与太郎文庫
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1969年04月22日(火)  一聴一席��楽苑二重奏           大谷 光暢・智子御夫妻をたずねて

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19690422
 
── 数年前のお話になりますが京都タワーが建てられるまで議論百出
いたしましたが 当時 当門さまのお考えは いかがでございましたか
法主 できてみるまでは どうかと思いましたが 夜はなかなかきれい
ですね 昼間はやはり宣しくありません
── はじめてタワーに登ってみて こちら東本願寺の全景とくに屋根
のカーブの美しさに私は感動いたしました あるいは その昔 設計な
すった方は この角度からの美観も考えていたと思われます それにし
ても 昔は高い処から拝見させていただくなどとは 思いもかけなかっ
たでしょうに
法主 今ほどに 機械や道具のなかった時代によく これだけのことを
と思いますね 木材ひとつをとっても 今では あんなに大きなものは
なくなってしまった 外国人が見ると コンクリートの芯に木目の柄を
貼ってあるように考えるらしいですね(笑)
── ハリウッドあたりで発達したやり方ではありませんか(笑)とこ
ろで 当門さまの ご趣味のひとつは 映画だそうですがご自身でもお
撮りになるのですか
法主 年期だけでいえば 40年以上になりますか 戦前はよく撮ったも
のです
── たとえば お裏さまを主役に(笑)
法主 はじめ9ミリ半の パティ・ベビーで スナップ程度のものを撮
っておりました 次にフランス製の セプトという 超小型の35ミリを
手に入れて これはマガジン式で ほんの2・3カットしか続かない
すこし撮っては詰めかえるので 忙がしいことでした
── タイトルなども ご自分で
法主 手のこんだものになると 原稿だけ描いてやってもらったりしま
した 東宝の前身で P・C・Lというプロダクショが当時ありまして
トーキーなどもここで入れてくれたのです
── 音楽映画を企画されたようなことは
法主 音楽映画まではいかなかったが 合唱団の記録映画のようなもの
は最近でも撮っています セプトの次にアイモを愛用していたのですが
戦争で35ミリのフィルムが少なくなって 爾来16ミリを撮っています
── 一般の映画もよくご覧になりましたか
法主 戦前は 私のところで映画会をやっていたのです メトロやフォ
ックス パラマウントなど 入荷直後のプリントを各社が貸してくれま
して 50人ばかりのホールに はがきで常連を集めては楽しんでいまし
た 多い時は 週に2・3本やるので映画館なみでしたよ(笑)
── スーパーの入っていないままですか
法主 そう 学生時代の外村完二さんも常連のひとりで 熱心でしたね
── すると映画評論のご勉強はもっぱら こちらでなさっていた(笑)
映画館にはお出かけにならなかったのですか
法主 その方もよく観て歩いたものです 最近は ほとんど出かけませ
んが
── 最近は いい作品が少なくなりましたね
法主 痛切に感じるのは喜劇が面白くなくなった 戦前の ローレル&
ハーディ チャップリン ロイド キートンなど 実に楽しかったです
ね 最近の喜劇はどうもわざとらしくていけません ちょうど大阪喜劇
と東京喜劇のちがいのようなもので 私はやっぱり上方風の笑いが自然
で 明るいと思います
── どんな作品が御記憶にありますか
法主 ローレル&ハーディの《フラディアボロ》などは たいへんよく
できていましたね カラーで音楽がまたよかった ああいうのが ちか
ごろは どうしてできないのかな 大作では《イントレランス》《ポム
ペイ最後の日》《クォ・ヴァディス》など 最近のものでは《ベン・ハ
ー》もよくできていましたね 撮影技術などは 現在はるかに進んでい
るのに決して見おとりがしない
── 今年のはじめ《ブリット》を観てまいりましたが 評判のカー・
アクションの場面は たちまちテレビに転用されておどろいています 
このあたりに最近の映画作品のひ弱さの原因があるようですが
