与太郎文庫
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1980年09月16日(火)  Do! series

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19800916
 
 邦字の姿
 
 どんな書体にも、作図の基本ルールがあります。フリーハンドで描か
れる前衛書道の文字も、筆おろしから一気に墨を運ぶ呼吸が基本になっ
て、その時間的な経過が織りこまれています。
 すべてのもじは、もとの素材が毛筆であるか、硬筆であるか、あるい
は彫刻であるかによってスタイルが制約されます。近代印刷が大量に再
生産するために、各種のスタイルを活かしながら、共通したものに向っ
て変化してきたことは事実です。
 たとえば、明朝体の漢字は刻印するためのデザインですが、仮名は元
来毛筆で描かれたものでした。厳密には、《明朝体の仮名》というもの
は存在せず、明朝体漢字にふさわしい仮名書体にすぎません。現代の邦
字では、漢字と仮名のシェアが逆転してしまったので、むしろ平仮名に
ふさわしい幹事のスタイルを主役とすべきかもしれません(その例とし
てこの小冊子は、楷書体を改良した《教科書体》を採用しています)。
 私たちが、すでに見なれてしまっているので違和感がなくなった、も
うひとつの例は、ローマ字・アラビア数字との組みあわせです。
 ローマ字の主役は、モダン・ローマン書体で、明朝体にもっとも似つ
かわしいスタイルです。石に刻むためのオールド・ローマン体を印刷用
に改良したもので、たぶんアラビア数字もこれに似せて併合されたので
しょう。
 こうしてみると、現代邦字として、私たちが日常見なれている書体の
なかでは、平仮名と片仮名だけが、異質の原点をもっていることに気づ
きます。
 そこで、仮名そのものを、明朝体あるいはローマン体のように改良す
る試みが、何度もくりかえされてきたわけです。石や木に刻むようなス
タイルにすれば、全体の統一感は向上するはずです。桑山さんの《タイ
ポス》は、あきらかにこの着眼に立っています。しかしすぐに歓迎され
る、というわけにはいかなかったのです。多くの人は、かえって異質な
印象を抱きました。
 
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 表記体系
 
 書体を考える上で、もうひとつの問題点は可読性・一覧性・慣用度の
他に、日本語表記という観点です。
 漢字カナまじり文、あるいは多種類の文字書体が混在し、併用される
という現状では、むしろそれぞれの異質な感触を残しておいたほうが、
読みやすく理解しやすい、という人も多いのです。
 ローマ字を使う国々では、たとえばロシア語やドイツ語などをタイプ
で打つために特殊な文字を整理し、いわば国際化に向っています。世界
的な傾向として大文字と小文字の区別もなくなりつつあり──実際にな
くなるかどうかは別として、日常の手書き文ではアメリカ人の多くが、
ブロック・スタイルと称する大文字だけの表記を好んでいます。
 注意してみると、日本でも、ボールペンの普及が原因か、直線だけで
書く人たちが増えているようです。かつては悪筆とされたこの手法は、
読みにくい達筆よりも読みやすさ、書きやすさの点で、むしろ有利なの
です。
 そして、その極限にあるものは、幾何学的な書体スタイルなのです。
 コンパスと定規だけで描く、というルールは決して新奇な試みではあ
りません。しかしローマ字の歴史が示すように、幾何学的な線だけでは
実用化せず、さまざまの装飾的工夫と例外的なルールが、わずか26〜52
種の文字にも必要だったのです。
 コンパスと定規だけで描かれたロゴタイプや指定書体は、限られた内
容だけを想定すればよいのですが、《Do!シリーズ》では、現代邦字
の表記体系として、6種類の異なる文字に共通の互換性を与える最初の
試みです。
 その結果、共通のルールをおしすすめて、コンピューターに作図させ
ることが可能になりました。高価な資材を用いる場合、共通のエレメン
トをパーツと考えれば、無駄な余白スペースを最小限にとどめることも
できます。
 従来のコンピューター文字やデジタル文字がもっとも単純な直線で設
計されたのに比べ、細分化された座標上に正円弧が加わりました。
 
