだ、
一緒に帰宅する時も長屋の手前でエリザベスは道を反れ、
縁側の方から回って家に入る。
外出時も縁側から出て、少し離れたところで桂を待っている。
「エリザベス・・・俺がお尋ね者なばっかりにお前に要らぬ気遣いばかり
させてしまって・・・済まないな。お前は本当に優しい・・・」
桂は目を潤ませて、いつもそんなエリザベスを労うのだった。


洗濯を終えて縁側の外にある小さな小さな庭にある物干し竿に
皮を丁寧に掛けた。
皺を一つ一つ伸ばして、ぱんぱんと手でならす。
さて昼飯だ、と踵を返したときに髪が引っ張られたのだ。
桂はそっと背中のファスナーから髪を外した。
こういう時のエリザベスは桂が居ない隙に、若しくは居ても
ちょっと目を離した間にいつも通りの姿になって帰ってきている。
なので桂は皮の中身のエリザベスを知らない。
テレビ出演の際に見た姿はショックのあまり記憶に無かった。
「エリザベス・・・」
だらりと干された皮に向かって呼び掛ける。
この切なげな表情を見たら、卒倒するおば様がいること請け合いだった。


味噌汁と炒め物、タクアンで昼食を済ませると、
干物を焼いてちゃぶ台に茶碗とお椀をひっくり返して並べ、
手ぬぐいを上にかけ、さらさらと「帰りが遅くなるかもしれないので
これを食べなさい」とエリザベスに書置きする。
はた、と思い起こして書き足す。
「川島さんがお節を持って来てくれるといっていたので、戸口を見て
おいてくれ」

「よし、と」
桂は筆ペンに蓋をすると立ち上がり、羽織とマフラーを手にして
出かけた。これから呼び込みのバイトで、それが終わったら会議だ。
「年が明けるまでには家に戻りたいな・・・」
そう思いながらマフラーを巻く。







「ただいま」
がらりと引き戸を開けると簡単な台所とトイレと風呂があり、
そこからもう一つふすまを開けるとエリザベスが明かりの中で
ちょこんと座っている。
そして小さな灯油ストーブが部屋を暖めていた。
「エリザベス・・・お前コレ・・・」
と驚いて呟くとエリザベスはこくりと頷いた。
ヒートアイランド現象で、熱気のこもった都心部とはいえやはり冷える、
「・・・っつ」桂は驚きと歓喜で目を潤ませた。
「お前・・・何と優しい・・・」
と漏れるように口にすると、エリザベスはすっくと立ち上がり、
台所へ出て行くと小さな備え付けの冷蔵庫からお節の重箱と、
熨斗の巻紙付きの酒瓶を持ってきた。お屠蘇だ。

桂がはらりと涙をこぼすと、遠くからごおん・・・と余韻を残す
除夜の鐘が聞こえてきた。
はらはらと涙を流しながら「あ、あけましておめでとう、エリザベス」
と深深と頭を下げた。エリザベスも窮屈そうに深深と身をかがめた。


川島さんのお節と、エリザベスの買ってきてくれたお屠蘇をつつき、
暖かい部屋で二人は眠った。
ひとつのセンベイ布団で眠るエリザベスからはお日様の匂いがした。
「明日は帰り道に買ってきた餅でお雑煮を作ってやるからな・・・」
桂はエリザベスをそっと撫でて云うと、目をつむった。







END


あっははははは!!ぶあははははははは!!
すいません、すごく楽しいです私!!!!
何だコレ、一杯の掛蕎麦か?!清貧な新婚か?!
も、ラッブラブ!
出だしは髪の長い友人がカバンのチャックに髪を挟んだ処から
生まれたMOEエピソードですが、ここで情事の後の銀さんないし坂本の
服にはさまるとかじゃないんですよ、それで書こうかとも思ったんですが、

やっぱりアタシ、エリヅラなの・・・・!!!

桂カップリはこれしか考えられません。
尽くし合い想い合い、相思相愛のエリヅラ。
タイトルは「清く貧しく美しく」の略です。だってぴったりなんですもの。
あー楽しい。うっくっく。
私と上記友人の二人しか楽しくないSSかも知れません、
ヅラブ!な方是非コメント下さい。
銀迦ちゃんのお友達は山崎スキーかヅラブ、と聞いているので。
勿論それ以外の方も。

というわけで桂で今年は締めくくり。皆様良いお年を。愛を込めて。
来年も宜しくお願いいたします。
かなり単純にリクエストにはお応えしますので、せいぜい遊んでやって下さい。

銀鉄火


2004年12月30日(木) 茨の覚悟 (土→近)


自分の考えを自分で信じられなくなったら終わりだ。



覚悟せよ。
心を決めよ。
それでいいのだと。
それが間違ってはいないのだと、
正しくは無くても。
正しくは無くても。




近藤さんが帰ってきた。
記憶を一時失くしていたそうだが、
すっかり元通り、いつものぴかぴかの笑顔で帰ってきた。
「いや〜お妙さんの玉子焼きを食ってから記憶がさっぱり無いんだわ、
幸せすぎて天国行っちまったのかなあ、俺」
ああ、ぴかぴかの笑顔。
「しっかりしてくれよ、あんたがそんなじゃあ示しがつかねェ」
すまんなトシ、と云って破顔した。
多分今俺は苦い顔で笑ったな、と思った途端にいたたまれなくなった。
近藤に背を向けて部屋を後にした、早足で自分の部屋に駆け込む。

「・・・っつ・・・う。っく・・・ふ」
帰ってきた、近藤さんが帰ってきた。
俺のところに戻ってきた。
後ろ手で襖を閉めた途端に一気にこみ上げる。
片手で口をきつく押さえつけても、嗚咽がこぼれた。
ぼろり、と溢れた涙は止まらない。
そのままずるり、と座り込むと背中で襖がガタリと音を立てた。
土方は目を見開いて、自分で自分の口を封じて泣いた、
片方の手で立てた膝の部分を強く強く握り締める。
「はあっ・・・、ふ・・・う・・・く・・・」
手までが震え始め、土方は頭を抱えて唇を噛み締めた。
更にぎゅうと掴んだ膝に力を込める。
もう、戻らないんじゃないか。
そう思うことがしばしばある。
そんな筈が無い。
そうも強く思う。
でも、でも、でももう、戻ってこないんじゃないか。
「・・・ゥあ・・・あぁっ・・・」
自分で自分の考えに恐怖して、更に涙があふれ出た。
どうかしてる、帰ってきただろうが近藤さんは。

でも、今度は?
次は?

「・・・うーーーーーっ」
両手のひらで目を押さえた、まるで迷子の子どものようだ。
不安で不安でしょうがない。
あの人が無茶ばっかりするから?あの人が桁外れのお人好しだから?
あの人が優しすぎるから?あの人がいつも先を走っているから?
違う。
あの人の背中を見続けることを選んだのは自分だ。
俺が、近藤さんを、好きだから好きでどうしようもないから、
想っても想っても焦げ付くばかりで、ただ好きだから、
だから俺が不安で不安でしょうがないんだ。
近藤さんが心配なんじゃなくって自分のことが心配なんだ。
あの人が愛されることが心配なんだ。
あの人が愛することが心配なんだ。
俺が、痛いから。苦しいから辛いから悲しいから悔しいから。


「ううっ、・・・・・・ひっく」
泣きじゃくって酸欠になって、頭までがガンガンしてきやがった。
無様すぎる。
ずび、と鼻を啜って「っはーーーーー・・・」一息深くつく。
「・・・はぁ」
目蓋が熱い。
立てた両膝の間に俯いた頬からはまだ涙が伝ってぱたぱたと畳みに
染みをつくる。

最悪だ。

側に居られればそれでいいと決めたんだろう。
側に居れば、いつか、そのうち、自分を見てくれる、
自分を想ってくれる、そんな期待をしていたのか?
肩を並べて闘うことを選んだつもりが、下心では待っているのか?
側で待っていれば、いつも近くに居れば、何とかなるとでも?
側に居さえすればどうにかなるとでも?叶うとでも?

