与太郎文庫
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| 2004年10月26日(火) |
ウィットレス 〜 微笑なき日々 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20041026 ホームレス【homeless】住む家をもたない人。公園や駅・地下道など に住みついている人。浮浪者。→ ウイットレス【witless】笑わない人。 気のきいた会話や文章などを生みだす才知・機知・頓智を忘れた人々。 西武と中日の日本シリーズは、どうにも盛りあがらなかった。 ライブドアと楽天、ソフトバンクの野球界参入も、場ちがいに思える。 球団経営者のスキャンダルが相次いで、うんざりさせられる。 法務大臣の資質なしと追求する国会中継が、とても空々しい。 新潟中越大震災のニュースに、なぜか親身になれない。 危機管理が苦手な政治家ばかりで、誰一人リーダーシップがとれない。 阪神大震災のとき、二倍以上の数兆円を投入していたら、そのあとの 経済復興が好景気をもたらしたはずだ、と堺屋太一は論評する。 神戸も新潟も「以前から予測できた」と地震学者が回想する。 経済学も地震学も、あと講釈ばかりで、みっともないかぎりだ。 関東大震災以後に生まれて、二度とないチャンスにも恵まれたのに、 だれひとり説明責任を果たさず、ぬくぬくと引退していくのだろう。 むかしむかし暦官は、日食を予測することが最重要の課題だった。 神官は、日食が起こらないように祈った。 日食が的中すれば暦官を褒め、外れれば神官の手柄とされた。 むかし、倉敷市長の雨乞い神事が話題になったが、忘れられた。 神主と一緒に渡辺市長が、踊っている姿がテレビ報道された。 みんな大真面目だった。数年後、森首相の神の国発言につづく。 >> バンバ踊り(久米郡久米南町)県指定文化財 バンバ踊りは久米郡久米南町の沸教寺で八朔(旧暦8月1日)に踊られ る雨乞いのお礼踊りである。干ばつのとき、沸教寺の竜王さまに雨乞い をすると必ず雨が降るという。雨が降るとお礼に踊る。 十数年に一度というように、めったにしか踊られない。 踊り手は全て男で、踊り手とカンコ(鼓)打ちは女装する。振り袖、手 甲、笠は、表が白、裏が赤になっている。 踊りは先ず竜王堂前で、続いて本堂前で輪になって踊られる。 ゆるやかな調子で、旋回する場面が多く、踊りというより舞いに近いと いえる。踊りの合間には棒術が行われる。 歌は、道中に歌われる「道中」と、1番から7番、それぞれの間の「境」 である。1番から7番は踊り方も異なる。1番の1の歌は「白いすけ笠にし でを切りかけて、バンバと踊れば雨が降る」である。 この文句のように、もとは雨乞いの踊りの歌でないかと考えられる。 バンバ踊りは1956年(昭和31年)県の重要無形民俗文化財に指定されて いる。 http://www.tsccreate.co.jp/2-6.htm ── 《岡山の祭りと芸能�供�6》 << 最近「居残り佐平次」のパロディをこさえたが、いずれまた……。 今朝、はてなQ&Aに寄せたナンセンス回答(1972年ごろの記憶より)。 質問者の「お、漢(おとこ)らしい・・・」というコメントが秀逸。 1.アリストテレス・オナシス 2.ギリシャの大富豪“海運王” 3.「おれだって、風呂に入るときは、裸になるさ」 4.妻“ジャッキー”がヌード姿を盗撮され、感想を求められて一言。 “世紀のプリマドンナ”を愛人に、“アメリカ大統領の未亡人”を 妻にした男の中の男。粗野で無教養で無愛想な天才実業家。
Onasis,Aristotele,Socrates 19070115 Turco Greek 19750315 69 /異説19060921,19060107〜 ♀Callas,Maria 19231202 America France 19770916 53 /薬物自殺? ♀Onasis,Jacquline Kennedy 19290728 America 19940519 64 /Lee Bouvier
http://www.hatena.ne.jp/1098669224 >> ジャクリーン再婚は“契約身売り婚” オナシス氏の愛人でオペラ歌手マリア・カラスが語る 元ジョン・F・ケネディ米大統領夫人のジャクリーンさん=写真左= がギリシャの大富豪、アリストテレス・オナシス氏=同右=と再婚した 真の理由は、実は将来のケネディ家の大統領選挙キャペーン費として2 700万ドルを受け取るためだった―。近く発売されるオペラ歌手マリ ア・カラスの自叙伝「Maria Callas: Sacred M onster」の中で、ショッキングな“契約身売り結婚”が明らかに された。 仕掛け人はローズ・ケネディさん マリア・カラス(1977年、54歳で死亡)は長年オナシス氏(1 975年死亡)と愛人関係にあったが、「ナショナル・エズザミナ―」 誌や他の米誌によると、彼女はオナシス氏の死後、同自叙伝の著者、ス テリオス・ガラトポロス氏に、「彼は彼女を愛して結婚したのではなかっ た」と語っという。「それは経済的利益のために結びついた結婚だった」 と。事実、双方で一生懸命取り引きされた契約結婚であり、この取引の 仲介をした人が、何と彼女の義理の母(JFKの母)ローズ・ケネディ さんだったという。 マリア・カラスは「この取引は、(ローズ夫人の)息子のジョン・F ・ケネディが1963年に暗殺された後、別のケネディ家の一員を大統 領にすることを願ったローズがやったことだった」。 寝ることさえ要求されなかった 1968年の結婚を明記した書面による契約では、結婚の期間は7年 間で、当時39歳のジャクリーンさんはオナシス氏(当時68歳)の子 供を産む義務はないこと、そして彼と寝ることさえ要求されなかった。 そして、7年間が過ぎたら、家の金庫に入るというもの。 しかし、ジャクリーンさんは結婚した当初、彼を満足させることを選 んだと言う。オナシス氏のヨットを管理している使用人は、深夜裸の二 人がヨットの中でセックスをしているのを目撃したという。 「結婚は間違いだった」とオナシス氏 オナシス氏の結婚は誰からも驚かれた。もちろん、彼と9年間恋人の 関係にあったマリア・カラスでさえも驚いたという。 「怒りというより、なぜ彼がジャクリーンさんと結婚したのか分から ず当惑した」。オナシス氏に裏切られ傷ついたマリア・カラスは最初、 彼に会うことを拒否していたが、挙式のわずか1ヶ月後に彼がパリの彼 女のアパートにやってきて、「結婚は間違いだった」と涙ぐみ、二人の 関係を再び続けたいと懇願した。この時、彼女は初めて「結婚の真相」 を知ったという。 冷淡だったジャックリーンさん ジャクリーンさんは結婚した最初の年に、自分の買い物だけで150 万ドルという大金を使った。彼女の浪費性に目をつぶれても、彼女の冷 淡さには我慢できなかった。オナシス氏は多くの問題を抱えていたが、 彼を慰め元気づけることさえしなかったという。 1968年に結婚し、1975年で契約の7年がくるが、オナシス氏 は少しでも彼女の財産の請求を減らそうと、早めに結婚の解消を求めよ うとしたが、彼は契約が切れる7カ月前に死亡した。 マリアに「あなただけを愛していた」と‥ オナシス氏の健康状態が悪化するにしたがって、マリア・カラスがよ り身近な人となっていった。死の床で彼は、「あなただけを愛していた」 と告げたという。 ジャクリーンさんは1994年5月、がんの一種である悪性リンパ腫 で死亡した。 (2003/02/99、ロサンゼルス=ZAKZAK特電) << ><
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