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 原字の作図ルール(資料供
 
 すべての文字が、どんな組合せになっても一定のバランスを保ち、全
体としての姿に、統一感を得るためには、個々の細部における綿密な工
夫が必要である。従って従来の書体では、もっぱらフリーハンドによっ
て、微妙な修正を加え、それ自体で持味となった例がほとんどです。
 Do!シリーズでは、コンパスと定規だけで描くことを基本条件にし
ているために、その種の修正や手加減の余地がなく、ともすれば幼稚で
無表情な書体におちいりやすい。それを補うには、無数のデッサンをく
りかえし、厳格な制約内であらゆる可能性を試みることが要求される(
下図はその完成図)。
 右の版下は、ようやく基本設計ができた頃の習作で、精度の甘いコン
パスを用いたために、先端の半円と曲線との接点が不ぞろいであるが、
現在では、各々の円の中心点だけを指示すれば、表紙例のようにコンピ
ューターで正確に作図させることが可能となった。
  
→ 外法220×180:内法210×170ミリ。
  写真植字の変形率では長体2号に相当し
  仮想ボディいっぱいに見込んでいる。
  
→ 巾2ミリ、間隔3ミリとして。5本線の
  合計巾22ミリは、外法天地の10&に当る。
  
→ 5本線としたのは、もっとも画数の多い
  字体を収容するためで、9頁の例のよう
  に省略したり、あるいは、無制限に増す
  ことも可能である。スーボ書体のような
  食いこみや、隣接文字との巧妙な連続も
  容易となる。この場合にも、原則として
  文字が歪まず、読みやすいデッサンでな
  ければならない。
  
→ A4判の版下は、3×2.5尺の拡大原稿
  を一度で得られる。テレファクスで電送
  できる最大寸法でもある。
  
  ←中心トンボ
  塗りたしトンボ↑仮想ボディ
  →セット←
  ←アセンダーライン
  (裁ちトンボ)
  ←キャップライン
  ←ミーンライン
  ←センターライン(←中心トンボ)
  ←ベースライン
  ←ディセンダーライン
  ←ボディライン
  
→ キャップラインやミーンラインなど英字
  のルールに、印刷版下のトンボを併せて
  採用している。
  
↓ 曲線(正円)の中心の求めかたは、両端
  を結ぶ直線を底辺とする二等辺三角形の
  頂点にある。原則的には正三角形である
  ことが多い。
  
↑ 曲線はすべて正円で、中心の異なる二つ
  の円が連続する場合がある。
  
↑ 直線と円が交叉し、連続した例。
  
→ 色彩指定は、中心線をA色、外側へB色
  C色とし、間隔部分をそれぞれab色、
  bc色に分ければ、計5色まで得られる。
  7本線の場合は7色、以下いずれも奇数。
  
→ 先端の円を、直角に変えると角ゴシック
  となる。
 
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 類似書体との比較(資料掘
 
 写植の文字盤を作るための最終版下は、50級で上下左右60歯である。
Do!シリーズに合わせて、ここでは長体2号を用いて、モリサワと
写研から、類似書体を選んだ。
 いずれも、丸ゴシックを基本にしており、写研のナール書体が出るま
で、モリサワが市場を独占していた──写研・写植文字の創始者である
石井茂吉(1887〜1963)が、なぜか手を染めなかった書体でもある。
 
 1970年、写研のコンクールで登場した中村征宏のナール・シリーズは、
現代感覚の丸ゴシックとして、後続のゴナ・シリーズとともに、たちま
ち広告業界に君臨した。
 Do!シリーズは、こうした傾向をとらえながら、コンパスと定規だ
けで描けるよう設計されたもので、レンズによる光学的な変形だけでな
く幾何学的なバリエーションも自由に得られる。
 
