与太郎文庫
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1968年07月08日(月)  《音楽100年表》解題

 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19680708
 
 ■ 年表まえがき
 
 この年表は、過去 100年間の音楽の歩みを、四つのグループに分類し、
それぞれ異なった観点からの抽出をねらいとしました。
 新事実の探求・発見はありませんが各年代の根拠については最も適当
と思われるものを、任意に選びました。
 西歴による10年を単位として、叙述をさけ、ときに長い空白の目だつ
のも、読む年表であるよりも、見る年表としての視覚的な整理をこころ
みたものです
 
 ■ ジャズ年表について
 
 ジャズは、本来は20世紀以後の音楽というべきですが、思いきって
100年前にさかのぼってみると、やはりその萌芽がみとめられます。
 ここで明らかにしておきたいのは、他の項目についても、いえるので
すが、ジャズの誕生と、ジャズメンの誕生では、歴史的動機がまったく
異なっています。
 ジャズのために生れてきたような男、といわれる、アームストロング
にしても、生れた時は、ただの赤ん坊でした。彼がジャズの歴史に参加
し、ジャズそのものに影響を与えるまで、この年表に彼は不在です。し
かし、その空白の23年間こそ、彼がジャズメンになるための環境のすべ
てです。いうなれば、戦争も革命もエピソードも、ひとかたまり毎の空
白です。
 《ジャズ史の骨格》を展望するため、新進評論家・出谷 啓氏に依頼
して、おそらく初めての試みであろうところのジャズ年表ができました。
 
 ■ クラシック名曲・初演年表について
 
 クラシックといい、名曲といい、この分野を称するにもっとふさわし
い呼び方はないものでしょうか。
 作曲家すなわち演奏家であった時代、そして指揮者や演奏家が独立し
て脚光を浴びた時代、後者は公開演奏というものに新しい息吹きを与え、
いうなれば初演という《儀式》がもっとも重んじられた時代でした。
 超絶的技巧の名人たち、そして名人芸的な指揮者たち、いずれも、ロ
マン派音楽の偉大な申し子として、初演の歴史を築きあげ、さらに近代
音楽の開幕に欠かせない人たちでした。その後もたとえばバルトーク63
才のとき、若冠28才のメニューインが《無伴奏ソナタ》を、同じ年70才
の老指揮者クーセヴィッキーが《管弦楽のための協奏曲》を初演したよ
うに作曲家と演奏家が、それぞれの立場と考え の上で、協力している
ことがうかがわれます。オーケストラという演奏集団もたいへん個性的
に参加しています。
 この年表だけでは明らかでないのですが、近年の新しい波、たとえば
電子音楽などには、こうした協力があり得ないのです。偶然性を用いた
作品に至っては、すべての演奏が初演に等しいともいえるのです。
 これからの新しい作品が、どんな姿でわれわれに訴えてくるか、われ
われはどんな姿勢でそれらを受けとめればよいのかを課題としました。
 
【凡例】
 
人名に付した数字は年令をあらわし、ビゼー37+60とあるのは、37才で
没後60年ぶりの公開初演の意/※印は指揮者・演奏団体の記録でい箸
るは、第四代常任指揮者・就任の意/人名表記は、一般の表記法によら
ず、もっぱら字数省略をはかりました。
 
 ■ 日本音楽雑史年表について
 
 この年表は、はじめ《教育音楽年表》を予定していたのですが、諸々
の事情から、広義の音楽活動を含む、文字どおりの雑史年表となりまし
た。したがって、それぞれの事項に関連性は乏しく、抽出規準もあいま
いです。 わずかに《戦前期・戦後期の来日音楽家たち》および《戦後
の京都・器楽教育のおいたち》を別に掲げてみましたが、他に、たとえ
ば《音楽媒体》《音楽企業》《楽器と音楽産業》《輸入軽音楽》そして
《邦楽》《音楽文化活動》など、対照的に展望したいものが無数に考え
られます。
 これらを一望のもとに、わが国に於ける音楽の未来を思索できるよう
な、いわばスコア・総譜としての《綜合音楽年表》のような企画が、そ
れぞれの専門家の結集によって、実現されるよう、ささやかな布石とな
れば、さいわいです。
 