法主 映画会社としては何とか当てようとする そんなあせりが感じら
れますね それと良い作品を創ってやろうという意欲も良し悪しで あ
まり気負いすぎるのもよくない
── 映画人口もすっかり減りましたね
法主 朝早く映画館へいってみると あんまり少ないので淋しい気がし
ますね もっとも 超満員なのも困りますね いつだったか いちばん
前の席で観たときは 頭がいたくなって ひどい目にあった(笑)
── ステレオなども正三角形の頂点に座って聴くほうがいいわけで 
映写画面がだんだん大きくなれば 観る位置もむずかしくなりますね
法主 画面もあんまり大きくなるのはどうかと思いますね シネマ・ス
コープくらいで充分でしょうね
── テレビは お裏さまとご一緒に ご覧になりますか
法主 文句をいわれるほどに(笑)よく観ますね だいたい8時から11
時まで 続けて観てしまうことが多いのです
── ご夫妻のご意見は だいたいにおいて一致されますか
裏方 どうでしょうかしら(笑)
法主 音楽に関しては 私はジャズでも歌謡曲でも聴くのですが こち
らは クラシック一本やりというぐあいです
裏方 聴かないこともございませんが お昼すぎの主婦向きとか申すら
しいんですが 連続番組のテーマソングなどは 好きではありません
── 一連の“よろめきドラマ”と称するたぐいですね(笑)
裏方 まだ モダン・ジャズなどのほうが 親しめますね
法主 日本のこれまでの歌謡曲は いかにもじめじめした雰囲気がよく
ないですね その点 民謡にはいいものが多い
── お裏さまが 音楽に親しまれたのはいつごろからでございましたか
裏方 はじめ女学校(府立第一女学校)の先生にピアノと声楽を教えて
いただいたのですけれども ほんとうは生れつき好きだったのでしょう
か 赤ちゃんのころから 私がむずかりますと 世話してくれていた人
たちがかならずレコードをかけたらしいんですね すると きげんが直
ったそうで(笑)これは ずっと大人になりましてから 聞いたことな
んですけれども
── 戦後22年に《大谷楽苑》というコーラスを創立されて以来 しば
しば独唱もされていらっしゃる ピアノも担当されるのですか
裏方 いえ 最近はメンバーのひとりとして 若いかたたちとご一緒に
歌っております
── 《アンサンブル・ウィステリア》は管弦楽団だったのですか
法主 オーケストラも一時やりかけたのですが京都市交響楽団のできる
すこし前までのことです だからメンバーのうち何人かは京響に入った
ようなことです 《ウィステリア》は それまでのアマチュア合唱団
《大谷楽苑》の選抜メンバーと一部専門家を募って18人ほどの いわば
セミプロだったのです 現在は 当時のメンバーを含めて《大谷楽苑・
合唱部》としてやっています
── キリスト教の《聖歌隊》とのちがいは たとえばどういう点にあ
るのでしょうか
法主 聖歌隊の場合は 教会に付属していて 一般の通俗曲などはやら
ないようですが《大谷楽苑》は ふつうのアマチュア合唱団と あまり
変らないのです《音楽法要》といった宗教行事には参加しますが それ
以外は一般的な曲目も聴いてもらって 仏教的な《賛仰歌》も聴いてい
ただく というのがその趣旨ですね 最近ではエレクトーン伴奏でラテ
ンリズムの《タブー》とか《カチータ》《ラ・ボラチータ》などもレパ
ートリーに加えています
── オペラなども しばしば上演されるようですが
法主 演奏会形式だったが モーツァルトの《イドメネオ》などは東京
のヤマハ・ホールで大谷楽苑が本邦初演しました 昭和26年の《オルフ
ィス》以来 年にひとつづつあげてきて《椿姫》《カルメン》《アイー
ダ》《マルタ》など9曲 いずれも全曲でした
── アメリカ演奏旅行はいつごろでしたか
法主 昭和39年でした ハワイ・北米を巡って このときは長田恒雄(
脚本)菅野浩和(作曲)木下保(演出・指揮)による新作オペラ《念仏
太郎左》をもっていきましてなかなか好評でした
裏方 ちょうど夏でしたので 太郎左を演じた林達次先生など おヒゲ
が汗で落ちそうになって たいそうお困りになった(笑)のをおぼえて
います
