スカーレットの心のつぶやき
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2004年09月07日(火) 信頼

人を好きになる、

人を愛する基準になることの中に、

相手がとても信頼できるということを言う人が居る。

確かに相手を信頼できるということはとても幸せなことだ。

人を信じること、

人を信じられること、

人に信じてもらうこと、

人に信じてもらえること、

皆素晴らしいことだと思う。

でも、本当にどんなことが起きようとも

相手を信じることって出来るのだろうか?

相手との関係が上手く行っているときには

お互いに信じ信頼しあっていると感じる。

でも、男女の間の信頼関係だけをとって言えば、

その信頼関係は誤解の上に成り立っている

と言っても過言ではないように思う。

ひとたび何かが起こると

今までの信頼関係はまるで音を立てて壊れてしまう。

そして、残るのは相手に対する不信感と

自分自身の心の中に生まれる後悔だけ。

そして、自分の心の中に生まれた後悔は

やがて相手への憎悪へと変わる。

相手を憎むことによって

自分自身が崩壊することを守る。

自分を正当化していく。

こういうふうに考えると

男女の間の信頼関係ってなんと脆いものかと思う。

絶対的なものなんてないのだ。

いつもゆらゆら揺れている。

でも、私はそれでも良いと思う。

その時、お互いに信頼し合っているということは

お互いに愛し合っている証拠だと思うから。

相手への信頼=愛

この錯覚がまた恋愛の源になっていると思うから。

本当の信頼関係の絶対さは親子関係の中には確かにあると思える。

私の母は絶対的に私を守ってくれる、

そして、私も娘を守れると思っている。

どんなことが起きようとも

母だけは私を信じ、守ってくれたように

私も娘を信じ、守りたいと思う。

そこには無償の愛が存在し、

絶対的な信頼関係も存在するのだと思うから。

そして、それは男女間の信頼関係とは全く違うものだと思う。


スカーレット