再生するタワゴトver.5
りばいぶ



 どうしても

演技の一歩目において、

感情で、感情的に喋ること

これを俳優の基礎と教える人の余りにも多くして、
モチロン、そのアプローチの意味もわかるし、俳優さんは、ある意味その、
感情とか、気分とか、そうゆう漠然としたものを掴む必要は絶対にあるとは思うのだけれど。
それが「正しい」
もしくは、
それが「最良」
みたいな教えを、訓辞と思ってしまっている間違った人たちのどれだけ多いことか…

演技は、セリフを言いおわって終わり、
では当たり前にないし、
セリフを話す前に、喋る感情が全て決まっている、
なんてことは、日常のどの場面を切り取ってもない、
のにである。
代わりに基本だ!
と言えることの少なさも手伝い、
また、最終的に戯曲を扱う事になると、
コトバの大事さもどうしたってあがってくる訳で、
コトバ、カンジヨウ、それが表現の根源みたいに言われる。

でも、コトバは別にしても、カンジヨウなり、空気はあくまでその現象を観て感じた客席の想像力を喚起させるものだと考えると変わってくる。

気持ちがいいだけでいいのか?
己の状態を客席に向かって表明しているだけではないか?

と。

それをまた別のコトバにすれば、何様気分で説明過剰=演技
となってしまっているのか…


結論とか、答えとか、
簡単にオトナが発するな。
答えも、結論も本当のとこ、知らんのだから

自分も戒めて臨まないと…


2015年04月15日(水)
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