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■ 【愛猫エッセイ】 猫が神秘性を帯びる季節
この季節になるとミュウーは神秘性を帯びる。 ツイこの前まで暑さにだらけきっていたミュウーが、何かが乗り移ったように機敏になり、活気付き、年齢を感じさせぬ美しさまでをも、かもし出す。 早朝、窓辺にたたずみ、明け切らぬ藍色の空を見上げ、じっと一点を見詰め動かぬ様子は、まるで宇宙の神々と何かの交信をしているようだ・・・。
うちのミュウーに限らず、猫は秋と言う季節が最も輝き、活動的になる季節なのではないか? 店からの帰り道、買い物の途中、町々で見かける猫達が何かいつもと感じが違う。 誰も彼もが目を輝かせ、何かステキなたくらみを含み、いそいそと道路を横切り、何処かで人間にヒミツの集会を開いているのではないかと言うような気がする。
先日、久々に魔女の宅急便を見た。 何度見ても良い映画だと思う。 宮崎駿の映画はどれも素晴らしいが、ひときわ魔女の宅急便は好きだ。 ラストシーンで必ず泣いてしまう私を見て、フゥーリィーが「何でこの映画でそこまで何で泣けるのよ?」と、腹を抱えてゲラゲラ笑うが、私はハッピーエンドの映画のシーンそのもので泣いているのではないような気がするのだ。
演出や、台本や、キャラクターの使い分けの素晴らしさに感動するのだ。 あのこっつら憎いまでの出来栄えに・・・・・・。 宮崎駿のアニメのスタイルそのものに・・・・・。 ジジに喋らせてしまうあの感性、魔女と普通の人間を扱っているにもかかわらず、魔女の存在を普通の人間のようにとり扱う周りの人間達のあの自然さを考えたあの新鮮さ、何一つ無駄の無い台詞、ストーリーそのものが、まるで日本のディズニー映画と呼べるような高い完成度で、大人にも大きな感動を与えていると言う事事体に偉く感動してしまうのだ。 私はそんな夢を与えるものを作り続けている人々が羨ましいのだ。 きっと皆、楽しくワクワクしながら、童心に返り、活き活きと仕事をしてるんだろうなぁ・・・。
宮崎駿の作品は、もしかしたらうちのミュウーもいつか喋り出すのではないか? というような期待も持たせてくれる。
魔女は(ジジも)恋をする事によって、魔力を失なうらしいが、私たちはこれから魔力が持てるのかも知れない・・・。と、こんな私にも勇気や元気を与えてくれる。 そんな宮崎駿の世界に恋焦がれてしまう。 フゥーリィーよ! そんな夢見る50歳をバカと笑えば良い。今に魔女になってやる!!(笑)
私も皆が感動するような物語を絶対に書けますように・・・。 そう今朝ミュウーにお願いしてみた。
2005年09月21日(水)
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