ただ、側に居られさえすればいいって、思って、
それで俺は。決心したつもりが。
もしかしてそれは口実で、ただどうにもならないことを先延ばしにして、
待ってれば何とかなるって、思ってたのか?


また止まった涙がじわりと滲んで来る。
嘘だろう?
そんな・・・そんなこと・・・嘘だろ。
「・・・いやだ・・・」
小さく低く呟いたのは、そんな自分が嫌なのか、
それとも結局やっぱり近藤さんが誰かと愛し愛される関係を結ぶのを
見るのが嫌なのか、解らなくて尚のこと鋭く重く突き刺さった。
「わからない」と「いやだ」がぐるぐるして、惨めな気持ちばかりが
鮮明になってくる。
こんな執着など自分ごと消えてしまえばいいのに。
自分の考えを自分で信じられなくなったら終わりだ。


何を信じればいいんだろう?
自分しか無いだろう?
なのにそれが信じられないんだ、本当なのか嘘なのか判らないんだ。
どうすればいいんだろう?
どうしたらいいのだろう。




虚脱状態でどれくらいの時間が過ぎたのか。
外はもう暗くなっている。
何も答えは出ない、何も確かなものが見つからない。

「土方さーん、飯の時間ですぜィ」
すこし遠くから総悟が声をかけてきた、もうそんな時間か。
近藤さんが戻ってきたんだ、揃って飯、そして会議。
出ないわけにはいかない。
ここにいる以上は。

あああ、もうそれしか確かではない。
ここにいる以上、居続けようと思っている以上、
やらなければならないことがある。
それだけが確かだ。


覚悟せよ。
心を決めよ。
それでいいのだと。
それが間違ってはいないのだと、
正しくは無くても。
正しくは無くても。

確かでは無くても。
自分ひとりの想いがどうであれ、なる様にしかならない。
自分を疑いだしたらきりが無い。

信じるしか、出来ない。
何があっても最終的には大丈夫な自分を。


洗面所に寄って顔を洗う。
横の厠から出てきた総悟が「土方さん」と云って
自分の頬をちょいちょいと指差してきた。
土方は片眉だけを吊り上げてから鏡を見ると、嗚咽を封じるために
押さえつけていた自分の指の跡がうっすら赤く残っていた。

鏡に向って、小さく鼻で笑ってから
「総悟、飯食いに行くぞ」とだけ答えた。

「へいへい、土方さんが干乾びないように俺が茶を淹れてあげまさァ」
土方は返事をしなかった。
薄暗い廊下を、きしりと小さな音を立てて踏み出す。


それしか、出来ない。








END

今度のジャンプで無事に近藤さんが記憶を取り戻して隊に帰るか
わかりませんが。
土方(私の中では三十路越え)がわんわん泣いてますが、
恋は人の心を剥き出しにしますから、いいんです。(開き直り)
辛いよなァ・・・好きな男と生活共にして、帰ってこない夜とか、
昨日と同じ服とか、知りたくも無い変化に気付かされたりとか、
耐えられないよなあ・・・。

桂書くとか云ってごめんなさい。
先にこっちが浮かんでしまったので忘れないうちに。
明日は桂で締めさせて頂きます。大晦日。


2004年12月26日(日) せすじ (山土・・・?)




最近の歌舞伎町は騒がしい。
今まで何故あの悪眼立ちする銀髪が問題を起こさなかったのか
不思議でしょうがない。
何かあれば絶対にあいつが絡んでいる。
近藤さんの片想いもあいつんとこの眼鏡絡み。
そよ姫の脱走もあいつんとこのチャイナ娘絡み。
桂が江戸に戻って好き放題なのもあいつ絡み。
近藤さんがガマを庇って打たれたのもあいつ絡み。
総悟が幕府の裏事情、面倒事に首突っ込んだのもあいつ絡み。
高杉が祭りで騒ぎを起こしたのもあいつ絡み。
近藤さんは行方不明、どうせまたあいつ絡みに違いない。
何が万事屋だ、てめェで問題起こしてその尻拭いばっかりじゃねェか。

「疫病神め・・・」
忌々しく呟いて煙草をもみ消す。


「あー副長、ポイ捨ては止めて下さいって
いっつもいっつも云ってるじゃないですか」

背後から声がかかる、振り向くと山崎が間抜け面で立っている。
「なんだ、山崎か」
「なんだじゃないですよ、水道局からこの間苦情来ましたよ。
『おたくんとこの、あの瞳孔開いた副長サン、歩き煙草はするわ
それをポイ捨てするわ、溝に詰まるとこっちが困るんですよォ』って」
嫌味ったらしい口真似付きで「よいせ」と土方の足元の吸殻を
拾って携帯灰皿に捨てる。
山崎は煙草を吸わないにもかかわらず、携帯灰皿を持ち歩いている。

「溝の詰まりを掃除するのって大変だし、金かかるらしいっすよ」
監察の癖なのか、単に性格か、苦情や要望をマメに受け付けるのは
いつも山崎だ。
街のことを幕府のことを少しでも把握しようとする。
他にも何故か屯所の掃除洗濯もマメにやる。
惰眠をむさぼる非番の総悟の布団をひっぺがして干して、
キレた総悟の抜刀沙汰ですら何度かある。
炊き出しや掃除には人も雇っているにも関わらず、
わざわざ自分の時間と身体を使ってちまちまちまちまよく働くのだ。

「・・・変な奴」
土方は携帯灰皿をポケットにしまう山崎を見ながらぽつりと漏らした。
「へ?」
「何でもねェよ」
「副長に云われたくないなあ」
「聞こえてるんじゃねーか!この野郎!」
「それより副長、晩御飯何がいいですかねえ」
抜け抜けと聞こえていない振りをして話を逸らす。
小心なんだか向う見ずなのか、切れ者なのか阿呆なのか、
よく解らない奴だ。
「晩飯だあ?んなもん食えりゃ何でもいいだろ」
「副長は良くてもですねえ、隊士の健康管理、これ大事でしょう」
「は〜あ・・・密偵から医術から、掃除洗濯、家事育児、
全く有能な部下を持って俺は幸せだよ」
「育児はしてません」
真面目な顔で答える。本当に掴み所がない。
土方は目を斜め上に上げて口をへの字にした。
「最近冷えるからな、何かあったかいモン・・・」
「ああ、いいですね。じゃあ生姜たっぷりの豚汁でも作ろう」
「期待してるぜ・・・」
と云って踵を返そうとした土方の腕をがっちり掴んで
にっこりと笑った山崎は
「幸せ者の副長殿には、是非買出しに来て頂きたく」
と有無を言わさぬびしりとした口調で云い放った。

土方はこめかみをひく付かせながら
「しっかり者の奥様連中も吃驚だぜ」と
ワナワナする拳を押さえて応じた。


大食いの男所帯、確かに一人で買出しのできる量ではない。
二人で両手に野菜や肉をビニールでぶらさげて屯所に帰る。
「副長」
「あんだよ」
「副長ね、一人でいると凄く猫背になってるんですよ」
「あ?」
山崎は土方のほうを見ない、道の先を真っすぐに見つめている。

「背中まるめて、早足でつんのめるみたいに歩いてるんです」

山崎が何を云いたいのか解らずに、土方は煙草を口だけで咥えて
吸いながら山崎を見た。
両手は塞がっている、ビニール袋が音を立てる。


「俺はそれを見るの嫌で、つい声をかけちまう。
局長や隊士の前ではいつも背筋伸ばして、
真っすぐ前だけ睨むみたいにしてるから、
見てられないんです」


「そりゃあ、見っとも無い姿晒すなってェことか?」
「違いますよ」
山崎はきっぱりと即答して、ようやく土方の方を向いた。
「どっちも副長ですからね、見っとも無いなんて思いません。
ただ無性にさびしくなるんですよ、俺が。そんだけっす」
口角だけ上げて笑った。
土方はぽかんとした。


「お、今日は満月だ」
空を見上げた山崎につられて土方も上を見た。
そういえば、山崎は俺といる時によく天気の話をする、
夕焼けを見てはそれを知らせ、曇りの時は雨が降りそうだと云う。
その度に俺は、背筋を伸ばして空を見上げている。

