与太郎文庫
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2005年05月07日(土)  秀才三傑 〜 アクセス・カウント 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050507
 
(日付変更)20050506 → 20050507
 
 昨日のアクセス・カウンターに、珍しい名を発見する。
 2005-05-06 16:40:06 / 16:39:28 YahooBB220033228078.bbtec.net
http://search.yahoo.co.jp/bin/query?p=内村公義&fr=top
 
 たぶん(最近)副学長になった彼の名を、誰かが検索したのであろう。
 すると、この《与太郎文庫》に目が止まるはずである。
 Yahoo 26件中6位(他)、Google 96件中0位(掲載なし)
 
 彼自身が《与太郎文庫》に、中学時代の自分の名を発見したのなら、
「なんだアイツ、オレのこと書いてやがる」と苦笑するにちがいない。
「古文書なんか、公開するなよ」と、文句を言ってくるかもしれない。
 
 ひとことでいえば、彼は与太郎の青春における“秀才三傑”の最年長
である。以後、竹内 康・中西 宏とつづく。
 三人とも、文章は堪能だが、絵など描かず、ほとんど歌わない。
 
 すこし古いメモに、つぎのような走り書きをしている。
 中西は文芸部誌《山脈》の表紙を描いた(5年間に三人が独占した)。
 竹内はヴァイオリンを弾く。内村は賛美歌ぐらいは歌うだろう。
 


秀才三傑 中西 宏    竹内 康    内村 公義
 生年  1941     1940     1939  
 音楽  ×      ヴァイオリン ×
 美術  △(山脈表紙)×(ピカソ論)×
 運動  ×      山岳/ヨット △ラグビー部マネージャー
 中学  新聞部長   地歴部長   生徒会副会長/放送部長
 高校  文芸部    文芸部    ?
 大学  同志社大学  京都大学   京都大学
 専攻  経済学    哲学/仏文  哲学/宗教学
 職業  アパレル経営 NHK    長崎ウエスレヤン大学副学長
 酒量  ○      ◎      ×→△(?)
 煙草  ×      △      ×
────────────────────────────────
理系三傑 小山 素麿   亀田 弘行   飯塚 忠彦
文系三傑 遠藤 瓔子   山本 邦彦   田村 忠彦
実業三傑 立石 義雄   田中 義雄   横井 軍平“グンペイ”
自由三傑 平井 文人   森口 邦彦   田畑 佑晃
聖職三傑 内村 公義   有賀 誠一   豊田 勝義 (森本 潔 )
毛並三傑 岩倉 明(元勲)清浦 圭明(子爵)    (下村 福 )
役者一家 田村 登志麿  梶浦 由紀夫  津川 雅彦 (円山 栄子)

 
 これまでの情報では「京都生まれ・京都大学出身・キリスト教研究」
の他、鬱病(精神医学)の翻訳などが混在していたので、あるいは別人
かとためらっていたが、このたびは画像も掲載されていた。
 
 長崎ウエスレヤン大学の公式ホームページ《教員紹介》で、彼は学生
たちに読んでもらいたい書籍を、年次ごとに計23冊あげている。
 中学以来の同期生から見ると、昔なつかしい本が多い。
 
 うっかり読みすごすところだったが、驚くべきコメントがあった。
 彼は《タゴール詩集》と《聖書》を手に「駆け落ちして長崎に来た」
 少年時代すでにして憂愁の面影があった彼が、さらりと書いている。
 
 彼は聖職者となり、妻帯せず、酒も肉も、色恋にも無縁のはずだった。
 さらに読むと、夫婦でワインを呑み、タンシチューなど食っている。
 与太郎は、ミルの、未亡人との晩婚を連想してしまった。
 
 特技は自動車法規の翻訳などと、そのあたりの俗人とかわらない。
 いまや与太郎でさえも断酒断煙、菜食主義の仙人となったのに! 
 彼は、ヘッセやミルのように、第二の人生を選んだのだろうか? 
 

