与太郎文庫
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| 2005年07月20日(水) |
いそやん 〜 最後の野次馬伝 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050720 いそやんがぞめく 明け方、付けっぱなしテレビに桂米朝の姿が映ったので、目を止める。 ── 《知るを楽しむ・なんでも好奇心「桂米朝・京都顔見世」 20050720(水)05:05〜05:30 NHK教育》[再] 誰かが「米朝と左京が芸者を呼ぶと、合計200歳を超す」と云った。 三人で割れば、平均 66.66..歳だが、いまや二人で154歳になる。 (残念ながら、小松氏とは、バー・ロジェで行きちがったらしい)
市村 羽左衛門 15 18741105 東京 19450506 72 /歌舞伎俳優 ──────────────────────────────── 桂 米朝 3 落語 19251106 満州 /20010429&07‥喜寿独演会 小松 左京 SF作家 19310128 大阪 /〜《日本列島沈没》
米朝の召集令状は、十二月とあるだけで日付がなかったそうだ。 そこで、市村羽左衛門の最期の顔見世(1944)を観たという。 この人の話は、いつもどうしてこんなに面白いのだろうか。 なつかしや、舶来居酒屋・いそむらのマスター・磯村氏も出てくる。 いそやんは、南座の顔見世で、はじめて掛け声をかけるにあたって、 あらかじめテレビに向って練習したという。 みごとなタイミングで「音羽屋!」と決めたら、前の客がみな後ろを ふりかえったので「わたしも後ろ見たんですわ」 せっかく決めた初心者が、思わずハニかんでしまった心情を回想。 このオチは、江戸落語《たがや》のくすぐりをアレンジしている。 前の野次馬が、ヒョイとばかり頭を引っこめるので、後ろの野次馬が 「この野郎、お侍が、おいらをにらんでるじゃねぇか」と文句を云う。 祇園の“ヨドチョウ”いそやんは、インタビューに来た若手落語家を、 からかったのだ。「お分かりかな? 勉強しなはれや」 ── 《桂 米朝・京都顔見世 20050720 NHK教育》[再] 映画演劇はもとより、芸事や遊びごとに関して、この男にかなう者は いない。あんまりしゃくだから、四年前「いそやん死す」を書いてみた。 (Day'20050720-0724)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ いそやんは死なず ── Y年M月D日、祇園花見小路東入るコッキ会館二階の踊り場で、 舶来居酒屋「いそむら」店主、磯村遜彦さん(年令不祥、一説に昭和五 年生れ)が倒れているところを発見された。第一通報者の常連客の話に よると、磯村さんは通称=いそやんの名で親しまれた名物マスターで、 自称=俳優、代表作は富本壮吉・監督《温泉芸者》。 昭和四十年代に同ビルが全焼した折、他の店では全員逃げ出したが、 磯村さんだけが火の中に飛びこんで「売掛台帳」を持ちだしたために、 後日ようすを見にきた常連客をガッカリさせたという。なお、このたび 発見された折も、胸にしっかりと「売掛台帳」が抱きしめられていた。 磯村さんはすぐに救急搬送されたが、脳波が不規則のため、病院側では 死亡認定を見合わせている。 通行人の話=「最近ほとんど客が来ないので発見がおくれたらしい」 日本映画野次馬協会の話=「このまま失神状態がつづくと、来年度の 役員選挙に混乱が生じるので、入院の日を命日として、生前葬を行う。 葬儀委員長は当協会不名誉顧問=大島渚氏。喪主は、複数の女性が名乗 りをあげるとみられるので、未定。会場は京極最古の映画館と交渉中。 “最後の映画ファン”をしのんで、全国から少数の“映画バカ”が集結 すると予想され、京都府警にはとくに慎重な警備をお願いしておく」 映画通の話=「彼は“花見小路のヨドチョウ”ともいわれたが、本人 は不満だったらしく、故淀川長治氏のことを“有楽町のイソヤン”など と呼んでいた。今となっては、どっちでもよいが……」と、しんみり。 京都バーテンダー協会の話=「彼は絶滅寸前のカクテル講釈師だった。 残りわずか50人の若手が、これからもがんばります」と涙をこらえてい た。 なお、映画関係者の「ツケ」を記録した同店の《売掛台帳》はじめ、 創刊号以来の雑誌《キネマ旬報》《スクリーン》などの膨大な蔵書は、 岩波文化財団または国立国会図書館に「いそやん文庫」として寄贈され るもよう。 ── 《週刊キネスク・号外》(Day'20010920) ──────────────────────────────── ── 温泉芸者 大映東京作品。原作斉藤米次郎「しわんつ」より脚色 下飯坂菊間。監督富本壮吉。撮影小原譲治。主演叶順子、川崎敬三。不 具者の性器は上味だということで、芸なし芸者が売れっ妓になる話だが、 参議院文教委員会がこれを人権軽視の理由で取り上げひと騒ぎ起こした。 (昭和三八・二・七) ── 田中 純一郎《日本映画発達史�� 19760310 中公文庫》P410 ↓(つづく) 《イソムラでイスラムを論ず 〜 簿外資料 〜》 《最後の観客 〜 コロンブス1492 〜》
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