与太郎文庫
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| 1954年11月01日(月) |
座談会 久保先生を囲んで |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19541101
出席者 久保 政義(教頭) 平岡 澄江(教諭) 高島 春江(教諭) 阿波 雅敏 木村 祥子 木下 聖治 内村 公義 河原 満夫 司会 井上 正雄(編集発行人)
司会 久保先生、生徒が宗教的に無関心であるということは、どういう ことでしょう。 久保 それはね、やはり年令的に、そういう時期ではないからであって、 これが高校になるといくらかあらわれてくる。でもやはり中学時 代はその準備期間なのであって、皆が知らないうちに宗教的なも のが養われているとみていヽのです。だからこのときに指導者が 本当に真剣になって呼びかけるならばそれはきっと高校で実を結 ぶと思うのです。問題はたえず私たちが努力しているかどうかと いうことに大きな問題があると思うのです。こういうことも云え るかも知れませんね。生徒会の活動が旧制中学時代より活発にな ってきているのに、宗教的な活動がそれに平行していないという ことですね。同志社の様な学校は宗教的なものが伴なわない限り 公立の学校と変らない。同志社の特質がそういう面でも表われて こないということは残念ですね。 阿波 一寸ポイントが外れるかも知れませんが宗教部が生徒会の執行委 員会の一角をなしていること、生徒会で重要な地位を占めている こと、これはその性格からいって疑問があると思うのです。たと えば予算にしても他のクラブとちがって生徒会からいくらでも貰 えるというように宗教部が、その意味でうまくゆくのは当り前だ という気がするのです。宗教部というのは本当に「もりあがった 力」の集まりでなければと思うのです。 久保 阿波君の意見はもっともだと思うのですが、私は、生徒会の指導 者になりうる人はやはり同志社の精神を最もよく理解した人であ ってほしいのです。そういう人に指導する地位を与えることは非 常に大切だと思うのです。もっとも私の願いは選ばれた人たちが 本当によく新島精神を理解し、そうして指導してほしいというこ となのです。そしてそうなることによって本当に同志社独特の生 徒会が生れると思うのです。 ◆ 年々よくなる同志社中 木村 代議員会は存じませんけれども、執行委員会では会議を始める前 にいつもお祈りしています。 久保 それはいヽことですね。私はやはり昨年より今年と、だんだん生 徒会は同志社らしく動きつつあると思っています。生徒会が新し くできた当時は同志社らしくない空気も少しはあったのですが、 それらは徐々に薄らいでゆくことでしょうし、皆が努力してやっ てゆけばだんだん立派な学校になると思います。
◆ よかった修養会 木下 今年の委員の修養会などその意味で非常に大きな成果をあげたも のといえますが、新聞は�狷瓜崋卆鎖世瞭讃讚瓩判颪い討い泙靴� が本当にそうですね。 久保 あれは私達でもよく考えたのですが結果として非常によかったと 思うんです。 平岡 今木村さんから具体的なことについてお話がありましたけれども、 例えば�猯蘿匯�間の静じゃく�瓩箸�礼拝遅刻欠席などは公安委員 会の方たちが非常に熱心になさっていますね。 高島 その具体的なことの、根本は一つだと思うんです。宗教的キリス ト教的に物を考える、その分れ目だと思うのです。キリスト教的 に物を処理するかしないか、根本ができてなかったらどちらへ傾 くか判らない。だから入学当時は思想らしい思想はもってないん ですが三年生になるとそれができてきます。その三年間の間に皆 が�燹屮�リスト教的」な考え方�瓩忙蠅襪�どうか非常に大きな問 題があると思うんです。(一同うなづく) ◆ 悩みは進歩なり 司会 礼拝時間は昔はもっと静かだったんですか。 久保 いやとっても、それで当時の指導者たちが苦しんだです。彼らは 自分たちが騒いでいることがたまらなかったのでしょう。しかし そういうことに心を痛めることはそれ自体同志社的なのであって、 規則づくめで生徒を抑える学校と違うわけですね。そして上級生 がそれを自覚して下級生を導いてゆく。私はそれをこの同志社中 学に望みたいですね。教師というのは生徒を叱るためじゃなくて 生徒の相談相手であればいヽんです。 司会 内村君このことについて何か。 内村 礼拝が何であるか判っている人が少ないということが原因じゃな いんですか。 