 Mill,John Stuart 経済哲学 18060520 England 18730507 66 /異18730508
/Jamesの長男/1851ca Taylor,Harrietと結婚〜《自由論,1859》《自伝》
 
 Mill,James  哲学/経済学 17730406 Scotland 18360623 63
/John Stuartの父〜《経済学綱要,1821》《St.James's Chronicle,1805》
 
 Taylor,John  医薬卸売業 1796‥‥ England 1849‥‥ 53
♀Mill,Harriet Taylor    180710‥ London  18581103 51 /旧姓=Hardy
 
18260314(18)Taylor,John(29)結婚 /1851春‥(44)Mill,J.S(45)再婚
1827 長男 Herbert/1830 次男 Algernon“Haji”/1831‥‥ 長女 Helen“Lily”

 
「この古典が邦訳されたのが、1970年代というのが驚き」誤=岩浪(*1)
── J.S.ミル/塩尻 公明&木村 健康・訳《自由論 1971 岩波文庫》
── 西本 正美・訳《ミル自伝 19281215 岩波文庫》P154-156
 
 与太郎は、1955年ごろ金谷先生に借りた上製本《自伝・他》を読んだ。
 2000年秋ごろ《自伝》岩波初版を発見して《虚々日々》P38に引用。
 ミル父子の英才教育とともに、清貧の牧師だった彼の父を思いだす。
 
 彼は小学校から大学院まで、ついぞ授業料を払ったことがないはずだ。
 秀才の条件は、特待生の有資格者たりうることなのだ。
 他の二人は、家業が裕福すぎたので、しぶしぶ払ったのであろう。
 
 かつて貧しい学徒は、いつも本屋で背表紙を眺めていたものだ。
 最後に出会ったのも書店だった。
 与太郎は、敬意をこめて彼にコーヒーをふるまった。
 
 一杯目は駸々堂から、中国人の同級生一家が経営する喫茶・ハヤシで。
 二杯目は丸善、店内のコーヒー・スタンドで。
 三杯目は、与太郎のあたらしい店から電話で誘ったが、断わられた。
 
 当時の彼は、杉井先生とおなじように、知的衝動が高揚していたのだ。
 凡俗ごときと、口を利く時間も惜しかったのだろう。
 いささか寂しい気がしたが、当時の与太郎は、われながら低俗だった。
 
 先年、私家版の自伝《虚々日々 20001224》を送呈したが、返信なし。
 彼が受取ったかどうか、メールで問いあわせるべきか?
 老人となった彼が、ときに少年時代を回想することもあるはずだ。
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20001231
 《虚々日々》目次
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19550711
 読後の感想を語る会 〜 芥川 竜之介 〜
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19550316
 読後の感想を語る会 〜 壷井 栄 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19541101
 座談会 〜 久保先生を囲んで 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19541006
 図書室便り 〜 読後感想文コンクール 〜
 
>>
 
 大学時代の先生との出会いは、一生の思い出に残る大切なこと。
 それだけに、どんな先生が教壇に立っているのか、興味を持つのも当
然のことです。
 ここではウエスレヤンで実際に皆さんの指導にあたる個性あふれる教
員のプロフィールと、皆さんへの一言メッセージを紹介します。
 
 副学長・教授 内村 公義(うちむら・きみよし)
 
●専門分野/主な研究テーマ:臨床心理学、コミュニティ心理学、スク
 ールカウンセリング、キリスト教人間学、死生論
●出身地:京都府
●特技・趣味:妻とワインを飲むこと。煮込み料理、特にタンシチュー
 の腕は誰にも負けません。自動車関係法規実務翻訳のプロ。
 
 想像の翼を広げ、自己省察の眼を澄まして、広い外界と深い内界の探
求をはじめませんか。世界も自分も謎に満ちています。
「わたしとは何か」――この最大の謎を解くために、〈こころ〉という
未知の森に分け入る旅に共に出かけませんか。
 
http://www.nwjc.ac.jp/edu/faculty/international/teacher/
── 長崎ウエスレヤン大学《現代社会学部・社会福祉学科》
 