土方は苦笑いをして、両手を空に突き出して思いっきりのびをした。
「あっ!そっち豆腐入ってんすから、あんま振らないでくださいよ!」
「うるせェ、豆腐くらいでガタガタ云うな」
のびをしたまま、苦笑いのまま、山崎の方を見た。
その苦笑いを見て、山崎は眉を下げて
「しょうがないなあ、副長は」
とくしゃっと笑って云った。



俺は今うまく笑えただろうか。
気付かないことが沢山ある。
近藤さんにも総悟にも、挙句の果てにはあの銀髪野郎にすら
「しょうがないなあ」と云われる。

「全くトシは苦労性の癖に無茶ばっかりするからなあ、
しょうがない奴だなあ」
「土方さんは余計なことまでグダグダ考え過ぎなんでさ、
本当にしょうのないお人ですぜ」
「いつ会っても疲れそうな生き方してるよねえ、
多串くんはしょうがない奴だな、困ったことあったら何でも
万事屋銀ちゃんに云ってみな」

「うるせーよ」
「オラ山崎、とっとと帰るぞ」
「はいはい」
「返事は一回でいい!」
「はい、副長」
山崎が不敵な笑みを浮かべるので、土方は気恥ずかしくてぷいと
顔を背けた。



この背中にしょっているもの、
大事なものだからこそ、それに押し潰される訳にはいかない。
担いでいくんだ。
満更じゃない。








END

わー!どうしよう!どうして私の書く土方はこうなの?!
というか私、クールな人とか書けるの!?
土方が素直すぎて恥ずかしい・・・。
これじゃただの気のいい兄ちゃんだよ!

今までもぽつぽつ出しては楽しんでいた山崎ですが、
本誌でもどばんと活躍してるし、ここらで山土といってみるか!と
意気込んでみました。
私の書く山崎は色々こなせて何だかいい男だなあ・・・。
よく人を見ているし、気遣いも上手、器用で世渡り上手な山崎には
土方みたいなのは不器用で不器用で、放っておけない存在。
年下の男の子にも翻弄され易い単細胞で苦労性な土方。
まあ、そういうイメージです。へたれ山崎も大好きだけど、どーにも
切れ者の曲者で不敵な人に思えてならないわ。

山崎好きな方、如何なもんでしょうか。
よし、次は桂だ!桂を書いてやる・・・・・・・・・・・!!



2004年12月24日(金) エラン・ヴィタール (TRIGUN・ウルフウッド)


守るために捨てたんだ、
奪うためじゃない、失くすためじゃない、
ああ自分はどうなったっていい、
命以外はどれだけ奪われても奪っても失くしても
殺しても殺しても殺しても、
傷付いても血反吐はいても、
恨まれても呪われても罵られても唾吐きかけられても、




選ばなければならない。
守れればいい。
それだけのこと、簡単なこと。
辛くなんかない。






「ワイのことは忘れてや」
「ワイのことは忘れてや」
「幸せになり。世の中ロクなもんやないけど、
おんどれらのために何でもするさかい」
「約束守れんでごめんな、リンダは器量よしや、
うまく生きて渡るんやんで」
「あんまりおばちゃん困らせたらアカンで」
「元気に大きゅうなりや」
「強くなって、ガキどものこと頼むで。
・・・強なってもワイと同じ様な目には誰も、もう
誰も合わせんから、安心して強くなりいな」
仕度の日の晩に一人一人のベッドを回って
頭を撫でて呟いた。
「メラニィおばちゃん、ホンマにありがとうな、
いっくら感謝しても足りひんわ。ワイの命で返すさかい、
此処で笑ってて・・・此処だけは安心して居られる
場所で・・・」
闇夜に目だけがぎらぎら輝く。
どんなことでも耐えてやる、
こんなことは繰り返させない、ワイで仕舞いや。
ぎりり、と唇と拳を握る。
「ニコラス、行くぞ」

「さよならや、みんな・・・」

もう二度と会うことはないやろう、会ってもワイやとわからんやろう。
分からん方がええわ。
異形の化け物、同じ空気を吸うことすら許されない、
汚れきったドグサレ殺人マシンにワイはなるんやから。
許されなくていい、
許されなくていい、
許されなくていい、
もう十分だ。十分笑いかけてもろた。包んでもろた。
許してもろたわ、これ以上何を望む?
「借りは返すで、ドタマひとつになってもおんどれらを
脅かす者は噛み殺したる」
守るために捨てるんだ、人間であること。
許されなくていい。
どんな姿になっても、後悔はしない。
誰も自分だと分からなくても、
もう誰も自分には笑いかけてくれなくても、
人間でなくてもいい、守りたいんや。




のたうちまわりながら生き延びて、殺して逃げて、
血と砂煙、爆風に硝煙、呻き声、
出会った赤い悪魔。人間台風。天災並みの脅威。
ああ、ワイには似合いや。

不吉の象徴、それだけが笑いかけてくる。

「ほらウルフウッド、煙草ばっかりじゃなくてドーナツでも
食べてみなって」
へらへらしよって、おんどれに石投げつける奴ばっかりで
笑いかける奴なんぞ滅多に居らん癖に。
それでも守る云うんか、誰も殺さんで。
守る云うんか、ドグサレも人殺しも強盗も強姦魔もジジイも
ばあさんも姉ちゃんも野郎もチビどもも、皆全部。
さすが天災は規模がケタ違いなんやな、ワイには理解できひん。
死なん化け物とは違うからな。

死ななくても、痛いのに違いは無い。
死ななくても、痛いものは痛い。

理解したらワイは終わりや。感化されたらワイは終わりや。
死んだらあかんねや。何が何でも死ぬ訳にはいかんのや。


明け方に悪夢で眼が覚める。
洗面台に吐き戻す、顔を上げて目に入る鏡の中の自分。
「はっ、老けたもんやでホンマ。・・・ワイは本当は幾つなんやろな」
正視できない自分の姿、見ないで済むようにサングラスをかけた。

戻れない、眩しい光の庭。たくさんの光。あふれる。
救いようのない世界で、救いなんてそこにも無いけど、
それでも誰も何も捨てなかった、全部受け入れた。
家族なんだ。
会わす顔なんてとうに失くしてしまった。
今自分がその中に入ったら、目が潰れるか、体が灰にでもなるか、
さもなくば「天罰ちゅうもんでも落ちるんかな」
ベッドサイドで自嘲気味に呟けば

「落ちないよ、ウルフウッド」

「タヌキ寝入りとはええ趣味しとるわ」
「じゃあ洗面所で君の背中でも擦ってあげれば良かった?」
ベッドにもぐっているトンガリは真顔だった。
「じゃかしいわ」
「サングラス、取りなよ」
「ほっとけ」
「いいから」
「寝ろや」
トンガリはもそもそと起き上がって手を伸ばしてきた。
傷だらけの歪んだ身体。いびつな腕。
サングラスを取られて、蔓をきちんと畳まれて
サイドテーブルにそっと置かれた。

「見てて、痛いから
・・・・・・もう少し賢く立ち回ってよ」

語尾は消えそうに小さなか細い声だった。
シャワーの後の髪ごと項垂れている。
「おんどれだけにゃ云われたないで、ホンマに」
「じゃあ眼は開けててよ、見ない振りするの止めてよ」
「それもおんどれよりは現実見とるがな」
「わからずや」
「アホガキ」
「あ、ウルフウッド、外。ほら月」
青白い満月が真っ黒の穴の開いたままで、
落ちてきそうになりながら闇夜にしがみついている。
ヴァッシュは立ち上がってベッドに腰掛けるウルフウッドを抱きしめた。
「おんどれのごっつい身体の方がよっぽど痛いわい」
こめかみにビスが当たる、頬に鉄板が当たる、
こいつは人間と違うけれど、生きている。痛みにのたうちながら。
「そうかな、お互い様だよ。僕ら」
「一緒にすんな」
「ふふ」
「気持ち悪い奴やな」
「ねえ、ウルフウッド」
「なんや」

「どんな姿でも構わないから、生きていてよ」

顔を上げたら金髪が頬にさらりと落ちた。
その中で碧青の眼がじっとワイを見とった。
「死ぬわけにいかへんのや云うとるやろ」
「うん。だからさ、死なないでね。
その姿で、呼吸をすることを続けて。君が何でも構わないから」
抱きしめている身体が震えている。
本当に本当に底抜けにバカだ。