木下 学校と教会の相違が考えられますね。 久保 そうなんです。学校はどこまでも教育機関であるために、信仰を 人々に迫ってゆくということは困難ですから、やはり生徒はでき るだけ自分の霊を直接導いてくれる教会へ行って、牧師と学生が 一対一の交わりをすることをすすめます。学校はいわば教会で実 を実らせるための準備として知識を与えるところですからね。 ◆ レポート以来教会行きがゆううつ/感想文ならけっこう 高島 この時代の人達が教会に連なるということは大切なことですね。 私の知っている人が東京の大学へ行っているのですが、京都へ帰 る楽しみの一つが教会に行くことだそうですよ。それに戦時中外 地へ行っていた人が故郷の家へ帰るよりも先に教会へ帰る。とに かくそこへ早く入り込むという事は大切ですね。教会の生活をし ないで礼拝は理解できないでしょうね。 ◆ 五日制 久保 今の若い人は教会に連らなる習慣をつけた方がいヽですよ。学校 生活も忙しいけれども。 平岡 それを思うと六日制になったことはプラスになった一面マイナス になった、ともいえますね。 久保 どちらともいえませんね。 司会 日曜日に教会へ行く習慣をつけた方がよいといわれましたけれど もどうしたら皆がなっとくして教会へ行くでしょうか。 久保 六日制なので強いることもできないのですが。 高島 教会に連らなっている人達がもったらどうでしょう。 木下 上級生の影響は大きいです。一年生のときに�犇飢颪惺圓辰討澆� うか�瓩箸い辰燭薛猝滅鬚�ないからやめておけ�瓩箸い錣譴燭里� 例のレポート発令まで一度も行かずじまいでした。でもそれから はしぶしぶながら教会へ行く習慣がついたのです。 木村 久保先生、先生のレポートは私達に強制されないのでしたら、す ヽめるという意味なのでしょうか。 久保 あれはね、私は毎日曜要求していないのです。あなた方に一ト月 に二回くらいは教会へ行ってもらって、どんな話を聞いてきたか 知りたいというのが僕の要求なんです。だからいやな人は書かな ければいヽんです。 木村 私は小さいときから教会へ行っていたのですけれども先生がレポ ートを書くようにいわれてから教会へ行くのがゆううつになった のです。前は一生懸命聞いていたお話も、先生がレポートを出せ とおっしゃると何か上べだけ聞いてそしてこれやったらこういう 文にできるなァとか、こヽは難かしいからこヽは聞かんともっと やさしいところを聞いておこうという様な具合で、そんな気持で 教会へ行くのが嫌なのです。これは私だけなのかも知れませんけ れども。 久保 それは僕の望んでいる態度の逆なんです。私はあれを読むとき名 前を見ないですらすらと読んで、あとで全員の名前をつけておく のです。だから点数など全くつけませんし、名前だけで用は足り るのです。内容は全然問題にしてないんです。 木下 僕はこのごろ書くのがめんどうになったので友達に見せてもらっ てます。(笑) 久保 私はこんどあれを改めて感想文にしようと思うのです。しかも簡 単なのをね。 木村 それでしたら私達にとってけっこうなことです。そのお話につい てよく考えられますから。 阿波 ジュニア・チャーチの先生に来ておられる神学生の人がこういっ ておられました。�犒�達の書いていること、時を選ばず、お祈り の途中でも書いていること、それは、説教をする人の言った言葉 であって言わんとした心を写しとっていない�瓠ー造砲修Δ世隼� いました。 久保 でもね、夢遊病者のような書き方をしている人は少ないですよ。 とにかく書くことがプラスになると思うのです。たとえ僕がだま されたとしても。 ◆ ファイトに欠く宗教部 司会 大分時間も過ぎましたので、この辺で宗教部でない方、何か宗教 部に望まれることがありましたら……。 高島 相当おせっかいなまでにも積極的にあられることがいヽと思いま す。お友達を教会へさそったり、家庭的な書物をすヽめたり、意 義ある行為だと思いますね。お友達同志やりにくいとは思います がね。でもそれは克服しなければならないと思います。 司会 阿波君何か……。 阿波 宗教部の方、ファイトに欠けると思うんです。学校生活に於ても、 宗教部員としてのプライドといつも新鮮な情熱で、すべてのこと に当ってほしいと思います。 久保 しかも年令的にそういう確心がないから……。何しろ与えられた ものだけに自分で獲得したより情熱は薄いでしょうね。まァでき るだけ勉強しますよ。 内村 宗教部に本当のクリスチャンといえる人が何人いるかということ ですが、宗教部でも本当の信仰を持つ人を養ってもらいたいと思 います。 