再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 ドキドキしたい。。。

やっと渡仏してから休みなく続いた日々が終わった。(とはいえ、直前の案件のせいで後ろに追いやってしまった打合せなどてんこ盛り過ぎて整理不能(汗)、大学も養成所もとうに始まっているのだが)
この3ヶ月半で、
五本の初日(「父と暮せば」は重なってしまって、観られなかったけれど)を出し、
背中、腰をバリバリにして、痩せましたねぇと逢う人毎に言われ、
思うのは、
それでも、
なんか、丸く収まろう、
体良くまとめよう、
これくらいでいいか、
感があるような気がして、現場に合わせるのが信条、とはいえ、それだけではやはりダメだ。求めるモノはあくまで求め続けなければ。
偶々手にした雑誌に、師の「学生とモノづくりして」、その中で、「やっぱりこちらはいかにワガママでいられるかだと思う。でも、ワガママでい続けるには体力がいる。その体力がなくなって来た」のインタビュー記事を見つけ、「ワガママにかぁ……、体力は、まだ、あるな」と思ったりした。

私はただ、もっとドキドキしたいのだ。
たとえ自分達で立ち上げた物語であっても、
このあとどうなるの?
って、創り手であることを忘れてしまうくらいに思いたいのだ、

「オールライト」初日子供劇場を観に来た女優さんが会場で、
「あなたのこないだの(「アトリエ」のことですね)より、ずっと、いいわよ」
とか嬉しそうに言うので、
「そうですか、どちらも稽古で求めていることは同じです。」と答えて、
「あの若い子…、おばあちゃん…」とまた反対意見なのに俳優に対して嬉しそうに言うので、
「ええ、出てましたから、アトリエ」と答えたので、不思議な顔をなさっていた。
そりゃね、オールライト、分かりやすいもの(笑)
それは作品への好み、だ。
そして、公演と、シビアな稽古を積み重ねているのだ、初演よりも肉厚で奥行あるのは当然、創り手なら当たり前に感じる事だ。
とゆうか、好みでない作品だったのなら、どうしてアトリエ初日の打上げの席にいたのだろう。。。
帰ればいいのに(笑)さぞストレス溜まるでしょうに。

でも、観てもらったものに言い訳無用なこの世界。
サロン劇場、
修了公演、
とモノづくりは終わることなく続いていく。
この頃思う。
やらない言い訳を並べても仕方ない、
向き合うしかない、
そして、苦しくても向き合っていれば、時間はかかっても、光が見える瞬間がある。
そして大体、苦しみから逃げて、言い訳して、次に同じ処に出会った時に、嗚呼……と嘆く。
光が見える瞬間を逃さないこと。
全ては繋がっている。
今日の自分が、一年後の自分を創るのだ。





2017年10月10日(火)
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