スカーレットの心のつぶやき
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2004年08月02日(月) 楽しめるために

人が、自分は楽しいなあとか幸せだなあと感じるとき、

それは3つあるように思う。

1つ目は何か欲しいものを手に入れたとき、

2つ目はそれを手に入れるためにした努力を楽しむことができるとき、

そして3つ目は、その幸せを味わえるとき。

この3つの幸せは相反するものではなく、

同時に存在するものでもある。

人は何かの夢や目標を持つ。

そして、その目標や夢を実現するために努力をする。

この努力は易しいものではなく、

寧ろ困難と苦しみの方が多い。

でも、この苦しさや自分がする努力を楽しめることができたら、

どんなに素晴らしいことだろう。

夢や目標が実現することは確かに嬉しいことだ。

幸せなことでもある。

でも、

その夢や目標の実現への道のりを楽しむことをする人はあまり居ない。

わかっていても、つい愚痴のひとつも出るというものだ。

安易な方法では実現しないことほど、

それが実現した時の達成感は大きなものになる。

そして、一度手に入れた幸せや夢の実現を、

これからどういう風に維持していけば良いのか?

これがまた難しい。

大恋愛の末愛する人を手にいれ、

幸せの絶頂に居る人たちが、

結婚した後もこの幸せな気持ちや

結婚するまでの二人で歩んだ道のりを思い出し、

これからの長い人生の中で生かすことができたらどんなに良いだろう。

これができない人たちは離婚という手段をとり、

折角二人で見つけ実現した幸せを崩していってしまうのだ。

なんと悲しいことではないか。

人の気持は変わる。

でも決して変わってはいけないこともある。

それはいつも相手のことを思いやる気持ち、

相手の立場になって考えることができるやさしさ、

これを失ったとき、その幸せは去って行ってしまう。

結局は自分が幸せになりたいと願うなら、

それに合う努力をすべきなのだ。

何もしないでおいて嘆き悲しんでもどうしようもない。

我慢やいたわりや、同調も必要だ。

幸せや楽しみをいつまでも自分のものにしておきたいと思うなら、

やはりそれなりのことをする必要がいるのだとつくづく思う。


スカーレット