 モリサワの丸ゴシック↓原型は大正期に完成し当時の活字になかった
英字スタイルを取り入れている。看板には丸筆で描かれていた。
 
 合理的な規格と力強い
 表現が調和した多目的
 な新書体Do!シリーズ
 
 写研のナールD↓大胆な構成で優美な曲線が巧みに配分されている。
ビジュアルな印刷物の中見出しに、いまなお活用されている。
 
 合理的な規格と力強い
 表現が調和した多目的
 な新書体Do!シリーズ
 
 Do!シリーズ↓印刷物よりも屋外専用書体として開発され、可読性
と共に制作面での実用性を重んじるため多彩な応用機能をもつ。
 
 合理的な規格と力強い
 表現が調和した多目的
 な新書体Do!シリーズ
 
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 多彩な応用機能(資料検
 
 ナール書体は、はじめ本文用に構想されたが、むしろ見出し文字とし
て迎えられた。
 基本的なファミリー、細ナール中ナール太ナールの三種が用意された
が、のちにはOナールと称する、一種の袋文字が加えられた。近年の傾
向とみられるが、明朝体にもこうしたフチどりが流行し、見出専用の文
字盤が発売されている。文字に、濃淡と陰影を与え、さらに色彩化が望
まれている
 Do!シリーズは、あらかじめ原字母が、5本線で描かれているので、
こうした要求をすべて満たすことができる。線の太さも5種類の中から
選択が可能である。
 ただし、印刷物の本文用には不適当で、50級以上で用いることが望ま
しい。5本の線を消したりつないだりすることにより、下図のような無
数の変化が得られる。とくに複雑な色彩をほどこすこともできる。
 
 基本母型P 基本母型N
 
 新書体   新書体   新書体 
 新書体   新書体   新書体 
 新書体   新書体   新書体 
 新書体   新書体   新書体 
 新書体   新書体   新書体 
 新書体   新書体   新書体 
 
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 拡大縮小のトラブル
 
 かつての看板は、すべて手描きでした。今でも商店や、臨時のものは
看板職人によって描かれます。いちばんの欠点は、誤字であり。《○○
写真展》というところ、ウカンムリの写であったり、ワカンムリの写に
なるという例はおおいのです。
 文字そのもののデザインも、職人の能力差や得手不得手があるので、
完成するまで予想できないのが実状です。
 印刷文字が豊富になり、写植文字のように標準的な書体が普及した結
果、これを拡大して用いるようになりましたが、もともとは、そのため
に描かれた文字ではないので、いくつかの難関があります。
 写植文字は、ふつう60ミリ角の版下で描かれます。そして4ミリ角の
厚板に縮少されたものを、さらに縮少したり拡大したりするのですが、
その範囲は最小が7級=7/4ミリから最大200級=50ミリ角、つまり原字
の大きさを限度(機種によっては62級、100級どまり)としています。
 
 これを写真撮影して、さらに引伸機で拡大したとしても、レンズを通
るたびに、ボケが生じるので、30センチ角以上のものを得るのは無理と
されます。かりに30センチ以内でもレタッチ(修正)はもとより、ボケ
や歪曲部の調整が必要なので、結局は描きおこすための見当くらいにし
か使えません。
 十数倍から数十倍もの拡大・縮少について技術的には、とくにスクリ
ーン印刷の分野で進歩がいちじるしいのですが、原字そのものが想定し
ていない倍率では、いまひとつの、決めてに欠けるのです。
 
 つまり、レタリング・デザイナーのような熟練した文字の専門家でな
いと、原字の持味を再現することも不可能といえます。
 しかも、昨今の看板は、高価な資材にめぐまれ、一定水準のレイアウ
トや文字を要求されるわけです。
 全体のバランスにしても、一定以上の大きさになると、文字間隔や線
の太さなどに微妙な計算が必要です。
 
