スカーレットの心のつぶやき
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2004年07月22日(木) 悲しみからの幸せ

昔、私がまだ小さかった頃に、

「少女パレアナ」という本に出会って感動したのを覚えている。

この本はその後TVでもアニメになって放映されたと聞いている。

どんな境遇の中にあっても

彼女が実行する遊び「喜びを見つける遊び」により

いつも心が幸せで居られる、

悲しみを喜びに変えることが出来る、

そんな彼女の生き方、考え方に感動したのだ。

相田みつをさんの言葉の中に

「しあわせは自分の心が決める」という言葉がある。

本当にそうだと思う。

同じ境遇の中に居てもその人によって

とても不幸だと思う人も居ればそうでもない人も居る。

かえって今のこの苦しさをバネにして

一つ上登る人でさえ居ると思う。

結局はその人の心がどう感じるかで

幸せも不幸せも決ってくるのではないだろうか。

寧ろ、悲しみの中から喜びや幸せは生まれてくるのではないかと思う。

人が生きていけば当然、嬉しいことも辛いことも喜びも悲しみもある。

それはいくら嫌だと思ってみても避けられないことでもある。

そして、人は誰でも、少しでも喜びや嬉しさを感じたいと思う。

辛いことや悲しいことを減らし、

幸せで居たいと思うのは当たり前のことだと思う。

自分自身が欲している幸せな気持ち、

つまり喜びや嬉しさを避けて通りたいと思う気持ちは

悲しみや辛さとは裏表の関係にあるのではないだろうか。

相対的に存在しているのだと思う。

その悲しさや辛さと反対の幸福感との関係において、

その座標軸をどこにとるかによって決まるものなのだ。

たとえば、自分が病気になったときに初めて健康のありがたさを知る。

もしも事故で体が不自由になったら

今まで何も考えずにしていた当たり前のことを有り難いと感じるだろう。

料理をしていてちょっと指先を怪我しただけで

何をするのも不便だと感じることがある。

今こうして特別に苦労のない人生を歩いていると、

人はつらいこと、悲しいことには敏感になり、

見えない幸せにはなかなか気づかない。

そして、皮肉なことに、それを失ってはじめて

今まで当たり前だと思っていた自由に執着しはじめるのだ。

つまり幸せの多くは、

ふだん当たり前だと感じていることの中に存在しているのだと思う。

もしも、辛いことや悲しいことにあったときは

あの少女パレアナのように、その中から喜びを見つけよう。

その辛さや悲しみに執着せず、受け入れることから始めよう。

今自分がいくら泣き叫んでも事態は変わらないのなら、

無駄なことはやめてみよう。

ちょっとした小さな喜びでもいいから見つけてみよう。

そうすれば必ず心が軽くなり、

今まで悩んでいたことがほんの小さなことだったと気づくに違いない。

この悲しみや辛さがあったからこそ幸せに気づくことができたのだ。

神様はそういう幸せを人間に気づかせようとして

色々な試しの場を与えているのかもしれない。

どんな時でも逃げずに負けないで、

前向きになって小さな喜びを見つけることをしてみようと思う。


スカーレット