もう向き合えない、美しくなんてあれる筈も無いし、
優しくしてやる手だって血まみれ、声は煙草と酒と叫びでひび割れてる、
地獄みたいな目ェして、徘徊するケダモノと同じかそれ以下。
許されなくていい、そう思って選んだんや。

ワイが何でも構わない?
おんどれは人殺しのワイを憎んどるやないか。
ああ、それでもいつも血ィ流れる勢いで怒るだけで、ワイのことを
突き放しはせんかったな。
逃げたんはいつもワイや。いつも先に逃げたんは。







「ワイのことは忘れてや」

守るために捨てたんだ。
守るために捨てるんだ。
いくらでも。
ベッドで眠りこけているヴァッシュに口の中だけで呟いて、
髪を撫でて、ウルフウッドは服を着て出て行った。


「ムジナの喰らいあい、つきあう事はあらへん」

「・・・お別れや  トンガリ」










END


エラン・ヴィタールとはフランスのアンリ・ベルクソンの哲学用語です。
エランは跳躍、ヴィタールは生命、んで「生の躍動」。仏語。
銀迦ちゃんも日記で書いてて、私が大分前に沖土で使った
「ヴィタール」という塚本晋也の映画の元々のタイトルです。

クリスマスイブ、「生の躍動」、・・・27日に10巻11巻同時発売を
記念して8巻ラストの前のウルフウッド。
好き過ぎて書けなかった彼、初書きです。
ヴァッシュ×ウルフウッドですけどね。
ていうかTRIGUN読んでる人が此処読んでくれてる人の中に
どれだけいるんだろう・・・。おすすめですよ。


2004年12月19日(日) 願い (ハウルの動く城)

身寄りは魔法使いの叔父さんだけだった、
その叔父さんもあちこちへと忙しく飛び回り、
ぼくはいつもひとりだった。
たまに帰ってくるとぼくに魔法を教えてくれた。
誉めてもらえると嬉しいから、いつもひとりで練習を積んだ。
「ハウル、凄いじゃないか。お前には才能があるね」
そういって暖かい手で頭を撫でて、にっこりと笑ってくれる叔父さん。


ある日叔父さんは帰ってくる予定の日に帰ってこなかった。
ずっと眠らずに待ってた。
部屋の隅っこ、ひとりで膝を抱えて何日も、何日も、
何日も、季節が一巡りしても叔父さんは帰っては来なかった。


頭の中で声がする、「お前に才能がないから叔父さんは見捨てたんだ」
「お前は美しくもないし、愛されないから叔父さんは帰らないんだ」
やめて。やめてよ。叔父さん助けて。
ぼくに、力が、あったなら。
叔父さんは帰ってきてくれる?


ふらふらと立ち上がって小屋を出た。
星が輝いていて、風がそっと吹いていて、さみしくてさみしくて、
もう涙も出なくって、うろうろと歩き回っていたら声がした。
いつもの声じゃない。
「よう、ハウル?変わった名前だな」
辺りを見回しても誰もいない、ただ草原が広がっているだけ。
「誰?何処にいるの?」
「お前のすぐ傍だよ。なあハウル、お前欲しいものはあるかい?」
「力が欲しいよ、魔法の才能が欲しいよ、
叔父さんに帰ってきて欲しいんだ。ひとりぼっちでさみしいのはイヤだよ」
「そうか、それならおいらと手を組もう、力をあげるよ」
「本当?君はだれ?」
「おいらはカルシファー、火の悪魔さ」
「あくま・・・」
「怖いかい?でも契約さえ結べばおいらとお前は一心同体、
いつも一緒だし力も手に入る」
「カルシファーはぼくと一緒にいてくれるの」
「そうさ」
「じゃあそうしよう、もうさみしいのはいやなんだ」
「よしそうしよう、お前に力をあげよう、その代わりおいらにも
何かくれよ。そうすれば沢山の力をあげることだってできるさ」
「何をあげればいいの?ぼく、何にも持っていないよ」
「あるよ、お前のあったかい小鳥みたいな心臓」
「いいよ、あげる。だから、いっしょにいて、ぼくといっしょにいて」
流れ星が降って来た。手の中で虹色に輝く光はとてもきれいで、
ああきれいなものはいいんだな、美しいものはいいなあ、と思った。
「おいらを飲み込みな」
「飲んでしまうの?こんなにきらきらきれいなのに」
「大丈夫、お前の中でもきらきらしているよ」
「本当?ならぼくもカルシファーみたいにきれいになれるかな」
そう云って飲み込んだ。
熱くって苦しかった、でもうれしかった。


「ハウル!待ってて!未来で待ってて!」
声がして振り向くと、星みたいな銀色の髪の女の子が叫んでいた。
知らない人だったけど髪も目も、きらきらしていて、本当に美しかった。
訳が分からなかったけど、きれいなことはいいことで、力があることは
ひとりじゃなくて、うれしいと思った。







何年もたった。
戦争があちこちで起こり、止むことを知らず人は殺し続け死に続けた。
マルクルを見つけたのは燃えさかる瓦礫の街。
4歳くらいの男の子がひとりぼっちで瓦礫の中で泣いている、
黒い羽をたたんで傍に寄った。
ぼくを見ると男の子はますますわんわん泣きながら飛び込んできた
「みんないなくなっちゃったよう!なくなっちゃったよう!
お父さんもお母さんも、おうちも全部、ねえお兄ちゃん!
何処に行ったの?!みんな何処に行っちゃったの?!
ぼくひとりだよう!」
そう云ってわんわん泣いた。
「泣かないで、君の名前は何ていうの?」
「マルクル」
「マルクル、ぼくといっしょに行こう?」
頭を撫でて、にっこり笑った。
またこれでひとりぼっちじゃなくなる。
ぼくが叔父さんにもなれるかもしれない。
胸がどきどきした。



それからは逃げ続けた。
みんな寄っていっても、ぼくの頭を撫でて誉めてはくれない、
笑ってくれない。ぼくの力を利用することしか考えていない。
戦争は大嫌いだ。ひとりぼっちになってさみしいから。
マルクルはかわいそうだ。
荒地の魔女は優しくしてくれた、でもぼくが他の人といっしょにいると
いつも凄く腹を立てた。ぼくが彼女をいつも誉めて、優しくしてあげないと
怒った。だから逃げた。
彼女もさみしいんだ、かわいそうだ。


魔性の力、悪魔の力、でもぼくは力を手に入れた。
でも叔父さんは帰ってこない。
ぼくは強くてきれいじゃないと意味がないんだ。
見捨てられるのが怖くて、だからいつも先に逃げた。
ひとりは怖いよ、怖くてたまらない。
置いてけぼりにされてさみしいくらいなら逃げよう。
ぼくの力だけ欲しがって利用することしか考えない人からも逃げよう。
戦争で人殺しをすることからも逃げよう。
怖いことからはみんな逃げよう。



誰か、ぼくの頭を撫でてにっこり笑って、安心させてくれないかと
いつもいつも願ってる。






END

オチなくてすみません。
ハウル観て来ました、愛の物語でしたね。
なので色々妄想してみた。

ハウルがさびしがりやで自分に自信がなくって臆病で弱虫で、
でも鳥になった時の残虐な目つき、
そして子どもの頃のまま時間が止まってしまっているのに
ええかっこしいで、愛しかったです。
マルクルはひたすらめんこかった・・・子どもキャラを愛しく思うこと
なんて滅多にないのになあ。
ソフィーはおばあちゃんになったことで、初めて自分に自身が持てて、
そうして強くなって、持ってた力を発揮しまくりで、たくましくて
しっかりしてて、優しくなって、素敵でした。
荒地の魔女が相当愛しくて仕方がなかったです、大好きです。
カブも健気で可愛かった・・・ら皇子様だった!わあ。
お師匠様も最高にいい女です。お稚児趣味なとことか・・・。
カルシファーかわいかった、めんこい・・・そして頼りになる。