── このときは衣装も着けられてみなさんお芝居をなさったのですね
法主 旅行の前に御所で上演させていただいたのですが ちょうど舞楽
の舞台になっておりましたので歩き方から練習いたしました
裏方 アメリカでは時間の関係でどんちょうを使わないステージが多か
ったものですから たいへん効果的でございましたね
法主 ちょっとした小道具を動かすのも幕がないと それらしく やら
なければならない ちょうど黒子のやることを 登場人物にやらせると
いった工夫も必要でしてね
── 当門さま 男の夢は一に連合軍司令官・二に野球監督・三にオー
ケストラの指揮者(笑)とか申しますが 自ら指揮台に立たれることは
お考えになりませんでしたか
法主 もう少し若ければ(笑)その気になっていたかもしれませんが
(笑)はじめたのが遅かったからね
── コーラスで 一緒にお歌いになるとか そういったことは なさ
いませんか
法主 やりませんね 学生時代にバイオリンをほんの少しいじったこと
があるくらいで 当時は各大学でマンドリン・オーケストラがさかんで
その団員だった友人に手ほどきを受けたことはあります
裏方 コーラスの練習や演奏会では 録音をとったり 映画を撮るとか
なかなかはれがましうございますのよ(笑)
── もっぱら“うらかた”に徹しておられるわけですね(笑)
裏方 練習の録音はたいへん参考になりますね 気のつかない点がよく
わかります いつも聴き手で 時にきびしい批評もされます(笑)
── 当門さまは かねてSPレコード以来の全国でも有数の収集家でも
いらっしゃるわけですが SP・LP・ステレオ・テープ・カセットと
いった順に集めてこられたのでしょうか
法主 カセットはやっておりませんが 音質の点でもう少し先のもので
しょうね
── 学生時代からSPを収集されたのですか
法主 ええ 収集というより捨てることをしなかっただけですよ(笑)
── 戦後LPレコードが登場したときに もはやSPの時代は終った
といってそれまでのSPレコードを処分されたマニヤの方も いらした
そうですが
法主 レコードを消耗品として考える人たちのことでしょうね 私の場
合はいわば十字屋さんの歴史(笑)でもあるわけで そういう歴史的な
記録としてみれば捨てることは考えられない
── 指揮者については どんなタイプを支持されますか たとえば
カラヤンなどは
法主 カラヤンはあまり好きではなかったのでしてね あの身振りがい
けないなどといわれる ところが3年前でしたが ベルリンで本場のベ
ルリン・フィルでのブラームスの第一交響曲を聴いてすっかり感動して
しまいました だから向うで演ってるのと 日本へ来て演るのと まし
てレコードだけで判断されるのとでは ずいぶん異なったおもむきがあ
るでしょうね ワインガルトナーとかメンゲルベルクなどはいいと思い
ますね
── 現在お聴きになるのは 主にそういった指揮者 いわば往年の
巨匠が多いですか
法主 そういうわけでもなく 最近のものも聴くのですが
── レコード批評のたぐいは お読みになりますか
法主 読みませんね 元来批評というのは 個人的な意見のようなもの
が多いので いつもそれに耳を傾ける必要はないと思います だいたい
そういった客観性のないところが音楽の良いところでしょうね
── 録音技術も進んでおりますが 最近の傾向についてお考えになる
ことは
法主 いくぶん電気的に強調されてきたようですね 雨降りみたいに
シャーシャーいう 雑音やその他の難点はあっても 音のバランスやま
とまりでは なんとなくSPのころが私には懐かしまれます
── 演奏の傾向についてはいかがでしょう
法主 録音技術が進んだ結果 テープの良い処をつなぎ合わせたりする
のでミスはなくなったけれども なにかこう張りつめた感じがなくなっ
たのかもしれませんね 不完全なところがあってもそれはそれで良いの
ではありませんか
── なるほど 昔は録音といえば一発勝負で そうした緊張の度合い
がある種の芸術的燃焼につながっていたのかもしれません 映画にして
もごく初期のころは フィルムを現像するまでちゃんと写ったかどうか
判らない状態で撮っていたそうですから(笑)
 
