スカーレットの心のつぶやき
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母が亡くなってから
一番、母が居ないことを実感し
悲しくてたっまらなくなる時、
それは、高島屋へ行った時だ。
家に居る時は
母の遺骨に話しかけ
自分で母の返事を口に出して会話しているから
悲しくて、淋しくて、たまらないというよりも
まだ、母は死んではいない
私の傍に居てくれるという気がしているが
母と一緒に行っていた場所へ
私一人が行くことが
こんなにも辛いことだと改めて思うのが
高島屋へ行った時が一番なのだ。
昨日は一昨日の四十九日の法要に欠席はしたが
お香典をいただいていた人へ
志を送ろうと思って高島屋へ行った。
品物を選び発送の手続きをしてもらったら
丁度お昼の時間になった。
母と一緒に高島屋へ行っていた時は
9階の中華レストランでお昼ご飯をよく食べた。
私一人が店に入って食べたことはない。
必ず母と二人で食べに行った。
だから、母の死後は高島屋へ行くことも
ましてや、四川飯店で一人が食事することは
絶対に嫌だと思っていた。
でも、昨日は自分自身を試すつもりもあり
勇気を出して店に一人で入った。
そして、いつもと同じものを注文した。
母はいつも焼き飯を注文していた。
私は焼き飯か、あんかけ焼きそばを注文していた。
量的に母や私には少し多めで残すこともあったが
母は美味しいとこの店をとても気に入っていた。
あんかけ焼きそばが出来上がるまで
テーブルに一人で座り
母と向かい合わせに座っていたころのことを思い出した。
焼きそばが出来上がり
箸をつけたが、やはり急に涙が出てきた。
母との思い出の多い場所へ行くことは
まだ、私には無理だった。
急いで食べ終え、店を出て高島屋を後にした。
車の中で泣いた。
家に帰って、母の祭壇の前に座り込み
母に話しかけた。
「母ちゃんと一緒じゃないとつまらない」
「母ちゃん、どこに居るの?」
まるで子供のように母に甘えている私が居た。
まだまだ、本当に立ち直れていないのが分かった。
四十九日の法要のあと、納骨をしないで良かった。
母のお骨の前で私は母を感じている。
やはり、母の居ない私の人生なんて考えられない。
母に会いたい・・・
スカーレット
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