 ◆
 
 長崎ウエスレヤン大学がめざす福祉コミュニティは、「社会の構成員
が自分の生活の場でそれぞれの個性を生かして自己実現を図ることがで
き、しかも孤立するのではなく互いに支え合って生きることができ、さ
らにそれぞれが責任ある主体として社会参加ができる地域共生社会」と
定義することができます。
 私が担当している「キリスト教人間学」や「地球市民論」は、この福
祉コミュニティを形成する主体としての人間のあり方を探求しようとす
るものです。その人間像を本学では次のように規定しています。
・ 良心に従って生き、自己の責任において行動する人間
・ 自己を絶対化せず、異質な他者と共に生きる人間
・ 正義と平和を目指して未来を創造する人間
 これは、聖書が伝えるイエスの生きざまにならいたいと思うときに、
私たちが思い描く人間のあるべき姿を、キリスト教的用語を使わずに表
現したものです。
 もちろん現実の私たちの姿はこんなに立派なものではありません。そ
れどころか、これと正反対の生き方をしています。人間はひとりのこら
ず自己中心的なエゴイズムであるというのが、キリスト教の根本的人間
観です。しかし、そのような人間が新しく生まれ変わることができると
いう奇跡を信じたのが、イエスという人でした。彼はこの確信をもって、
自分の弱さや醜さに絶望している人々に変革の希望を与えたのでした。
 私たちは、このイエスに励まされて、人間と社会の根本に横たわる深
い闇を直視しながら、それでもなお「グローバルにしてかつローカルな
共生社会の形成」という、ほとんど不可能とも思える目標を敢えて掲げ
たいと思います。
 
 分野・フィールド:キリスト教学 おすすめの本
 
● 入学までに読んでいて欲しい本を挙げて下さい。(3冊程度)
 
� 岷討箸寮錣ぁ櫂殴廟鏥��機廛襦Ε哀凜�ン、岩波書店、1976年。
コメント:子供向きの冒険活劇の形をとっているが、自分の影の部分と
の 対決を通して自己を確立して行く若者の物語であり、「自己とは 何
かを問う人の必読書。
�◆�100万回生きたねこ」佐野洋子、講談社、1977年。
コメント:ロングセラーの絵本。生と死との愛についてはしみじみと考
えさせられる。スクールカウンセラーで訪ねる小学校の読み聞かせ絵本
リクエスト。
��「ペスト」カミュ、新潮文庫。
コメント:ペストと闘うという徒労に賭けた人々の物語。「ペスト」は
この小説ではナチズムの象徴。第2次大戦後のフランス文学の代表作。
 
● 1〜2年次で読んで欲しい本を挙げて下さい。(10冊程度)
 
� 嵜渓鸚蚕� マルコによる福音書」、日本聖書協会。
コメント:見棄てられ虐げられた「地の民」と共に生きるイエスの生涯
を描いた最初の書物。
�◆屮愁�ラテスの弁明」プラトン、岩波文庫。
コメント:「知るとは自分の無知を知ることである」と説くソクラテス
の姿を活写した古典中の古典。
��「歎異抄」、岩波文庫、
コメント:日本の精神史の最高峰、親鸞の思想の精髄を伝える書。
�ぁ�V.E.フランクル」夜と霧、みすず書房、新版2002。
コメント:ナチスの強制収容所から九死に一生を得て帰還した精神科医
が描く人間の飛散と尊厳。
�ァ屮�ラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー、岩波文庫(全4巻)。
コメント:世界文学の中から一冊を選べと言われたら、迷わずこれを選
ぶ。 自由の栄光と悲劇を描く「大審問官」の章が特におすすめ。
�Α屮船棔鴫箸凌諭后廛泪襯織鵝Ε妊紂Ε�ール、白水社、1984年。
コメント:全13巻という大長編小説。戦争と動乱の世紀を真摯に生きよ
う とする若者の姿がずしんと胸にひびく。
�А崋拿〔隋弭盒僅存福⊃慶�文庫。
コメント:日本の長編小説ならばこれ。民衆の中に生きる宗教の極限の
姿を描く。
�─峅罎汎髻廛屐璽弌次�岩波文庫。
コメント:人間が関係存在であることへの洞察を詩のような文章でつづ
った珠玉の書。
��「タゴール詩集」岩波文庫。
コメント:駆け落ちして長崎に来た時にもってきた2冊のうちの1冊が
英語版のタゴール詩集。ちなみにもう1冊は聖書。
��「イエスという男」田川建三、三一書房、1980年。
コメント:日本の聖書学の第一人者。最もラディカルな宗教批判者の手
になるイエス像。
 