河原 理屈だけでなく、行動にもそれが表われる宗教部を望みます。 木村 今年はいくらか活発ですけれども、今迄の宗教部の人達一つのカ ラの中にとじこもっておられるように思うんです。もっと積極的 に行事など計画していただけたらけっこうだと思います。それに は確かな信仰が必要ですし内村さんがおっしゃったように本当に 信仰を持つ人が沢山出られるように望みます。 司会 どうもいろいろお話し下さいましてありがとうございました。お かげで私達の活動について色々反省することができ、これからは 益々努力してよりよい宗教部になるよう努めたいと思います。あ りがとうございました。 ── 《彰栄・創刊号 195411.? 同志社中学宗教部》 → ── 《彰栄・第二号 19550316 同志社中学宗教部》 ──────────────────────────────── ◆ “クボエム or アナグマ”教頭 創刊号には日付がないが、おそらく文化祭当日に配布したもの。署名 がなくとも題字・カットをみれば《図書室便り》とおなじ、影の編集者 の存在は一目瞭然である。この座談会では、宗教部員は司会者だけで、 あきらかに教師と生徒が対峙して、レポート・キャンペーンの結論が出 ている。しかし当時は、それほど策を弄したつもりではなかったが。 ── 9月12日、敬老の日に先立ち、桝本市長は今年度100歳を迎 えられる北区の久保政義さん(写真A)と右京区の永井丑之助さん(写 真B)のお宅を訪問。記念品として京漆器の壽盆(ことぶきぼん)を贈 呈し長寿を祝いました。 今年度市内で100歳を迎えられる長寿者は昨年度より31人増加し て135人。これで100歳以上の長寿者は341人となりました。 http://www.city.kyoto.jp/koho/shinbun/15ks1003.pdf ── 《敬老の日を前に市長が長寿者を祝福 20031001 市民しんぶん 第738号》 ◆ 写真 《ライオン校長 Pho'195407.. 由良キャンプ》 加藤 延雄(同志社中学高校長) 《神学生 Pho'195408,, 》Let'195408.. 江川 永 (群馬県出身) ──────────────────────────────── ── 兄の曾て西京を出発するや、僕に約して曰く、公会へは必ず出づ べしと。然るに未だ数月をも経過せざるに、東京の公会にもご出席なく、 しかのみならず、当会(京都第二公会)より御退会の事とは、余り約し て速かに約に違ふに似たり。これ小生の君の将来のキャレクトル (Cha- racter) を成し立つるに、何等かの影響を生ずべきやと、大に痛心する 所なり。一諾不変は男子の常なるも、斯くの如く速かに氷解霧散せしむ るものは、兄には必らず見る所あるを、然かするなるべけれ共、斯くの 如く一約一諾を易々然として変ずるは、大丈夫の大いに恥づる所なるべ し/御忠告の段、多謝の至り。何れ僕成るべく丈け注意いたし、弊校の 進歩を計るべく候。同志社生徒の自負心の点には、僕も着目しをり候へ ば、何れ此点にも精々注意仕るべし。斯くの如く東西所を異にする共、 何なりと僕の心得となるべき事は、御遠慮無く御忠告を仰ぎ度く候。右 は貴答の為め早々此くの如きなり。(1880)九月廿一日 徳富猪一郎 君 ── 同志社・編《新島襄書簡集 19880316 岩波文庫》P143-144
新島 襄 同志社創立 18430212 江戸 18900123 48 小田原客死 18751129同志社英学校創設 天保14.0114幼名=七五三太 徳富 蘇峰 歴史評論 18630314 肥後 19571102 94 戦犯〜《近世日本国民史 1953 大阪毎日新聞》 文久 3.0125 廬花の兄
◆ 主の祈り ── 天にまします 我らの父よ/願わくば 御名を崇めさせ給え/ 御国を 来たらせ給え/御心の 天になるごとく/地にもなさせ給え /我らの日々の糧を/今日も与え給え/我らを こころみにあわせず /悪より救い出し給え/国と力と栄えとは/限りなく 汝のものなれ ばなり/アーメン ── 《マタイによる福音書 6章9節》 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20031009 《新約聖書》(詩篇・付) 《新約聖書》(口語訳) 《讃美歌》《Takasago》 《新・讃美歌》
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