スカーレットの心のつぶやき
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人を好きになる、
人を愛する基準になることの中に、
相手がとても信頼できるということを言う人が居る。
確かに相手を信頼できるということはとても幸せなことだ。
人を信じること、
人を信じられること、
人に信じてもらうこと、
人に信じてもらえること、
皆素晴らしいことだと思う。
でも、本当にどんなことが起きようとも
相手を信じることって出来るのだろうか?
相手との関係が上手く行っているときには
お互いに信じ信頼しあっていると感じる。
でも、男女の間の信頼関係だけをとって言えば、
その信頼関係は誤解の上に成り立っている
と言っても過言ではないように思う。
ひとたび何かが起こると
今までの信頼関係はまるで音を立てて壊れてしまう。
そして、残るのは相手に対する不信感と
自分自身の心の中に生まれる後悔だけ。
そして、自分の心の中に生まれた後悔は
やがて相手への憎悪へと変わる。
相手を憎むことによって
自分自身が崩壊することを守る。
自分を正当化していく。
こういうふうに考えると
男女の間の信頼関係ってなんと脆いものかと思う。
絶対的なものなんてないのだ。
いつもゆらゆら揺れている。
でも、私はそれでも良いと思う。
その時、お互いに信頼し合っているということは
お互いに愛し合っている証拠だと思うから。
相手への信頼=愛
この錯覚がまた恋愛の源になっていると思うから。
本当の信頼関係の絶対さは親子関係の中には確かにあると思える。
私の母は絶対的に私を守ってくれる、
そして、私も娘を守れると思っている。
どんなことが起きようとも
母だけは私を信じ、守ってくれたように
私も娘を信じ、守りたいと思う。
そこには無償の愛が存在し、
絶対的な信頼関係も存在するのだと思うから。
そして、それは男女間の信頼関係とは全く違うものだと思う。
スカーレット
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