マキュキュのからくり日記
マキュキュ


 エッセイ  人生波茶滅茶


第二章  悪夢の離婚

【水中バレエ入団】

 再び中野に移った私は高校には進まず母の店を手伝いながら専門学校に通った。
私は異常なほどの動物好きで、トリーマーを目指すべく愛犬専用の美容学校に入学した。その学校は確か二年で卒業だったが、卒業間近にして、私はその学校を退学してしまう事になる。
 ある日の授業中、校長がトリミングのデモンストレーションを皆に見学させていた最中、教材用のテリアが突如校長の手に噛み付いたのだ。校長の手にはポッコリと穴が開き血が吹き出していた。
すると校長はその犬を執拗なまでに殴り、蹴り、犬が泡を噴き失禁するほど迄にその犬を痛め付けたのだ。
その光景を見た途端、私は大きなショックを受けた。
そしてそれ以来学校に行くのが嫌になった。
人間の勝手な自己満足の為にペット達の迷惑も考えず、飾り立てたり縛り付けたりする事自体に何か大きな罪悪感を感じてしまったのだ。
 暫くの間、私は仕方なく母の店を手伝いながらプータロウを続けていた。
私はある日店を訪れた伯母に、私に出来そうな仕事は無い物かと相談してみたのだ。そうしたら伯母の友人に水中バレエ団の団長さんをしている女性が居ると言う。
「確かアンタ、泳ぎは得意だったでしょう? ならば私が口利きをするから、水中バレエ団の面接に行ってみない?」そう言われたのだ。
「水中バレエ? 何それ?」私はその存在自体知らなかった。
 後日、伯母と従姉妹に付き添われ読売ランド内の水中バレエを見学に行った。
 劇場内は映画館のような造りになっており、映画の画面に値する場所が巨大な水槽のガラス面なのだ。
水槽の周りには【表舞台】と呼ばれるエプロンステージもちゃんと着いている。
その水槽と表舞台を使い、衣装を着けた男女の団員達が二十五分間ずつ、途中短い休憩を挟み二作のミュージカル物語を上演すると言うファンタジックな子供向けのアトラクションだ。
劇のテープが水槽内にも流れているらしく、水中で演技をしている団員達は何と台詞や歌に合わせ、口パクまでしている。
 とても美しく、ファンタジックなそのミュージカルに私は大変感動し、魅了され、思わず胸が張り詰め、涙までこぼれそうだった。
「どう? これをやってみる気は無い?」伯母に言われ、私は二つ返事で「や、や、やる!」と応えていた。
 ショーを見終わり、スタッフルームに通された私は団長である玲子先生に挨拶をし、伯母が既に話を通してくれていたようで、いくつかの説明を受けた。
入団に際してはその場でOKを貰え、翌週から正式な団員として読売ランドに通う事になった。
 私が所属していた頃は【浦島太郎物語】と【真珠貝の歌】という二本立てのミュージカルを上演しており、初舞台に立つまでに約半年間の猛特訓を受けた。
 先ず出勤すると朝の朝礼があり、その後、日舞、モダンバレエ、クラシックバレエなどのレッスンが有り、次に水中レッスンをする。
 水槽の深さは十一、七メートル。横二十五メートル、奥行き十五メートルの巨大水槽だ。
客席から見える位置は、水深一メートルから八メートル辺りまでだろうか、画面に隠れた更にその下には、畳一畳弱ほどのエアーステーションと呼ばれる小部屋が左右前方に数箇所有る。そこに潜り込むと胸から上は空気部屋になっていて自由に空気が吸え、会話が出来るのだ。劇中の出番待ちなどの待機場所として使われている。
先ずはそのエアーステーションまで潜り込む練習をするのだが、水深が深くなるにつれ水圧が高くなり、耳に激痛が走るので、数回の耳抜きをしながら徐々に潜って行く。
私は水泳も潜水も得意だったので、それは難なくこなせた。そしてそれがスムーズに出来るようになると、次にフーカーと呼ばれる空気を吸うための道具の使い方の練習に移る。