── お裏さまは ご幼少の頃から和歌をたしなまれておられるのです
が 現在ではどのような機会に 詠まれますか
裏方 御所の方から 御勅題の他に一年間 毎月の御題が出ますので
それに出させていただいております
── シューベルトは チラシにまで楽想がうかんだといいますが お
歌の発想もそのような流れにのることがございますか
裏方 御題のあるものですと その気持ちが湧くまでに時間がかかるこ
ともございますね
── 《大谷楽苑》のレパートリーに お裏さまの作詞になるものが 
たくさんあるようですが 和歌そのままに作曲されるわけですか
裏方 それもございます
── 和歌の場合ですと ことばとしての完成度が高いわけですが 作
曲の段階でどのような注意が必要でしょうか あるいは作曲しやすいも
のでしょうか
裏方 ことばの数が限られておりますので 言外のふくみや ことばで
表現できないニュアンスもございますから 音楽によってたすけられる
こともあるように思います ふつうの詩でも あまりスキのない詞は
かえって音楽の入りこむ余地がない といわれる作曲家のかたもいらっ
しゃいますね
── 作詞者として 曲想がぴたりと合った場合はたいへん満足される
と思いますが そうでない場合もおありですか
裏方 打ち合わせの折に お互いが歩みよったり勉強を重ねることはご
ざいますね ですから あることばに どうしても曲がついていけない
こともありますし その時は ことばを代えてみる という風にいたし
ます
── 予想以上の出来ばえ になることもあるわけですね
裏方 《歓喜のカンタータ》は木下保先生につけていただいたのですけ
れども たいへん良い曲になったと思います
法主 あれは何回も演ったね
── 《賛仰歌》は 現在30曲ほどの いずれも書きおろしによるもの
ですが《大谷楽苑》の主なレパートリーであるわけですね
法主 《仏教聖歌》というものは 従来からあるわけですが どうも現
代的な 明るさや力づよさの点でいくぶん物足りない そこで新しい歌
を作っていこうということで《賛仰歌》と名づけたのです したがって
童謡風・民謡風・歌謡風など いろいろあるわけです
── キリスト教の《賛美歌》もそういった 多岐にわたる名曲佳曲を
とり入れているわけですが《賛仰歌》はすべて新作・書きおろしによる
ものですね その点にたいへんなご苦労があるでしょうね
法主 賛仰歌ではありませんが 昨年の定期演奏会に《私のねがい》と
いう高田三郎さんの作曲されたものを歌いました これは狂人の歌でし
て 最初練習にはいったころにはこんな曲これでいいのかな と思った
のです
裏方 いくら練習しても曲想がつかめない イヤな曲でございましたね
それに狂人の歌ですから こちらまで気がヘンになってくるのです(笑)
ところが演奏会のころには とってもすばらしい曲だったということが
わかりました
── かなり前衛的な手法で書かれていたのでしょうか
裏方 ずいぶんヘンな曲に はじめは聴えたのですよ でも最後には
ほんとにその音が感動的にひびいたのを忘れられませんね
法主 初演の難しさは そのあたりにあるわけで 中途半端な練習で
演奏会へ出してはいけないと つくづく考えました 松下真一さんに頼
んだときも あの人は電子音楽とかで やっぱり変な音になるかと心配
でしたが 実に自然な良い曲になりました 《音楽法要》という曲です
が 松下さんの傑作のひとつではないでしょうか
── 《賛仰歌》は仲野良一詞・信時潔曲による第1番以来 それぞれ
第一流の作家がこれに当たっていらっしゃいますが 今後は有為の新人
にもチャンスを与えられることになると思います ぜひそうした有意義
な事業を推進されるためにも 御夫妻ともにいつまでもお若く 御壮健
であっていただきたいと存じます    ( 44・4・22・東本願寺にて)
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 恵 信 尼 大谷智子裏方詞

 霜月の末 ゆきせまる
 聖人しのび かたらむと
 若き日のこと こまごまと
 書き給ひけむ 雪の夜も

 遠き越路に ただ一人
 八十年あまり 七年の
 齢老いましし その君は
 念仏に日々を 過ぐされぬ
 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
 
 阿弥陀如来の 御化身と
 祖師を仰ぎし その君も
 御仏にてや おはしけむ
 七百年の そのかみの
 ただしたはしく なつかしき
 
 目には見えずとも 暗からず
 心のうちは くらからず
 遠き昔の 恵信尼の
 御文は今も むねを打つ
    (讃仰歌・第30番)
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