スカーレットの心のつぶやき
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2005年05月24日(火) あの頃  その5

初めて九州大学に入院したのは23歳の時だった。

発症してもう4年目になっていた。

その当時は私の「神経性食欲不振症」という病名は

まだあまり一般的に知られていなかった。

患者の数も少なかったようで、

主治医も何故私がこんなに痩せているのか

全く分からなくて相当悩んだらしい。

ヨーロッパでは中世の頃からこの病気が発見されていたとかで

主治医は私の体の研究とヨーロッパの若い女性たちに多い

痩せ症について論文が書けるほど研究したという。

私が九大へ入院したのは10年あまりになる。

勿論入退院の繰り返しだったから

家に帰って好きなことも出来た。

それでも正常に食べることが出来るのはほんの少しの間だけだった。

入院中は吐くことも過食することもなく

いわば優等生だった。

だから長くて3ヶ月で体重も10キロは増えて退院できた。

何故あの入院中には吐かずに正常に近い食生活が送れたのか?

それは私の性格のせいだったのだと思う。

何でも一生懸命になれる性格、

頑張る性格、

優等生で居たいと思う性格。

それが家に戻るとたちまち乱れてまたもとの状態に戻ってしまう。

私は自己嫌悪の毎日だった。

私はもう一生治らないと思った。

そして本気死にたいと思った。

その頃に知り合った男性も居たし、

それなりに恋もした。

結婚もしたいと思いながら

反対に自分の存在を消してしまいたかった。

夜、お腹のものを全て吐き出し

空っぽの状態になって安心して眠る前に

私は大量の睡眠薬を飲んだ。

でも、死ねなかった。

母や父に見つけられて何度救急車で運ばれたことか。

胃洗浄されて入院して・・

また自殺未遂をして・・・

この繰り返しの数年間の間に私の神経はずたずたになっていた。

その頃にはもう従兄弟のことなどどうでもよくなっていた。

あんなに悲しかったことも消えていた。

私は本当は相当強い人間だったのかもしれない。

33歳で結婚するまでの一番輝いていた20代を

こうして私は食べることと吐くことと、

薬漬けになることと自暴自棄になることで

過ごしてしまったのだ。

後悔はしても仕方ない。

それも私の人生だったのだから。

(つづく)


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