フーカーとは、長いホースの先にリコーダーの先のような吸い口が付いており、手元のボタンを押している間だけエアーが噴出する道具なのだ。所謂、団員達の命綱だ。
団員達は演技をしながら、そのフーカーを使い空気を吸う。
 浅い場所で練習している内は良いのだが、深くなるほど水圧が掛かる。深い場所では口を開いた途端、水が勢い良く口の中に押し寄せる。水は飲まずに空気だけを吸うのはとても難しい。私はフーカーの練習中、幾度と無く死に掛けた。
練習中は誰もが水中メガネを付けているのだが、劇中は通常、出演者達はメガネを着けない。メガネを付けられるのは、その他大勢の初心者だけだ。なので殆ど水の中では誰もが盲目状態なのだ。何かの色がぼんやりと大きく膨張して見えるだけだ。
水中バレエ団には出演者達の事故防止の為、潜水服とボンベを着けた【水中要員】と呼ばれる歌舞伎の黒子的な役目を果たす人々が数人居る。
彼らは劇には出演せず、客席からは見えぬ位置で皆の目となり手足となり、常に出演者達の身の安全を守ってくれるありがたき存在だ。
最初はその水中要員がマンツーマンで付き、水中レッスンを受けるのだ。
 水中での初舞台までには半年ほどの練習を要したが、エプロンステージでの初舞台を踏めたのは意外に早かった。
初舞台の日、初めて衣装を身に着け、クレヨンを練ったようなドーランで化粧をし、釣り糸の細い物で出来たようなカツラを被り、きらびやかなアクセサリーなどを身に着け、鏡の前に立って見ると、まるで宝塚の踊り子みたいだった。
 私の出番は二度ほどで、エプロンステージでのチョイ役なのだが、それには短い台詞などもあり、私はアガってしまい声が上ずった。
ショーのエンディングには、SKDのラインダンスさながら、ヒラヒラが付いた鈴を持ち、出演者一同が主役級のタレントの紹介を兼ね、ダンスを踊るのだ。
私は緊張で足はガクガク震えるは、鈴は落とすは、シッチャカメッチャカな初舞台デビューとなった。
 やがて水中練習も順調に進み、いよいよ私は水中での初舞台を踏む事になった。
 デビュー初心者は、最後列で皆水中メガネを着け、小さなボンベを片手に持ちながら踊るのだが、そのボンベが意外に重い。
水中では浮力が掛かるので出演者は皆、衣装の下にウエイトと呼ばれる鉛のベルトをしているのだ。空気を吸うと身体が浮上し、空気を吐くと身体が下がる。なので、呼吸法の調節だけで、定位置にピタリと静止していなければならないのだが、それが最も難しい技である。
増してや腹の位置にボンベを持っているのでどうしても重心が前に掛かる。
本来、その他大勢の踊り子達は最後列で踊るのだが、どんどんボンベの重みで身体が前に出てしまう。
後ろに下がろうと思えば思うほど、身体が言うことを利かず前に出て、私は様々な出演者を追い越してしまった。
挙句の果てには主役の乙姫や浦島太郎までをも追い越し、画面である水槽のガラス面にピッタリへばり付きながら、私は一人身悶えていた。
感動場面のラストシーンが私のお陰で喜劇になった!
その様は初舞台を見に来た母や親類達に大いにウケ、かなりの間、何かにつけ話題のネタにされた。
デビューはそんなだったが、器用貧乏な私の事。一年もしない内に役も付き、某TV局で【水中に舞う可憐な妖精】と題し、とあるバラエティー番組のコーナーで紹介され、TV出演した経験などもある。
 二年ほど水中バレエ団に所属し、その間に私は恋に落ち、結婚し、妊娠を期にバレエ団を引退した。

続く


2006年12月01日(金)

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