● 3〜4年次で読んで欲しい専門書を挙げて下さい。(10冊程度)
 
� 屮廛蹈謄好織鵐謄�ズムの倫理と資本主義の精神」
マックス・ヴェーバー、岩波文庫(上下)。
コメント:宗教社会学の古典。西欧社会を理解するための必読書。
�◆峺殿絅罐瀬箒機廛泪奪�ス・ヴェーバー、岩波文庫(上中下)。
コメント:ヘブライズム(ユダヤ教、キリスト教)を社会学的に理解す
るために欠かせぬ書。これまた宗教社会学の古典。
��「自由論」J・S・ミル、岩浪文庫。(*)(*1)
コメント:この古典が邦訳されたのが、1970年代というのが驚き。民主
主義社会で個人の自由がいかにして圧殺されるかを鋭く分析した書。序
文だけでも読む価値あり。
�ぁ崋匆餬戚麩澄廛襯宗次�岩浪文庫。(*)
コメント:民主主義思想の源流の一つ。「親子関係も契約関係」という
冒頭の議論は、日本人がおどろくところ。
�ァ峪爐忙蠅詆臓廛�ルケゴール、岩波文庫。
コメント:たいへん難しいが、自己とは何かを考える時には、汲めども
尽きぬ源泉になる思想書。
�Α崟椎�ルター」エリクソン、みすず書房、2002年。
コメント:アイデンティティの確立にむけて苦闘する若きルターの姿を
通して、青年期の意味を問う。
�А屬劼�裂かれた自己」R.D.レイン、みすず書房、1971年。
コメント:私が精神医学を学ぶきっかけになった書。
�─峺胸魯�リスト教史の一断面」田川建三、勁草書房、1968年。
コメント:「福音書」という文学形式がいかにして生まれたかを解明す
る知的刺激に富む書物。読んで知的興奮を覚える。
��「使徒的人間―カール・バルト」富岡幸一郎、講談社、1999年。
コメント:20世紀最大の神学者カール・バルトの思想を文芸評論家が解
明する。キリスト教思想の根幹を知るのに最適の書。
��「全獄中書簡」徐俊植、柏書房、1992年。
コメント:韓国の民主化闘争の中で生まれた深い人権思想。非キリスト
者によるイエス理解・福音書理解に極致。
 
http://www.nwjc.ac.jp/~yamashiro/forum/kyouinhp/03uchimura.htm
── 長崎ウエスレヤン大学《教員紹介》
 
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http://www.nwjc.ac.jp/top/datafiles/teacher003.shtml?key=02
── 内村 公義 長崎ウエスレヤン大学学部長|学術情報データベース
 
── 《基督教学研究 第14号》に《罪の自覚 〜 その人間学的考察(一) 
 内村 公義(長崎大学医学部精神神経科学教室所属)の名あり。
 
── 《基督教学研究 第21号 200112‥ (年刊?)
《罪の自覚 〜 その人間学的構造(二) 内村 公義(45P)
 
── G.ウィノカー/中根 允文&内村 公義・訳
《うつ病の事実 〜 ファクト・シリーズ 3 〜 198801‥ 星和書店》
258p 四六判 \2,835(2,700円+税)ISBN 4-7911-0179-0
 
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 ジョン・スチュアート・ミル(1806〜73年)、イギリス人。
 この人は、「満足な豚よりも不満足な人間である方が良い。満足した
馬鹿であるよりも不満足なソクラテスである方が良い」という有名な言
葉を残し、これは私も非常に好きな言葉です。つまり、満足度がいくら
大きいと言っても、人間は下劣な満足じゃ駄目。質が重要である、と考
えたわけです。また、下院議員時代には婦人参政権や土地制度改革など
を指導するなど、非常に先進的な人物です。
 