話の内容はちょっと詰め過ぎで、展開早かったしもっと時間かけて
練りこんで欲しかったけど、ひとりひとりが懸命に生きることの
はかりしれない愛情を感じました。
エゴでも何でも、それでもしっかり生きることって、うれしいね。
そういう中で他人と一緒に生きることってうれしいね。

でもって戦争がものすっごく怖かったです。怖くて泣きました。
ハウルが夜な夜な戦いに行ってたのは悪魔の力のせいなのかな・・・、
そこが分からなかったですよ。

映像も千尋みたいにCGが浮いてなくて、違和感なく観られました。
音楽もねー、久石節全開で、同じメロディのアレンジ違いっていう
シンプルさが良かったなあ。

声も、全然気になりませんでした。美輪さまはええのう。


2004年12月12日(日) タリヨンの原理/存在の耐えられない軽さ (高そよ)



生きてきた場所が違う、見てきたものが違う、
感じたことが違う、してきたことが違う、
何もかもが違う。
生きていることにすら違いがある。



落魄、という言葉が高杉の頭をよぎった。
自分は落ちぶれた。この娘は落ちぶれるものならそうしたい。
虚しい。

胸のうちで燃える憎悪も踏み躙られて灰屑となる。
この娘が産まれた時に、どれだけ、どういう人間が死んでいったのか、
なんて、知る由もないことなのだ。
誇り、そう胸に輝いていた誇りもこいつらに踏み躙られて、
命も体も魂も全部ゴミ屑になった。誇りごと全部。
守ろうとしたものに突き放されることの無惨さ。
だから俺は復讐しようと思った。
持ってたもの全部失ったから、失わせようと思った。
殺されたから、殺そうと思った。
憎まれたから、憎もうと思った。
嘲笑われたから、嘲笑ってやろうと思った。
すごく悲しかったから、すごく悲しませてやりたかった。

「何にも帰ってこねーよ」
いつか俺に銀時が云った。


・・・それは知ってる。


夜が明け始めた、薄ら青い中にふたり立ち尽くす。
稜線の上に雲が立ちこめ、細い日の光が指し始める、
空気までが青く染まったような中で、薄紫の空を背負って、
二人は立ち尽くす。


「・・・お名前は、何と仰るんですか」
「・・・高杉晋助」

呆けている高杉は酷く傷付いた表情で、包帯と髪で隠された
片目からは血と涙が流れ続けているように見えた。

知らないで済ませられたら、誰かがこんな風に血を流し、
泣くことなどない。

そよは自分の胸までもが激しく痛むのを感じた。
私が知らない知らない、何も知らないと喚いている間に、
今もこんなに、こんなにも傷付いている人間が居る。
他所の国の昔話で読んだ。
王は、自らが父親を殺し母親と性交したことを知って、
目を刺して、盲目となって国を去った。
私はそれでも、まだ何も知らないと思う。
この人はほんの一人に過ぎない、他にも、どれほど血と涙に溺れる
人間が居るだろうか、・・・想像もつかない。
本当に私は、あさましいだけで、私というものを知らない。
立場だけが一人歩きし、それだけが何よりも優先された。


「高杉さん、私を行かせてください。
私には自分の立場の責任を取る資格すら在りません」


声が震えていた。まだ15の小娘に、それを認めることは
自分の存在の可能性よりも、閉ざされた可能性のほうが
大きいということを告白することだ。
高杉はゆっくりと顔を上げた。
生きている意味も死ぬ意味もないと告白することだ。


決して交わらない線の上で、それぞれが存在の凶暴な軽さに苛まれている。



ひょっとすると殺すよりも残酷な枷をこの小娘に科したかも知れない。
自分自身の無意味さという枷。
自分自身に何もないという枷。
俺に科せられ、そして生きろと命じる枷。


「お前・・・悲しいか?」

何が、とは高杉は云わなかった。

「はい」


「それでも、俺はお前たちを許さない。死んでも許さない」
もうそよに何を云っても自分に跳ね返ってくることは高杉には
分かっていた。何もかもが違うのに、それだけが違う意味の上で
自分に跳ね返って、血を流させる。

それでも、俺は俺を許さない。死んでも許さない。



「行けよ、俺の前に二度と姿を見せんな」


「はい。
・・・でも私忘れません、高杉さんに突き付けられた刃のことを。
私には殺される価値もないということを知らせた、刃のこと」


「うるせェ、さっさと何処へでも行け」



すれ違い様、そよは云った。
「ありがとうございます、高杉さん」
小さな声だった。





目には目を、歯に歯を。
悲しみには悲しみを、枷には枷を。
痛い。存在の耐えられない軽さが。

同じことを思っても、二人は決して相容れない。








END


カフカの次はクンデラです!しかもオイディプスです!
我ながら阿呆です、分不相応にもほどがあるよ・・・。

えーこの後そよちゃんは神楽ちゃんと会います。
そういう小細工だけはオタクの真髄(妄想)として描いていますよ、
描いていますとも!
は〜・・・高杉とそよちゃん、本当に噛み合いません。全く。
そこが何よりも妄想をかきたてる。
これが高そよなのかと追求されたら・・・取り敢えず泣いてみます。

誰か感想・・・頂戴・・・。


2004年12月07日(火) タリヨンの原理/審判 (高そよ)


たった一日でいい、もう我慢が出来ない。
ほんの少しでいいから、自分の足で立って、御簾越しではなく直に見て、
その空気を吸いたいと。一日でもいいから。

実を云うと城の造りがどうなっているのかも、そよは知らなかった。
将軍家の者が出入するのはほんの一部分、自分の住む家がどういう
構造なのかも知らないなど、籠の鳥と同じだ。
とにかく自分の手持ちから、一番地味な着物を選び出し、
何とか監視の目をかいくぐって女中の草履を失敬した。
これだけでも着る物から食事、睡眠に排泄まで全てを管理されている中で
こなすには相当の骨が折れた。
毎日毎日隙をうかがい、ようやくの思いで服と履物の手配をした。
自分は何も出来ない、何も許されていないのだと、
それは思い知らされる毎日でもあった。
日ごと息苦しくなって、苛立ちが募り、自分の出生を呪った。
何故、この将軍家などに生まれたのか。


いざ実行の手はずが整うと今度は不安に駆られた。
実行できるのか、この何も出来ない自分に。
私には、一人で何が出来るの?




それでも退くに退けないと、自分を奮い立たせて、
夜中にそっと寝室を忍び出た。
動悸で鼓膜が破れそうなほどに緊張する。
見つかったところで元の籠に戻るだけだ、私に失うものなど
何も無い。だって何も持ってすらいないのだから。
科せられた「将軍の妹」という肩書き以外に何も。


夜気が心地いい、呼吸が楽になる。
見回りの影に隠れては進み、隠れては進み、何とか表にまでたどり着いた。
女中の履物をそっと下ろし、突っかけて辺りを見回した。
使用人の勝手口は窓の上からでも見えたので知っている、
おそらく警備が居るだろうが、注意を逸らせば何とかなるのではないか。
何もかもが仮定、知っていることなどほんの少し。

案の上灯りの元に佇む警備の侍を見て、そよは身を隠した。

ふっと横に滑り込んできた影。
気配などまるで無い、音すら立てなかった。
口を塞がれて悲鳴を上げることは出来なかったがそれは悪いことではない。
目だけで後ろを見ても真っ暗で、目だけがぎらぎらと輝いている。
囁かれた「お前、こっから出たいんだろう?」という問いかけに
背筋がぞっとした。それは真実なのだが、この刺さるような邪気は
何なのか。この男は何者なのか。
恐怖と不安とがない混ぜになって頭の中が白く弾ける。
それでも頷いた、私はここから出たい。それが私に分かる確かなこと。
そうすると影はまた飛び去り、どさりという音に振り向けば
門番が倒れている、血は出ていないし杖のような刀も抜かれていない。
ぼんやりとした灯りに照らされた影は、俯いていたけれど
細くて骨張っていて、その尋常ならぬ動きや声色からは想像できない、
か細いものだった。そのまま消え入りそうに見えた。

