スカーレットの心のつぶやき
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2004年07月30日(金) 自分に素直に

私は自分でいうのも変だけれど、

名前のごとくとても素直な人だと思っている。

私が生まれたときに両親が、

「素直な子に」という願いをこめてなづけたらしい。

この場合の「素直」とは、

決して自分を殺して相手に合わすということではない。

また、自分の言いたいことを我慢してまで、

相手に盲目的になるということでもない。

素直な人とは、

自分自身をしっかりと持って、

自分の考えに自信を持っている人のことである。

そして、愛される人というのは素直な性格の人でもあると思う。

他人に従順であるよりも、

まず、自分に素直でありたいと思う。

自分に素直でない人は、

相手に対しても本当の意味で素直にはなれないと思う。

主体性のない素直さほど危険なものはないとも思う。

例えば、最近問題になっているDVでもそうだ。

夫に暴力をふるわれながらも、

「お前は妻として失格だ」、

「俺を怒らせるお前が悪い」と言われれば、

「そうか、私のほうが悪いんだ」と自分を責めてしまう女性。

彼女は、けっして「素直」な性格ではないと思う。

自分の気持に嘘をついてまで相手に合わす必要はないと思う。

一番大事なのは自分自身であって、

相手に対してはっきりとYES.NOが言えることが必要だと思う。

自分に素直に生きるということは、

傍目には我儘と見られるときがあるけれどそれは違う気もする。

嫌な人に対してはすっぱりと切り捨てることのほうが、

本当の意味では自分に素直だと思うのだ。

でも、こう言っている私も、

なかなかはっきりと人に対して言えないときもある。

昔入院した心療内科の医者から、

「YES.NOをはっきりと言いなさい」と言われた。

そして色々な場面を作って練習させられた。

そのことがあったから、

自分に素直なことが、

決して悪いことではないと思えるようになったのかもしれない。

人に嫌われたくないから合わす、

心の底では他人を憎んでいながら、

「自分は、人を憎むような心の貧しい人間ではない」

と思い込もうとして情を抑圧し、

自分を偽りながら生きていくくらいなら、

「あんな奴とは付き合いたくない」と認めることのほうが良い。

はるかに「素直な生き方」であると言える。

「言いたいことがはっきり言えない自分」

の情けなさを認めるのが怖いから、

あたかも自らすすんで他人に従っているように思い込もうとしている人は、

素直な性格ではなく、むしろ意地っ張りだともいえる。

厳密にいえば、自己主張できない人は、

「できない」のではなく、「しない」だけなのだ。

「相手との関係が気まずくなるよりも、我慢したほうがましだ」と、

自ら判断したのだから。

自分で決めたことなのだから、

不満を抱いてイライラしても仕方ない。

言いたいことは、はっきり言う。

そして言えないなら、気にもしない。

どちらかに決めないといけないと思う。

素直さが自分を苦しめるということはないはずだ。

自分に正直に行動した結果であるなら、

たとえ嫌な目にあってもそれを損だとは考えないはずだ。

「自分自身に嘘をつかなかった」という精神的な満足のほうが大きいから。


スカーレット