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■ 命の瀬戸際で
今日、ICUに入っているおばあちゃんの手術について、母が担当医に話を聞いてきた。 今付けている「呼吸器」と「足から心臓に差している機械」を外すと、お婆ちゃんは数分で亡くなってしまうだろう、という状態だということ。 その機械はあくまで応急処置用のもので、長く装着していると感染症を起こしたりして危険なので、生き延びるためには、大掛かりな心臓手術が必要なこと。 心臓手術で名のある担当医も、今まで診てきた患者の中で、おばあちゃんが一番重症だ、と言っていたこと。 多臓器不全を起こしているから、その大掛かりな手術を乗り切る体力があるかどうか保証がないこと。 そして、その手術が、明日行われる、ということ。
母ら兄弟姉妹は、 「いよいよ覚悟しなければならないね」 という話をしあったようだ。 それらのことを母から電話で聞き、神妙に話をしていると、電話を切った後、長男が泣きそうになっていた。 真っ青な顔をして、身の置き所もないような感じだった。
「おばあちゃんは立派に生きてきたんだから、大したものなんだよ。どんな結果になっても受け止めようね」 「生まれたら、みんないつかは死ぬのは決まりなんだよ。だから、毎日を大切に生きようね」
長男は、何も言わず、憂鬱な表情で棒立ちしていた。
「手術成功するように、折り紙で鶴折ろうか」
私が言うと、顔を上げて「うん」と言い、折り紙をたくさんテーブルに持ってきた。
「明るい色で作ろう。元気がもりもり湧くような!」
何羽か鶴を折り、鶴が折れない三男は、やっこさんにニコニコ顔を描き込み、 それらを糸で繋げて「おばあちゃん元気になってね」と書いた短冊をぶら下げた。 「これ、明日バーバに病院に持って行ってもらおうね」 長男は、静かに布団に入って寝た。 次男と四男は、居間で寝てしまっていた。 三男は、よく事情がわからないようで、いつも通り普通に寝た。
私はひとり、居間でいちご豆乳を飲みながらぼんやりと考える。 おばあちゃんは、ただ寝ているようでいて、 ただ生きているようでいて、 私たちにいろいろなことを教えてくれているのだ。 子供や孫や、ひ孫たちに、 「『生きること』『生き終わること』とはどういうことか教える」 という仕事をしているのだ。 何度も倒れ、何度も復活したおばあちゃん。 今度も見事奇跡の復活をして、 正月に 「あけましておめでとう」を言おうよ。 親戚みんなでコタツを囲んで、 おいしいものをまた食べよう。
2002年11月14日(木)
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