顔を上げて手招きをした。
そうして見えた表情、長めの髪が隠してはいるが隻眼に包帯、
年齢は自分よりも十ほど上だろうか、どこか時を止めてしまったかのような
異質な雰囲気の、暗い表情の男。
禍々しい雰囲気と、その姿にはひどく違和があった。



そよは意を決して植え込みから姿を出した。
この男は自分が何者なのか知っている、そうして自分の意図も。
心を決めるしかなかった。

そよの姿を無表情で、本当に抜け落ちたかのような無表情で
見やった後に男は勝手口の内鍵を破壊した。
抜いた刀の光が目に焼きつく。
それに意識が囚われていると「さあどうぞ、・・・・・・・そよ姫?」
呼びかけられてはっと顔を上げる、しまった、これでは自分の素性を
肯定したも同然だ。
静寂が場を満たした。
男は続けて「お早く、じき見回りが来るんでね」と云った。
そうしたことまで熟知し、浪人の風体で仕込み刀、深夜の入城、
隻眼、派手な着流し、真っ当な侍ではない。この男はー攘夷志士だ。
敵意を持ってこの城に潜入したはずであろう男が、
何故自分の脱走を手助けするのか。
兄の命でも狙いに来たであろうのに。
思うことは尽きなかった、けれど考えている余裕はない。
そよは門へと駆けた。



男を見向きもしないで門から飛び出てそのまま走った。
走ることなど何年ぶりだろうか。
すぐに息が切れ足がもつれる。
自分の肉体を感じた、ああこれは私の体!
足音すらしなかったのに男は横に立っている。
「あなたが何者で、何のために城に入ったかはお聞き致しません。
私が城を出ることを手伝って下さって有難うございます」
切れる息を堪えてなるべく冷静に、毅然と述べた。


この小娘、やはり莫迦ではない。しかし無知だ。
高杉は心の中で嘲笑した。
籠の鳥が、籠から出たところで飛べるはずがない、
飛ぶための羽など切られているのだから。
さてどうするか。ただ殺しても仕方がない、
どうすれば楽しいだろうか?

「私を殺すのは構いません、けれど一日だけ待っては貰えないでしょうか。
一日で私が城に連れ戻されるか、それとも見つからずに終えられるか、
待って欲しいのです。
・・・連れ戻されなければあなたの好きにして下さい」



高杉は動揺した。俺の狙いも一定の素性も分かった上でこの娘は
こんなにも傲慢なことを云うのか。
怒りとも驚きとも、もう分からない激しい感情が流れ出した。
焦点すら合わせられない、眩暈がする。
思った瞬間に刀を抜いてそよの首に突きつける。
「てめえがそんなことを云える立場か・・・待てだと?
お姫様の我侭が城の外でも通用するとでも思っていやがる。
目出てェな、おい!!」
我ながら頭の悪い物言いだ。
吐き付けたいことなら幾らでもあるのに、どうして今
こんなことしか云えないのだろう。
悔しい、こんなにも踏み躙られることが。

「我侭は承知しています、けれど、けれど・・・
少しの自由でいい、それを私に許して下さい!」
そよは震える体を自らで押さえて、高杉の目を見ながら
きっぱりと云った。
やっぱり・・・。
この男に私の云うことの意味は分からないだろう、
今ここで斬り捨てられても何の不思議も無い。
どうせ最期なら好きなことを云わせて貰う、我侭なんて本当は
何一つ許されたことはなかったのだから。

刀の切っ先も震えていた、男は視線だけで息の根を止められそうな
目つきで睨みつけてくる。
ああ、でも泣きそうな表情だ。



「どこまで勝手なんだ・・・つくづくてめェらは人の命を何とも思って
ねーんだなァ!!」
怒鳴ってから高杉はどこか別の処で考えた、
今俺は何て云った?
それは自分も同じことではないか。
俺にこの娘を責める資格があるのか?
自分自身が同じことを自分の勝手でしているのに・・・!

「人の命って何ですか。私は自分の命ですら感じられない。
あなたには分っている人の命の意味が、私には分からない!
飾り物の幕府の、飾り物の将軍の、その妹に何か分かると、
何を知っているのだと思いますか!」
こんなことは言い訳だとは私にも分かる、でもこんな風に思ったことを
云うことすら叶わない、大声を張り上げることが喉を傷めるまでに
衰えている私のことなど誰が分かるだろう。

「はっ、こうやって刃物突き付けられても自分の命が分からねーのか。
何にも知らないでのうのうと生き続けてるのか!
それがどれだけの犠牲の上に成り立ってるのか、知りもしない癖に、
生きてることすら分からねェって云うのか!」

「攘夷戦争のことは学びました、沢山の死者が出たことも」

上げ続けて、力みすぎていた腕がだるい。
高杉は刀を下げた、本当はそのまま脱力してへたりこみそうだった。
視線を落とすと、自分の掌に爪の後がくっきりとついている。

「お前、年は幾つだ」
「15です」

「本当に・・・何も知らねーんだなあ・・・」
どれだけ死んだか、誰が死んだか、誰を殺したのか、
何のためか、何のためか、何のためか。


「私たちの一族と、あなたたちの誇りを守るために戦ったのでしょう?」





ぴんと張った細い細い線の上に、向き合って立っている。
どちらかが今にも落ちそうな細い線の上に、何の支えもなしに。
決して交わらない線の上に。



何て無情な判決だ。







NEXT

すみません、長くなったのでまだ続けます。

タリヨンの原理というのは「目には目を、歯には歯を」の報復原理です。

城と審判はカフカから取りました。
向き合った不条理の前に人はあまりにも無力にならざるを得ない、
そういうカフカの作品性を反映させたいがためです。

すげー力の入れようです。
分不相応なテーマを選んでしまった・・・!
よし続き頑張ろう。




2004年12月06日(月) タリヨンの原理/城 (高そよ)


目には目を、歯には歯を。
憎しみには憎しみを、怒りには怒りを、
牙には牙を、呪いには呪いを、恨みには恨みを、
後悔には後悔を、死には死を。



思っていた以上に手薄な警備に驚いたほどだ。
「はっ、お飾り将軍が。惨めなモンだぜ」
警備兵の背後に回って小刀で喉を裂いた。
声を出す間もなく与えた死。

城の外堀の巡回兵が回ってくる前に壁を乗り越えた、
赤外線スコープひとつあれば掻い潜れる要塞。
これがかつて命を賭けて、多くの仲間を死なせてまで
戦ったこの国の本拠地かと思うと反吐が出る。
高杉は忌々しい思いにひどく苛立った。
ヅラも愚かだ、ちまちま攻撃などしている暇があったら
ここを狙えばいいのだ。
あいつらが持っている爆弾の総量を、四方から投げ込めば
この城は陥落する。
きっと驚くほどに容易く、あっけなく。


そうしないのは、将軍を殺したらいよいよこの国の実権を
天人が掌握するからだ。
ならば飾り物の張りぼてでもあった方がマシというもの。
本当に何もかもが不毛だ。


高杉は暗闇に潜み、人気の無い城に入った。
構造は城仕えの女中から聞き出した、そして殺した。
さんざん死んでいるのだ、今更少々の犠牲などに何の意味があろう。
自分を含めてもう死んでも意味なんて無い。
きっと昔死んだ奴らの死にも意味なんて無かったのだ。
将軍の首が取れなくてもいい、自分が死んでも良い、
ただやりたいようにするだけだ。
将軍の妹の首でも河原に飾って、そうしたら将軍はどう出るだろうか、
そうも考えてはいるが、きっと何も変わらないだろう。
今更、攘夷思想によって妹が殺されたところで将軍自体引き返せない、
天人に反旗を翻しても勝ち目は無いのだ。
ふっと虚しくなってきた。
俺は何をしているんだろうか。
ここまで分かっていながら、何故。

まあいい、もういい、獣の呻きに従うまでだ。
無意味には無意味を。
何もかも上塗りして、無駄に無駄を重ねて、そうやって生き永らえてきた。
きっと、本当は壊せるものなど大した物ではないのだ。
どうでもいい。