 ■ 日本流行歌謡年表について
 
 いつの時代にも大衆の音楽・流行歌のたぐいはあるもの、といわれま
す。その中で、ラジオとレコードを中心に、歌われ広まった時期は、ご
く短かいのです。
 
 きりつめていうと昭和のはじめから、28年テレビ放送開始までの、お
よそ四半世紀にすぎません。
 これを仮に、ラジオ・レコード時代と呼ぶなら、わが国における戦前
・戦後という過渡期をすっぽりとつつんでいることに思いあたります。
独得の和風長短調ともいうべき音階に乗って、歌は世につれ世は歌につ
れた唯一の時代でした。
 それ以前の、流行歌謡の特徴は、音楽としてよりも、ことばの内容が
優先しています。ことばの優先ということは、口づてに歌いつがれ、語
りつがれるうち、都合によっては修正もされ、こんにちでは元歌と替歌
の判別ができないという現象もしばしば起っています。
 替歌というものが、いきいきと、その面目を発揮するのは、むしろ、
ラジオ・レコード時代に入ってからのことです。つまり、何度もくりか
えし元歌が聴ける時代になると、替歌の種類もどんどん増えて、それな
りに洗練もされたことでした。逆に、発売禁止や自主規制による改作が
行われた場合には、あいかわらず元歌が愛唱される、という現象もあっ
たわけです。
 テレビの出現は、たとえば、ピーナッツのような歌手像を生んでいま
す。坂本九にしても、ラジオ・レコード時代には今の人気は保証できな
いようです。仮にラジオ・レコードで発表されたとしてもヒットを確定
するのは、やはりテレビの役目でしょう。そして従来の和風短調によら
ない曲、カリプソ・リズムの《バナナ・ボート》アールコーオーの《上
を向いて歩こう》浪曲唱法の《王将》ララランランの《愛しちゃったの
よ》、バーラと歌う《バラが咲いた》、そしてついに、テレビにも迎合
しない奇妙なトリックの《帰ってきたヨッパライ》に至るまで、ヒット
の要因がまことに多様です。
 テレビ時代という設定にもかかわらず、この年表では、その性格・傾
向が明らかではありません。あえて特徴をあげるならば、替歌のできる
いとまもないくらい多種多様の音楽が、それぞれの分野で量産され分散
しています。
 コマーシャル・ソングやカラー・テレビの普及、ジューク・ボックス
やカー・ラジオ、ついにはトイレにまで流れるBGMなど、媒体の進歩
は、流行という概念をすでに変えています。かえりみるに、過去の流行
というものが、特定のパイプを通じていたのに、今やそのパイプの選択
も容易ではありません。
 異なった音楽が、互いに影響しあって新しい何かが生れる、という仮
説だけで楽観できないのが現状かと思われます。
 
>>
 
 フェントン/明治期のお雇い外国人。イギリス第10連隊第1大隊軍楽
隊長。アイルランド出身。慶応4年3月12日(18680404)来日、翌年か
らイギリス軍駐留地横浜において薩摩(鹿児島)藩士30名余に軍楽の指
導を始める。/明治9年以後海軍省・宮内省兼傭教師となって式部寮所
属の伶人たちににも洋楽を教えたが、1年間で解傭、アメリカへ向けて
離日した。日本での再就職希望の手紙をアメリカから日本に送るものの
希望は実現せず、1883年イギリス陸軍省海外居住者年金支給後の消息は
全く不明である。フェントンは明治時代最初期の日本における組織的
吹奏楽教育・指導に多大の貢献をなし、儀礼曲「君が代」も作曲した。
最初の妻アニー・マリアは横浜の外人墓地に眠る。
── 中村 洪介《朝日歴史人物事典 19941130 朝日新聞社》P1400
 
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── 阿波 雅敏・編《創業70周年記念誌 19680801 十字屋楽器店》
 


 Fenton,John William 18280712 Ireland America 18...... ? /《君が代》編曲
滞日[1860-68] 海軍軍楽隊長アニー・マリア(横浜没)の夫/1883英陸軍年金支給後消息不明
 
 Koussevitzky, Serge  18740726 Russia America 19510604 76 /ボストン交響楽団指揮
 〜Bartok《管弦楽のための協奏曲》Natalieの夫
 Bartok, Bela   作曲 18810325 Hungary    19450926 64
 〜《管弦楽のための協奏曲》《無伴奏ソナタ》
 Armstrong, Louis Jazz 19000704 America    19710706 71 /“Satchmo=蝦蟇口”
 Menuhin, Yehudi 提琴 19160422 America Berlin 19990312 82 〜Bartok《無伴奏ソナタ》
 
 村田 英雄    歌手 19290117 佐賀  大阪  20020613 73 /〜人生劇場/籍=梶山 勇
 坂本 九     歌手 19411210 神奈川 群馬  19850812 43 航空事故〜スキヤキソング
(上を向いて歩こう)籍=大島 九/柏木 優子の夫
 
 和田 弘   コーラス 19310215 東京 /和田 弘とマヒナスターズ〜愛しちゃったのよ
♀田代 美代子   歌手 193・・・・・    /和田 弘とマヒナスターズ〜愛しちゃったのよ
♀浜村 美智子   歌手 19381003 大阪 /カリプソ娘〜バナナ・ボート/籍=小坂 照男の妻
 
♀伊藤 エミ   デュオ 19410401 愛知 /双生姉(日出代)1975沢田 研二と結婚1987離婚
♀伊藤 ユミ   デュオ 19410401 愛知 /双生妹(月代)1975引退
(ザ・ピーナッツ〜可愛い花/TV〜シャボン玉ホリデー)
 
 マイク・真木   歌手 19440427 東京 /〜バラが咲いた
 
 はしだ・のりひこ 作曲 19450107 京都 /籍=端田 宣彦/シューベルツ〜花嫁
 北山 修     作詞 19460619 兵庫 /精神科医
 加藤 和彦    作曲 19470321 京都 /安井 かづみの夫
── フォーク・クルセイダース〜《帰ってきたヨッパライ》
 
 出谷 啓“デーやん”音楽評論 19400614 豊中 /〜自作自演のレコード

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(↓)《与太郎文庫》
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040228
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19680707


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