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2013年06月07日(金) 追悼・塩屋俊さん


第一報はおっさんからのメールでした。
朝早く、運転中でのメールなので、『事故った?』と、不安だったのですが。
それを上回る訃報でした。
はじめは『嘘だ〜』でした。
ちょうどネットしていたのですが、ニュースにのぼってないし。
でも、どうやら本当らしい。
その後新聞を確認したら、載っていました。
でかでかと。
リハーサル中に倒れての突然死だったそうです。

私が塩屋さんと出会ったのは、2003年の9月。
佐伯を舞台にした県民芸術文化祭の舞台ででした。
エキストラとして参加していたのですが、結構セリフをいただき。
その時に、東京から参加した主役の方が、塩屋さんでした。
稽古も当然全く来ず、あわせたのは・・・前日とかにあわせられたっけなぁ。
うろ覚えです。
しかし、すごくゆったりとしたお芝居をなさる方で、緊張もとけた覚えだけはあります。

私たちとも気さくに話してくれまして、ずうずうしくサインをお願いしたりしました。
今でも大事にとっていますが、色あせちゃってます。
新しい家では、色あせない場所に額に入れて飾っておきたいと思います。

二度目は、2004年10月。
佐伯で再演をした時でした。
幾分慣れていたので、少しだけ会話ができた気がしますが、これまた私の短期脳みそはちっとも覚えていません。
今これを書く為に、昔の日記を掘り出したくらいでしてね。
掘り出した中で、数人とプチ打ち上げをしたらしいのですが、それすら覚えてませんからね。
誰としたかも全く覚えてなかった・・・恐るべし短期脳。

ただそんな短期脳なのに、なぜか『奥様がとても素敵な人だった』ということだけ覚えていたんです。
奥様と会ったことすら覚えていないのに。
読み返すと、腐った弁当を配られ、ほとんど何も食べられていない私たちに、安全策の為に塩屋さん用に手配されていたお弁当を『一口ずつでも食べてください』っていただいたんでした。
素敵な人とは、夫婦ともどもそういう空気を出せる人だ・・・。
塩屋さんも奥様もお互いとても素敵な人だから、私たちなんかにまで気遣いができる人になるんだ。
と、心から思って尊敬しました。

三度目は、種まく旅人という映画のオーディションでした。
塩屋さんが監督ということで、半分監督に会いに行った様なもんでした。
目くばせしてくださって、それがとてもうれしかったことを覚えています。
この年にして『田舎のおばちゃん』というポジションでセリフまでいただき、カメラの前で演じ、大してうつってなかったとはいえスクリーンデビューさせていただきました。
貴重な体験をさせていただきました。
現場でも、特に怒ることもなく、気合の入ったキューだしをしてくれました。
話せませんでしたが、その声を聞くたびに気合が入りましたし、話を聞くたびに笑顔になれました。

大分で養成所を開いた時は、ちょっと気になりました。
授業料の高さで断念しましたけど。
先月には大分に移住したということで、これからきっと面白いことをたくさんしてくれるだろう。
願わくば、エキストラという形でもいいから、面白い企画に参加したいと思っていました。
そんな矢先の訃報でした。
ショックで、残念でたまりません。

塩屋俊さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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