美しく手入れされた庭には潜む場所が無い。
一息で廊下に滑り込み、曲がり角に身を飛び込ませた。
京に流れてきた元お庭番衆から潜入の話をよく聞いていたが、
まさか実践する日が来るとは。
軽い足音がして、高杉は息を潜めて気配を殺した。
静かに襖を開けて、庭に様子を伺いながら少女が出てきた。
「・・・?」
少女は柄は質素だが、かなり上質な着物を着ている、女中の類ではない。
そもそもこんな時間に表に出てくること自体不自然だ、
ましてや忍び足であたりをきょろきょろと不慣れな動作で窺いながら。
一瞬窺う動作で少女の顔が見えた。
月の無い晩でも夜目は利く。
高杉の口角がつり上がった。

こりゃいい、まさか自分からお出ましとはな。

時の将軍の妹、そよ姫。
小柄で清楚、聡明そうな面立ちに無垢な雰囲気、明らかに低い身体能力、
そんな奴が夜中にこそこそと出てくるとは願ってもみない好都合だ。
しかし一人で、一体何をしようというのか。
将軍家の者は一人になることなど許されない。

面白れェ、せいぜい首を切り落とすまで見ていてやろうじゃねえか。

そよは手にしていた草履を地面に置き、静かに履くとおずおずと
小走りで走り出した。

城で働く者が使う通用門の方だ、あの小娘、もしや。

通用門の前には当然門番がいる、そよはそれを見て植木に隠れた。

・・・そういうことか。

高杉は声を出して笑いたい衝動にかられ、堪えるのに一苦労した。
体の中で暴れまわる獣を押さえつけ、音も立てずにそよの横に
身を滑り込ませた。
咄嗟に悲鳴を上げそうになったそよの口を骨張った手で塞ぐ。
「お前、こっから出たいんだろう?」
たっぷりと甘い毒をこめた声で囁く。
そよは目を見開いた後に、じっと高杉の目を見つめ、そして頷いた。
高杉は手を離し、植木から飛び出すや否や門番の背後に回り、
仕込み刀の柄で昏倒させる。振り向いて手招きをした。
そよは辺りを見回しながら高杉の方へと姿を現した。
門の横に掲げた提灯で照らされた姿は、本当に華奢で、真っ白な肌、
手入れの行き届いた髪、そのひとつひとつが浮世離れしていた。
将軍家の人間をこんなにも間近で見るのは初めてだった。

細胞の一つ一つが憎悪でざわめき立ち、残虐な色に染まる。

目には目を、歯には歯を。
憎しみには憎しみを、怒りには怒りを、
牙には牙を、呪いには呪いを、恨みには恨みを、
後悔には後悔を、死には死を。
そいつが道理ってもんだろう。なあ?


通用門の内鍵を斬って壊し、小さな軋みを上げて扉を開けた。
「さあどうぞ、・・・そよ姫?」
潜めた低い声は自分でも可笑しいくらい道化じみていた。
はっと顔を上げたそよの目は、黒くて、暗く澄んでいた、
夜の湖のように。
その佇まいも、周囲も、しんとした夜に、
高杉の体の中だけが赤黒く渦を巻く。

「お早く、じき見回りが来るんでね」

猫なで声にありったけの憎悪を、呪詛を。
浮かべた薄笑いにありったけの殺意を、憤怒を。



面白いことになった。
無意味の上塗り、行くところまで行ってやろう。
髪の先まで感情が流れ込み、体ごと破裂しそうだ。





NEXT


高そよです。
銀迦ちゃんにお言葉を送られた方、よもやこんな処でMOEを発動
されているとは思ってもいらっしゃらないでしょう。
申し訳ありません、発動してしまいました。
城から出るまではほんの序章、我ながら雑な文章です。

続きを書ききれるのか、頑張れ私。


2004年12月05日(日) そこにあった(銀さん回顧)


昔、そこにあった。
いつもそこにあった。
手を伸ばせば届く距離に。



今は、もう、無い。
過ぎ去ったもの、戻らない時間、愛しくて愛しくて、
それでも、それでも、ああ自分は。
先に進まねばならないのだ。
もう、戻らないから。時間も人も何もかも。
先に進む以外に、何が出来るだろう。
終わったんだ、帰ってこないんだ、
終わったんだ、失くしたんだ。
終わったんだ、終わったんだ、終わったんだ、
仕方ないんだ。

当たり前の様に触れていたものが目の前から無くなる。
居なくなる。
当たり前の様に触れていたものに触れられなくなる。
伸ばした手の先に何も無い、誰も居ない。
もういない。



真夜中に眼が覚める。
静まり返った部屋、そこに独り。
驚いた後、そうだったと気が付く。
自分が捨ててきたのだと。
してきたことの無価値さ、残されることの悲しさ。
もう捨てるしかなかった。
でなければ生き続けられなかった。
あまりにも悲しくて。
あまりにも苦しくて。
あまりにも重くて。ただただ重くて。
そのことが更に悲しくて。
意味があると思っていた、価値があると思っていた、
譲れないと思っていた、でも、でも、手放せるものだった。
あんなにも必死でしがみついていたのに。
悲しい。
それでも自分は生きていける。
しがみついていたことは嘘じゃない、かけがえが無かった。
代わりなんて無かった。
けれど、失くしてしまった。
けれど、生きていくしかなかった。
失くしても生き続けていくしかなかった。


嗚呼、嗚呼、恋しい。
今はただ恋しい。
恋しいんだ。
恋しいんだ。
恋しいんだ。
恋しいんだ。
恋しいんだ。
死んだ者、逃げた者、去った者、帰らない者、
信じて走ってきた日々。

当たり前の様に触れられていたのに、
もう触れられないんだ。
もう、触れることが出来ないんだ。


笑顔、温かさ、力強さ、安心、希望、勇気、励まし、心のよりどころ、
涙、怒り、苛立ち、不安、腹立たしさ、優しさ、悲しさ、虚しさ、
意味、無意味。
不条理。



別のものに触れられるだろう、人でも物でも思想でも。
自分は、生きているから。
まだ生きているから。



でもそれが、本当に幸せなのか分からない。
不幸せでも、苦しくても、破滅しかなくても、滅びるしかなくても、
それでも、
それでも、
それでも、
俺はそれを信じていた。
すがっていた。
しがみついていた。
それが良いことなのか悪いことなのかなんて分からなかったし、
問題じゃなかった。
でも、やっぱり悪いことだったのだと、失ったことが叫ぶ。


手放せば何て容易い。
あまりにもあっさりと。
容易いことだった、信じていたのに。



恋しい。悲しい。



そこにあった。
昔そこにあった。
いつもそこにあった。
俺たちはそこに生きていた。
生きていたんだ、間違いなく。
間違いであっても、生きていたんだ。


昔。
もう昔。
今は、違う。




真夜中に眼が覚めて、
また眠る。







END


高杉にばかり過去を振り返らせているので、銀さんにも
振り返ってもらいました。
かなり自分を投影していますけど。
戦線離脱の直後を想定。
お荷物と出会うのはまだ、先の話。


2004年12月04日(土) 虚空(鎧と大佐)


雨音が心地よい。
柔らかな水音が鎧の中の空洞で、あまく反響する。
そっと胴体部分に耳を当てて聴き入る。
人々のざわめきとは違う質のものなのに、
有機的な音色なのだ。命を満たすような。



しかし鎧は、今はもうただの鎧。
もう高くて甘い声で話すことも無い。
かしゃかしゃと音を立てて動くことも無い。
あの救援信号のような不吉で悲しい光も放たない。
そこに命の片鱗も感じさせない、無機質な鉄の鎧。

いつも、離れずに一緒に居た少年は何処に行った?
この鎧の中に宿っていた少年の魂は何処に行った?
ロイはぼんやりと思ってからげらげらげらげら笑い出した。
そうだ、ああそうだ、私が殺したんだった。
それとも勝手に死んだのだったか。
元の体を取り戻して駆け去っていったのだったか。
いや、やはり多分私が兄を殺して、その兄の呪いを鎧から
拭い奪ったのだった。

