与太郎文庫
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2004年05月23日(日)  暁の脱走 〜 敵前逃亡の罪と罰 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040523
 
 十一歳の与太郎は、父に連れられて“大人の映画”を観た記憶がある。
 
 ポスターを観ただけで、美男美女のはげしいラブシーンが予想される。
 当時四十歳そこそこの父が(母ではなく)息子を連れて映画館に出かけ
たのは、おなじ男として分るような気がする。
 
 くわしい筋書は分らないが(予想どおり)傷病兵と看護婦の、息づまる
接吻シーンにつづいて、なぜか美男美女は手に手をとって、砂漠に向って
脱走を図るのである。
 
 二人の後姿を発見した上官は、部下に対して「撃て!」と命令するが、
このとき意外なことに、銃を持った部下の一人が後ろをふりかえりざま、
上官に向けて発砲せんとして、他の者に阻止される。
 
 もっと意外だったのは、上官に発砲せんとした瞬間に、映画館の観客が
思わずパチパチと拍手したのである。ついさっきまで主役の長々しいキス
・シーンを見せられたために、奇妙な感情移入が起っていたのだろうか。
 
 この記憶は、つよく印象づけられ、二十五歳ごろから五十歳ごろまで、
しばしば与太郎の酒場談義に登場した。若いホステスには新鮮で、古手の
マダムには懐かしい代表的ネタとなった。
 
── 池辺 良&李 香蘭=山口 淑子・主演
/小沢 栄/利根 はる恵/若山 セツ子/伊豆 肇/田中 春男・共演
/谷口 千吉・監督/黒澤 明・脚本《暁の脱走 19500108 新東宝》
── 田村 泰次郎・原作/鈴木 清順・監督《春婦伝 19650228 日活》
 
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 池辺良と山口淑子の長い長いキス・シーン。観客は、金縛りにあった
ように息を呑んで画面に見入っていたが、そのうち、だれかがくすっと
笑った。笑いははじめ渚のささ波のように静かに広がったが、次いでど
よめきとなって大きく崩れた。みんなほっとしたように、どっと笑った。
ぼくも笑った。気恥ずかしさを笑いでごまかしたのだ。
 あの頃、日本人にはとてもシャイで、感受性が豊かであった。それは
日本人が貧しいながらも、青春という宝物を心にもっていたからだと思
う。そのときに少年になった自分の幸運と思うとともに、いま、自分や
回りが失った大きなものへの苦い思いもまた更である。
── 安田 文一郎《ぼくらの世紀 〜 朝陽50号 特集〔卒業50年〕〜 》
http://www.chouyou.net/archives/chouyou/50/index2.html
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 ↓(あらすじ)
── 《間借り人の映画日誌 -『暁の脱走』-》by ヤマ 20020824 県立文学館
http://www4.inforyoma.or.jp/~mai7665/2002j/11.htm


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