忍法なりすましの術

 にょらはダイニングテーブルの上には乗らない(ことになっている)。人の食べるものに興味を持たないし、テーブルは自分のなわばりではないことを知っている(ことになっている)。

 ダイニングルームの窓の下に、幅30センチほどの台が壁から出ており、ここはにょらの「お外見物台」になっている。そしてこの台とテーブルが同じ高さで、しかもぴったりくっつけてある。いつもにょらは直接この台に飛び乗り、直接床に飛び降りるのだけど、台から降りたあといすに乗りたいとき、いったん床に降りるという動作がたま〜にめんどうになるらしい。テーブルを横切って目的のいすまで行きたい、しかし人が見ている。こういうときに使うのが《忍法なりすましの術》だ。身を低〜くし、匍匐前進のようなかっこうでゆっくりテーブルの上を移動する。こうすればテーブルと同化し、人からは見えないらしい。わたしがあきれて見ていても、目を合わせようとはしない。なぜなら目を合わせると、術の効果がなくなってしまうからだ。

 最近は術を使う回数がふえてきたような気がする。そんなにょらなので、家にだれもいないときにはなにをしているか怪しいものだ。いったん家を出たあとで忘れ物に気づき、すぐに引き返したとき、テーブルのまんなかににょらがすわっているのを2度ほど目撃したことがある。なにをするでもなく、ただきちんとおすわりしているのだ。わたしの存在に気づいても動こうとしない。鍵があく音を聞いて、あわててなりすましの術を使ったのかもしれない。おこられてはじめて「あれ? 見えてたの」という態度になるのだ。(しかしこの場合は何になりすましているんだろう……)

 どうもこの術には「身を低くする」「姿勢を正して動かない」のどちらかが有効であるらしい。術を使っているときは見えないふりをしてやるべきなのか、それともきちんとしつけるべきなのか、悩むところだ。でもあまりの「なりすまし」ぶりに、笑ってしまうことのほうが多い。



2002年06月07日(金)
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