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■ 明るい生と死のために
先日、新聞広告を見て、 迷わず購入してしまった、CD講和集12巻。 いのちというものについて (主に終末医療について) 第一線の臨床医やホスピス医、 精神科医や生理学者など12人が講和しているもの。 なんと29800円也。
高い・・・ でも、買わずにはおれなかった。
今年に入って、ばたばたと大好きな人たちが亡くなってしまった。 ひとつの死を受け止めて乗り越えていく暇さえ与えられず、どんどん逝ってしまった。
連日、浮かぬ気分をひきずっていたが、 このままでは苦しいな、と思い、 よく生きるために一旦死んでみようと思ったのだ。 いや、今流行(?)の自殺志願というのではなく、 一旦、自分が年をとって、死ぬ間際の状況になったら どんな風に考えるのか、とシュミレートしてみようと思ったのだ。
人生の終末期、あるいは、最期を迎えて、 「ああ、若い頃にああしておけばよかった、こうしたかった」 などとぐずぐず後悔したくはない。 明るく前向きに死を迎えたい。
だから、一旦仮想で死んでみる。 老い、患い、寝込み、死んでみる。
このCDを聞いて、 たくさんの人たちの人生を紹介してもらった。 語っているのは、みなインテリたちだが、 みんな人の心と体と自然とを分けて考えていない。 暮らしというベースがあって、 血の通った人とのかかわりがあって、 その上に学問や経験が乗っかっている。
だから、聞いていて、ちょっと泣けた。 子供の頃、立川のおばあちゃんの家で 掘りごたつに入りながら、 おばあちゃんに「ゴマの収穫の仕方」を聞いていたことを思い出した。 「なるほど」の連発だった。
私はもう、いろいろ知っているつもりでいたが、 まだ全然知らないことだらけだった。 私の場合、知らないことを教えてもらうと、楽になる。 「知らない」ということが息苦しいのだ。
CD、もったいなくて、一気に聞けない。 ゆっくり聞いて、何度も聞こう。
そして、一旦死んだ後、 また人生を巻き戻して36歳の自分にタイムスリップし、 自分の生きたい様に生きよう。 明るく、前向きな生と死のために。
2003年05月09日(金)
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