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 倍率のトリック
 
 たとえば、いかに秀れた建築でも、二倍の大きさで建てたとすると、
とても奇妙な造形になると思われます。単に住めないどころか、この世
のものとは思えない、不思議な感覚が生じるはずです。視点が移動する
からです
 印刷用の文字は、一定範囲の寸法で描かれ、読みとるためのもので、
その目的に合うべく、いくつかのトリックが細部に仕組んであります。
一般的には、切りこみ・たまり、などですが、そのまま拡大できたとし
ても、あまり効果がありません。
 以上の難関を要約すると、文字に関してはつぎの二点が考えられます。
 可読性、もしくは一覧性ともいうべき表現上の問題であり、もうひと
つは制作現場でのトラブルです。
 1センチ角の文字を並べる場合と、10センチ角とでは、文字間隔が正
比例しません。単に読めるというだけなら、同じ比率でもよいのですが、
読みやすさが異なるのです。ここでは《可読性・一覧性》と称しておき
ます。
 可読性は、とくに指定書体の場合に求められる要素ですが、極限の姿
は記号になります。
 道路標識を例にとれば、走行中の運転者が一瞬のうちに判読できる一
覧性も必要です。
 たとえばンとソ、シとツ、1と7、IとL、Oと0、ーと−などは、
前後の文字からみて誤読しやすいと思われ、無理に異なった字形を用い
ているのが通例です。
 しかし実際に必要でしょうか。
 10Kを、アイオーケーと読んだり、OKをゼロキロメートルと誤解す
ることは考えられないのです。
 ところが、ンとソ、シとツの場合、手描きの看板などで怪しい例があ
ります。その原因は毛筆で描かれた記号である仮名文字の宿命ともいえ
るのですが、最近ではデジタル文字あるいはコンピューター文字として、
極限化されつつあります。
 《Do!シリーズ》は、すべての文字に互換性を求めて、現段階での
慣用度を考慮して開発された新書体といえます。       (波)
 
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 指定書体の系譜(資料后
 
 ロゴタイプは、社名や商品名を、固有のものとして表現する。素材と
なる文字は、すでに簡略化されていて、その範囲内での可読性があれば
よい──使用しない文字と似ていても、全体の姿から誤読をまぬがれる
だけの効果を要求される。
 広告のための文字が出現し、あたらしい角度から文字が再点検される
ようになった。
 たとえば大文字と小文字を区別せずに、ラインを共通にしたものや、
感嘆符(!)のような記号を意図的に組みこむ例がある。
 やがて、社名や商品名だけでなく、企業イメージを統一し、固有の表
現素材として《企業制定文字》の発想が生れた。
 普遍的であるべき文字が、固有の表現に細分化されていく現象は、書
道の芸術化にみられたものである。いまでは、社会構造に占める位置を
明示するために工夫される。
 
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 NEC
 
↑ いままでのロゴタイプの中で、代表的な例である。力強くシャープ
なタッチを再現するため厳格な割出図が必要である。精密で小さな金属
面などに、正しく刻印・印刷するためのもので、デザイナー自身は関与
しない──割出図そのものは、とくに法則性がなく、使用する目的によ
って調整されている。
 
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 全日空
 
   全日空制定書体──細字漢字1
 
   より速く より高く より遠く
   北へ南へ35都市1日400便
   全日空ジェットファミリー
 
↑ タイポスという新書体が登場した当時は、すぐに具体的な用途が見
出せなかった。桑山グループの 根づよい努力により《企業制定文字》
として、いくつかの成果に結びつおたものである。英文に比べて、制作
コストが高く、制作期間が数年もかかるのは、固有・専有化の支払うべ
き代価であろ。
 
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 いけぶくろ
 
 [ ← 新宿・渋谷・品川方面 ]
 
↑ 駅名表示という、シンプルな用途のために制定された例。この場合
は、突端の丸味と線の太さが定められているだけで、文字のバランスや、
全体的なルールは、施工業社あるいは版下職人によっても、まちまちで
ある。原寸で書かれたものは、とくに欠点が目立ちやすい。
 
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↓ Do!シリーズは、主として屋外用の書体として開発された。漢字
・ひらがな・カタカナを、英数字と同じルールにもとづいて、コンパス
と定規だけで描くことは、しばしば試みられた。しかし実用に耐えるだ
けの文字数を揃え、統一表記としての格調を維持するには至らなかった。
Do!シリーズは、屋外文字の制作現場が要請して生れた例で、各種の
資材に活用できるのが特徴である。
 
 Do! series
── 《ひかりつづけて私は5歳 〜 新幹線博多開業5周年 〜
19800316 岡山鉄道管理局》
 
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↓=Non-display><↑=Non-display
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作成日: 2005/07/13


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