スカーレットの心のつぶやき
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2003年09月22日(月) 人間的魅力

昔、昔、大昔、私の恋人を選ぶ基準は男性の顔だった。

顔というか、見かけのかっこ良さだった。

今思うと、本当に浅はかだと思う。

でも、10代の後半の私はいつも男の顔形に捉われていた。

何故だろう?

まだ子供だったからだろうか?

本当に大事なものが見えていなかったからだろうか?

どちらにせよ、ボーイフレンドは皆一応に基準を上回っていたように思う。

いくら頭が良くても、性格が良くても顔が今一だと二の足を踏んだ。

大学生になってもその傾向は残っていた。

その頃には付き合っていた人が居たにもかかわらず、
入学して初めてのゼミである男に一目ぼれしてしまった。

私はこの人に会うために生まれてきたんだと思った。

そして毎日が楽しくて仕方なかった。

彼はかっこ良かったし、新鮮だった。

一緒にコンサートにも行った。

彼に勧められてクラブも決めた。

でも、そんな付き合いが長く持つはずはなかった。

数ヶ月で終わった。

そしてその後は色々なことがあって、人間不信、男性不信に陥ったこともあった。

今人生を50年生きてきて分かったことは、
恋人の条件は顔かたちや背の高さ、など見栄えの良い悪いには関係ないということだ。

美人は飽きると言われるように、いくらハンサムでかっこ良くても、
話していて面白みのない人、人間としての深みのない人はつまらないと思う。

飽きると思う。

話していて興味が持てる人、面白い人(この場合の面白いはfunではなく
interestingの意味、つまり興味のわく面白いと言う意味だが)が良いと
思うようになった。

例えば政治経済の話、音楽の話、映画の話、本の話、それらをしてても
直ぐに話もなくなって浅い人と思える人が嫌だと思い始めたのだ。

人間としての魅力に富んだ人が良い。

話していて尊敬できる人が良い。

男は顔じゃない、見栄えでもない。

一緒に居て飽きない人が良い。

そして私自身も相手に飽きられないように色々と経験して教養を高めていきたいと思っている。


スカーレット