与太郎文庫
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| 1998年03月07日(土) |
祥瑞亭・開窯150年 〜 六代目・浅見 五郎助 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19980307 ── 清水焼業界は、「作家の集団」であるということが特徴でしょう。 ただ、作家である前に職人(工人)であって、先代に師事し、確かな技 術を身につけていたからこそ代々続いてきたのだと思いますね。それに、 茶道と密接に関わり、需要を確保できたことが大きいですね。絵画や彫 刻などを制作する純然たる作家と違って、繰り返し注文のある茶道具を 作る作家であったことが継承に結びついた所以だと思われます。こうし て陶磁器をはじめ、和菓子や着物、懐石料理など京都の伝統産業は、茶 道のおかげで存続しているとも言えます。お茶の世界って、えらいもん ですね。 私は後を継ぐことにあたって、親にどうこう言われた記憶がありませ ん。それよりも親戚縁者や他人さんからじわじわ導かれていったように 思います。まあ、老舗の息子っていうのは、生まれながらにして後継ぎ が決まっているようなもんです。小さい時分から、よそに連れていかる と「息子です」と親が紹介しますので、もうその頃から人に「浅見家の 6代目」と見られるわけですから。老舗ならどこの家でも長男が誕生し たら、「後継ぎができてよろしいなあ」と言われるはずです。 京都は信用で商売できるのがいいですね。お財布をもっていなくても、 どこの誰かがわかるので、良い品を買うことができます。「一見さんお 断り」という考えも、この“信用”に基づいているのではないでしょう か。しかし、一旦信用をなくしてしまうと京都では商売できなくなると いう恐さもあります。 ── 《京を語る 19980307 情報誌「京都」》 ── (あさみごろうすけ)昭和26年生まれ。京都市工業試験場で陶磁 器の研修を終了後、昭和47年より先代に師事。同63年、6代目を襲名す る。「我々はある意味で夢を売る商売。お客様に涙が出るほど感動して もらえるものを作りたい」と意気込みを語る。 ── 摂津国の高槻藩より上京した初代が、2代・清水六兵衛氏に師事 し、嘉永初年(1848)に独立。江戸時代から、茶道具・華道具の陶磁器 の製作にかかる。1943年、通産省より技術保存作家に認定され、「三島」 「刷毛目」の技法を代々伝承する窯元として今に至る。初代が祥瑞亭 五郎助と号したため、祥瑞窯を名乗る。 〒605-0846 東山区五条橋東4丁目450 http://www.j-kyoto.ne.jp/j_kyoto/koe/35go/35-c/35c.html
浅見 五郎介 1 陶匠 18‥‥‥ 摂津 京都 18‥‥‥ ? /清水六兵衛2門下/1848独立“祥瑞亭” 浅見 五郎助 2 陶匠 18‥‥‥ 京都 19‥‥‥ ? / 浅見 五郎助 3 陶匠 18‥‥‥ 京都 191.‥‥ ? /夭折 ──────────────────────────────── 浅見 五郎助 4 陶匠 1895‥‥ 京都 1967‥‥ 73 /1916浅見家入籍/1926襲名 五郎助 2の妻の兄弟=入江 辰之助(道仙)の次男/幼名=震臓/雅夫の父 http://page4.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d85411847 浅見 雅夫 1939‥‥ 京都 / ──────────────────────────────── 浅見 五郎助 5 陶匠 1923‥‥ 京都 / http://sikoku.web.infoseek.co.jp/F/0005/0005.htm ──────────────────────────────── 浅見 五郎助 6 陶匠 1951‥‥ 京都 /5の長男1987襲名 http://www.nicco-auction.jp/work/archives/71201.html
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20060721 清水家の人々 〜 清水焼八代 〜 http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690626 一聴一席�だ郷緇董Τ�窯200年 http://d.hatena.ne.jp/adlib/19540817 キリギリス 〜 アリガ来たりて 〜 (20080624)
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