与太郎文庫
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1971年09月01日(水)  英対話 〜 門脇 邦夫とその意見 〜

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19710901
 
 四年前、T君の紹介で、さるアメリカ婦人を奈良に案内したことがあ
る。T君を有能な同時通訳とすれば、私は英語のできない運転手が役ど
ころである。
 デボラ・カーに似た美貌の中年女性は、実は三度も結婚して、目下は
独身とのことだった。T君は親しいせいもあって、かなり率直にたずね
たりする。
 「お子さんは生れなかったのですか」
 「まさにモダン・サイエンスの奇蹟ね」
 彼女のたえざるウィットに富んだ応答で、その日はすばらしい道中と
なった。一行三人が車を降りて寺院に向かうころ、突如の雷鳴一閃とた
ちまちの雨、そして一転するや真紅の夕陽があらわれるにおよんで、彼
女は思わず叫んだものだ。
 「まるで、自然の展覧会だわ!」
 T君も私も、彼女の詩的発想に、すっかり感心してしまった。これこ
そ英語的な、英語ならではの表現ではないか、と思われた。
 T君の紹介で、門脇邦夫氏に会ったのは、二年前の春である。当時
《毎日英語教室》の主任講師であった彼と、さしたる話題もないまま、
名刺だけ交換して、その日はすんだ。
 数日後に、二度も彼の名刺が役立った。
 まず、音楽評論家の出谷啓氏から、だれか通訳を知らないか、と電話
がかかってきた。来日中の指揮者、ズービン・メータのインタビューを
採るとかで、かなり急いでいるらしい。私は念をおした。
 「彼はインド生れだというが、貴兄の必要とするのは何語の通訳であ
るか」
 「ウィーン育ちの音楽家ゆえにドイツ語もできるらしい。しかし諸般
の事情からみて、ボクは英語の通訳を望みたい」すぐさま私は門脇氏に
ダイアルしたところ、
 「私はその日、予定もあるし、音楽に知識のあるだれかを代りに探し
てみましょう」といってくれた。彼の適確な手配によって、ある女性が
選ばれ、出谷氏のインタビューは、無事成功した。
 この場合、インド語あるいはドイツ語の通訳であっても、やはり彼に
頼ったにちがいなく、後日、門脇氏によれば、
 「対手がニヶ国語を話す可能性は意外に多いんです。どんな場合でも
絶望してはいけませんね」とのことだった。
 つづいての事態は、全国楽器協会の展示会場で生じた。バイヤーとお
ぼしき外国紳士があらわれたため関係者が、居あわせた私をとらえて、
いますぐ何とかならないか、という次第だった。
 こんどは、門脇氏自身が不在で、しかも寸刻をあらそうので、私は思
いだせるかぎりの友人知人を当ってみたが、平日の白昼とあっては、即
刻ただちに来てくれる通訳は、さすがにいない。どんな場合にも、絶望
してはいけない、と彼はいったが、この際だれかが絶望しなくてはなる
まい、と省りみるうち、ひとつの冒険的なアイデアが浮んだ。
 さる英会話教室に通っているというN君を思いだし、
 「君以外に、この場の救い主はいない」と説得して、むりやり来ても
らった。すでに約四十分経過していたが、
 「ぼくには、とても無理ですよ」と連発するN君をなだめて、根気よ
く待っていた、くだんの外国紳士に押しつけてしまった。
 ずいぶん無茶なことをやってしまったが、
 「思ったより簡単でした」とN君が戻ってきた時には、関係者ともど
も、ほっとした。
 「私が留守でさえなかったらね」と、後日門脇氏も笑っていった。
 「N君は、たしかうちの教室の生徒でしたね。緊急の場合には、おそ
らく実力以上のことが可能だ、という例でしょう」
 彼自身は英語のほかに、ドイツ語の心得があるものの、たとえば8ヶ
月余の海外ひとり旅に先だって、あの広大なソビエト連邦を、たった一
冊のテキストだけで横断したそうである。
 「ちゃんと行先を告げて、地下鉄の切符も買ったし、乗ってしまえば、
あとは降りるだけです。この程度のことだけなら、テキストも要らなか
ったくらいですね」
 「しかし、それじゃつまらないでしょう」
 「もちろん、つまらない。つぎの段階で必要なのがホテルとレストラ
ンでの会話です」
 「黙ってメニューを指さす、というのはどうです」
 「対手がどんどん話しかけてきたら、どうします。こちらに尋ねるこ
とがなくても、それが重要な内容かどうか、を聞きわける必要があるで
しょう」
 「ははあ、そのあたりから私には絶望的ですな」
 「ふつう中学校から英語を勉強しはじめて出来るできないに関係なく、
十年たったから知識が減ってしまうことはありません。カタカナの外来
語も欠かせない有力な武器です」
 「何というか、シャクな気はしますね」
 私は捨てゼリフを吐いたものの、その年は十字屋楽器店の月刊PR誌
《アルペジオ》の制作を負って、同時にインタビュアーも兼ねていたの
で、後半に米・英・独の順に、各国文化センター館長との対談を控えて
いた。
 協力者としての門脇氏に、私は全幅の信頼をあずけていたものの、私
自身に荷の重い企画ではなかったか、と怖れた。
 日時の打ちあわせから一切を、彼が仕切ってくれ、当日の私は、ひと
ことかふたことづつ、日本語をつぶやくだけでよかった。
