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■ 傾向と対策
今週は… 火曜日はなんやかや朝まで呑んで。 水曜日は、こちらも久しぶりにラッパ屋を見て変わらず楽しくて嬉しくなり、 木曜日は養成所ダブルで、片や台本を確定し、 金曜日は本当は夜に観たい芝居がありながらも、どっぷりと稽古の為断念し、 土曜日はマチネに早船氏(今や注目の作家さん)のサスペンデッツを観て、夜は打ち合わせ予定。 明日は桜美林大学のOPAPを見に行くつもり。
しかし、だましだましもこれは体調不良。。。 酒が百薬のなんとかなのは、どの段までか… いつになっても学ばないのである。 締切りと、稽古と、体調と、
サラリーマンを含む、先輩諸氏方と話しつつ― 「うちら(含むわたし)の仕事って、毎日地道に少しずつどうのこうのする、と言うよりも、いつも八月三十一日までにやっとけばいいって宿題があるようなもので、で、うちら(含むわたし)みたいなタイプって、三十一日になって焦るじゃん、てか三十一日にならないとやらないじゃん」
つまるところ、与えられた仕事に対しての自己管理能力が問われる、と言うような意味なのだが、元々そういう能力がある人は、こういう世界(どんな世界だ)に足を踏み入れないのではないか……とすれば
こういう場合、大切なのは「傾向と対策」なのである。 人間は学ぶことができる存在なのだから。
しかし、そういう言葉があることはむかぁしから知りつつも、 自分の辞書にはどうにも載っていない、書き加えられない。そして、わたしの場合
「その三十一日の時点で、嗚呼、この間も思ったのに、どうしてやらなかったのか、と反省をすることに時間の大半を費やす」 という自ら首を絞める特技を持っている。 こういう傾向にあるから、こうこうこういう対策を練る。 わかっている、わかっているのだ、せめて、その三十一日だけでも全身全霊「忘れていた宿題」を「やる」ことができればどんなに生産的か。 こういう傾向にあったのだから、あのときにこういう対策をとっておくべきだったのだ。いや、どの時点で対策を間違ったのか…、そもそも傾向の捉え方を間違えているのか… 人間は学ぶことができる存在なはずなのだから。 傾向と対策… こうして自分を俯瞰して眺めることもできるのに…
結論。 こんなことをしていないで、問題に向き合えばいい、ということだ(嘲笑) 傾向と対策も間違ったときに練っても仕方がないということだ。
2009年01月24日(土)
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