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■ (日記) 3冊目の木曾春秋が届いた。
私が参加させてもらっている月間随筆誌【木曾春秋】も、もう私が加わってから今月で3冊目になった。我が店の本棚に並んだソレが嬉しい。
実は、【木曾春秋】は、今月から諏訪地方にも進出し、【諏訪春秋(仮名)】成るものを立ち上げたと言う。 もう直ぐ【諏訪春秋】の第1号が出来上がるらしい。 今回私は、【木曾春秋】【諏訪春秋】の両方に載せてもらえる事になったみたいだ。 諏訪の方には祖父母の事などを書いた物が載るらしい。 それでその時に載せる、祖母と母の写真が欲しいと言うので、先日、祖母の映画ビデオ・と共に祖父の事をネットで調べた文献や、祖母・母の写真を数点送ってあげたのだ。
先日、編集長から電話があり、そのお礼と共に、木曾春秋の今月号の私の作品についての評判を話してくれた。
「いやぁ・・・、あなたの書くものが面白いと、いろんな人から反響がありましたよ。中々好評なんです」と言ってくれたではないですか・・・。 何が載ったのかはお楽しみに・・・と言う事で、その時点では教えてくれなかったのだが、3日ほど前、【木曾春秋】が届いたので、真っ先に私の作品を見てみたら、何と【漢字が書けない】と言うやつだった。
いつも、過去、日記で書いた物の中から私が適当に5〜6点を選び出し、プリントアウトして編集長に送り、その中から編集長が随筆集に載せるものを再選、再編集して載せると言う流れなのだが、まさか、あんなふざけたものを選んでくれるとは思わなかった。
木曾春秋と言う随筆集は年配の参加者が圧倒的に多い。私が一番若いくらいではないだろうか・・・。 なので真面目で、崇高で、真剣な随筆が殆どだ。 あんなの載せて良いんだろうか・・・・・・。 次号からは読者の感想コーナーも設けるそうで、ドキドキだ。
でも、私が参加した事で、多少は新風が吹き、少しでも若い読者が増えてくれるとしたら嬉しいなぁ。
最初のデビュー作は 【オー マイ パパ】 2冊目は【人違い】 3冊目が今回の【漢字が書けない】だった。
まともな随筆と呼ばれそうなものは最初のだけだ。 これを見ても、編集長はどうも意図的にお笑い物を選んでいるらしい・・・(笑)
2005年09月02日(金)
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