 ただし、話しことばから書きことば、への移行にあたっては、無理を
いって彼に、平均十数時間のディスカッションをつきあってもらった。
さらに他国語とのニュアンス、リズムの統一に、私なりの意図があった
のだが、彼の熱心な協力ぶりは、筆舌に尽きない。
 「日本語の発想は、外国人にとって、きわめて特殊です。用件だけを
やりとりするとかイエスかノーかを伝えるだけなら、ことは簡単です。
しかし意見を通じること、一般的な雑談などが実はいちばんむずかしい
のです」
 といって私を励ましてくれた。たしかに、イエスかノーだけでは、回
答であっても見解ではない。この場合の対手は、いずれも豊富な話題と、
洗練された話術のベテランであったし、とくに言語学者のハモールスキ
ー氏に至っては、私の草稿の英訳を要求したほどに厳格であった。それ
でも門脇氏はタイプライターに向いながら、
 「外国語の試練は、とりもなおさず母国語の探求に通じますからね」
と屈託なかった。
 その後の彼は、英語に関するあらゆる仕事を、ひとつづつ丹念に取り
くみ、着実にその目標に迫っている気配がうかがわれた。数社の英語顧
問を兼ね、事務机にあっては翻訳に専念するうち、この四月に《北英会
話教室》を開設した。来年夏には生徒を引率してグアム島に修学旅行す
るという。         (有人総目録 KK00101 この項未完)
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 N君は、NHK総務部に勤務する西畑 綾夫君、《アルペジオ》の音楽
番組表の情報源でもあった。T君は、田村 忠彦君、キャセイ航空に勤務。
 ミセス・ジェーン・K・アバナシーは、日本の土産品などの輸入と、
バカンスのため定期的に来日するという。有名なニューヨーク大停電の
ジョークは、この日はじめて彼女から聞いた。アメリカ人が、それぞれ
に小噺をストックしていることを確認した。
 田村君は、デボラ・カーのような美人と評したが、むしろイーデス・
ハンソンのような知的女性である。
 
→ 門脇 邦夫氏の近況は、1969年10月09日(木) 一聴一席Аゝ喘躬仮
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kkjglkec/
→ 田村 忠彦君の近況は、2003年03月19日(水) 《エアライニーズ》
http://www.doshishanet.com/colum.htm
 
 ◆ 一聴一席 〜 弦楽四重奏談 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19700116 ケンプ《ふるさとドイツ》ドイツ文化センター
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19691209 マーティン《My Chin》英国文化センター
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19691009 ハモールスキー《Way of Thinking》アメリカ文化センター
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690904 ショーム《異国の楽の音》日仏文化センター
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690815 ケリー《和洋折衷の館》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690626 清水 六兵衛《清水焼・開窯200年》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690519 高山 義三《京響・昨日今日》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690422 大谷 光暢&智子《楽苑二重奏》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690313 富井 清《市長2年尺八45年》
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http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690712 巌本 真理&黒岩
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19691112 岩淵 竜太郎
 
 Ex libris Awa Library;Jane(19660812) 
♀Abernathy, Jane K. 19200326 America 20080407 88 /Jane Eric Originals
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20080712 ハロッズ 〜 英紅茶道入門 〜
 
(20071107-20080901-20100322)
 


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