与太郎文庫
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http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040203 >> 「そっか、じゃあ管理人さんにふんだくられてるワケじゃないのね」 「そうでしょう」 と、ここまで話したところ、脇からだんじょうクンが、 「そんな大きい集合住宅で管理人が『ぽっぽないない』するわけないや ん」とひとこと。 『ぽっぽないない』・・・。 あらためて聞くと不思議な言葉ですよね。たぶん「横領する」みたい な意味だと思うのですが。 ── 《ぽっぽないない疑惑解消 2004-01-27 staff diary @ reikon》 http://d.hatena.ne.jp/reikon/20040127 << コメント投稿(約5通につづけて) 「♪右のポッケにゃ夢がある、左のポッケにゃチューインガム」── 藤浦 洸・詞/万城目 正・曲/美空 ひばり・唱《東京キッド 1950 松竹》 → http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20040203 >> # reikon 『adlibさん、ぽっぽないないのエピソードありがとうござい ます。またまた深く知る事ができました。普段使っている言葉の上流に あったものって面白いですね。』 << またも余計なうんちくを投稿。 「ぽっぽ」は「pocketの幼児訛」だが、全国的には「ポッケ」が主流。 さらに「ポッポ無い無い」は、おやつを全部食べてしまわずに、半分 ポケットに残しておくよう、父や母が幼児に教えるときの常套句であり、 誰か(兄弟や友だち)に気づかれたら「無い」と云いなさいよ、という ふうに用いられた。 与太郎の(おぼろげな)記憶では、近所の兄ちゃんか姉ちゃんたちが、 幼児をからかって、右手に持ったお手玉などを、左のポケットに移して、 さらにまた右のポケットから取りだす「マジック」でもあった。 たぶん「いないいないバァ」からのアレンジであろう。 要するに、幼児にとってのポケットは、人生最初の「大切なもの」を しまっておくための隠し場所だった。 ところが、これが大人の世界でも使われるようになり、おおっぴらに できないような「つまみ食い行為」を、わざと幼児語で「ポッポする」 などと表現する。 もとの起源は、葬式などの手伝いで、お膳を運ぶ途中で、黒豆を一粒 つまんだりすることから、香典の一部をひょいと袂にいれたり、やがて 集団で(遺族の了解なしに)遺品を分配するようなことに発展したので あろう。 追記1 1978年ごろに、100円均一の「使い捨てライター」が登場したが、 こんなことを考えた輩がいた。 当時のライターは、ほぼ七色あったが、ほとんど同じデザインなので 見分けがつかない。そこで彼は「使い切ったライター」を、いつも七色 そろえてポケットにしまっておく。 訪問先の応接机には、たいがい「100円ライター」が置かれていた ので、退去する直前に、同じ色のライターをポケットから取りだして、 手品のように取りかえるのである。 かくして彼は、生涯ライターを買うつもりがないことを豪語していた。 その後の彼の消息は知れないが、世にもミミッちい小噺だった。 追記2 内田百�寮萓犬蓮△匹鵑覆帽發づ垢任癲▲船奪廚世韻魯吋舛蕕覆ぁ� あるとき、持合わせがないので、質屋に寄っていくという。 「先生、あの店ならツケが利きますよ」 「なに、チップばかりは現金でなくっちゃぁ」 というわけで、いよいよ当の店に到着。さっそく先生は、仲居に、 「お前の胸に触ってもいいかい」「あら、どうぞ」 かくて先生は、他の者に知られることなく、チップを与えたのである。 先生の粋な気くばりを(横目で)見ていた山口瞳も、ようやく売れて、 チップを払うような身分になった。ぜひとも同じようにやってみたい。 「すまないが、君のオッパイに触らせてくれないか」「あら、どうぞ」 すっかりお大尽きどりで、気をよくしていると、さきほどの仲居が、 ふしぎそうな顔つきで戻ってきた。 「あの、こんなものが入ってましたけど……」 山口瞳は(この店では)まだまだチップを与える身分に、とどいては いなかったのである。 (山口 瞳《男性自身》より(?)、記憶のままに)
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