 ま、それはともかく。
 どうもこの人、お父さんのジェームズにスパルタ教育を受けたらしく、
おびえる日々。20歳になるとついに「我が生涯最大の精神的危機」に
陥って、激しい鬱(うつ)病になります。この後、回復はするのですが、
死ぬ間際に義理の娘で彼の世話をしたヘレンに対し
 You know that I have done my work.
(君は、私が仕事をしたことを知っている)
と言ったとか。つまり「僕はちゃんと自分の仕事を果たしたよね? 君
は認めてくれるよね?」と言いたかったわけで、つまるところお父さん
に褒められたかったんだなあと、解釈されています。あれほど立派な業
績を打ち立てたのにもかかわらず、本当に認めて欲しかった相手はもち
ろん、とっくに亡くなっているわけで、非常に可哀想な話だなあと思い
ます。あの世で褒めてもらえたでしょうか。それとも、さらにスパルタ
・・・い、いや、なんでもないです。
 
http://www.uraken.net/zatsugaku/zatsugaku_121a.html
── 《裏辺研究所 > 雑学万歳 > 第121回》
 
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── 「太った豚よりも痩せたソクラテスであれ」は間違い。
 実は大切な言葉が抜け落ち、さらに間違っていわれたためにこんな言
葉になってしまったのである。もともとは、ジョン・スチュアート・ミ
ルが書いた『功利主義』の中にある一節で、こう書かれてある。
 「満足した豚よりは、満足しない人間である方がよい。満足した馬鹿
より、満足しないソクラテスである方がよい」
 
 しかも、「満足した豚」を「太った豚」と間違っていわれてしまった
ため、太ったの反対語である『やせた』を無理矢理ソクラテスにくっつ
けたのである。
 では、「太った豚よりも痩せたソクラテスであれ」と間違っていわれ
た言葉はどこから出てきたのか。発端は1964年の東大卒業式で、当
時の東大総長だった大河内一男氏が卒業生に向かって言おうとした言葉
である。(19640328)
 大河内総長は本番で気が変わってこの言葉を述べなかったが、訓辞用
の原稿のコピーを前もって渡された新聞社が、「この言葉は名言である」
と東大総長の権威の傘にかぶってそのまま印刷されてしまったのである。
 
http://www5c.biglobe.ne.jp/~yuugi/news/2005a.htm
── 《どうでもいいニュース 2005年第1四半期》
 
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 19世紀の翻訳と20世紀の翻訳
 
 前回、中村正直訳『自由之理』(1872年)について触れた。原著者の
ジョン・スチュアート・ミルは19世紀のイギリスで活躍した著者であり、
中村とほぼ同時代の人物だ。経済学に興味のある人にとっては古典派経
済学の完成者だし、哲学の興味のある人にとってはイギリス経験主義を
代表する哲学者だし、政治に関心のある人にとっては『自由之理』の原
著、On Libertyの著者だ。つまり、この時代に相応しく、森羅万象を考
えようとした思想家であった。ミルの著作はいまでも古典として読みつ
がれており、この On Libertyも、塩尻公明・木村健康訳『自由論』
(岩波文庫)を簡単に入手できる。
 
 塩尻・木村訳は1971年に出版されているので、中村正直訳より99年後
に刊行されている。中村訳と塩尻・木村訳を比較すると、明治の初めか
ら100年で翻訳がどう変わったかを知るうえで絶好の資料になる可能性
がある。
 
 塩尻・木村訳が出版された経緯が、吉野源三郎による「あとがき」に
くわしく書かれている。岩波文庫で『自由論』の新訳を計画したのは19
38年だったという。日中戦争の最中、第2次大戦がはじまる前の年であ
る。この時期に自由について論じた本の翻訳出版を計画し、しかも当初
は河合栄治郎に翻訳を依頼したというのだから驚く(河合栄治郎は自由
主義者だと批判されて大学を追われ、起訴されている)。塩尻訳の出版
は1971年だが、翻訳の時期が戦争中だったので、戦後に文語体の文章を
口語体に改めるのに時間がかかったという。自由の大切さを説いたこの
本を戦争中に訳していたというのだ。
 
http://homepage3.nifty.com/hon-yaku/tsushin/ron/bn/19-20seiki.html
── 山岡 洋一《翻訳についての断章》
 
<<
 
 ↑ 邦訳《自由論》初版(*1)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 TB
http://d.hatena.ne.jp/i-miya/20050508


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