埃っぽい資料にうずもれて、鎧はぽつんと座っている。
小さな光り取りの窓から差し込む光筋に鎧は鈍く光っている。
大佐はほとんど一日ここに居る。
食事も睡眠も摂っている様な、いない様な。
彼自身あまり覚えていない。
沢山の資料沢山の研究書、高々とそびえる不毛な塔。
登ったって真理にゃ行き着きゃしないぜ、どこかで声がする。
誰も呼び戻せやしないぜ、何も帰ってこない、
もう終わったんだ、どこかで声がする。
始めのは兄の声だ、後のは殺された盟友の声だ。
こうして鎧に耳を澄ますと、中の闇から聞こえてくるのだ。
驚いて鎧の胸のパーツを外すと、
そこには乾いて錆色になった血の跡がべったり。



そうだそうだ、兄も弟も盟友も、私が殺したのだった。
大佐はぽんと得心して手を打ち、また鎧にぺたりと耳を当てる。







END

妄想とも狂気ともつかぬ書き方ですが、
エドは軍部命令で戦争に行って死に、その死を知らせる前に
ロイはアルの血印を消した、ということを前提に考えています。
別に何の意味も無いんですけどね。
何だか雨の音を聞いていたら思い付きました。
きっと鎧の音は気持ちよく雨音を反響するのだろうな、と。
それが何で叙情的なロイアルvとかじゃなくてこうなるのか。へへ・・・。



2004年12月03日(金) タイムダスター(数年後、沖田と土方と銀さん)



「ってなわけなのよ。どうお?多串くんトコの坊やは」
「煩い奴だな。俺はアイツがほんっとに小せェ頃から知ってんだ、
今更どうこう思うか」

屯所の近くの安呑み屋、銀時と土方はたまにここで呑む。
大半は銀時が土方を半ば拉致する形で。
そして、時々土方が無理矢理銀時を引き摺って。

塩茹で枝豆を食べながら土方はそっけない。
隣では銀時がいつもよりも覇気の無い表情でイカの一夜干をつつく、
土方の好みで、添えられたマヨネーズはかなり多めだ。
「うっそだあ、多串くんは都合悪い時に人の目ェ、見ねーもん」
「何ィ」
図星をつかれて気色ばんだ土方をやりすごすために銀時は
「おっさーん、白子ポン酢追加ねー、後マイタケのてんぷらー塩で」
などとつまみを追加した。
土方はふてくされながら煙草に火を点ける。
この一呼吸も、付き合い(土方は腐れ縁だと云う)が長くなってきて、
双方自然に身に付いたものだ。

「んで、どうなのホントのところ」
競うように手酌酒な二人にしては、珍しく銀時が土方に注いでやる。
もうもうと煙草の煙にまみれて土方は不味い表情をしている、
つつけば何か出てくる顔だ。
「ほれほれ、云っちゃいなよ」
銀時は煙にまこうとするかの様な土方の煙草を取り上げ、自分で
吸い始めた。土方は観念したのか、杯を勢いよく仰いだ。


「うちは野郎ばっかりだからな、チャイナ娘のこたァ分からねーが、
・・・総悟の奴はなァ・・・・・・・」
云いかけて押し黙る。
目だけで銀時は続きを促す、土方は云いよどむ。


「あいつは姉貴似でよ、17くらいで成長は止まったんじゃねーかと
思ったんだがなァ・・・」
「あーあ、遠い目しちゃってェ」
「てめーが「ガキどもの成長期が複雑なんだあ」とか云って
泣きついてきたから付き合ってやってるんだろうが!!
もう今日はてめーの奢りだからな!おい親父!酒追加で!」
銀時のニヤニヤ笑いが凍りつく、
「泣いてねーよ!っていうか多串くんのが給料いいじゃん!」
「黙りやがれ銀髪!親父あと焼きソバな!マヨネーズ付けてくれ!」
瞳孔の開いた土方に、銀時は呻き、店の親父は「あいよ、いつものだね
兄ちゃん」などとのどかに応じている。


「くっそー・・・だってよ?!あんなただの大飯ぐらいのクソガキがよ?
ありゃあEかFカップのブラだぜ!?そんなの有り?!」
「んなこと云ったってなァ!花見でも祭りでもそのクソガキと一緒に
なって騒いでたクソガキがだぜ!?今じゃ俺よりでかくなって、
剣の腕も腹黒さも倍に成長してやがる!気が気じゃねェ!!」
開き直った二人は大声でどんどん呑み、話しはじめた。
「思春期のガキじゃあるめェし、洗濯物ごときでグダグダ云うんじゃ
ねえよ、情けねェ奴だな!」
「お前にはわかんねーよ!こちとら、し、思春期のガキが家に二匹も
いるんだからな!」
「気持ちわりーな、思春期で云いよどむな」
「いや、気持ち悪くない。何故なら俺の心は永遠の少年だから」
「だからそれが気持ち悪いって云ってんだよ、いい年こいて・・・」

「そうなんだよなあ、もういつの間にかいい年だよなァ、
全然気付かなかったんだよ、夢中で走ってたからよ」
「あー・・・まあなァ。てめーの年何ざあんまり気にしねェからな」
「だろォ?は〜・・・酒が染みるなあ。ったく吃驚だぜ」
「ほっときゃ年は取るもんだと思ってたがな」
土方は云いながら焼きソバ(マヨネーズがけ)に更にマヨネーズを
かけている。
「自分のことで云えばそうなんだがよ・・・って多串くんソレ俺も
食うんだから遠慮しろよ、黄色いの」
「砂糖食ってろ、砂糖」
しっしっと犬か猫にでもやるように手で払った後に、机の端の調味料
のところにある砂糖のビンを指して云い放つ。
「いいオトナが恥ずかしいぜ、多串くんよォ・・・」
「おめーもな」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
二人は虚空を凝視して、同時に「は〜あァ・・・」と情けない溜息をつく。


伸びる手足、すくすくと。
高かった声も落ち着いて、やることなすこと変わらないのに見てくれだけは
「一著前の女になりやがって」
「一著前の野郎になりやがって」
ハモった二人は、くるりと向き合って
「呑むか」
「おう」
やることなすこと、見てくれも変わらないいいオトナは
酒でも呑む。他愛ない話をつまみにして。
それが不満なんじゃない。
悲観的にもならない。
もの寂しいような、眩しいような、嬉しいような、
身近な人間の成長は何とも云えない複雑さ。
兄貴面してた自分への気恥ずかしさ。こそばゆさ。
「あ〜俺らもまだまだ青臭いねー」
「情けねェがその通りだなー」
向き合って、噴き出した。
ちいさな、笑いがどちらともなくこぼれる。





散々呑んだくれて(結局勘定は二人で割った、銀時の持ち合わせでは
足りなかった)、ふらりふらりと二人は夜道を歩く。
冷え切った空気がほてった頭と顔に気持ちが良い。

ふっと背後に影がかかる。
「お、居た居た。土方さん、やっぱ万事屋の旦那と呑んでたんですかィ」
涼やかだが、低めの響きの声。
「おー・・・う総悟ォ」
振り返るとすらりとした青年が立っている。
顔の造作が柔らかいので威圧的な印象は無いが、きっちりした隊服に
帯刀の姿は実に凛々しく、立派なものだった。

新八はまだ俺と、俺よりも少し低い多串くんほどの背は無いが、
こいつはもう俺といい勝負だな。銀時は思った。
「ほいじゃーあ、またねェ〜多串くん」
手をひらひらさせて銀時は万事屋の方へ向った。

「うへェ、二人ともベロベロですねィ。弱くなったんじゃないですかい」
沖田がどちらともなく発した言葉に、
銀時と土方が瞬時に振り返って
「まだそんな年じゃねェ!!」
大声で、云った。

沖田はあっけにとられた後に、くつくつと笑いながら
「そういうこたァ、年くった人間ほど云うんでさァ」と呟いた。



銀時はまた万事屋への帰り道に向き直って歩みを進めた。
背後から「総悟!爺さん扱いすんじゃねェ!お前なんざまだまだ
ハナタレなんだよ!」などと土方が怒鳴る声が聞こえる。

また少し笑みが漏れた。「だよねえ、多串くん」銀時はそっと呟いた。








END


前回を踏まえての成長話。
お父さんな銀さんと、お兄ちゃんな土方。
神楽ちゃんはEかFカップと想定してみました。

いつまでたっても青臭い、でもいいオトナ。
楽しく酒でも呑みましょう。


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