スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
誰にでも皆ふるさとがある。
「故郷」ではなく敢えて「ふるさと」と言いたい。
「ふるさと」の方がとても懐かしい感じがするから。
東京で生まれ育った人の中には「自分にはふるさとはない」と言う人が居るかもしれない。
でも、それは変だ。
都会で生まれようが田舎で生まれようが、 その人がが生まれ育ったところがその人にとってのふるさとだと思う。
若いときには感じなかったふるさとへの思い、 「郷愁」は年を重ねるに連れて強く感じるようになるという。
どうしてだろう?
きっと年を取っていくうちに自分自身の今まで生きてきた道 を思い返すことが多くなるからだと思う。
子供のときやまだ若くて未来への希望や夢でいっぱいの頃は、 自分が生まれ育った所が一番良いとは思わなかった人も居るだろう。
それが二十歳を過ぎ、50歳、60歳になるにつれて 今まで自分が生きてきた道を思い返し 生まれ育ったふるさとが自分自身の心の原点だと 気づくのではないだろうか?
私は松山で生まれ育った。
結婚して隣の地に来たものの、松山はいつまでも私の故郷だ。
私が子どもの頃はまだ、そこら辺いたるところに 自然が残っていた。
夏になると裏の川で魚をとり、いかだ遊びをした。
そういえば夏休みはいつも川で遊んでいたように思う。
今のようにTVが普及していなかったし、勿論家でゲームなどできは しなかった。
でも楽しかった。
外で缶けりをしたり、鬼ごっこをしたり家に居ることなんてなかったように思う。
又近くの川には蛍が居た。
毎年夏になると蛍が飛び交うのを見に行ったものだ。
あの頃はまだ川も綺麗な水が流れていたのだなあと思う。
冬になると裏の川が凍りその上を恐る恐る歩いたことがある。
今思うととても危険なことだが、 子どものときにはその固く張った氷の上をこわごわ歩くのがとても楽しかった。 お正月には近くの子達と少し小高くなった所へ行き、一日たこを上げて遊んだ。
本当に自然はまだまだ残っていた。
車も少なく空気も綺麗だった。
こうして私が小さかった頃の育った場所を思い出すとき何故か胸が痛む。
なんとも言えないキュンとなる感じだ。
甘く切なく懐かしい思い出が私の心の中にわいてくる。
「故郷は遠くにありて想うもの」という言葉は 「室生犀星」の詩「小景異情」の冒頭の一節だ。
確かにふるさとを離れ遠くの地で暮らしている人や、 都会の喧騒の中で毎日暮らしている人にとって ふるさとは遠い存在なのだろう。
私のようにこの地から離れたことのないものでも こうして昔の子供の頃のことを懐かしく思い出すのだから、 遠くの地に居る人たちのふるさとへの思はもっと深いものだと思う。
一年に何度も帰ることの出来ないふるさとだからこそ思いも強くなるのだろう。
私は文部省唱歌の「故郷」という歌が大好きだ。
あの歌を歌っていると涙が出てくる。
どんな人にでも皆ふるさとはある。
それを懐かしく思う人もあればそうでない人も居るだろう。
でもこれだけは言える。
人は皆「こころのふるさと」を持っているのだと。
スカーレット
|